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1 野宮

炊事 洗濯 尻叩き

『なによ、相談って?』

学校から帰った紗江は、ランドセルを置いてすぐ姉の美羽のもとへ駆け寄った。
紗江が隠すように握ったくしゃくしゃの紙切れ。
美羽はなんとなく事情を察したものの、わからないふりを続けて袖を引っ張る妹を見下ろす。

『まずいことに、なったの…。』

この世の終わりでも見たかのような青ざめた顔で紗江がつぶやく。

『そう。…で、何点だったの?』

『…ふぇ?』

『…テストでしょ?』

『す、すっご〜いお姉ちゃん!なんでわかったの!?』

聞き慣れた一大事。
紗江は物心ついた頃からのお転婆、良く言えば天真爛漫なその性格から、たびたび母に叱られるようなことをしでかす。
勉強をサボって外で走り回るなんてことは日常茶飯事で、そのせいか数年ほど前から美羽への風当たりも心なしか強くなった。
結果を残せている間はお咎めこそないが、怠けた上にできませんでしたと言えばもちろんカミナリが落ちる。
[作者名]
野宮
(PC)
2 野宮
『六十九点、ねぇ。…まぁ惜しかったけど、諦めるしかないわね。』

『そ、そんなぁ……。』

母は小学校における勉強に関しては特に厳しい。
小学生の受けるテストなんて、授業さえ真面目に聞いていれば八十点や九十点くらいは取れて当然。
そんな考えの持ち主だ。
勉強が得意ではない紗江のために少々の配慮はあったが、百点満点で七十点に届かない時には厳しい罰が待っていた。

『オシリ百叩きは間違いないでしょ。…あ、終わったら慰めてあげよっか?』

『……あと一点なのにぃ…。』

『毎日あれだけ遊んでたんだから、文句言わないの。塾には行きたくないんでしょ?』

『…絶対、ヤダ。』

『なら素直に、オシリ叩かれときなさいよ。あと何年かだけの辛抱よ。』

塾に行かなくていいことも引き換えにしているため、母が罰を妥協することはない。
七十点に満たない数値が一や二であっても尻叩きの回数は決まって百だった。
さらに複数の科目が同時に返ってきた日など、六十点台が二枚あれば二百叩きになるため紗江にはたまったものではない。

『あ〜あ、やだなぁ……。高学年でオシリ叩かれてる家なんて、たぶんうちだけだよ…。』

『なら、少しは勉強しなさいって…。私も通った道なんだから、今さら紗江だけ許すなんて私が黙ってないし。』

『お姉ちゃんは勉強できるから、あんまりされてなかったじゃん。…あたしなんて……。』

『…それは紗江の、自業自得。』

普段当たり前のように母から尻を叩かれているからか、紗江は美羽にそんな愚痴を言うのももう恥ずかしくなかった。
それでもいざ答案用紙を見せに行く前になると、いつも尻のあたりにキュッと力が入ってしまう。
紙についたシワを気持ち程度きれいに伸ばしたあと、紗江は奥の部屋へ消えていった。
(PC)
3 野宮
『あら紗江、テスト?』

『う、うん…。』

『…あぁ、足りなかったのね、ちょっと待ってて。先に脱いでおいてくれたらすぐ行くから。』

母は家事をしながら、まるで電話の保留でも頼むようにさらりと罰があることを言い渡す。
紗江の尻を叩く日はいつもこうだ。
始めた当初はいちいち確認していたが、今では紗江の顔色一つですぐに用件を察してしまう。
それだけ紗江が母に叱られてきたということでもあるのだが、言い訳一つする暇も与えてもらえない紗江の心中は複雑だった。
口に出したところで、聞いてくれるような母でもないのだが。

『お待たせ。…あらぁ、まだ脱いでなかったの?』

『あ、うん…。…ごめん、すぐやる。』

『ダ〜メ、時間切れ〜。脱がせてあげるからこっちいらっしゃいな。』

母はすでに床で正座をしていて、衣服に指をかけようとしていた紗江を手招きで急かす。

『じ、自分でやるって…。』

『自分でできなかった結果、こういうことになってるんでしょ〜?もたもたしないの、ほら!』

言いながら紗江の腕を掴んで手前に引き寄せると、二枚の布切れ越しの紗江の尻を強く、パン!と叩いた。

『痛ったぁい!?』

『言っておきますけど…今のは数に含みませんからね。』

『な、なんでぇ〜!?』

『脱がせてあげるって言ったのに、聞かないんだもの。大体、そんなに痛がるほどでもないでしょう?』

『痛い、痛いって!絶対今ので赤くなって……。』

紗江がそう訴えようとした瞬間、さっきより大きな音がパァン!と尻の辺りで弾けた。

『……痛ぅ……っ!?』

『そうねぇ、早く百叩いて終わりたいんだけど。…一体いつ始めたらいいのかしら?』

『…脱ぐ!脱ぐから、ちょっと待っ……!』

慌てて腰元に手をやる紗江を、母は静かに制止した。

『困った子ねぇ。…今は"脱がせてください"でしょ?』

『…あ、……ぬ、脱がせてください……。』

『遅い。』

続けざま、パァン、パァン、パァン、パァン…と紗江の尻をめがけた四連発。
もちろんそれも勉強面の罰ではなく、言われてすぐ応じなかったことに対する戒めだ。
まだ始まってすらいない母の百叩きに緊張しながら、早くも自分の尻をさすってやりたいと願う紗江の姿があった。
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4 野宮
『うぅ〜、ジンジンするよぉ。』

『…今からなのに、なに言ってるの。毎回毎回そうやって駄々をこねるからでしょう?』

『だってぇ…。』

『はいはい、これ以上延ばされてもこっちが困るから。ご飯の支度、まだ途中なのよ?』

これから紗江に罰を与えるところだというのに、母はしきりに時計を気にしていた。
紗江も、姉の美羽も知っている。
この母にとって、娘の尻を叩いて叱ることは家事の一つをこなすのと同じくらいに当たり前のことなのだと。

『それじゃ、おとなしくしてなさいね?』

『あ、あんまり痛くしないでね………って!!あぁ〜ん、言ってるそばから〜!』

『…はいはい、続けるわよ。』

母は淡々と、今度はむき出しにした紗江の尻をバチンッ、バチンッ、バチンッ…と叩いていく。

『痛い、痛いって〜!!』

『………。』

いちいち娘を叱っているような雰囲気を作ることもない。
日常生活の中で炊事や洗濯を始める時と同じようにして『じゃあ、先にオシリ叩いとく?』などと直接聞く日まであるほどだ。
そんな日は紗江も気軽さにつられ反射的に『うん』と応じてしまうのだが、母の尻叩きは百叩くまで決して終わらない。
うなずいてから『ちょっと待って』などと言おうものなら、今回のように無駄な罰がどんどん増えるだけ。
トイレに行きたい、友達と約束があるなどとどんな理由をつけても例外が認められたことは一度もなかった。

『休憩、十秒だけ休憩させて、お願い〜!!』

『いいけど、それじゃまた一回目からでいいのね?』

『えぇ〜っ…!?』

『…休憩なんて、今まで許したことあったかしら?』

母は手を休めることなく、バチン、バチンと紗江の尻を打ちながら交渉をピシリとはねのける。

『しばらくおとなしくするなら、今のは聞かなかったことにしてあげる。』

『……はい…。』

もう紗江はなにも言えなかった。
過去に百叩きが九十で振りだしに戻り、百九十叩きとなった前例があるからだ。
母はそんな時でも表情一つ乱すことはない。
せいぜい、洗濯物が乾く前に天候が悪くなった時のように、家事がひと手間増えたくらいにしか思っていないのだろう。
無言で尻を打たれながら、時おり歯をくいしばる紗江。
熱く、重くなってゆく尻の痛みに耐えられなくなる瞬間が迫っているのだろう。
それでも一定感覚で打ち鳴らされる音は、百を数えるまで止むことはない。
そこに紗江の嗚咽が入り混じるまで、そう時間はかからなかった。
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5 野宮
『あっ…、痛たたたた……。……お姉ちゃん…?』

『お疲れ、紗江。』

母に許されて部屋に戻ると、美和が待ちかねたように出迎えてきた。

『今日はどうだった?』

『…痛いに決まってんじゃん、知ってるくせに。』

『おうおう、ご機嫌ナナメだねぇ〜。さすってあげようか?』

『……優しくしてよ?』

紗江は照れ隠しなのか面倒くさそうに下半身だけ下着になり、ベッドに横になった。
美羽はその手前に腰をかけ、下着越しに優しくさする。
下着を穿いていても腫れているのがわかるくらい、紗江の肌は痛々しく赤みを帯びて膨らんでいた。

『こっぴどくやられたわね〜。今日も、百で終わらなかったの?』

『ん……、百と、ちょっとだけ。最近、ほんっと手加減ナシなんだよ?』

『そりゃあ…、もう高学年だもんね。……あともう一年経ったら、こんなもんじゃ済まないかもよ?』

『やめてよ、他人事だと思ってぇ……。』

紗江は母に叱られた日、こうして美羽に優しくしてもらえるこの時間だけは嫌いではなかった。
いつもは真面目に相談してもどこか流すような受け答え。
でも、辛い時には必ず手を差し伸べてくれている。
わかっていても口には出さないのだが、紗江はそんな美羽のことが大好きだった。

『ね、お姉ちゃん。』

『ん?』

『実はね、テスト……、もう一枚あるんだけど。』

『えっ…?』

『……五十七点なんだけどさ、見せに行った方がいいかな?』

『紗江、あんたって子は……。』

あいた口が塞がらないとはこのことか。
無垢な紗江の瞳を見ると、美和もついつい甘くなってしまう。

『いや、もう好きにしなよ。…さっき出しそびれたんなら、それ一枚で二百叩きは確実だけどね…。』

『…う、うそ〜っ!?』

『ほんと、懲りない子だわ…。』

『ね、ねぇお姉ちゃん!?あたし、どうしたらいい!?』

『知らない。』

『お姉ちゃ〜ん!!』

紗江の叫びに母が気付いた頃、またしてもカミナリが落ちる。
今日もまた、尻たぶに嫌というほどの愛を受けて健やかに成長していくだろう。
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