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1 水川

ママが優しくなったわけ

だけどどうやらそう思っていたのは私だけだったみたい。

「翼ちゃん、ちょっといらっしゃい」

昔はママのその台詞が本当に怖かった。
何も悪いことしてないはずなのに心臓ばくばくいってたり。
まぁ…、自分で気付いてないだけで、やらかしてた事のほうが多かったんだけど。
それはそれとして。
何かあるとすぐに畳の部屋でおしりを叩こうとするママが、嫌いだった。


ところが中学にあがると、おしり叩きはぱったりとなくなった。
それは、2週間に1度は畳の部屋に連行されていた私にとって、すこし拍子抜けだったけれど…もちろん喜ばしい出来事であり。
何となく友達を家に呼びづらいという長いコンプレックスから解き放たれた瞬間でもあった。
…見られたら洒落にならないしね。
ともかく中学で、私は自由の身となったのだ!
成績の面でおしりを叩くようなママでは元々なかったんだけれど、不思議と勉強にも身が入る気がして。
テストの成績はまずまずの所をキープしながら3年生を迎えた。

そして今。
私は新たな、と言うか…ある意味で懐かしい大ピンチに直面している。
[作者名]
水川
(PC)
2 水川
「翼ちゃん、ちょっといらっしゃい」

何年ぶりかに聞いた久々の台詞のはずなのに、体が完全に拒否反応を示している。
憶えているものだなぁ。
いや待て待て、いまの私はもう間もなく卒業を控えた中学3年生のハズで。
ふた月もすれば花の女子高生というヤツですよ。
第一。
ここ最近、叱られるような事をした憶えもないし。
考えすぎだね私、いやぁ…ママも人が悪い、そんな紛らわしい言い方しなくても、ねぇ?
他の可能性をぐるぐる考えながらやって来たけれど。
思えば、おしりを叩かれる以外で、わざわざこの部屋に呼ばれた経験は一度もなかった。
そしてママが、期待した通りの台詞を口にする。

「翼ちゃん、今からおしりを叩きますよ」


「はぁ、な…なんで!?」

「なんででも、です」

「いや、意味わかんないし…」

ママが怒っている理由にはまったく心当たりがない。
ないのだが…私のおしりを叩こうとしているのが本気であるのは間違いなかった。
正座したママの下には四角い大きな座布団が敷いてある。
畳の部屋に座布団。
何とも似合いの一品であるが、元々この部屋に備え付けてあった物ではなく。
長時間、正座して私のおしりを叩いて脚が痛くならないように。
そのためだけに、ママがわざわざ買ってきたらしい。
ネットで調べたら6000円もしていた。
とんだ無駄遣いママである。
いや、使う頻度を考えたらお買い得だったのかもしれないけど…。

「なにをぶつぶつ言っているの、たくさん叩いて欲しいの?」

そんな訳はない。
確かに、ここで素直におしりを向けないと、本当に2倍も3倍も叩くのが私のママである。
だからといって、もうすぐ高校生の私にだってプライドはあるのだ。
小学6年生までの私は捨てていたものだけれど。
今は…そう、納得いく理由ぐらいは知りたい。

「理由を言ってよ、だって急にこんな事…」

「理由?」

「だから、おしりを叩く理由…」

ママはやれやれと額に手をあてると。
一言で、簡潔に。

「その髪ですよ」

…とだけ答えてくれた。
(PC)
3 水川
その髪ですよ。
一言で十分だった。
さっきから心臓がばくばくばくばく言っている。
私の率直な感想としては、

(え…、バレてたの!?)

が最も近い感情表現ではないだろうか。

「すこし猶予をあげたつもりだったんですよ」

ママは語る。

「中学の3年間は様子を見て、翼ちゃん自身が大人になって、自立ができていくようなら」

「ママは見守るだけでよかったし、そうなることを願っていたけど」

「…もちろん、おしりを叩くのも6年生で終わろうと思っていました」

「だから、ここには呼ばなかったし…すこし悪さをしても、ママの心にとどめておいたのよ」

「だけど…、翼ちゃん、あなたは……」

説明されなくても、そこから先は私が一番よくわかっている。
私は中学の3年間…いや、もっと言えば小学校の卒業式が終わった、その日から。
ほんの少しずつ、髪を染め続けているのだった。
最初は自分でやろうとして、大失敗。
念のために元の黒より黒い色で試したのは不幸中の幸いだったと言える。
よく見ればかなり不自然に染まっていたので、バレるとしたらあの時期ではあるが。
6年生の私なら…髪染めを企てているなんてママに知れたら、おしりを信じられないくらい叩かれてしまうだろう。
自分の事ながら、さぞや警戒したに違いない。
はっきり憶えてないので断言はできないけど。
私は時期を見て、2度目の髪染めに挑戦した。
今度は友達に紹介してもらったちゃんとした美容師さん。
染めたってわからないくらいに染めてください。
そんな訳のわからない女子中学生の要望に、プロとして応じてくれる美容師さん。
肉眼で判別できないよと、友達にはからかわれた。
それでも私は満足で。
3年間も通い続けたらどうなるかなんて、考えすらしていなかったのだ。
(PC)
4 水川
「その髪で、高校に通えると思ってる?」

「いや…これは、その」

「先生に注意を受けるまで待てるほど、ママは気が長くありませんから」

冷静になってみると、いまの私は言い訳のできるような髪色ではない。
茶髪どころか、色が抜けすぎて角度と距離によっては金髪にさえ見えてしまう。
塵も積もればなんとやらか。
昨日の私と比較されてもとくに変化はないが、半年前の写真を持ってこられたら御用となるだろう。
まして3年前なんて。
どうして気付かれないと思ったのか、かつての私を問いただしたい気持ちである。
それこそ、おしりでもひっぱたいて。
その役目は、どうやらママに一任されそうなのが悲しいところだが。

「翼ちゃん、おしりを出しなさい」

今度は告知でなく、命令だった。
従わなければ強制執行します。
という文言がそこに隠れている事はよくわかっている。
小学生までの私が何度その強制執行を受けたかは、足の指まで足しても数えきれないのだから。
でも、体は動かない。
動こうとする意志はあるのかさえ、自分でもよくわかっていないのだ。
まるでママに強制執行されるのを望んでいるかのように。
私の脚は、ぴくりとも動かなかった。

「わかりました」

言うなり、ママが私の腕をぐいと引っ張る。
柔道や合気道の経験でもあるんだろうか。
いとも簡単にバランスを崩された私は、ママの太腿に寝そべる形になった。
小学生だったころの私ならともかく、いまの私は背丈だけならママとそう変わらない。
それなのに。
経験が豊富なのは私だけじゃない事を思い知らされた。
長年、私のおしりを叩き続けてきたママである。
どうすればこの体勢にもっていけるかなんて、知らないはずがないのだ。
私は観念し、そっと目を閉じた。
(PC)
5 水川
…パァン!!
ママはジーンズの私のおしりをまず一度、思いきりぶった。
じぃん、と染みるように痛みと熱が広がり、すこしして感じなくなった。
たぶん脱いだら、今ので赤くなっているのがわかってしまうだろう。
しかしママはそのままジーンズのおしりを2発、3発、4発。
たて続けにぶってきたかと思えば、すこし間をおいての5発目。
私の気が緩むのを待っているのだ。
叩かれると警戒して強張っている箇所を叩くより、気の抜けたところに1発いれるほうがもちろん痛い。
ただそれを見極められるのは多分ママだけだろう。
私自身、おしりのどの辺りを叩かれたら痛いかなんて叩かれてみるまでわからない。
6発、7発、8発、…9発目、まで数えて、私はそのカウントが無駄だと悟った。
ジーンズ越しでも十分に痛いのだが、ママがこれだけ怒っていてそんな手心を加えてくれるとは思えない。
まして小学生以来なのだ。
おしりも大きくなっているだろうし、叩いているママの手のほうが痛いのではないか。
こんな状況でママの心配ができるとは私も成長したものである。
とはいえ、50発も叩かれるころには、さすがにおしりも痛痒くなってくる。
ジーンズ越しだとより痒みのほうが強いかもしれない。
そんな新発見を私がしたところで、ママの手が止まった。
67発目という中途半端な数は私の数え間違いかもしれないけれど。
とにかく、ママは私にこう言った。

「軽く叩いたけれど、このままじゃいつまで経っても終わらないわよ?」

「……?」

「おしりを出してからが罰ですからね、…春休みの間、毎日こうしてあげましょうか?」

「うそ…、待って、待っ…」

「待ちません」

ママは再び、ジーンズのおしりをパァン、パァン、パァンと打ち始めた。
なんとかおしりを上げ、腰にあるベルトを外そうとしてもママはそれを許さない。
大人しくしていなさい、と。
より強い力で1、2、3、4とおしりを連発で叩かれてしまうのだ。
急な痛みに腰がへなへなと砕けてしまう。
やはり、そう簡単に許してくれる気はないのだろう。
痛痒いを通りこして、じんじんおしりが熱を帯びて腫れてるだろうなーと思い始めたころ。
ようやくママが、ジーンズを下げるだけの猶予を与えてくれた。
(PC)
6 水川
「下着もですよ」

言われなくとも、とつい言い返しそうになってしまったけれど。
この期に及んでそんな甘い考えは持っていない。
いっそ痒いところを徹底的に打ちのめしてくれた方が楽なくらいかも。
…と、そこまではさすがに言いすぎた、けど。

(ん……)

空気に触れた瞬間、おしりがひんやりと気持ちよかった。
軽くヘンタイではないかと自己嫌悪に陥りかけたが、本当に大変なのはここからだ。
もう分厚いジーンズも、お気に入りの下着も私のすっかり赤らんだおしりを守ってはくれない。
桃にしては相当に熟れすぎている。
叩く前からそんな状態なのだからすこしぐらい手加減してくれてもいいのだが、

「さっきまでのは、駄々をこねた分のおまけです」

そういえば、ずぅっと昔からこんなママだった。
100発か、200発か…わからないけれど、たぶんそれくらいは叩くつもりだろう。
…久々に、泣くかも。
もうじき高校生なのに、こんな格好をしている時点で涙が出てもおかしくない。
私が赤いおしりを出したままじっと構えていると、ママが耳元に唇を近付けてきた。

「…心配しなくても、懲りたと思ったら許してあげます」

怒っていない時と同じ、優しい声だった。
私の気持ちが瞬間的に緩んでしまったのも仕方がないと思う。
しかし次の瞬間、

「…でも、それを判断するのはママだから」

ビチンッ!!
ママの手によるおしり叩きが再開された。
いや、ママの言いかたを借りれば、たった今から罰なのだろう。
すでに全体が赤くなっていたおしりに、よりくっきりと手のひらのあとが浮かぶ。
ああ、思いだしてきた。
小学生の私はしょっちゅう、こんなあり得ないほどの痛みに耐えていたんだ。
我ながらよくやる。
ビチンバチンと部屋じゅうに響きわたる、懐かしい音に私は酔いしれていた。
どこかで、こうなることを望んでいたのかもしれない。
こっそり髪を染めていた事。
気付いて欲しいと、あっさり見抜いて首ねっこをつかんでおしりを叩いて欲しいとどこかで思っていたのかもしれない。
それくらい、私は悩んでいた。
ママに嘘をつき続けている事。
平気なふりをして「叱られるような事はしていない」と自分を騙している事。
何より、ママにもう叱ってもらえないかもしれないという寂しさから。
今日、解き放たれていくような気がした。

「反省した?」

ママの問いかけにも、私は無言。

「まだみたいね」

ビチッ、バチッ、バチン……おしりを叩く音は、もう聞こえない。
涙があふれてそれどころじゃなかったからだ。
叩かれてはいるし、痛みも感じているけれど。
それ以上に、私の気持ちは喜びでいっぱいだった。
こうしてママにおしりを叩かれるのは、これが最後になるかもしれない。
でも、見てくれていた。
見つけて叱ってくれた。
それだけで、私はこれから自分で大人になっていけると、そう思った。
(PC)
7 水川
「…はぁ……、こんなに厳しくしたの、いつ以来かしらね」

「初めてだと思うよ、…された私が言うんだから、間違いない」

「…そうだった?」

とぼけた事を言うママの顔には、すっかり温和な表情が戻っていた。
いくつ叩かれたかはもう数えていない。
100や200なら過去に経験があるので、それよりも長かったとだけ言っておこう。
余裕が感じられる口調ではあるが、いまの私はうつぶせでしか横になれない。
なかなかに強がっている状態な事をわかって欲しい。

「髪は戻してもらいなさいね、…できるだけ早く」

「はぁい…」

私は突っ伏したまま返事をして、心の中で思う。
もしも、入学式まで髪を戻さなかったら。
最後の最後の思い出として、もう1回くらい叱ってもらえるのでは。

「心配しなくても」

ママは再び、そう言った。
え…?いま私…、願望を声に出した?
いらない心配をして固まる私に。

「翼ちゃんには必要みたいだし、これからもおしりは叩いてあげますよ」

「え……だ、だってもう私、高校生に……」

「お嫁にいく時までは、ね」

どうやら、ママに叱られなくなる日はまだ、かなり先のようである。
(PC)
8 美咲
翼ちゃんは 兄弟いますか?お仕置きされる時 兄弟の前で反省させ
られるのが一番嫌です。
(S)
9 まさ
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