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1 立花

君が望むのは

娘の汐里が「お尻を叩いて」と頼んできたのは、5月のことだった。
まず言っておくが、大人の遊びに目覚めたという意味ではない。
娘はまだ小学5年生になったばかりである。
そういった遊びは母親の私でなく、未来の旦那様が出来た時にでもとっておいてほしいものだ。

「…ねぇママ、聞いてる?」

「…えっ、…ええ、もちろん聞いてるわよ?」

いま私は、汐里がここ最近受けた小テストや問題プリントの抜き打ちチェックをさせられている。
チェックする立場である私が、させられているというのもおかしな話だが…現実にそうなのだから仕方がない。
月に1、2回程度、しかも抜き打ちじゃなければ汐里が納得しないのだ。
テーブル向かいに座る娘は、なぜか真剣な顔つきで結果を待っている。
あんたもう自分の点数見て知ってんでしょうが。
そんな野暮な言葉はぐっとのみ込む、じつに大人な私である。
[作者名]
立花
(PC)
2 立花
「ね、どーだった?」

「ええっと…、4枚は文句なし、合格ね……で、こっちの2枚が不合格…、算数と、理科」

「うっそ、ギリギリ合格じゃなかった…?」

「…35点で合格できるなら、こんなやり取りいらないと思うんだけど…?」

ぐうの音も出ないようだった。
そもそも自分から言い出したことでしょうに…と、完全に親バカながら、そんな所も可愛いなぁと思っていると、

「今日、何回?」

と少し不安そうな顔で私に聞くのだ。
冒頭で触れた、お尻を叩く約束のことである。

「たくさん」

つい意地悪でそう言うと、いつも困った顔になるのが本当に可愛い。
心配しなくてもそんなには叩かないよ。
少なすぎると、今度は本人が納得しないというのが難しいところだけれど。
せいぜい50回か60回、どんなに叩いても100回目で終わると私の中で決めている。
汐里には面倒なことになるため伝えていない。
誰に似たのか…、強がりでつい大きなことを言ってしまう娘なのである。
何より、自らこんなペナルティを課したというのがその証拠だ。
母親の私を巻き込んでまで、どうしてこんなことを始めたのか。
それを汐里の口から聞いていなければ、私も応じはしなかっただろう。
(PC)
3 立花
行きたい高校があるの。
最初はそんな切り出し方だった。
進学の話をしていたと思ったら、いきなりお尻を叩いてほしいに繋がるのだから娘の会話能力もあなどれない。
と、そんな親バカ話は置いておくとして。
行きたい中学ではなく、高校があるという話だった。
まだ5年生なのに気が早いなぁ、というのが率直な感想である。
全国の教育ママ達からは「遅すぎる」とお叱りの声が飛んできそうだけれど。
正直言って私は、勉強に関してあまり口うるさく言ったことはなかった。
近くの中学に入って、通えそうな高校へ通って、そこから先はまだ未定。
すくすく健康に育ってくれればいいや、くらいである。
自分が子供の時、口うるさく言われてきた反動かもしれないけれど。
そう考えてみれば、これは汐里なりの反抗だった可能性もある。
放任主義への、反抗。
文字通り、お尻を叩いてくれない親へのメッセージというわけだ。
…さすがに、考えすぎかなぁ。
(PC)
4 立花
「…ねぇ、やらないの?」

「…あぁ、ごめんごめん…、椅子取ってくるね」

「うん、急いでよー」

なぜだか罰を与える母親の私が急かされていた。
この辺り、普段と関係は変わらないのだ。
お尻は本当に叩くのだが、罰を与えること自体、疑似的なものだからだろうか?
わざわざ怒っているふりはしないし、娘もそれを受け入れている。
緊張でやけに口数が増えることは、本人も気づいていないようだが。

「はいお待たせ」

「遅い」

「なら、次から自分で持ってきなさいっての」

ダイニングから1脚、背もたれつきの椅子をわざわざ運んでくるのも私の仕事だ。
やや小柄な汐里でも座れば足先がつく、ちょっと低めにオーダーした特注品である。
なので他よりお値段はとんでもなく高いのだが、近頃はその価格に見合った活躍をしている。
汐里のお尻を叩くのにはちょうどいい高さなのだ。
椅子からすれば、甚だ不本意だと思うけれど。

(…今日も頼んだよ、っと)

そもそも、親子2人分の重量を支えるように計算したわけではないだろうし。
椅子に感情を込めても仕方がないのだが、本来の用途とは大きく違っているだけに職人さんにも申し訳なくなる。
購入した時点では、私もまさかこんなことに使うとは思っていなかったのだけれど。

「寝ていい?」

「はいどーぞ」

汐里は自ら、椅子に掛けた私の太腿に寝そべってきた。
うなじにかかっていた栗色の髪が、ふわっと左右に流れる。
体勢が安定したのを確かめてからスカートを捲ると、でかでかとイラストの描かれたピンク地のプリントパンツ。
1番のお気に入りだ。
今からこんな可愛らしい子のお尻を叩くのかと、わかっていながら少々うんざりする。
心が痛まない訳がないのだ。

「ねぇ、さっさと済ませてよ…」

「はいはい…」

せっかくの憎まれ口も、必至に頑張って考えているのが伝わってくるので母としては愛くるしさしか感じない。
…だってこの子、こんなに緊張しているんだもの。
許してね、と心の中で唱え、直後にパァン!パァン!と2つ、バックプリントのお尻をひっぱたいた。
これに関しては、私はほぼ手加減をしなかった。
というのも、最初に思いきり叩いておけば、途中で徐々に手心を加えても汐里は気づかないのである。

「痛ったぁい!」

「あら…、まだたったの2回だけよ?」

「ふぐ…」

汐里は黙ってしまった。
いいからさっさと叩いてよ、言いたいのだろう。
私はさっきの2回よりほんの少しだけ力加減を弱め、それでも同じくらいは大きな音がするように娘のお尻を打った。
…パァン!…パァン!と全く同じところを2回ずつ、合計で10回になるまで。
叩いた手もびりびりと痛むほどの強さで、プリントパンツのお尻をくり返し叩いてやった。
正直、これだけでも十分に罰だと思うのだが…。

「痛ったぁ…、ママ、手加減しないでよ?」

「してって言われても、しません」

「…それはそれで、なんか嫌だけど…」

汐里は一度立ち上がり、プリントパンツをするっと下ろした。
罰の本番はこれからなのである。
(PC)
5 立花
娘の汐里も、考えなしにこんな方法を提案してきた訳ではないらしい。
私がそれを知ったのは、何度目かの罰の時だっただろうか。
大好きな汐里のお尻を叩くのは正直つらいと、それとなく伝えてみたことがある。
彼女の答えはこうだった。

「ママって結構、面倒くさがりだよね?」

「えっ、…そ、そう…かな?」

「そうだよ」

自覚はあったのだが、小学生の娘にはっきり言われると結構ショックだった。
でもお尻を叩きたくないのは面倒くさいからじゃないよ、とよくわからない返答をしたように思う。

「でね、私もママに似てると思うんだ」

「汐里も?」

「うん、言われるまで何もしないところとか」

子供から「ママに似てる」と言われるのは嬉しいものだが、冷静に考えたらただの悪口にも聞こえる。
1人娘にそんな評価をさせてしまったことに親として多少の罪悪感も感じていたのだが、

「もういいって思うまでは、してほしいかな」

そう頼まれてしまうと、親として、中途半端に投げ出す訳にはいかなかった。
これは口に出して言ってはこないが、じつは髪の色を気にしていることも知っている。
栗色の髪は地毛なのだが、太陽の下など眩しいところでは茶色に染めているように見えなくもない。
小学校内で問題になったという話こそないものの、娘の様子を見ていれば不安なことくらいわかる。
要するに、見た目くらいでは文句も言えないような成績を取ってやる、ということらしいのだが…。

(…ま、本人が望んでるなら、いっか…)

あまり運動をしない私としては、5年生のお尻を叩きまくるのは体力的にもきついのだけど。
そんな本音を知らないまま、汐里は大人になってゆくのだろう。
(PC)
6 立花
…ピシャッ、…ピシャッ、…ピシャン、露わになった剥き卵のようなお尻めがけて、私は何度も平手を打ちつけていた。
30回は叩いただろうか、汐里は何度か下半身をよじらせて耐えている。
痛みだけでなく、むずむず痒くなってきたのだろう。
本人が言うには、こうなるとさっさと叩いて痛くしてもらった方がまだ楽になるらしい。
言われてみると昔っからくすぐったがりだったけど、関係あるのかな?
とにかく、それまで2回ずつを意識して叩いていたのを、すーっと大きく息を吸って、

「────痛っ……!?」

ピシャ!ピシャ!ピシャ!ピシャッ……
汐里が「痛い」と言いきる暇も与えないようにして、お尻を10連発。
8回目か9回目あたり、小声で「ヤバい、ヤバい」と聞こえた気がするが気のせいだろう。
そこからは普通に、また2回ずつ叩くことにした。
ピシャ、ピシャ、と今度はいつもの汐里なら物言いがありそうなほど加減してみたのだが、痛がっている。
10連発が効いたらしい。
すっかり敏感になった汐里のお尻は、今なら軽くぺしぺし撫でただけでも痛いと錯覚するかもしれない。
しかし、それでは意味がないのだ。
罰を望んでまでも成績を上げたいという汐里の決意に対して、あまりに失礼というものである。
とはいえ親として、怪我をさせる訳にもいかないので。
それなりに加減をしながら、適度な痛みを与えてやる。
ピシャン、ピシャン、ピシャッ……適度と言っても、その辺のわんぱく坊主なら最初の10回でもうぎゃんぎゃん泣いているだろう。
痛みに強い訳ではないはずなのに。
誰に似たのか、負けずぎらいな娘である…、本当に。
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7 立花
「あぁーもう…、まだひりひりしてる…」

「自分がそうしてほしいって言ったんじゃない」

「そうだけど…」

「足りないなら、後でパパにもしてもらう?」

「…嫌、死んでも嫌!」

ごめんパパ、居ないところで聞いたら卒倒しそうな発言がありました。
まぁさすがにこんなこと、男親には頼めないしね。

「いっぱい怒られたんだから、今度は頑張ってよ」

「…はーい」

似合わない、発破をかけるような台詞も、母親としての重要な役目だったらしい。
どこか嬉しそうな汐里を見て、怠りすぎていたかなぁと反省する。

「さ、パンツ上げて、気持ちが入ってるうちに宿題からよ」

母の手が届くうちは、気が済むまでお尻を叩いてあげるから。
(PC)