89 堀井怜治◆q1kS
[ゆとり教育]

そもそも教育とは何なのか。誰が誰に何故に行うべきものなのか。

それは国家が国家を形成する国民と、国民が形成する国家の為に行うことに他ならない。


近代国家において、外交と教育は二大重要政策であります。なぜならば、それにより導かれる成果が次代、次々世代に波及するものだからであります。

先に教育とは「国家が国家の為に行う」と述べましたが、その内容を記しますと、


「秩序の形成と、高い生産性を有した人材の育成」。


これが目的であります。

つまり、教育とは「世界情勢を踏まえ、国家の進むべき方向と共に」論じられるべきものである、と私は考えます。
(ID:不明)
90 堀井怜治◆q1kS
現代の日本の教育制度、あるいは教育精神の礎とは明治維新と同時期に欧米によりもたらされたものでありました。

そしてその頃の日本国家の主要命題とは何であったか?


「富国強兵・殖産興業」

これであります。
よって欧米風の教育を取り入れたとはいえ、それは民主主義教育ではなく、前述の「その当時の国家の願う秩序、人材の育成」を目的とした教育でありました。

話は飛びますが「教育勅語」などはまさにソレの代表ですね。

またさらに、現在の最高額紙幣のマスコットである福沢諭吉。彼は日本では教育の父とされ偉人扱いですが、アジア諸国では今でもたいへんに嫌われている人物であります。

それは何故か?このことからも教育とはただ単に今の利害のみを考えて行える性質のものではないということが分かりえるでしょう。
(ID:不明)
91 堀井怜治◆q1kS
さて、「富国強兵〜」をスローガンに掲げた東洋の小島国がどのような末路をたどったか、それは周知の事実であると思います。

敗戦。それは国家の政策転換とともにもちろん教育理念にも影響を及ぼします。

銃後に国家が新たに打ち出した命題。それは「経済・産業復興」に他なりません。

当時占領国であった米国は、民主教育の徹底をねらっていたようですが、現実に空腹していた国家行政はそこまで手は回りませんでした。

そもそも、太平洋戦争の戦略でも分かる様に、日本の生きる道・欧米列強と並んで生きる為の道とは、「資源の調達の道」であります。

銃後となり、侵略による「資源調達の道」を閉ざされた日本は、輸入・加工・輸出といった商人の道を歩みはじめます。形は違えども「欧米に追いつけ追い越せ」、と考えたのですね。

これが「有限会社日本商事」の誕生であります。
(ID:不明)