まいなぁの掲示板
過去ログ236
2025/10/11 8:39
▼カタパルトアタックDer Tiger、厳しいコメントが多いですね。でもドイツ側から描いたタイガー戦車映画、記憶にありませんので見る価値はあるんじゃないかと思ってます。車内に散らばる機銃の薬莢、敵の砲弾は跳ね返すものの、その衝撃音で動けない戦車兵とか細いディテールも値打ちがあるんじゃないでしょうか。当たり前かもしれませんが、戦車兵はドイツ語で会話してますし。アニメでも見たいんですけど、臨場感はどうなんでしょうね。
タイガー戦車もゼロ戦も個別には優れているけれど、最終的には負けると言う悲劇のヒーロー的に色彩はありますね。
お父上の介護大変でしょうが、お疲れの出ませんよう。
みなさま、ご自愛ください。
Up 10/11 8:39
▼NSF先生こんばんはお兄さんはいませんでしたか、数年前家の話で先生の甥っ子の話が出ていたので勘違いしたようです先生が長男なのでお父さんの介護担当になったのですね介護では良く聞く話です。話は変わりますが提案ですが景子18巻後半から三波先生を出してみてはどうでしょうか、そして景子と佳代は19巻は9月設定にして彼女達は1か月休養にしてその間三波先生が黒田達や井川達の責めを受けます、RPGだと景子達はイベント途中なのにレベルマックス状態な気がしますので景子は4巻辺り佳代は8巻辺り迄レベルダウンのため禁欲と合宿所の売上で得た金で日焼けから白肌に戻ってもらうのはどうでしょうか。
後介護は予想外の事が起きたりするので執筆は予定表を作るのも良いと思います。
▼プラム宝玉堂まいなぁ先生。
お世話になっております。
同人、いちど間を置かせていただき、現在私は群馬県のバブル期の水上温泉を舞台にしたものを描き始めました。あの頃の熱気を知らないので、その分妄想しています。
ケアマネジャーが地域to地域で連携ですか。
なにげに福祉には恵まれた国でよかったです。
まめたくんも環境に慣れるまで大変だとおもいますが、無理なさらず。
▼クロノ玄鬼(げんき)まいなぁ先生へ。まいなぁ先生、皆様、こんばんは。
まいなぁ先生、お父上様は意識はあるんですか?
食事とか、排泄は、どうなさってますか?
俺の亡くなった母が、トマトジュースが好きで、よく飲んでいたのですが、カリウムを多く接種することになってしまい、腎臓の機能が低下し、透析を受けることになってしまいました。
まだお父様が意識があり、意思疎通が出来る状態ならよいのですが。
まいなぁ先生のストレスも気になるところです。
まいなぁ先生も、お父様も、お大事に。
それでは、また。
▼ライカ食堂…10月なのに…☆
あんまり涼しくないですネェ〜…☼
ヒマなので漫画描いて手塚賞に出そうかな〜?と調べたら
31ページ厳守で、とてもムリ!と、赤塚賞は7ページ以上?
コレなら…でも「ギャグ漫画」…で、9月イッパイ考えて
なんとか9月30日消印有効で出しましたが…速攻ボツですよ。
遊びで描いているので何度もヤメチャオゥか!と思いました
プロの方々はホント凄いな…と、
介護…
ウチは三重に帰ってヘルパー取って在宅支援やってました
いろんな「お宅」に訪問して掃除したり、お風呂入れたり…
病院や介護施設への送迎とか…まぁ地域によって差はあるでしょうが
三重県(津市)は最低だ!役所は「マニュアル」一辺倒
事業所は「囲い込み」ケアマネも「契約」だけは熱心…後は…
まぁ「商売」だからネェ〜…最後は「お金」ですかネェ〜…
先生、皆様、貯蓄しませう💦
☆
Up 10/4 22:05HP
▼カタパルトアタックお疲れ様です。
昔住んでいたところに行くと、何とも言えない気持ちになりますね。もう過去に戻れないと言う事実が懐かしさとか寂寥感を生み出すためでしょうか。新しい建物があると前は何だったのか考えるんですが、全然、思い出せませんね。
介護、精神的にしんどいですよね。そのためにも介護する時間を短くすることが必要だと思います。お勧めはショートスティの活用です。
Der Tiger、今までの映画のような間抜けなドイツ兵が操るなんちゃってタイガー戦車ではないようですので、期待しています。
みなさま、ご自愛ください
HP
▼NSF先生こんばんは9月も終わり振り返るとあっという間ですね先生の書き込み拝読したらお父さんの介護ですか、私は父を介護した経験から提案ですが老人は徐々に衰退していくので年明けには老人ホームを探して入居させる事をお勧めします、介護段々大変かつ辛くなります子猫のゆいちゃんの比では有りません。
たしか先生はお兄さんいますので入居料の負担や見舞いのローテションを決めると良いと思います。
それから先生は恵比寿出身だったんですね、おそらくすれ違いで平成10年頃から目黒川沿いの行政施設に営業していました当時はジャニーズの寮が有ったので駅前コンビニにはファン子達が写真切り抜きとコピーでコンビニに迷惑してましたね、今は恵比寿には行かないので恵比寿駅周辺はだいぶ変わったのかなと思います、話は戻りますが先生のお父さんは誤嚥性肺炎にさせないよう気を付ければ衰弱はゆるやかだと思います。
▼まいなぁ長くなったのでコメントはこっちでカタパルトアタックさん、え?タイガー戦車の映画があるんですか?
それは楽しみですね。
masaさん、ほんとわずか数日ですが介護の真似事しただけでとても疲れました。とても絵を描く気にはなれません。
ゲームはしてますが。
転勤族さん、訪問看護とかのシステムはよくできていますね。
とりあえずケアマネージャーさんに相談していまのところて助かっています。
今回の東京行きもすぐにショートステイを紹介してくれましたし。
クロノ玄鬼(げんき)さん、とりあえずいまのところ行政のサービスで助かってますね。
いろいろな批判があるのは聞いていますが、実際に助かる人も多いので一概に高齢者医療や高齢者へのサービスをお金の問題で老人対若者の対立構造にもっていこうとするのは財務省の罠だと思いますね(笑)
まあ過剰な老人医療はやるべきではないでしょうが。
HP
▼まいなぁあの時君は若かった父親の住んでいた部屋の最後の始末をつけるためにもう一度東京に行かなければならない。
なんか仕事に使っていたガラクタとか残っていて、それをそのままにしておくのも何なんで車で出かけなければならない。
昼は道がこんでいるので夜中に出発することに。
半日以上家を留守にするので父親はショートステイで施設に預けることになった。
ネットで調べると夜なら二時間かからないで行けるみたいだが、結局十二時過ぎに出発した。
高速も空いていてあっという間に目的についてしまった。
あと片付けも一時間もかからず終わってしまった。
蒸し暑いのでコーラをぐびぐび飲んだが、まだ三時過ぎにもなっていない。
しまった、もう少しゆっくり出発すればよかったか。
実はこの後も用事があって、父親が入院していた病院に入院費の支払いがある。
病院が始まるのが八時半。五時間半もどうやって時間をつぶせばいいのか。
車をどこかの路地に止めて仮眠できないかとうろうろしたが、いいところがない。
以前住んでいた恵比寿付近にいってみた。
僕がここにすんでいたのは高校時代から大学時代に同人誌を作っていた二十代だ。
大通りに止めて松屋でプルコギ定食食べて人心地ついたが、まだ三時過ぎでしかない。隣の席で金髪の兄ちゃんがぐうぐういびきをかいている。
始発を待っているのだろう。
俺は懐かしいのでちょっと恵比寿付近を散策することにした。
以前実家があって、その近くにアパートを借りて住んでいたのだが、たぶんここかな、という道に行ってみた。
この坂を上りきったところに路地があってその奥に高校時代住んでいた実家があった。
そこには新しい家が建っていた。
そのすぐ前にアパートがあったのだが、当時でさえかなり古いアパートは当然別のアパートになっていた。
ここで大学時代同人誌作ってたんだよなあと思うとなかなか感慨深いものがある。
この坂を紙の手提げに同人誌つめて仲間と歩いたなあ。
この坂を上りきったところである日子猫が車にひかれて死んでいた。
いや、その時はまだかすかに息があったかもしれん。
何もできなかったが前足つかんで道の端に寄せたことを思い出した。
ほんとな閑静な住宅街だったんだけど代官山も近くなのでなんか随分雰囲気が変わってしまっている。
その横には古い家がならんだ狭い横道があったのだが、今はなんかおしゃれな通りになっている。
大学時代友達と映画を撮っていて、その狭い横道でヤクザの舎弟役のわしが「あにきー大変だ!」とか叫んで走ったりしたのだが、いまそれをやったら通報されそう。
おしゃれなビルが今は並んでいるかつての実家回りをみているとなんとも不思議な感覚になってくる。
今から四十年近く前の同人誌作っていた僕は、こんな未来をしったらどう思うだろうか。
あの頃四十年後、どんな自分になっているのかなんて考えもしなかったしな。
とにかく目先のことを処理するので精一杯だったし、それで何とかなるだろうと思ってた。
当時の恵比寿にはまだ草の生えた空き地みたいなものもあったし、代官山も田舎の駅みたいでほんと人なんかそんな歩いてなかったのだよ。
今はなんかおしゃれな店が並んでいるが。
もっとも一回りして最近は代官山は閑古鳥という話もあるが…
中目黒も生活圏だったがそこもやたらおしゃれなビルが立ち並ぶ街になっていた。
当時はこぎたないゲームセンターがあって、よく通っていた。その先の雑居ビルにラーメン横丁というラーメン屋があって、ラーメンはあまり好きではなかったがそこのにんにくチャーハンがめちゃくちゃおいしくて同人仲間とよく食いにいったな。
一度風邪で一週間くらい寝込んだことがあったが、訪ねてきた友達に頼んでそのチャーハンをもってきてもらったな。
病み上がりにひさしぶりに栄養補給でほんとにおいしかった。
その店も今は中目黒には見当たらなかった。
恵比寿の他の道をめぐってみる。
細い横道にたしか郵便局があったはずだが、そこにはない。
ここから漫画の原稿送ったことあったなあと懐かしく思う。
父親の会社があった近くにある、ボルシチが美味しい店はもう閉店しているようだ。
某有名歌手や有名野球選手が通ったという店だが、ここの初代のおかみさんのババアがすごい意地悪な奴で、子供時代僕が後で食おうと思っていたボルシチの肉が残っていたのにさっと皿を片付けてしまったことをわしはいまだに覚えている。
別に子供だからと言ってゆっくり食べていた覚えはなかったのだが。
ついでにそこからわしが通っていた高校まで車で行ってみた。
たしかこの坂を上ったとこに…と行ってみたらなんかすごいりっぱな門構えの学校があった。
え?俺の高校ってこんなりっぱな感じだったっけ。
たしかに俺の出た高校だったが通っていた時はそんなこと考えたこともなかったなあ。
そんなこんなで時間をつぶしたいたがまだ時間は五時すぎだ。
やむをえず支払いをする病院に近くまで行っては見たが、まだ三時間以上時間をつぶさなければならない。
やはりもっと遅くに出発すればよかったなあ。
車の中でじっとして待つこと三時間。
ようやく八時半になったので病院で支払いを済ませて今回のミッションは終わった。
実際にはその後銀行で送金というミッションもあったのだがね。
帰宅して疲労困憊したわしは風呂に入って寝た。
HP