65 虚福劇場◆ZZBJMf
【全文】

これは私が五歳か、六歳か……それくらいの時期に経験したことだ。
私はよく昼寝をする性分であった。
昼寝というと敬遠されがちだが、ナポレオンやエジソンらは『昼寝』によって疲労回復をしていたと言われている。
イギリスの元首相ウィンストン・チャーチルが国会議事堂の中に彼専用のベッドを保有していたという話もある。
ハフィントンポストの創設者、アリアナ・ハフィントンは「睡眠不足など何の自慢にもならない」と、自身の忙しさをアピールする男達に向けて痛烈な批判を行った。
睡眠とはそれほどまでに侮れないものだということだ。
とにかく、私はよく昼寝をしていた。
───が、『その日』は違った。
『いつも通りでないこと』がひとつだけあった。
夢の内容が、あまりにもおぞましかったのである。
場所は、暗い『倉庫』のような場所。少なくとも私の語彙の中で最も適切なものを選ぶとすればそうなる。
何故私がそんな場所にいるのかは知らないが、夢とは往々にしてそういうものだろう。
私が『倉庫』と例えるだけあって、そこにはベルトコンベアがあった。まるで海外のB級アクション映画の真っ只中に放り込まれたような気分になりながらも、私はこれからどうするべきかを考えた。
逃げるべきだ。誰であれ、そう思うだろう。私もそう思った。
しかし出口はどこにもない。そもそも脱出するのが正解とも限らない。下手に動くのはかえって危険かも知れない。
そうやって色々考えていると、結局どうすべきかますます解らなくなるのだ。
そうこうしているうちに、
ゴ、ゴ、ゴ……
何かとてつもなく重いものがゆっくり動き出したような、低い音。次第に速くなっていく。
ゴゴ、ゴゴゴ……ゴゴゴゴゴ
「……?」
ようやく気付く。動き出したのはベルトコンベアだ。誰もいない、暗い空間にその音だけが響き渡る。
建造物の中に人工物があり、それが動いている。
にも拘わらず、人がどこにもいないという光景。あまりにも不気味だった。
このベルトコンベアを動かしているのは人間ではなく、何か大きな意思なのではないか。そんな恐ろしい考えが頭を過る。
不安だ、不安だ、不安だ。あらゆる考えがドス黒く湿った『不安』に呑み込まれていく。
「ハァー……ハァーッ……!」
過呼吸。心臓が震える。息が震える。体の奥底から恐怖が全身に伝わっていく。
だが、負けて堪るか。ひどく乱れる呼吸を何とか抑えつつ、何が起きてもいいように精神を整える。が、ベルトコンベアから流れてきたものは完全に彼の想像の外にあるものだった。
「……ぁ…あぁッ……!」
バッキンガム宮殿の衛兵交代式のように綺麗に並んでやってきたのは日本人形。しかしただの日本人形ならば『想像の外にあるもの』ではない。問題は、それら全てに『首がない』ということだ。
五歳や六歳で、そんな想定が出来るはずもなく、私は素直に腰を抜かした。床の冷たい感覚が尻に伝わる。ところどころ塗装の剥がれた汚ならしい床。
潔癖症でなくとも、そんな場所に腰をつくのは嫌だろう。だがその時の私には、そんなことを考える余裕すらなかった。夢だから良かったようなものだ。
とめどなく流れてくる無数の首なし日本人形。
しかし、床に腰をついた時、私は手に違和感を感じた。
「…………。」
まさか。
そう思いながら手を広げる。『悪い予感』は的中するのだ。私の手中には、日本人形の顔が無数に握られていた。あまりの衝撃に、背筋がビクンと跳ね上がった。一瞬、肺が飛び出してきそうな感覚さえあった。
何故こんなものを握っていた?いつの間にこんなものを握っていた?夢の中とはいえ突拍子がなさすぎる展開だ。
きっとこれらの頭は、ベルトコンベアから今も流れ続けている人形のモノだろう。
(ID:MY2Khf)