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1 ヨウ

エミ先生の特別学習

昭和の時代。
先生は僕ら子供が敬うものであり、どの親も大きな信頼のもと学校生活の全てを一任していた。
そのため「温和な先生」であっても、時に厳しく指導にあたるのが当たり前。
子供が何をしても決して手をあげないことは優しさではないと、子供の僕でさえ理解できていた。
[作者名]
ヨウ
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2 ヨウ
そうした愛情のある指導をしてくれた恩師達の中に、とりわけ印象深い先生がいる。
小学四年生の時の担任で、名をエミ先生といった。


エミ先生は一見すると歳の離れた姉のようで、休み時間に喋ってみると気さくでどんな質問にも答えてくれた。
授業も他の先生のように、一切の私語を許さないピリピリとした雰囲気ではなく、楽しませて他のことを考えさせないというのを目標にしていたようだ。
おかげで授業そのものは楽しく受けられたが、時間と提出物には厳しかった。
僕自身、クラスメイト達の前でよくお尻を叩かれたものだ。
当時は男だから、女だからといって加減してくれるような先生はほとんど居なかったが、エミ先生は叩き方で男女の区別はしていた。
男子を叩く時は軽い罰なら下着越しだが、ひどくなるとお尻を丸出しにする。
女子は大抵がスカート越しでひどくてもお尻丸出しは免れるのだが、公平を期すため男子に比べ遥かに沢山叩かれなければならず、不満を口にする女子もいた。
エミ先生は時々そういった子を放課後に呼び出して、希望通り男子と同じようにして叩いてやっていたそうだ。
あくまで女子の間に流れていた噂のようなもので、真偽のほどは僕にはわからないのだが。
とにかくエミ先生のことを話すうえで、お尻叩きの罰は必要不可欠といっていいだろう。
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とくに厳しかったのが、夏休み明けに設けられた特別学習の時間。
しかしこの時間、特別学習というのは名ばかりの教育的指導。
夏休みの宿題を提出日までに終わらせることができなかった者はみんな、順番に呼ばれてお尻叩きを受ける約束になっていた。

『出席番号順ね』

『終わった子が次呼びに来るから、それまで各自で自習』

別教室で罰を与えるような言い回しだったので気を抜いていると、なんとエミ先生は椅子を運んで教室の後ろで一人目の男子のお尻を叩きだした。

『後ろ見たら許さんからね』

お尻丸出しで叩かれているのは音でわかる。
これはエミ先生相当怒っているなとみんな一瞬にして悟り、自分の宿題に集中し始めた。
後ろでずっとパチンパチンパチンパチン音がするのでもちろん気にはなっているが、なにせ自分もあとで同じメに遭わされるのだ。
少しでも真面目にやってご機嫌取りをしておこうというのが子供の本音だろう。
ところが、しばらくすると…誰も喋らない中、おかしいぞ?という雰囲気が流れ始めた。
一人目の男子のお尻叩きが、終わらないのだ。
普段のエミ先生ならば叩く理由によって強弱の差はあれど、多い時で五十も叩けば許してくれていた。
しかし特別学習に関しては、選ばれた時点で大罪ということなのか。
一人目の男子がお尻叩きから解放されたのは、エミ先生が叩き始めてから七〜八分も経ったころだった。
お尻が痛いのか、片足でケンケンするような足音が聞こえたあと、ギィと椅子をひく音。
二人目の男子が呼ばれたのだろう。
すぐにまたパチン、パチン…と始まったので宿題に戻るのだが、やはり気になって時計は見ていた。
二人目の男子の罰も七〜八分で終わり、おそらくほとんどの者が直感した。
順番がきたら、自分も同じくらい長時間のお尻叩きに耐えなければならない。
ふいに隣の席の女子と目が合った時、僕より見るからに青ざめていた。
考えてみれば、エミ先生のことだ。
男子がお尻丸出しで七〜八分ということは、女子は下着越しなぶん、少なく見積もっても十分はある。
下手をすると十五分近く叩かれるのではないかと、教室にいた誰もがそう思った。
ただ僕はまず自分の順番を乗り切らなければ人の心配をしている余裕などない。
三人目、四人目…とお尻叩きの音にも慣れてゆく中、僕が呼ばれたのは七人目だった。
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忘れもしない。
振り向いた瞬間こちらを見ているエミ先生と目が合った。
表情は、笑っているでも怒っているでもなく。
呆れと寂しさが混じったような複雑そうな顔は、『しょうがない子ね』とでも言いたげだった。
そして座った先生の脚にもたれかかろうとした時、立てた人差し指をまわすジェスチャー。
僕の体の向きが逆だったらしい。
最初は誰かが後ろを見た時のことを考えて、お尻がそっちを向かないようにしたんだろうと思った。
しかし叩かれ始めてみると、まだいつものようにみんなにお尻を向けているほうが恥ずかしくない。
エミ先生の膝でパチンパチンお尻をぶたれている間、ずっと宿題をしているみんなのほうを見なくてはならないのだ。
いつ誰がこっそり振り向くかもわからない。
そんな時どんな顔をしていればいいのか、考えているだけでお尻の痛さ以上に重い罰だった。
僕自身が叩かれている間は時計など気にする暇もなく終わったが、おそらく七〜八分で間違いないだろう。
次の子の肩を叩いて席に戻った時、椅子の冷気が直接お尻に伝わるような感じがしてむず痒かった。
しばらくはその痒さと闘い、男子への罰が全て終わるころにはましになっていたので宿題に取りかかる。
その集中を乱したのが、女子へのお尻叩きだ。
エミ先生が一体どれくらい叩くつもりなのか、当の女子たちはもちろん男子も気になっていたに違いない。
十分か、十五分か。
いよいよ一人目の女子が椅子をひき、教室の後ろへ歩いていく。
僕もちらちら時計を気にしながらその一瞬に備えた。
そして先生が女子のお尻を叩き始めたところで、教室中に戦慄が走った。
下着越しの音ではない。
僕がそう感じたのと同じことを、周りの女子も思っていたようだ。
なんとエミ先生はこの時、女子のお尻も男子と同じように丸出しにして叩いていたのだ。
女子は気が気でなかったろう。
後ろを向かないという口約束があるとはいえ、突然わかった男子もいる教室でのお尻丸出し。
小学校の教室なんてなにがあるかわからない。
誰かが廊下を通る可能性だってあるし、他の先生が業務連絡にくることも珍しくない。
お尻叩きの前からすすり泣いていた女子もいたようだが、結局エミ先生はこの日、全員同じようにして七〜八分かけてお尻を叩いた。
さらに追打ちをかけるように、帰り際に放った一言。

『今日で終わらなかった子、明日も同じ罰ですからね』

エミ先生の特別学習は、ただの一日では終わらなかったのだ。
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そうして毎日エミ先生にお尻を叩かれるうち。
ついには宿題を残しているのがクラスに僕一人となってしまった。
手を抜いたわけでは決してないのだが、人には得手不得手がある。
こうした宿題を手早く済ませることがなにより苦手だった僕は、お尻叩きを恐れて頑張り続けた子達に遅れをとってしまったというわけだ。

『これじゃあ…、まだ当分続きそうね』

量も問題だった。
夏休みの宿題に加えて日々出される宿題も終わらせなくてはならず、作業スピードには全くの余裕がない。
必然的に家で普段の宿題を終わらせ、学校で夏休みの宿題ということになる。
僕は工作以外のほとんど宿題をやらずに九月を迎えたため、提出期限から二週間ほどが経っても全く宿題が終わる気配がなかった。
それでもエミ先生のお尻叩きは毎日あり、僕が一人になってからはもっと頑張れという意味を込めてか、日に日に沢山叩かれるようになった。
人数が減ったぶん、叩くエミ先生にも余裕ができたのだろう。
僕のほうには歓迎できる変化ではなかったものの、人の目がなくなったせいもあってそこまでの苦には感じなかった。
もちろん叩かれると痛いが、視線の先にクラスメイトの背中がないというのはそれだけで大違いなのだ。
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そうして僕一人がお尻叩きを受ける日が何日か続き、エミ先生からある提案があった。

『このままじゃ終わらないし、土日の午後やりましょうか』

それは、週末も特別学習を行うというもの。
金曜日のうちに普段の宿題を終わらせておくよう言われ、土曜の正午前に学校へ。
教室でやるものだとばかり思っていたら、エミ先生の自宅ということで車移動。
部屋はアパートではなくて駐車場と庭つきの立派な平屋だった。
実家だったのかどうかはわからないが、僕がお邪魔した日は他に家族はいなかった。
少し緊張しながら勉強道具を準備し、取りかかる。
やればできるもので、いつも学校でやる時よりはずいぶんとはかどった。
エミ先生もそれに気をよくしたのか『明日もここ決定だね』と終始ご機嫌の様子。
ただし、そんな日でも宿題だけでは終わらなかった。

『今日はここで叩くからね』

なんとエミ先生は、特別学習でお尻叩きなしはありえないと言いだしたのだ。
さすがに学校以外では許してほしいと主張するも、『宿題しなかったのはだぁれ?』と一蹴されてしまった。
僕が観念してぷりんとお尻をだすと、エミ先生は正座に引っぱりこむようにして僕の体勢を崩し、いつもと同じようにパチンパチン叩き始める。

『今日は終わらないかもね』

『どうせだし、明日までこうやっててもいいんじゃない?』

などといいながら、僕の反応を面白がっているように見えた。
学校で叩く時はもう少し真剣というか、怒っていることが伝わるのだがこの日は違った。
お尻を叩きながら、どこか僕をからかっているようないたずらっぽい笑い方をしていたと思う。
だからといって僕がふざけてお尻を引っこめたりすると、『コラ!』の怒声とともにバチバチバチっと連続で叩かれたりした。

『学校じゃないからって、反省する気がないなら許しませんよ』


自分は笑っているのに、そうやって怒りながら先生としての顔も見せる。
進級するまでの付き合いでしたが、結局どんな先生なのかは最後までつかめませんでした。
この日の特別学習をいまだに忘れられないあたり、本当に印象深い先生だったことだけは確かです。
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7 まさる
面白いですね。
本当に誰も後ろを振り返らなかったのかな?
後ろを見た子がみんなの前で見せしめにお尻叩きとか。
(docomo)