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1 イナオカ

のぞきみ

「絵梨ちゃん、聞いて聞いて…ママね、あんなに素晴らしい先生にお会いしたの初めてよ」

ママが他人に影響されやすいのは知っていた。
昔から、テレビや雑誌で目にしたことを鵜呑みにしては周りを巻き込みたがる。
今年で5年生となる私も、散々それを見てきたおかげで多少のことでは驚かなくなってしまった。

「よかったねママ…それで、今度はどうしたの?」

話を聞いてあげないと子供のように拗ねてしまう。
そんなママの特徴を誰より知っている私は、よくこうして質問してあげている。
妹の千佳子より手がかかるあたり、私がお姉ちゃんで、ママと千佳子2人の面倒を見ているような錯覚さえあった。

「千佳ちゃんの担任の先生、立派な人でね…すごく子供たちのことを考えてくれててね」

今回の話題は、入学して間もない千佳子の保護者会のことらしかった。
私は始業式の際、壇上であいさつする姿を見たきりでどんな先生なのかもほとんど知らない。
大学を卒業したばかりの若い先生だったのは覚えているが、私の目には緊張してほとんど喋れていなかったように見えた。

「女のひとだったよね、芸能人みたいにキレイなひと」

「そうなのよ、若いのに芯がしっかりしててね…周りのママたちみんないいって言ってたの」

ママは誰かを悪く言うと怒るため、『ただ印象の薄いひと』なんて口にできない。
容姿がキレイなのは本当で、とりあえず褒めておく部分としては妥当な線だった。

「それでね…、いけないことをした時は、お尻を叩くんだって」

「うそ、体罰じゃん」

「ちゃんと怒ってくれる先生って、貴重よ?」

「じゃあ、千佳子も…」

「そうね、あとで悪いことしちゃダメよって教えてあげないと」

私は、千佳子が言って聞くような性格ではないことも知っている。
最近まで幼稚園児だった妹に同情する反面、あの強情さを直してくれたらと心のどこかで願っていた。
正直言って、どこか他人ごとだったように思う。
[作者名]
イナオカ
(PC)
2 イナオカ
「ただいま」

学校から帰ると、ママからの返事はなかった。
いつもならすぐ台所から「おかえり」の声がするはずなのに。
ぐるりと探してみると、千佳子の姿もないようだ。

(2階にいるのかな…?)

新品のような赤いランドセルがリビングに置きっぱなし。
千佳子が帰宅した形跡はあるので、しんとした雰囲気が日常と違っていて不気味だった。
そろりそろり階段をあがると、子供部屋の扉から灯りが漏れている。

「(なんだ、いるじゃん…)」

ひとり言のようにつぶやいた私がドアノブに手をかけようとしたその時。
ぴしゃん!
扉の向こうから、誰かが誰かを叩いたような音がした。

(な、なに…?)

そっと覗いてみると、隙間から手の届くあたりにママの背中が見えた。
正座している。
右腕を振りあげ、たびたび叩きつけている先にあるのは、どう見ても女の子のお尻だった。

(千佳子が、ぶたれてるんだ…!)

ぴしゃっ、ぴしゃっ、ぴしゃっ…
無言でお尻を叩くママの後ろ姿に、私は少したじろいでしまった。
これまで私や千佳子がどんな悪さをしても手をあげることはなかったママが。
お尻とはいえ…あんなに何度も叩いているところなんて。
これまで想像したこともなかった。
私がしばらく固まっているうちに、罰は終了したようだった。

「もうしちゃダメよ…千佳ちゃん、お約束ね」

「はぁーい…」

千佳子が赤いお尻をさすって立ち上がる。
どうやら泣くほどではなかったらしいが、いじっぱりな千佳子のことだ、痛いのをただ我慢しただけかもしれない。
あまり見てはいけないものを見てしまった気がして、その場を離れようとしたとき。

「ああ!お姉ちゃん、見てる〜!!」

千佳子に見つかってしまった。
(PC)
3 イナオカ
「だから、私はたまたま帰ってきただけだから…」

「お姉ちゃんのうそつき〜!ちょっと前に音がしたもん!!」

「だから、それは…」

どうして妹の千賀子相手にこんな弁解をする羽目になるのか。
私はそう思いながらも、叱られている現場をしばらく見続けてしまったことには罪悪感を感じていた。
だからこそ、こうして話をして納得してもらおうとしているわけだが。

(ああもう、ママも少しくらいフォローしてくれたらいいのに…)

そばで見守るママが、いつになく困った様子の顔をしている。
これでは本当に誰が面倒を見る立場なのかわからない。

「とにかく、ちょっと見られたくらいでなに?千佳子が悪いことをしたからママに怒られたんでしょ?」

「やっぱり見たんだお姉ちゃん、い〜けないんだ〜」

「…ああもう、ママもなにか言ってあげてよ!」

「…絵梨ちゃん、さっき見てたの?」

「…え?」

ママの質問は、なぜか千佳子ではなく私に向けられていた。

「なんで、そんなこと…」

「いいから」

「…ちょうど帰ってきたから、見えちゃっただけ」

「どのくらい?」

「ママ…、なんでそんなこと聞くの!?」

尋問されてるみたいで、我慢ならなかった。
いつもは子供みたいなくせに。
思わず大声をあげてしまったことに、私は自分自身でショックを受けた。

「千佳ちゃんね」

目を丸くして私を見ていた千佳子の隣で、ママが言う。

「学校で…お友達が叱られているところを覗いたそうなの」

ママがどうして困った顔をしていたのか。
この時になって、私は初めて理解することができた。
(PC)
4 イナオカ
「先生がね、ママにも少し叱ってもらいなさいと言ったそうよ」

そのあとのママの説明によると。
千佳子は担任の先生にお尻をぶたれ、帰ったらママにも叱られてくるよう求めたそうだ。
連絡帳にママのサインまで義務づけられてしまっては、千佳子も正直に話すしかなかったのだろう。
千佳子のお尻が真っ赤だったのは、先生にもぶたれたあとだったから。
そう納得のいく説明をされてしまうと。
理由はどうあれ自分からママに叱られに行った千佳子と、見たものを見ていないと言い張る私。
いったいどちらが子供なのだろう。

「ねぇママ、お姉ちゃんのお尻も叩くんでしょう?」

私が薄々思っていたことを、千佳子ははっきりと質問した。
たしかにこの状況で私だけを許したとなれば、千佳子が納得できるはずがない。
同じ罪を犯しているのだから。

「そうだね」

それでも、あっさりと肯定したママに対して不満はあった。
私はもう5年生なのに。
いつもはママのほうが子供で、私のほうがお姉ちゃんなのに。
そんなことを思いながら、ママと千賀子のやり取りを見ていた。

「でも千佳ちゃん、誰かが怒られてるところを見るのは?」

「いけないこと?」

「そうね、だからママがいいよって言うまで、ひとりでいい子にしていられる?」

「はぁい」

千佳子はどうやら納得した様子で、階段をバタバタとおりていった。

「さてと…絵梨ちゃん、そういうわけだから」

「ねぇママ、本当に…」

「絵梨ちゃん」

ママは千佳子が出ていったあと、すぐに再び正座をして私を呼んだ。
千佳子と同じようにします。
言われたわけでもないのに、ママの態度がそう言っているように聞こえた。

「ママ、いくつ叩くの?」

「さぁて、どうかしら」

千佳子の真っ赤なお尻が頭に焼き付いて離れない。
私もあれくらい叩かれるのだろうか。
そんな不安が恐怖となって、つい最悪の展開を想像してしまう。

「絵梨ちゃんは、お姉ちゃんだものね」

こんな時ばかりお姉ちゃん扱いするママにも、ほんの少し腹が立ってしまった。

「千佳ちゃんと同じで、好奇心旺盛なのはいいけれど」

こちらを見たママの目は、いつもと同じように微笑んでいるようで。

「絵梨ちゃんは…わかってたでしょう?いけないことだって」

どこか違っているようにも見えた。
(PC)
5 イナオカ
「さっきの続き、どのくらい見てた?」

「え…?」

「時間よ、覗いちゃった時間…」

「えっと…1分か、2分…くらい…?」

「あちゃー…、千佳ちゃんよりずっと重罪ね、絵梨ちゃん」

「な…、なんで?」

「千佳ちゃんはね、ほんの一瞬だけ覗いて見つかったんだって」

ママが私の下着に手をかける。
千佳子のを見ていたおかげで、脱がされるだろうとは覚悟していた。
それでも、実際にやられてみるのとは大違いなほど恥ずかしい。
5年生にもなって。
そんな誰かの言葉が聞こえてくるようだ。

「ねぇママ、いくつ叩くの?」

私は再びそう聞いた。
数を知れば少しでも楽になるかと思ったから。
それでもママはなかなか答えてくれず、たっぷりの間をもたせてこう言った。

「たくさんよ」

その言葉通り、ママは右腕を大きく振りあげ、私のお尻めがけて叩きつけた。
何度も、何度も。
2度、3度、4度…数えるのがイヤになるくらい叩いては、しばらく休むをくり返し。
その数が30を超えたところで、ママが信じられないことを口にした。

「千佳ちゃんの時は、このくらいだったけど」

すでにひりひりと痛む私のお尻を撫でるようにしたあと、ママが背筋を伸ばす。

「絵梨ちゃんは5年生だものね、これを5回分かしら」

「ちょ、ちょっと待って!?」

「ん?」

「あと4回も無理だよ、許してよママぁ…」

「あら、珍しい…」

ママが悪戯っぽく笑ったのが、表情を見ていなくてもわかる。

「絵梨ちゃんがママに甘えてくるなんて」

お姉ちゃんとしてのプライドなんて、今はどうでもよかった。
お尻を100いくつもきつく叩かれれば泣かない自信なんてない。
手段を選んでいる場合ではないと思ったのだ。

「もう…仕方ないわね、絵梨ちゃんだから特別よ?」

ほんの一瞬浮きあがった私の心を。

「あと3回だけで許してあげる」

ママは見事に撃ち落してくれた。
(PC)
6 無名さん
良いねこれ
(docomo)