★☆トーヨーノート☆★

過去ログ196 2019/2/15 22:13

のと
東洋さんとかまくらで過ごす〜♪
かまくら崩れる〜♪
崩れて骨折した人もいるらしいけど薄い壁のかまくらだったからケガの心配は大丈夫〜
しばらく2人は笑っていたけど
崩れたのはどっちのせいかでちょっと喧嘩になる〜
そして2人の雪合戦が始まる〜
東洋さんが手加減してくんない〜
ア"ーーーーー!!
東洋さんが強すぎるせいで段々と私の機嫌がマックスで悪くなる〜!
そんな〜平凡な〜1日〜♪
2019/2/15(金)22:13

のと
ふぬ〜〜〜
東洋さんまだお外で生活してるですかー?
ダンゴムシは冬眠してますか?
この前、いつもの先生にお会いしたときに公園に行ってみようかという話になったので、ダンゴムシいますかねー?ダンゴムシかわいいですよねー?と言ったら、小さな子どもみたいなこと言うね(笑)と笑われてしまいました。
ダンゴムシは虫じゃないしもしゃもしゃの足もダイオウグソクムシの小さい版みたいでかわいいですよねー!

東洋さんはゴキブリ平気ですか?
私はゴキブリはどうも苦手で、お目めはかわいいと思うけどあの太過ぎの動く触覚とテカテカした体とやけに平たく薄い羽と立派な脚が気持ち悪いと思ってしまってどうも出来ません!どうしたら好きになれるのかしら。死んでいるゴキブリだったとしても近寄れません!
2019/2/15(金)21:36

のと
昨晩からどんちゃんが隅っこで動かなくなったからもしやと思い心配したけどどうやら冬眠しているらしい。
どんちゃんが生きている限り、スペースの問題やらその他の問題で金魚はまだ飼わないと決めているのだが、それを聞いた家族から、本当は早く金魚飼いたいからどんちゃんに死んでほしいんでしょ?なんて不謹慎なことを言われたけれど、私はどんちゃんと何年も一緒にいたいよう。ドジョウも金魚並に寿命が長いからこそ飼ったんだもん。どうでも良いならこんなにお世話しないよ。
魚であるどんちゃんには私の愛情なんて全く伝わらないと思うし、慣れるだけで懐くことはないけれど、だからって邪魔だなんて思わないし。ペットなんて人間がエゴで飼ってるんだから最後まで責任持ってお世話するのは当たり前だし。さすがに他の同じ種類のドジョウと混じったら顔だけで見分けることは出来ないかもだけど、全身でならきっと見分けられる!伊達に飼い主やってないもん。ワケわからんどんちゃんが好きだもん!飼い主だけどドジョウの考えていることはワケわからんもん!
ふーんだ!
2019/2/15(金)19:23

のと
幸福な王子』という物語を読むと毎回泣いてしまう。幼い頃に学校で読み聞かせてもらった絵本の中で1番記憶に残っている物語だと思う。もし読んだことが無かったとしたら以下ネタバレ含むけど、、これ、ツバメさんが優しすぎて泣けてくるのよね。
ツバメさんは渡り鳥だけど、金色の王子様の像のお願い通りに貧しい人へ王子様の剣や体から取り出された宝石などを届けに行って、冬が来て最後には死んでしまう。
と打つとあまりにも簡単すぎるほどに内容を縮めてしまったが、実際はもっと詳しい描写があるので涙を誘うのだ。始めはエジプトに渡ると言っていたツバメさんが、宝石で出来た目まで貧しい人に援助し目が見えなくなってしまった王子の像の傍を離れなかった。自分自身を犠牲にしてまで貧しい人の事を考えられる心を持った王子を愛してしまったかららしい。
物語の始めのほうで、ツバメはスラッとした植物(♀)に恋をする訳だが、彼女の態度にいつしか愛想を尽かして飛びだっていったのだ。
そんな彼が出逢ったのがこの王子様の像で、ツバメは雄ということなので、これは同性愛の物語とも言える。実際、作者が同性愛者だったらしい。私は同性愛に対して何の嫌悪感もないが、友情物語のほうが好きではある。が、しかし、ツバメさんが植物の女の子に惚れていた時のものはただの盲目の恋であり、王子様の像へ向けたものは真実の愛であることに注目したい。植物の女の子には一目惚れだったのだが、王子様の像への愛は、王子様と関わっていくうちに、彼の汚れなき心を知ったからこそ愛してしまったのだろう。ツバメさんの心には本物の愛が育っていたのだ。それを考えるとツバメさんが命を掛けてまで王子様の像の傍を離れなかった気持ちが分かる。ええーん!ツバメさん尊いよぉ!王子様の像はちょっと身勝手なところはあると思う。ツバメさんの都合を考えずに振り回したからだ。だけど、ツバメさんは誰かに親切にすることがなんと暖かい気持ちになれるものかということを感じられるようになり、嫌々ながら協力していたという訳でもない。王子様のほうは、王子様の像が人間であった頃は恵まれた幸せな環境にいたから世間知らずだったようなので、ツバメさんの都合まで考えるとか、ツバメさんがこのまま寒い場所にいるとどうなるかなんて知るよしもなく、そこら辺の配慮や知識は欠けていたのだろうと思う。それで、まさかツバメさんが死んでしまうだなんて思ってもいないから、ツバメさんがお別れを告げたときにいよいよエジプトに旅立つものだと純粋に思い、それが本当の意味での別れの挨拶だと知った時に王子様の像の中にある、鉛で出来た心臓が真っ二つに割れたのだ。王子様の像は既に視力も失っていたからきっと、ツバメさんがどんな状態になっていたのかも分からなかったはずだ。切なすぎる。
まあそれで色々あって王子様とツバメさんは最後には神様に救われて天国でだなんて一応ハッピーエンド(?)になるのだが、これは作者がクリスチャンだからのようだ。自己犠牲の無償の愛というのがキーワードのひとつになっているようなのも作者がクリスチャンだからなのだろう。しかし、いくら貧しい人々に金品を与えたといってもその時だけ良くて一生楽に暮らせる訳でもないし、長い目で見ると本当にはその人たちの為にはならないだとか、王子のとある台詞から、人間は金さえやっておけば喜ぶというようなニュアンスにも受け取れたり、王子様の像とツバメさんの死後の人々からの扱いの酷さなどからも、考え方によっては自己犠牲愛の報われなさも感じられる物語なので、自己犠牲なんて結局は自己満足だと皮肉っているという受け取り方もあるようだが。作者に聞かねば本当に伝えたかったことはどっちなのかわからない。しかし作者は皮肉が好きな人物だったようで、風刺物語と捉えるのが正しいのかもしれないが、私としては、ラストにどんな形であれ一応のハッピーエンドを用意しているのだから、皮肉的な物語だとはあまり考えたくはない。この物語が皮肉的なものを含む話だと気づくのはきっと、読者が大人になってからだろう。子どもの時に読んでもそこに込められた裏の意味なんてそう分からない。これはきっと、読者の読む時代により受け止め方が変わってくる物語なのだ。

私の思い描いていたいエンドとしては、誰から知られる訳でもなく、ツバメさんも最終的には自分の意志で人の為に尽くした。それにより彼らが最後に報われた。(神様に救われた)と言っても死んでしまったのだからここは賛否両論だろうけれど、王子様の像もツバメさんも見返りなんて求めていなかった。ただ、人が喜んでくれる姿を自らの喜びにしただけだ。私にも共感できる。と言っても今の私は損得勘定で物事を考えがちなので、あまり当てはまらない人間になってしまったが。鬱を拗らせるまでは全く損得勘定など考えなかったし、誰かに知られなくても人の為に良いことをすることに喜びを感じられたし、自分が損をしても喜んでくれる人がいるなら良いとさえ思っていた。自分が嫌な思いを誰かの代わりにすれば、例え一瞬だったとしてもその誰かをハッピーに出来るのではないだろうかだなんて思って生きていた。これは自己満足でナルシストのようなのだろうけれど、損得勘定にとり憑かれているような今の自分なんかよりも、暖かくて幸せな気持ちになれていたと思う。だが中々あの頃の自分には戻れない。戻れたほうが楽になれるとは思うのだが、今はどうしても自分の醜い部分が出て来てしまう。
そんな時にこの物語を読むと、忘れるべきでないあの頃の感情を少しでも思い出すことが出来る。
誰かの幸せが自分の幸せになれば一石二鳥だろう。

うう...ツバメさん...好きだーー!!!
ボロボロな姿になっても最期まで王子様に寄り添い続けるツバメさんの絵を描きたいが私の画力では無理だったぞー!
2019/2/15(金)5:12

のと
バレンタインに東洋さんがいなぁーい
2019/2/14(木)19:38

のと
はぁ...東洋さぁん
2019/2/14(木)15:39

のと
△バレンタインのノトリのノロケ妄想△


そんなのイヤーー!
...ノトリは...ノトリはぁっ!!!
東洋さんにゴリラチョコをあげるのですーー!!
えーい止めてくれるな!
誰がなんと言おうとワシはゴリラ型のチョコを東洋さんにあげるのじゃーーー!
もうそれしか考えられん!!
ゴリラが原因で東洋さんに嫌われようが関係ぬぁいっ!
東洋さんのお口にリアルなゴリラチョコを頭から突っ込むのじゃーーーー!!


むにゃむにゃ

Zzz....


うーーーん
東洋しゃーーん
ちょこーー!
あげたーーい!
あーーーんしろー!
あーーーんしてくだしゃー!
ひぎぃっ

グーーーーー
すやすや

とーよーしゃーーー
しゅーきぃーーーー
甘いものは体に毒だから駄目ですー
めーーーっ
だーーめーーーっ
でも今日はバラレンタインドゥェイだからー
特別ですよーーー?
はーーい
あーーんしてーーー
あーー!虫歯ーー!
とーよーしゃん歯医者しゃん行かないとー
怖くなーい怖くなーい
よちよち なでなで
えへへーー
しゅきーーー

Zzz...

とーよーしゃーーーん
なんでべろべろばぁーでしゅかー
いないいないばぁーじゃないんでしゅかー
べろべろばぁイヤーー!
ふぇーーーん!!こわいよぉーー!!
とーよーしゃんがいじめるーーー!!

ぐおぉーーーーー
Zzz...
2019/2/14(木)3:00

のと
誤字ってるやん
2019/2/14(木)2:25

のと
えーん!寝ようと思ったらまた嫌なことがフラッシュバックするよー!今日は学生時代のこと。もういやー!
良い人だっていた。でもそれは男子だった。私が女嫌いの理由はここにもあると思う。

中学の時も人とコミュニケーションがとれず、友達はいたもののそれ以外のクラスメートと仲良くなれずで卒業式の後で写真を撮ってと色んな人達からお願いされた。この場合の写真を撮ってとは、ノトリと撮りたいのではなく、私達の写真を撮ってくれない?のほうの撮ってである。目立つグループ達の撮影会みたいなのが始まって私は何度も撮影役を頼まれた。たぶんそれをずっと見ていたのだろう。私の友達はこういうとき見てみぬフリだったが、帰る間際で1人の男子が私と写真を撮ろうと言ってくれた。その男子の友達が、「何で◯◯(ノトリの名字)と撮って俺とは撮ってくれんの?」とその男子に言っていたが、「だって◯◯さんは俺のクラスメートだもん。」と私を真っ直ぐ見て笑顔で言ってくれたのだ。私はその時泣きそうなほど嬉しかった。

それから高校では、友達と少し仲が悪くなって私が休憩時間も机にいて暗そうな顔をしていたからだろう、クラスメートの男子が「大丈夫?」と顔を覗き混んで心配してくれたのだ。私は泣きそうになるのを堪えて、「大丈夫」と愛想無くぶっきらぼうに、かなりクールに答えただけだったが、本当は感謝していた。「そう、なら良かった」と、ニコッと笑顔で返された。その男子は女癖があまり良くないとかで、その人の男友達から「お前また女に声かけてんのかよ、キモいよ」みたいなことを笑いながら言われていたが、彼は私に全くそんな気はないのである。普段話したこともほぼないし、ただ本当に心配して、話掛けづらいであろう私に勇気を出して声をかけてくれたのだ。他の私の女友達は自分達が楽しければそれで良くて、傷ついている私に気付きもしなかったのに。

それからある日の数学の授業で私だけ分からなかった授業があるのだが、そのお陰で私の頭はそんなに良くないのだという事実がクラスメートの半分ほどに判明したようなのだが、そのまたある日、いつものようにクラスに授業妨害が蔓延る中、しゃしゃり組(出しゃばっている目立つグループが裏でこう呼ばれていた)のとある男子が急に私のほうをじっと見てから、「お前ら静かにしようぜ。ちゃんと真剣に授業受けたいヤツもおるんやから。」なんて柄にもないことを周りに言い出したのだ。するとソイツの仲間の女子から、「は?誰かがうちらに文句でも言ったん!?」なんて、どうせ真面目なノトリが文句でも言ったんじゃないかとでも思ったようにこっちをチラチラ見つつ大声で怒り出したのだが、その男子が「別に誰も言ってねーよ」となだめたのだった。でも明らかに授業真面目に受けてるの私ぐらいだし私の為を思って言ってくれたのだと言うことが分かった。そりゃ喧しい動物園みたいに授業妨害されるたびに心の中では「クソうぜぇコイツら餓鬼かよ。金払ってんだから静かにしろや」と思ってイライラしていたが。あの時は気を利かせて授業妨害を止めてくれた、ずっと大嫌いだったアイツに初めて心の中で感謝した。きっとあの、数学の授業が私だけわからない事件で私が努力しているからそれなりにテストで点数取れるんだなと思っていてくれたのだろうと思った。だからそれを妨害したら悪いと思ってくれたのだと。残念なことに、私はどれも彼らにお礼を言えていない。ありがとう。の一言さえも言えていないのだ。慣れない人と話そうとすると、言葉が上手く出なかった。言いたいことは喉につかえて、おはようもありがとうも声にするのが難しかった。精神的にかなりまいっていたのだ。鬱状態だった。今なら自力でしゃしゃり組にも対応出来るし、喧嘩も出来るし、相手に悪いように勘違いされてもそれを撤回させることを言うことも出来るだろう。なのにあの日あの頃はそれがとても難しかった。私に優しい言葉を掛けてくれた彼らにお礼を言えなかったことはかなり心残りだ。あの時は声には出来なかったけれど、お陰で助かったよ。なんて、言うことも出来ない。私の友達は助けてくれなかったのに、彼らには本当に有り難かった。

電車の席とかでも普通は男性が隣に来たら女性は少し警戒するものなのだろうけれど、私はその逆で男性のほうが安心する。女性が来たほうが変に思われるんじゃないかとかでビクビクしてしまう。元職場で売り場から工場に手伝いに行った時にそこの従業員のおじさんから挨拶されつつお尻を撫でられるというセクハラを受けたことがあるが、その時は彼氏がいなかったからだろうけれど、別に触られても減るもんじゃねぇやと思ったし、こんなブスので良いならどーぞとさえ思ってしまって、全く男性不信にはならなかった。今だったら、私は東洋さんの女ですけど!って思ってちょっとは怒るかもしれない。もしくは、なんじゃワレ、金くれるんかー!って言うかもしれない。でもやっぱ驚きすぎて何も言えないかもしれない。そういえば昔、雑誌を買いに本屋に行ったときにもすれ違いざまにお尻触られた?ということがあったが、感触が確かじゃなかったので見逃すことにした。また、別の本屋で不審者らしきおじさんから後を付けられたがクルっと勢い良く振り向いて威嚇してやった。しかしそれでも付いてきたので家族のところに避難したこともあった。そんな風に男性からの嫌がらせも受けたことはあったが、私自身オッサンなので、そのくらいのことでは大してダメージ受けないのである。仮に、下半身露出狂がいたとしても、小学生並の下ネタレベルの笑いで笑ってしまえる私にとっては可笑しくなって笑ってしまうかもしれないほど余裕がある。
それよりも女性のギスギスした世界のほうが怖いのである。女性不信である。
女性でも良い人はいるのだけど、そんな人さえも彼氏が出来たとたんに変わってしまったりで。良い思い出がない。それに女性にはかなり気を遣う。女性に心を開くことが中々出来なくなってしまった。一緒にいても疲れるだけなのだ。
2019/2/14(木)2:22

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