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1 萩村

川辺の一軒屋

小学一年生の夏。
私はまだ、ひとりで自転車に乗れなかった。
補助輪という逃げ道も用意されていたのだが、幼いながらに拒んだ理由。

「男のくせに。」

誰がそう言ったのかは忘れてしまった。
しかし小さなプライドはひどく傷付けられ、同時に燃え上がった。
負けてなるものか。
ひたすら練習を繰り返し、ようやく乗れるようになった頃には学年がひとつ繰り上がっていた。

そうして迎えた翌年の夏。
一気に行動範囲が広がったことで、ある忘れられない体験をすることになる。
[作者名]
萩村
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2 萩村
どこでも転ばずに運転ができる。
それだけでも十分に心地よかったが、中でも土手沿いの長い一本道は気に入っていた。
一方に穏やかな流れの川、もう一方には住宅街を見下ろしながら、存分に走ることができる。

不運だったのは、そこで偶然新しい興味を見つけてしまったことだ。

「すげえな、ギリギリセーフじゃん。」

遠くの川辺に見えたのは同じ学校の上級生たちだった。
土手の斜面は腰掛けると下まで滑り降りてしまうほどの急な傾斜になっている。
勢いよく滑っては川に落ちないよう止まるというだけの遊び。
どういうわけか私の目には、それがひどく格好いいものに映ってしまった。

その日から、自転車と同じように練習を決意する。
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3 萩村
滑り始めは恐る恐る。
何となく危険行為の自覚はあったが、好奇心には勝てなかった。
何度か滑っているうち、今度はもっと速くという欲求も生まれてくる。
上級生はできたのだから。
負けず嫌いが顔をのぞかせる程度に慣れ始めた頃、背後から声を掛けられた。

「坊主、ちょっといいか?」

見覚えはないが、通り掛かった中高生らしい。
青年と呼ぶには少々幼い顔立ち。
もちろん当時の私にとっては遥か歳の離れた人間なのだが、不思議と警戒はしなかった。

「…あのな、その遊び…やめといた方がいいよ。」

「…どうして?」

「ここらに住んでる人な、…まぁ、オバチャン連中。土手で遊んでると、スゲー怒るからさ。」

自分が見た上級生は遊んでいたのに。
正直なところ、私は納得しなかった。

「とにかく、見つかったらヤバいってこと。」

「…わかった、ありがとう。」

素直に聞き入れたふりをしたのは、何だか悪い気がしたせいだ。
その忠告でかわったことといえば、練習の時間帯くらいだろうか。
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4 萩村
「こら、そこのボク!」

数日ほど経ち、私はあっさり見つかってしまった。
どれだけ辺りを警戒していても、視界を遮るものが何もなくては意味がない。
声の主が忠告にあった"オバチャン連中"のひとりであることは確認するまでもなかった。

「…ここで何をしていたの?」

聞かれても答えられない。
話の通りだとすれば、何を言っても叱られるとわかっていたからだ。
彼女はそんな私に業を煮やしたのか、それならばと命令する。

「後ろ、向いてみて。」

答えずともそこに証拠が残ってしまっていた。
土手滑りを繰り返した薄手のズボンは、散々草花に触れて擦り減ったように汚れている。

「やっぱりね…。」

「ちょっと、ウチまでいらっしゃい。」

指差したすぐ下の住宅まで、自転車を押しながらついていく。
少し迂回しただけの距離が、いつも走っていた道よりずっと長く思えた。
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5 萩村
いつから始めたのか。
動機は何だったのか。
道中飛んできた事細かな質問は、さながら取り調べのようだった。
庭先に自転車を残し玄関へと上がってしまうと、気分はもう逃げ場のない重罪人。
家や学校にまで連絡されるのではないかと気ばかり焦った。

「始めたばかりみたいだし、他の人には黙っててあげる。」

「そのかわり…。」

地区で決められている罰を受けること。
それが彼女の出した交換条件だった。

「じゃあ、お尻を出しなさい。」

土手で危ない遊びをしている児童がいたら、嫌というほど尻を叩いてやること。
それはかしこまった規則ではなく、近隣に住む主婦同士で考えた取り決めらしかった。
彼女がこうして罰した児童も、どうやらひとりやふたりではない。

「いきますよ。」

それは手慣れた叩き方からも明らかだった。
パァン、パァンと部屋じゅうに響くぐらいの大きな音を立て、彼女は私の尻を打った。
剥きだしになった丸い肌は見る間に桃色に染まり、細長い指のあとが何本にも重なっていく。

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

私がとっさに口にしたのは、長くは耐えられない痛みだとすぐに気付いたからだ。
それでも彼女は冷たく言い放つ。

「…あんな遊びをするような子たちはね。」

「みんな、こうしてきたの。」

例外はない。
淡々と罰を与え続ける彼女の手は、ほんの少しも休まることがなかった。
彼女がパァン、とひとつ叩いては私がビクンと体を震わせる。
その痛みを噛み締めるだけの暇もなく、またパァンと音が鳴る。
私が涙を流し始めても、顔色ひとつ変える様子はない。
パァン、…パァン、…パァン…。
それまで味わったことのない無間地獄のようだった。
後悔するにはもう遅い。
流れ落ちた涙と汗でシミができそうなほどの時間、彼女は私の尻を打ち続けた。
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6 萩村
「ひとりで帰れる?」

泣き止んだあと、彼女は優しく声を掛けてくれた。
一方の私は両目と尻を赤く腫らした恥ずかしさから、大丈夫とさえ答えられず小さく頷くだけ。

「それだけ痛かったら、当分土手滑りなんてできないでしょ。」

私ぐらいの子は、一度味をしめると少し叱ったぐらいでは堪えない。
それならいっそ、滑るのも嫌になるくらいに尻を痛めつけてやれ、というのが近隣に住む主婦たちの総意だったらしい。
今は考えられないが、当時ならば割とありふれた話だった。
そういえば、あの上級生たちを見たのも最初の日だけだ。
彼女かあるいは、ほかの主婦に捕まったのだろうか。

「あ、そうそう。」

「…今度またやったら、ひどいわよ?」

彼女が言うには、一度叱られたぐらいで懲りる児童はほとんどいなかったそうだ。
具体的には、当時の中学生や高校生の世代が私ぐらいだった頃は毎日のように見つかっていたのだとか。

思えば、あの忠告も実体験だったのかもしれない。
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7 たかひろ
良いですね。
上級生達のお仕置きやもう一回見つかるとどうなるかも見てみたい。
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