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1

いつものように

母として。
私は、息子にナメられているかもしれない。

「宿題?やってないよ」

わかっている。
"かもしれない"などというのは願望にすぎない。
誰の目にも明らかに、完全にナメられていることぐらいはいくら私でも気付いていた。
甘やかして育てたつもりはない。
小学四年生となる現在まで。
…いや。
正確には、四年生になった現在でも。
悪さをすれば叱っているし、手をあげることだってある。
昨今の風潮に反するところはあるだろうが、一人の母として間違っているとは思っていない。

思っていないのだが。
[作者名]
(PC)
2
「お尻叩くんでしょう、いつもみたいに」

そう口にして。
はいどうぞ、と言わんばかりに自らお尻を向けてくる。
そう、息子は叱られることから逃げようとはしない。
むしろそれが一日のスケジュールであるかのように。
淡々と罰をこなし、終われば次の予定に進む。
いつものようにお尻を叩いたところで、きっとすぐに宿題をするつもりはないのだろう。

「膝をつきなさい、二十回だよ」

それでも私は。
約束ごとを破った息子のお尻を叩くことにする。
カーペットの床に伏せ。
膝で立たせ、高く上がったショートパンツのお尻をぱしんぱしんと、二十回。
大げさに腕を振り上げることはない。
ただ、さほどの手心も加えず、あらかじめ決められていた事務仕事のように。
淡々と二十回、叩く。

「痛って、もういい?」

「まだ残ってる、三回」

お尻にきゅっと力が入った。
そうして残りの三つを叩き終えると、息子はお尻をさすりながら部屋のもといた位置へ戻っていった。
痛くないわけではないらしい。
当然だ。
私も経験があるからわかる。
かつての私も、私の母に相当やられたものだ。
娘と息子、男女の差はあれど。
お尻をあれだけの力で叩かれて痛くないはずはない。
私の赤く腫れてしまった手のひらが、よく知っている。
(PC)
3
結局のところ。
あれから息子が宿題に手をつける様子はなかった。
晩御飯までに宿題に"取り掛かれなければ"、お尻を二十回叩く。
彼が三年生になったころ交わした約束だった。
しかし…それは言わば後付け。
出された宿題はきちんとやる。
最初に交わした約束が守られていないことに業を煮やした、母からの追加ルールだった。
ちなみに、宿題を忘れた日は。
最初の約束にのっとり、お尻を三十回叩くことになっている。

「もう寝ちゃうの?」

「うん、おやすみ」

質問は…最後に与えたチャンスのつもりだった。
いや、チャンスというより最後通告か。
明日になれば。
晩御飯の前に、また息子のお尻を叩かねばならないのだろう。
合わせて五十回。
宿題をしないくらいでずいぶん厳しい、と思うかもしれないが。
事実として…あの子はまるで堪えていない。
大げさじゃなく、今も週の半分くらいは五十叩きを行っている。
当然、二十や三十叩くよりも痛がる。
痛がりはするのだが…終わればケロリとして、そのまま漫画を読み始める始末だ。

「今のうちに、何とかしないと…ね」

私は考えた。
仮に約束…ルールをまた後付けしたとして。
お尻を叩く数を増やしていったとして。
息子は、本当に反省するだろうか?
五十回であれだけ痛がるのだから、八十回に増やせば効き目はあるだろう。
でも、たぶん最初だけ、慣れれば同じだ。
三十回が五十回になった時と同じ。
一か月もすれば、八十回だろうと眉ひとつひそめずお尻を向けてくるのだろう。
それでは意味がない。
私の手のひらが、今まで以上に痛めつけられるだけだ。

「…決めた」

寝る前のトイレも済ませ。
水洗の音を背中に扉を閉める息子は、こちらを見もせず自分の部屋に消えていった。
パジャマに覆われたお尻に、もはや痛みもないのだろう。

私は後回しにしていた洗い物を終え。
ただ、明日のことを考えていた。
(PC)
4
「遅かったのね」

息子はうん、と一言口にして、ランドセルを置きに向かった。
いつものことだ。
宿題を忘れて居残りさせられていたことくらい、母は知っている。
息子も慣れたものだった。
机に置いたランドセルから連絡帳を取り出し。
たったった、と足早に私のもとへ届けてくれる。
宿題を忘れました。
日付も添えて赤ペンでそう書かれた連絡帳を。
悪びれもせず、見せにくる。

そうして。

「わかってるよ───」

いつものように、床に伏せようとした。
彼の背中に手を置いて、次の動作を遮る。

「待って」

不意の言葉に戸惑ったのか、中腰のまま固まる。
話を聞いてくれるふうではあったので、構わず続けた。

「その前に…座りなさい」

思いのほか素直に、従う。
表情だけは不服そうではあった。
長々とした説教を覚悟しているのだろう。
実際、試したこともあった。
現在の彼を見る限り、効果のほどは疑問だが。
私自身、そうやってズルズル引き延ばすのも好きではない。
今回は…手短に済ませることにした。

「…いつものようには、しないから」

「え?」

「今日は、いいえ、今日からは…いつもみたいにはしないわ」

息子はきょとんとしている。
もちろん私も。
今の説明でわかるなどとは思っていない。

「お尻、叩かないってこと?」

私は首を横に振る。

「もちろん叩くわよ、約束だもの」

パラパラと連絡帳に目を通し。
何度も見たはずの宿題忘れの記録を、繰り返し確認し。

「今日は五十回だったわね」

わかりきったことを、あらためて。
息子の前で口にした。
ただ沈黙するしかない我が子を十分に眺めたあとで。
そろそろ続きを教えてやることにした。

「五十回よ、"昔みたいに"五十回」

「……?」

「前どうしてたか、忘れちゃった?幼稚園までね」

「……あ、…」

思い出したようだった。
途端、表情が変わる。
怯えや驚きというよりは、まさか本当にはしないだろうというような、困惑の表情だ。
すかさず、私は。

「そうよ、今からそのお尻をひん剥いて、"ここ"で五十回、…わかった?」

正座をした自らの太もものあたりをぱしんと叩き、言った。
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5
息子はやはり戸惑っている。
それはかつて。
幼稚園児の息子にとっては、"いつもみたいな"罰だった。
痛くしすぎないよう、細心の注意を払い。
叱られたことがわかる程度に、お尻がほんのり桃色になるまでぺんぺんと叩いていた。
当時は、それで十分な効果があったのだ。
正確には保育園時代から。
お尻をぺんぺん叩くよと口にするだけで、しばらくは悪さをやめてくれた。
今のように痛みを与える罰になったのは、小学一年生になったあと。
慣れとは怖いものだ。

「さ、こっちへいらっしゃい」

ぽつり呟くように、口にした。
無理やりに腕を引くようなことはしない。

ずっと、そうしてきたのだ。

「……」

息子は何も言わず、私の右手があるほうへ歩いてきた。
覚えているようだった。
しかし、違うところはある。
昔は立ったままバンザイをさせ。
母である私がお尻を出させていたのだが。
さすがにそれは嫌だったようで、両膝をついて自分で下着を下ろし始めた。
何とも不格好で、見ていておかしくてたまらない。
同時に、成長が嬉しくもあった。

「昔みたいに、とは言ったけれど」

あとは五十、叩くだけ。
そんな格好になってから、私は息子に話し掛ける。

「ずうっと、痛いわよ」

返事は、なかった。
それを求めているような聞き方でもなかったけれど。
お尻にきゅうっと、力がこもる。

「お尻ぺんぺん、ですからね」

確か。
以前は、そう口にしてから叩くようにしていた。
何年も前のことでおぼろげではあるが。
息子も覚えていたような。
そんな──気がした。
五十回。
肌を直接叩いているのに、いつもとさほど変わらない強さで。
ほんの少し、気持ち程度の手心で、私は。
息子の裸のお尻を、何度も。
何度も何度も何度も、打ち鳴らした。

ほんのり桃色。
そんなもの、たったの数回だけで通り越している。

痛くないはずがない。
着衣の二十回でさえ、お尻をさする程度の仕草はしているのだ。
同じく五十回の日。
しばらくうろうろと歩き回っていたこともある。
叩かれれば、もちろん痛い。
しかし、それでも我慢できてしまうのが根源だった。
寝る時間の前には、もう忘れてしまう。
その程度の罰だったのだ。

しかし、今は違う。
園児のように裸のお尻をぶたれるなんて、小学四年生にとってはたまらないだろう。

「……っ」

この母は。
たまらなく恥ずかしいことくらい。
たまらなく痛いことくらい。
十分にわかった上で、この罰を選択したのだから。

息子は、泣いていた。
三十回を過ぎたころから、ぽろぽろと涙を零して。
それでも私は手を休めない。
きっちり五十回。
いつもより時間をかけて息子のお尻を打ち据えたあと。

「もう、しないのよ」

ずいぶんと大きくなったその頭に手をのせ。
撫でるでもなく、ぽんぽんと弾ませただけ。
小学四年生の息子の、母。
今現在の母としての愛情は、お尻からたっぷりと入っていったのだから。

一見するとそっけない、その仕草は。
幸いなことに、息子もどこか心地が良いようだった。
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結論を言えば。
多少厳しく叱ったからと言って、息子の怠け癖がすぐに消えてなくなるわけもない。
それから何度も、お尻を叩いた。
四年生の間も。
五年生に、進級しても。
そして…おそらくは。
息子が六年生になったあとも、そうするのだろう。
母として。
私は。
いつものように裸に剥いたお尻を、太ももに寝かせては叩くのだろう。

何度も、何度も、何度も。


きっと、いつものようにして。
(PC)
7 無名さん
いいなぁ。
(au)