流行の言葉、或いは流行のエンタメとかって凄く乱暴に言えば内輪ノリを強めるための文化みたいなところがあって、それを使用していない、愛好していない外部との差別化を図って自分達の特別感や結束感を強めようとしているんだと思うんですね。それは特に若い世代に顕著で。まぁ自分もおそらく何かやってました。マイナーなバンドを聞いたりとかね。

その文化外の大多数や大人世代なんかを仲間外れにしてウチら最強って盛り上がることは大人になった今にして思うと浅はかなのだけれど、しかしそういったものが自我の形成に必要不可欠なタームだったのかなとも思い、そしてそういうものがバグのような形で社会に新しいものを産んでいくと。そういった側面もあるのかなと思います。

そして、色んな人に怒られるかも知れないけども、HIPHOPもそういった面が物凄く色濃いと思う。自分達を理解しない者をヘイターと呼んで内輪の結束や特別感を高めようとする感じ、語彙や文化(草とか)を共有して結束を強めようとする感じ、なのかなとかね。思うんだけど。

でもやはり、そこに流行とか文化とか内輪ノリってだけじゃない本当の価値、バリュー、良さってものがあると思ってる。そう信じたい、まぁ願望的思考だけども、何故良いと思ったのかを突き詰めてそれを自分が表現出来るようになりたいとずっと思ってます。うむ。

年老いて「若気の至りだったなぁ」なんて言っていろのほほんと 俺はそこから取り出して掴み取る一定量の本当 指先に触れた信じられる何か、頼りに歩む道の上で 真理だけ奪いたい

以上、某チャットルームで仲良くなった人が半年後入学する高校の同級生だった経験を持つ私の投稿でした。ノシ