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1 生野

六月の記憶

目が覚めると、夕方のリビングだった。
ついウトウト眠ってしまったのは、習い事のない日曜日だからと油断したせいだろう。

「…やべ、宿題やってない」

意識がしっかりしてくるにつれてやるべき事を思い出す。
起き上がろうと上体を捻った所で、ズボンの違和感に気がついた。

(え…?)

濡れている。
表面にシミが確認できるほどひどい有様ではないが、気のせいではないだろう。
右手を入れてまさぐってみると、下着の方は触った瞬間に蒸れがくるほどはっきりわかった。

(…うわ、やっちゃった…マジ…?)

お漏らしなんて幼稚園の時以来だった。
いや、もしかしたら熱が出た日に何度かはあったかもしれない。
それでも高学年になってからは一度もないはずで、他に誰もいない部屋で頬がかぁと熱くなった。
これからどうしよう。
ショックのあまり何も考えられなくなった私は、しばらくその場で固まってしまった。
[作者名]
生野
(PC)
2 生野
(あちゃー、やっぱり乾いてない…)

この日ほど、ファッションに無頓着な自分を恨んだことはない。
母の買ってくれた中からお気に入りの服をひたすら二、三着分だけ着回していた私は、たった一度の失敗でも着る服がない事を思い知った。
ちょうど梅雨の時期である。
新しいのを買ってくれるという母の誘いを「いらない」と一蹴してきた行いのなんと愚かなことか。
だからと言って、失敗して汚したズボンを一日穿き続ける訳にもいかない。
漏らしたのを母に悟られても癪なので、本日は用済みになった洗濯カゴに突っ込んで自室に戻る事にした。
しかし、こういう時に限って母は目ざとい。

「ねぇ、このズボンは洗っちゃってもいいの?」

部屋に来るなり、いきなりその質問だった。
いつもなら朝まで覗きもしないだろう洗濯カゴを抱えて、汚れ物を私に見せる。
一緒に入れた下着のせいで漏らしたのももうバレているだろう。
まったく母というのはデリカシーのない生き物である。

「いいよ」
「でもこれ洗っちゃったら、あんた明日着る物なくない?」
「だから、いいって言ってるじゃん」

本当は全然よくないのだが、とにかく早くどこかへ行ってほしかった。
今現在、上には服を着ているのに下だけ真新しい下着姿で偉そうにする自分というのがどれだけ滑稽かは私が一番よくわかっている。

「なによその態度は…、あのね、お母さんは────」
「ああもう、いちいちうるさいなぁ」

そこでバタンと扉が閉まった。
どこかへ行ってくれたのかと一瞬思ったが、大きな間違い。
母は、扉の内側に立っていたのである。
(PC)
3 生野
「もう怒った」
「なにが?」
「お母さんはね、洗濯の都合もあるから聞いたの」
洗濯カゴを床に置き、つかつかとこちらへ歩いてくる。
「大体ね、汚したらすぐ言うのが当たり前じゃないの?こっそりカゴに放り込んでそれで終わり?」
「それは…」
「今だって、ゴメンナサイの一つも言えないし」
簡単に言うけれど、母が思うよりそれは本当に屈辱的なのだ。
他の理由ならまだしも、お漏らししてゴメンナサイなんて幼稚園児でもそれなりに恥ずかしい。
まして年頃の私には見えない拷問である。
「いいからもう出てってよ」
「呆れた…、そう…、言っても聞けないのね?」
なにか言い返すたび母の機嫌を損ね続けているのはわかっていた。
しかしながら、引くに引けない。
ここまで来てしまったのなら、癇癪に見せかけて追い返してやろうとさえ考えた、その時。
母は言ったのである。

「…ならもう、お尻をペンペンするしかないわね」
(PC)
4 生野
お尻ペンペンの刑。
それこそ幼稚園の時以来だった。
お漏らしでそんな罰を受けた事はなかったように記憶しているが、これだけは言える。
絶対に今の自分がされるような罰ではない。

「するしないはあなたが決める事じゃないでしょ?」
「いや…、意味わかんないし」
「意味?そうね…、おしっこで汚して、正直に言わない、反省もしない…これ、あなたぐらいの歳の子がする事?」
「…」
「お尻ペンペンでちょうどいいでしょ、あなたには」
「い、いい加減に────」
「いい加減にするのはそっちでしょ!!じゃああれ洗濯しないで明日どうするの!!明後日は!?」
着る服を人質にとられた気分だった。
仮に今日をどうにか乗り切ったとして。
私はまだ自分で洗濯なんてした事がないし、母に頼りきりになっていたのは事実なのだ。

「……ごめんなさい」
「…もう遅い、お尻」
「…」

私は諦めて母にお尻を向けた。
そのまま打たれるのだと思っていたら下着を下ろされ、丸出しのお尻に平手が炸裂した。
スパァン、といい音がして、表面にびりびりと痛みが走る。
やはりと言うか、たった一発では許してくれないらしい。

「じっとしてるのよ」
(PC)
5 生野
パァン、パァン、パァン…露出した丸い部分を左右交互に、容赦なく打ち据える。
私が子供という事でそれなりに手加減はしてくれているようだが、それでもお尻をぶたれるには不釣り合いなくらい大きい年頃だ。
幼稚園の頃にはされた事のない強さで時折、バチィッ、バシッ…、と凄まじい勢いをつけて叩きつけるのだった。
三十ほどもぶたれるとお尻がひりひりと痺れ続けて、母が腕を振り上げる僅かの間にぐっと力が入るようになる。
痛いのには変わらないのに、条件反射でそうしてしまうのだ。

「少しは懲りた?」
「…」
「…そう、ならずっとそうしてなさい」

ビシッ、バシッ…母がお尻叩きを再開し、全体がすっかり桃色になったお尻をなおも打つ。
私はまったく反省していない訳ではない。
でもどうしてか、ここで簡単に許されるよりは思いきって母に叱られた方が楽になる気がした。
この歳でお漏らしという、あり得ない失態をしてしまったせいだろうか。
叱られ続ければそれがなかった事になるという錯覚が、心のどこかにあったのだろう。
母のお尻叩きは五十発を超え、六十、七十……やがて百を超えても続き、さすがに母の方が限界になったらしい。

「頑固な子ね…、もう」

母は肩で息をしながら、今まで打ち叩いていたお尻を軽く撫でて言った。

「でも…、まぁ…、そういう所が可愛いんだけど」
「…」
「…もうそろそろ許してあげるわ、立ちなさい」

無理して四つんばいのような体勢を維持したせいか、少しふらふらと立ち上がる。
下着を上げると、もう母は怒っていないようだった。

「少しオトナ気なかったかもね」
「…ほんとだよ」
「はいはい、もう懲りたでしょ?次からは正直に言う事」
「もうしないってば」

母が部屋を出て行く際、「次やったらまたするわよ?」とまだしつこく言っていたのをよく覚えている。
(PC)
6 ムー
情景が浮かぶような話でたまりません
(SP)