油絵

これは中学生の頃に部活で描いた絵だ。
帰宅部でいたかったのだが、どれでも良いから部活に入れと促され、運動音痴の俺は美術部を選んだ。
そこの先輩は紙をボールにしてほうきで野球をし出したりとにかく毎日美術に関係ないこともやりたい放題だったが、皆優しくて良い人たちばかりだった。友達はゲームをしたりBL同人誌を読み漁るような感じで漫画のようなイラストは描くものの、俺らはほぼ美術部としての活躍を怠っていた。部費も払っているのに全てはお遊び同好会のようであった。デッサンやら油彩やら水彩やら、俺はその描き方の基本を学べるものだと思っていたのだが、いつになっても顧問の先生に直接お願いしてもそういうのはほぼ教えてくれなかった。顧問は優しかったので、俺は好きに描けと言われているのだと思った。
毎日部活ではだらしない日々が続いたのだが、そのくせ1年に1度だけは、地元の銀行に期間を決めて展覧会紛いのものをするから何か描けと言われ、(こんな酷い言い方をされてはいないが)俺たちはその為に貴重な夏休みを使って真面目に絵を描かねばならなかったのである。

俺は油彩を選んだ。
実はこの絵を描いた前年にも静物画を1枚描いたのだがどこにやってしまったのか覚えていない。
なのでこの絵は油彩への2度目の挑戦であった。

瓶を、透けている瓶を、あの油絵の具でどうやって描けるものかと頭を悩ませていた。技法を全く教えてくれないので、自分で調べるしかなかった。そこで図書館で瓶の描き方を調べた。布で拭く？ほほう、透かしたいところを取り敢えず擦れば良いのだな。と、なかなか思い通りには描けないながらも少しは透けている感じが出せたように思う。
しかしながら恐らく、この方法は邪道である。
上手い人なら布に頼らずとも透明な瓶は描けるはずだ。
だが制作期間が限られているため絵の具の乾燥も待たずに塗り重ねて行くしかなかった。
あまり絵の具が混ざると色が汚くなってくる。
教科書で仰いだりフーフーしたり、大して乾燥の効果はなかったが気休めにはなった。

モチーフは瓶や敷物と机以外全て偽物、作り物である。
俺は見たままの色で描きたかったし自分で考えて違う色に変えていくのが苦手だったので、本物の林檎や洋梨、花の色を描くことは出来なかった。
だがしかし、俺の絵を見た顧問から言われた。
油絵はテーマ色を決めたほうが良いよと。
だはぁっ！遅すぎだ！俺は見たままの色でしか描けんのだ！せめて敷物と机と背景はテーマ色で描いてやるか。
という訳で敷物なんかは本来グレーだったのだがオレンジ色に変えてやった。時間がない。まだ描き込みたい。モチーフの輪郭がハッキリしていない。瓶の描き方も雑になってきた。ああ時間がない。汗だくになりながら焦って筆を進めていたのだが仕方なく筆を抑えた。
修正も出来ていないのに。

この絵は完成のようであって完成ではないのだろう。
顧問から絵にサインを入れることを勧められた。
のだが、俺は入れなかった。
俺のなかでは未完成だったから。
絵のタイトルはつけないといけなかったので「夏の日」にした。普通すぎる。
顧問からの絵の評価は、まあまあ頑張ったねとのことだった。

もう油絵を描く機会はないだろう。
この絵を修正することもないだろう。
きっとこれが俺の人生で最後の油絵となる。