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おバカなふたり

(…ん?あいつ何やってんだ…?)

夕方、外の違和感に気付いたのは偶然だった。
いつも眩しいくらいの夕焼けのはずが、今日に限って白んでいたのは天候のせいではない。
薄い煙のようなものが見えた気がして窓を開けると。

「…けほっ、何だ何だ」

まさに煙だった。
裏にある焼却炉は祖父が亡くなって以来、何年も使われていないはずだが…。
台所の勝手口から外に出てみると、煙の原因とみられる犯人は鼻歌まじりに何かを燃やしていた。

「…真希?」

「ふぇっ!?」

焦って火箸を何度かガサガサ。
灰を散らしたあと、ゆっくりこちらを振り返った妹は、安堵したかのように深いため息をついた。
[作者名]
(PC)
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「…何だ、お兄ちゃんか……もう、脅かさないで」

「…何だじゃねーよ、火遊びはマズいだろ」

「遊びじゃないのよ、私にとっては」

よくわからないが格好良さげな台詞を吐いて、焼却炉を覗き見ているのは妹の真希。
あと一年もすれば中学生になるというのに、恐ろしいほど子供じみた遊びに夢中なお年頃だ。
以前にも、焼却炉の煙突から大量のロケット花火を打ち上げた罪で母親からこっぴどく叱られていたのに。
…という前述の一行でもうわかると思うが、かなりのバカなのである。

「…バカじゃないし、子供でもないもん」

「一度怒られて懲りないのはただのバカだ」

「だから…、違うんだってば」

様子がおかしいのはこの辺りで気付いた。
逆切れしながら言い返してきてもおかしくないこの状況。
我が妹ながらそれはどうなんだと考えてしまうが、今日に限って反論はほぼなかった。

「…誰にも言わない…?」

「俺を誰だと思ってる」

「…世界一信用できない目ぇしてるよね」

反論だったら傷付かなくて済んだかもしれない。
(PC)
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「…なるほど、テストを燃やしてたと」

「そう、緊急事態だったんだから」

なぜか誇らしげな真希をよそに、焼却炉に積もった灰の量を確認してみる。
焼け残った破片から判断しても、たまたま悪かったテスト数枚を処分したとは考えにくい。
おそらく小テストなどと一緒に、軽く二、三十枚は焼いたんじゃないだろうか。
大体、一枚二枚焼いたくらいであの量の煙は出ないはずだ。

「名推理だねお兄ちゃん」

「こんなん小学生でもわかるわ」

いやまぁ、こいつはわかってなかったんだろうけど。
煙の臭いどうすんだ?って聞いただけで汗ダラダラだし。
何も考えてなさすぎるだろ。

「…お兄様」

「断る」

「何も言ってないじゃん」

俺がゴミでも焼いたことにしろと言いたいのだろうが、バレたら大ごとである。
最初から自業自得なのはわかっているし、ここは冷たくあしらうことにした。
せいぜい怒られろ。
そう言って立ち去ろうとする俺の前に、真希がしつこく立ち塞がる。

「待って…、待ってってば!」

「諦めろって、バレても正直に言えば尻ひっぱたかれて終わりだろ?」

「そうだけど、…今回はマズいんだってば!」

半泣きの妹が哀れに思えたのは、口にした罰の痛みを久々に思いだしてしまったからかもしれない。
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うちは昔から、悪さをした時に母親が尻を叩くのがルールだった。
俺も小さいうちはよくやられたものだが、成長するにつれ数が増えるので罰を受ける機会そのものは次第になくなる。
真希のように六年生ともなれば尻の形が変わるくらい叩かれるのだから、そりゃあ避けたいだろう。

「だから、それだけじゃないんだって…」

「何が」

「…前科、あるから…」

確かに、大量のテストを隠滅したことに加えて、真希には過去にロケット花火の一件がある。
母親の性格からして、今日だけの尻叩きで許されることはまずないだろう。
よくて三日、下手をすれば一週間以上の尻叩きコースだ。
想像しただけで尻が痛い。

「かと言って、これを誤魔化すのは無理だろう」

「やっぱ、駄目…?」

「俺が焼いたって言ったところで…、お前、嘘つけないじゃん」

「そ、そんなこと」

「態度に出すぎ」

見抜かれて俺まで加担したなんて話になりかねない。
この歳で尻叩きはさすがにないだろうが、母親を敵に回して平穏な生活が送れるはずはない。
真希もそれは理解しているようで、頑張って演技するからと最後は身も蓋もないような頼み方をしてきた。

「そこはせめて反省したフリして謝っとけよ」

「あっ…、じゃあ!じゃあさぁ…」

何か閃いたという顔をして、真希が大声で叫ぶ。
経験上、こういう時は何を期待してもろくなことがない。

「お兄ちゃんが叩いてよ、お尻」

「あん?」

「それで痛かったら反省したフリできるし、…どう、よくない?」

突拍子もない提案だった。
そもそも反省する気はないのかこいつ…、と思ったが、母親の機嫌が損なわれないという意味では俺にもメリットはある。

「…今回だけな」

「やったぁ」

「あと、死んでもバレるなよ」

「了解であります」

素直に信用するには不安しかないのだが。
バレたらバレたで仕方ないかと、そんな風に思ってしまうほど、はにかんだ真希の前ではいつの間にか折れているのだった。
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「さてと」

「ねぇお兄ちゃんまだぁ?」

「…うるせーよ」

やけに尻叩きを急かす妹…って一体何だこいつは。
とんち利かせてんじゃねーぞ。

「安心してね、触ってもセクハラにカウントしないから」

「お前のやってる事は逆セクハラって言うんだけどな」

兄妹でバカ話をしているうちに、母親が帰ってくる時間が近付いてきた。
頃合いか。
帰宅時に真希の尻が全快していたらこんなことをする意味がない。
痛みを与える時間が重要なのだ。

「よし真希、尻を出せ」

「ほいきた」

「…何でノリノリなんだよ」

そういやこいつ、普段母親に叩かれすぎてて尻の耐久が異常っぽいんだよなぁ。
学年一、丈夫な尻してるんじゃないだろうか。

「…何か失礼なこと考えてない?」

「別に」

俺が思いきり叩いても堪えてくれるかどうか。
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「いくぞ」

「はいよっ」

ぱぁんっ、と結構な力で、左の尻たぶを勢いよく弾いてやった。
下着越しだったが、これが並の小六児童なら尻を押さえてうずくまってしまうだろう。
しかし真希はといえば、

「あ痛たぁっ!」

わざとらしい悲鳴をあげ、ちらちらと俺の反応を窺うだけだった。

「痛いけど、思ったほどでもない…ってか?」

「あ…、ばれちゃった?」

「どんな尻してんだお前」

失礼な、と言いながらも真希は嬉しそうだった。
尻の耐久を褒められたと思ったのだろうか。
バカを通りこしてて何かもうすごい。

「まぁいいや、痛くなってきたら言えよ」

「わかった」

ぱしぃん、ぱぁんと左右交互に、差し出された無抵抗の尻肉を痛めつけていく。
最初はさぁ叩けとばかりに尻を振っていた真希だったが、段々と笑えなくなってきたのか二十発目あたりで無駄に動くのをやめ、痛みに耐えるのに徹したようだった。
当然ながら、尻が丈夫といっても小六にしてはという意味である。
これだけの勢いで叩かれて全く痛くない訳はないのだ。
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「お兄ちゃん、痛い」

「まだ大丈夫だろ」

「お母さんに比べたらね」

全く否定しないのかよ。
結構思いきり叩いてるつもりなのに、どうなってんだうちの母親は。
ぱん、ぱん、ぱんと続けて三つ叩いたところで、真希が言った。

「待って、脱ぐ」

「え?…あぁ、わかった」

直接じゃないとこれ以上は痛くならないと踏んだのだろう。
何だか非力だと言われてしまったようで複雑な気持ちだったが、そうではない。
きっと母親が強すぎるのだ。

「…はい、いいよ」

上体をぐっと伏せた真希の尻は盛り上がる形になり、すでにところどころ腫れている肌は熟れた桃のようだった。

「お兄ちゃん」

「何だよ」

「コーフンしちゃ駄目だよ」

「しねーよ!」

とは言ったものの、健気に痛みに耐える姿が少し可愛く思えたのは事実だった。
あぁ、ホントこいつは。

「無理もないけどさ、こんな可愛い妹がいるんだもん」

喋らなきゃ可愛いのに。
とりあえず、渾身の力で尻をもう三十発ほど叩いておいた。
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「…痛ったぁい…、信じらんない…」

「俺も手が痛てーよ」

「うう…、でもお母さんよりマシか…」

だからやりすぎだろ、うちの母親。
俺の時はここまでされなかった気がするが、それだけ真希の素行に問題があるということか。
まぁ、思い付きでテスト燃やすような奴だし…。

「でも、礼は言っておくよ」

「何で上からなんだよ」

「だってマジ痛いんだもん…」

その腫れた尻を見ればわかる。
それでも母親にされる場合は四倍五倍は叩かれるというのだ、ここは感謝されて然るべきだろう。
俺の手は犠牲になったが、これで母親の機嫌は守られたはずだ。

「そのまま神妙にしてろよ、あとは俺が上手く言っておく」

「うん…、ありがとお兄ちゃん」

「気にすんな、アフターサービスだ」

美しい兄妹愛でめでたしめでたしとなりかけたその時。
ドアを開けた俺の眼前に、物語最後の登場人物が仁王立ちしていた。

「ただいま」

「…いつから、そこに?」

「あんたが真希のお尻叩いてたあたりかしらね?詳しい事情はあとで聞かせてもらうとして」

ずい、と扉の向こうの妹へ、俺には見えない表情でこう言ったのだ。

「真希はよくわかってるわよねー?…今から、どんな目に遭うのか」

世の中、悪いことはできないな。
俺がこの日のことを客観視できる日がくるのは、どうやらもう少し先になりそうだ。
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9 なびき
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