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1

私の妄想ダイアリー

「千賀子、ちょっとここに座りなさい」

学校から帰ると、お母さんが怖い顔をして私を呼んだ。
あれ、私なにかしたっけ?
全く心当たりがない。

「どしたの、お母さん?」

「どしたの、じゃないわよ…コレ、なぁに?」

「コレ、…って……え、ええええええっ!?」

口から心臓が飛び出るかと思った。

「どどどどど、どうして、コレが…!?」

表紙に大きく、わざと崩した字体で"M"と大きく書かれた、ボロボロの大学ノート。
その数、4冊。
間違いなく…持ち主は私である。

「掃除してたら出てきたのよ、押し入れの一番奥から」

「し…、知らない知らない知らない」

「わかりやすい嘘つかないの」

こんなのバレたら生きていけない。
だって表紙のMは、妄想のMで…。
お仕置き妄想のために私がつけていた、妄想日記のような物なんだもん。
[作者名]
(PC)
2
目覚めたのは幼稚園の頃だったと思う。
お友達の祥也くんが…、誰かは忘れたけど、女の子を泣かせてしまった。
積み木を投げてぶつけたんだったかな。
飛んできた先生に怒られて、かわいそうと思ってたら本当に衝撃的なのはそのあとだった。
幼稚園までお母さんが呼ばれたみたいで、園の敷地をでてすぐの所でお尻をパチン、パチンって叩かれてた。
気づいた私は別の女の子と一緒に見てたんだけど、「いたそうだねー」っていうその子の感想とはかけ離れたものが、私の中に生まれたんだ。

いいな、羨ましい。

どうしてそんな印象を持ってしまったのかはわからないけれど、とにかく私は。
お母さんにお尻をぶたれる祥也くんを見て、憧れてしまったのだ。
そして、そこから私は更に歪んでいった。
私が単にMっ気の強い女子だったというだけなら、あんなノートは誕生しなかっただろう。
たまにわざと悪い事をして、お尻をぶたれて満足できたなら今日のような悲劇もなかった。

「おかしいとは思ってたのよ…、だいたいあんたは昔から」

お母さんの小言が続いている。
いやまぁ、今日あった出来事を全て忘れてくれるなら小言くらい何日だって聞いてやるんだけど。
そういうわけにもいかない…よね?

「…千賀子、聞いてるのっ!?」

「ひ、ひゃいっ!」

あぁ、処分しなかった私のバカ…。
そう言えば、どうして捨ててないんだっけ。
(PC)
3
思いだした。
お祖父ちゃんだ、4冊…捨てられなかった理由。
ノートは元々もっとたくさん書いてて…9冊目だったっけ?
とにかく今よりいっぱいあって、それを年末に焼いてた。
お祖父ちゃんがね、書いた字を燃やすと上達するとかなんとか言ってて。
年末になると焚き火に色々くべてたんだよね。
私はちょうどいいやと思って、見つかるとまずい妄想日記を燃やしてた。
お祖父ちゃんが亡くなるまで毎年焼いてたんだけど、結局、一番古い1冊と、新しい方から3冊は残したんだ。
一番新しいやつなんて、その時まだ毎日書いてたしね。
あああ…、私のバカっ!!
変な未練もたずに、全部燃やしてたらこんな事には…。

「千賀子っ!!」

「ひっ」

「コレなぁにって聞いてるの!答えられないの!?」

「そ、そんな怒んないでよぉ…」

今や、私も高校生。
たしかに世間様に言えるような趣味ではないし、死ぬほどイタいノートだと自覚はしている。
それにしたって書いたのは小学生の時、若気の至りというやつだ。
4年以上も経ったら時効でしょうに。

あれ、そもそも怒られるような内容だったっけ?呆れ果てて泣きたくなるならわかるけど。

「もういい、お母さんは全部わかりましたから」

「全部って…?」

「…ちょっと待ってなさい」

そう言ってお母さんは、何やら埃をかぶった平べったい箱を持ってきた。
(PC)
4
「…何コレ?」

「あんたが小学校の頃の、通信簿」

「…???何で今、そんな物…?」

「いいから見なさい」

お母さんがこちらに向けて渡してきたのは、小学1年生の時の通信簿だった。
表記もひらがなで「つうしんぼ」と書かれている。

「コレが、どうかした?」

「…先生の、評価の所」

「評価って…これ?"たまに不思議なことばを喋っちゃうところがありますが、お友達にも優しくできていました"…今みると、意味わかんないね」

無理やりいい所を見つけてくれたんだろうなぁ。
ありがとう先生。
私はそんな感想を抱いただけだったが、どうやらお母さんは違ったらしい。

「問題は、その評価で"生活"に△がついてるところね」

「…問題?生活って、外行って手ぇ洗わなかったとかそんなんじゃないの?」

「違うわね、生活って生活態度の事でしょう?つまり先生への態度よ」

「ふぅん」

お母さんもテキトー言ってるんだろうけど、いちいち反論すると面倒くさいのだ。

「…で、何が問題?」

「あんたのノート、一番古いやつ見せてみなさい」

「え!?や、やだよ…」

「いいから!!」

渋々お母さんにノートを渡す。
この大人。
娘の恥部を掘り起こして何が楽しいんだろうか。
(PC)
5
「啓司くん、お尻、40、給食、先生」

「…え?」

「由佳ちゃん、お尻、30、道、マ」

「わ…わーわーわぁーっ!!」

音読されるとは思わなかった。
私は慌ててお母さんからノートを奪うと、背後に隠して首をぶんぶん振った。

「ひ、酷いよ…いきなり読むとか」

「心配しなくても、4冊とも全部、目を通しました」

「ぎゃー!!」

終わった、私の人生。
明日からどんな顔して生きていこうかな…。

「…だからお母さん、こんなに怒っているんでしょう」

やっぱ怒ってたみたい、でもなんで?
噛みあわない会話。
こうなったら、とことんまで聞いてやることにした。
(PC)
6
「お母さんね、最初、意味がわからなかったの」

私は妄想をノートに書くとき、基本的には単語だけを並べるようにしていた。
例えば"啓司くん、お尻、40、給食、先生"というのは。
啓司くんというクラスメイトが、嫌いな給食のおかずをわざと床に捨てて、先生からお尻を40発叩かれた…という、妄想。
ついでに"由佳ちゃん、お尻、30、道、マ"の方も説明すると…。
友達の由佳ちゃんが学校帰りに寄り道をして、お母さんからお尻を30発叩かれた…という、妄想。
カタカナの"マ"は"ママ"の略で、私はふだん"お母さん"と呼んでいるからより難解にしたかったんだと思う。
あり得ないけれど万が一、ほかの誰かにノートを見られた時の保険として。

それがあり得てしまった場合の事は、想定してなかったみたいだけど…。

「啓司くんって昔よく一緒に遊んでた啓司くんでしょう?由佳ちゃんも、あの由佳ちゃん…。」

そうなのだ。
タチの悪い事に…私の妄想ノートは全て、身の回りの実在する人物を基に構成されている。
高校でも付き合いのある友達はもちろん、担任だった先生とか…じつは、お母さんもたまに。
いやぁ、お母さんが私を叩く妄想とか無理なんだけど、友達を叩く妄想とか興奮するんだよねー。
なんつぅ小学生だ。
私だったら友達やってないね、うん。

「た、たまたまだよ、たまたま……」

「ほらまた、そうやってすぐ嘘をつく」

そんな言い方ないじゃん。
お母さんに嘘ついた事なんて…そんなに、たまにしか…ないし。

「お母さん、すっかり騙されちゃったわ」

嘘つき呼ばわりされてるのが、何だか癪にさわった。

「私がいつ嘘ついたのよ」

思い当たるふしはいくつかある。
多分、思いだせないのも入れたらかなりあるんだろう。
しかし私にも譲れないものがある。
(PC)
7
「さっきの通信簿、"たまに不思議なことばを喋っちゃう"ってのが、ずっと気にかかってたの」

お母さんはさっきの通信簿を手に取り、ペラリとめくった。

「でも…あんたのノートを見て合点がいった」

「…どういう事?」

「これ、"よく嘘をつきます"って意味じゃない?」

不思議なことばをしゃべる。
考えもしなかったが、偏った目で見ればそういう意味に取れない事もないか。
よく嘘をつくのを先生がオブラートに包んだ?うーん。
ないとも言えないけど…。

「だとしたら、何?言いたい事があるなら、はっきり言ってよ」

「…じゃあ言うわね、千賀子、あんた……」

思わず語気を強めてしまったが、お母さんは怒っていても冷静なようだった。
親子喧嘩に発展しそうな覚悟もしていたのに。
それでうやむやになって、ノートの件も忘れてくれたら…なんて。
私の見通しは、ずいぶん甘かった。
(PC)
8
「千賀子、あんた……、嘘をついて、お友達が叱られるように仕向けていたんじゃないの?」

「はぁ!?」

何それ、それこそ妄想じゃん。

「だって、出てくる名前みんなお友達の名前ばかりじゃないの!」

「う゛……」

そこを突かれると、つらい。
ヘタに言い訳をすると最初から全て説明しなくちゃいけない事になる。
待てよ?
私のとんでもない妄想がバレるよりは、そういう事にしておいた方がいいんじゃない…?
すんごい性格の悪い娘のイタズラでしたで済ませてくれた方が。
妄想ノートなんていう性癖がバレるよりマシでしょ。

「ば、バレちゃったかぁー…」

「千賀子!あんたまさか本当に…!」

「じつは、小学校の時にちょっとだけ、ね…?……い、今はもうやってないから」

「当たり前です!!」

この調子だとすんごい怒られるだろうけど、疑心暗鬼がずっと続くよりは…いいよね?
ノートは今度のお休みにでも処分しよう。
はー、めでたしめでたし。

「いいわ…、お母さんも、こうなった時のために覚悟は決めていました」

うわー、なんか重く捉えてるぅ…。
お説教長くなりそう、やだなー。

「千賀子、お尻を出しなさい」

「は?」
(PC)
9
「なななな…何でそうなるのよ!?」

「決まっているでしょう、そんなノートまで作って…あんたには、自分のお尻で償いをしてもらいます」

「は、はぁっ!?私、もう高校生だよ!?」

「関係ありません」

まずい、まずい、まずい。
お母さんの性格上、本気でやりかねないぞ?
そりゃあ、昔から曲がった事が嫌いだったけど。
そのあたり、妄想ノートではお世話になったけど。
だからって、私が叩かれるのとは違うもん。

「だ、だって…そんな昔の事おぼえてないし……」

「おぼえてなくても、証拠ならそこに揃ってるでしょう、4冊も」

「だから、これは…!」

だめだ、説明できない。
今さら本当の事を言っても嘘をついていた事になるわけで、いっそ大人しく叩かれた方がマシ…?
もうだめ…、わけわかんない。
(PC)
10
「千賀子、お尻」

「わかったよ……」

四つんばいになり、自分でスカートを捲る。
妄想では何度となく見てきたシーンだが、まさか自分が体現する事になるとは思わなかった。

「そのままじゃ痛くないでしょう、パンツもよ」

「……はぁい」

全くときめかない。
妄想と現実じゃ、ここまで違うものなのか。
しばらく書いてはいなかったけれど、その違いくらいはわかる。

バチッ!
痛いだけだ。
こんなんで妄想してたの?あり得ない。
相手がお母さんだからとか、そんなんじゃないと思う。
痛い、痛い、痛いよ。
バチバチと鳴る自分のお尻に、火花が散っているような感覚がある。

「いくつ叩くの」

「…40よ」

痛いけど、それくらいならまぁいいか。
妄想では一度に200発とか300発とか、学年が上がるにつれてとんでもない事書いてたもんね。

バチッ!バチッ!バチンッ!

…まぁ、今もうすでに痛いんだけど。
20発目くらい?
高校生のお尻でこれだから、もし小学生の時見つかってたらやばかったんだろうなー。
ちょっと興味あるかも、なーんて。
しばらくお母さんにお尻を叩かれ、ごめんなさいを繰り返した。
40発が終わると、ひりひりする、熱い、何かちょっとかゆい。
感想はそれだけだった。
(PC)
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(…ま、現実なんてこんなもんか)

立ち上がり、パンツを引き上げる。
うわー、何か変な感じ。
妄想を現実でやるって、やっぱ今回だけでいいや。
そうだ、ノート処分しとかないと。
重ねて置いてあった4冊のノートに手を伸ばすと、お母さんから「待ちなさい」と声がかかった。

「何、まだなんかある?」

「なんかある、じゃないわよ…1冊目、貸しなさい…古いやつ」

「え…なんで」

「いいから」

怒られたばかりだし、今日1日は逆らわない方がいいかな。
軽い気持ちでノートを渡すと、お母さんがよくわからない行動を始めた。
ビッ、と赤いペンで、ノートの端っこに印をつけたのだ。

「…何してんの?」

「見ての通り、終わったから印をつけたのよ」

よく見ると、印がついたのは"啓司くん、お尻、40、給食、先生"の行のアタマ。
終わった?40?
もしかしてさっき、私のお尻を40叩いたのは…。
(PC)
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「次のもするなら"由佳ちゃん、お尻、30、道、マ"ね、どうする?初めてだったし、まだ痛むなら明日でもいいけど」

「ど、どうするじゃなくって!!」

終わり?次?わけわかんない…!
まさかお母さん、これを1行1行やってくつもり…!?

「自分のお尻で償いをしてもらう、…って言ったでしょう?昔の事だから、1人ずつ会って謝るってわけにいかないもの」

「だ、だからって…!」

「…お母さんね、あんたが隠れてずっとこんな行いをしてた事が、どうしても信じられないし、許せないの」

まさか、こんな展開になろうとは。
今さら嘘でしたなんて言い出せない。
むしろ罰を受けてしまった以上、何を言っても嘘に聞こえるだろう。

「だからね、1日1つずつでいいから、償ってほしいの…ゆっくり時間をかけていいから、昔の千賀子へ戻ってほしい」

「お、お母さん…あのね」

ていうか、書いてたのが昔の私なんだけど?
…だめだ、お母さんも妄想しだしたら止まらないんだっけ。
あーもう、何がどうなってるのー!?

「1日1つでもさ…4冊あるし、びっしり埋まってるし、1000個や2000個じゃきかないし…」

「だから?」

「こんなの、高校も卒業しちゃうって!」

「…あんたが、お嫁に行くまでに終わればいいわよ…、お母さんそれで胸張れる」

こうして。
完結から4年以上という月日が経って、私の妄想は現実となった。
全てが自分の身にふりかかるという、最悪の形で…。
(PC)
13 たく
面白いストーリーですな
ひどい妄想してればしてるほど自分にふりかかるってのがいい
(SP)
14 無名さん

これは新しい!スパ小説にも出尽くしてないパターンがまだあるもんだな。
(S)