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1 無名さん

泣き虫なキミと

窓の外を見る。天気がいい。
「いい天気だ。どっかにいきたい。」
独りで呟いたら変人扱いされるかもしれない。

呟ける人のいるところへ行くことにする。
(PC)
2 無名さん
しかしせっかくの朝だ。
行く前に空気の入れ替えでもしよう。
窓を開けてベランダへ出る。

行く手間は省けた。
話したい相手はベランダにいたから。
しかも、何故に半裸なんだ・・・。
(PC)
3 無名さん
こちらを振り向いた顔は泣き顔だった。
なかば予想がついていた俺は、黙って頭をなでてやる。
不器用な俺としては、ここでかける言葉が見つからない。

おいおい、こんな寒いところで泣きだすな。
晴れているとはいえ、もう冬だ。
無言のまま、俺たちは部屋へあがる。
(PC)
4 無名さん
「シャワー浴びてこいよ」
声をかけてやると、小さな人影が、今日初めての声を出す。
「ごめん」

がりがりにやせている背中が、さっと浴室へ消える。

それを見送って、俺は台所に立った。
(PC)
5 無名さん
浴室のドアが開く音を、俺はソファに座って聞いていた。

「服、こっちの部屋に置いてるぞ」
奥にいるだろうキミに声をかける。

ほどなく、俺用のバスタオルを頭からかぶったキミが足音もなくやってきた。

象用バスタオルをかぶるハムスター。
は、言いすぎだが、それにしてもでかすぎる。
(PC)
6 無名さん
「…」
言葉もなく、俺の横に立つキミ。
――こいつは何時だって、無音&無言。

そっと立ち尽くすキミに、俺はわざと怖い顔を作って見せる。

それだけでキミの両目から、ぼろぼろ涙が落ちた。

――なのに、涙だけはいっぱい出るんだから。

今は怒らなくちゃいけないから仕方ないけど、
そんなに泣かないでほしい。
不器用な俺が必死で作ってる怖い顔なんだぞ。

泣きだすような代物じゃないだろ?
(PC)
7 無名さん
胸は痛むが、それでも俺は言葉を押しだす。

「おねしょはともかく、何でベランダにいたんだ?」

キミは下を向いたままだ。

「キミ?」
声をさらに厳しくして問い重ねると、か細い声がようやく聞こえた。

「…布団、干してた」
「それはいいけど、すぐ部屋に戻れよ。風邪ひくだろ!」

ピシリと言い放った俺の声に、びくっと身をすくませる。

俺はキミの手を引いて、隣に座らせた。
(PC)
8 無名さん
被っているバスタオルを取って、キミを膝にうつぶせに倒した。

叩く前に、何か言ってやんなきゃ。
そうは思うものの、考え付く端から、感情に押し流されてしまい、結局無言。
でこぼこコンビだが、俺たちは案外似た者同士なのかもしれない。

手を振り上げて、一発目。
(PC)
9 無名さん
ビシッ!
キミが大きく体を反らした。

バシッ!バシッ!バシッ!…

力を込め、連続で叩く。
叩いてるうちに、情けなさがこみ上げてきた。

――寒い中ベランダにずっといて、キミは何を思っていた?

――俺が呑気に、空なんか眺めている間に。

ふと滲んだ悔しさからか、普段より叩く力が強かったらしい。

キミの泣き声は、いつもより早く聞こえた。
(PC)
10 無名さん
「っく…うっく…うぅっ…」
我慢なんかするな!
もっと自分を、大事にしろよ!

言えたら良いが、言えなかった。
代わりに叩く。もっと強く。

バチンッ!
バチンッ!
バチンッ!…

「ううぅっ…うわああっ」
キミの泣き声が大きくなった。
(PC)
11 無名さん
激しく泣きじゃくるキミを、なおも叩く。

おい、もう言ってもいいんじゃね?
でも恥ずかしがりのキミは、きっと言えないだろう。
そっと助け舟。

「キミ、”ごめんなさい”は?」
キミは黙ったまま、俺の膝をぎゅっと握りしめる。

「ほら、言ってみ?」
船ばかりか、レスキュー隊員まで出しちまったぞ。

言えよ、早く。
ホント言うと、お前の泣き声聴いているの辛いんだ。

「…ごめん、なさぃ…」
泣きじゃくりが止まらず、苦しい息の下、キミがやっと言う。

俺は息を吸い込んだ。
一番伝えたかったことを、まだ言っていない。

「独りになろうとすんなよ!!何かあったら、俺んとこ来い!」
バシィッ!!
最後にひと際強く叩いた。

「返事は!?」
「っご・・ごめんなさい!」

いや、そこは「はい」だけでよかったんだが。
(PC)
12 無名さん
泣きながら服を着たキミを、俺はまたソファに座らせる。
キミの手が、ぎゅっと俺の服をつかんだ。
「…」
怯えを含んだ目の動き。
どうやら、俺に嫌われることを怖がっているらしい。
背中をトントンと叩いて落ち着かせた。
「お前の部屋、片付けなきゃな。」
「っもう、した…」
そこだけは抜け目のない奴め。

俺は黙ってキミを抱きしめる。
腕の中で感じる、小さく骨張った感触。
まだしゃくりあげている。
そんなに痛かったのかよ。

キミが頬を寄せてくる。
そのままじっとしてる。
子ザルもどきだ。

俺はキミを抱いたまま、冷蔵庫の中身を思い浮かべる。
不器用な俺にだって、作れる弁当くらいある。
今日は休みだし、昼過ぎにでも手弁当で出かけたい。

のだが…。
すぐそばで聞こえ始めた寝息に、俺の計画は断念された。

こいつ、泣きすぎて寝ちゃったのかよ。
仕方ないなあ。

抱き上げてベッドへ運ぶ。
キミを乗せて、俺も隣にごろりと寝ころぶ。

話し相手が在るのも幸せなら、
寝顔を見られる人が在るのも幸せ。

天気がいい。
だから二度寝だ。
泣き虫なキミと。

ずっとキミと。
(PC)
13 無名さん
↑おわり
(PC)