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1 石井聡美

まほやくこぼれ話 賢者の書9

ここからは最新のイベントを中心に、まほやくで思いついたことを
順次書いていきます。(これまでの賢者の書の補足的扱いなので、特に誕生月等は意識せず情報を盛り込んでいきます)
81 ミダス王
竪琴の名手であるアポロンは笛の名手であるパンと音楽の腕を競うことになります。誰もがアポロンに軍配を上げる中、ミダス王だけはパンに味方したため、アポロンはミダス王の耳をろばの耳にしてしまいます。王の髪を切る必要があった床屋だけは王の秘密を知っていました。王は誰にも言わないようにいいますが、何故かその秘密は皆の知るところとなります。当然王は床屋を疑うのですが、床屋は公言してはいませんでした。穴の中に叫んだということをのぞいては。それを聞いた葦を伝って秘密は知れ渡ることになったのです。(これが有名な「王様の耳はロバの耳」の話)
参考図書
有地京子(著)
名画で味わうギリシャ神話の世界−神々.美女.英雄たちの愛の物語
大修館書店,2020
またこんな話も。(出典はwikipediaなど)
ある時、ミダス王は酔って連れてこられたディオニッソス(バッカス)の師を丁重にもてなしました。ディオニッソス(もしくは師、当人であるシレノス)は返礼として相手の求めた通り、触ると全てが黄金になる力を与えます。はじめこそ喜ぶものの、食べ物や飲み物までが金になってしまうのでは不便で仕方ありません。さらにミダス王に触れられた娘が彫刻になってしまったところでようやく王は過ちを認めます。そこで言われた通りに川で禊ぎを行なうと、王は力から解放されたのでした。
どちらの話も約束をするときは慎重にするようにという教訓を物語っています。
80 石井聡美
F双子
スノウとホワイトは常に一緒だった。ところがムルにそそのかされたスノウが「孤独」がどんなものか知りたくなり旅に出ようとしてホワイトに引き留められる。二人の喧嘩はエスカレートし、ホワイトはスノウの返り討ちにあって亡くなってしまうが、その魂をスノウがつなぎとめる。つまり、スノウの意思や命の灯火次第でホワイトの存在は消えてしまう。まるでその二人の心情を揶揄するかのように、厄災後に負った魂の傷の影響で二人は夜になると絵の中に閉じ込められる。
Gムルと月
ムルの恋の対象は月。あまりに近づき過ぎたために魂がバラバラになってしまうほどに。(西の国の魔法使いは自分の恋した物に耽溺する傾向がある)
H愛憎/シャイロックとムル
シャイロックはムルの欠片を集めて、少しずつ戻しながら、情操教育を施す。ただその結果は本来のムルとは少し違っている様子。その性格は元の学者としての切れ味を残しながらどこか猫に近いところも。それは彼が少なくとも800年以上昔から哲学者ムルに焦がれてきた結果でもある。
I幼なじみ/シノとヒース
人間の領主夫妻から魔法使いの自分が産まれてしまったことで、両親からの愛情を素直に受け取れず、常に自分に自信のないヒース。孤児だったところをブランシェット家に拾われたシノはそんな主君にもどかしさを覚えおり、ヒースが堂々と出来るようにはやく手柄をあげたいと思っている。彼らはヒースの前の師匠の企みにより「互いを守る」という約束をさせられる。一時、約束を破り自分が死ねばヒースの望みを叶えられると思うシノだったが、その約束が二人の絆を強める。その一方で、二人の前にはヒースが厄災の傷の影響で恐怖を感じると黒豹になり、味方を見境なく傷つけてしまうという困難が立ちはだかるが、二部では人工魔法使いの手にかかったネロを黒豹になったヒースが守っていた。またヒースは本来、特に魔法使いや領主など自分と似た立場の人の身になって耳を傾ける優しい心の持ち主。シノもシノで東の国の面々が満身創痍になる中、次期英雄を目指す存在としての役目を果たした。
J師弟/クロエとラスティカ
クロエは魔法使いであることで親や姉たちから軽蔑され、仕立屋の隠し部屋で育つ。ラスティカが現れ、一緒に旅をしたことで世界が変わっていく。ラスティカは生活能力に欠けているため、主にクロエが面倒を見ている。ラスティカは消えてしまった花嫁を探して片っ端から鳥かごに入れてしまう。それは西の国の姉妹(アリアとザラ)との因縁による。ラスティカに恋をしていたものの、魔法使いだからと塔の部屋に閉じ込められ、アリアとラスティカの婚約を聞かされたザラはアリアを鳥に変えてしまう。しかもそのことを少しでもアリアが恨めば、魔法が解かれた途端に恐ろしい獣になってしまうという呪いをかけて。ラスティカはアリアを見つけ出すが、その結果の後遺症で悲しいことを悲しいと思えず、やり過ごす癖がついてしまっていた。その挙げ句に、クロエと積み重ねてきた思い出も忘れてしまうが、クロエがラスティカとはじめて見た流星群のことは思い出すことができた様子。
K因縁/カインとオーエン
カインは仲間を守るためにオーエンと戦ったことにより隠していた魔法使いである事実が表沙汰になり騎士団長の職を解任された。その際、左目をオーエンの目と入れ替えられてしまう。カインはいつか自分でその目を取り戻すことを誓う。またオーエンはオーエンで厄災の傷の影響で幼児化するという弱点を抱えている。オーエンの名誉と幼児化したオーエンが仲間を傷つける可能性があることを天秤にかけた上で、カインはオーエンの秘密を黙っている道を選ぶ。またカインは生前に魔法使いになりたいというニコラスの願いをくみ取れなかったことを後悔(ニコラスは月を召喚する儀式を行い、正式な手順をふまなかったことでトビカゲリが現れ、死者が中央を跋扈する事態に陥り、自身も鳥の化け物になってしまう)して天邪鬼なオーエンの心情を理解しようと努める。カインもまた厄災戦で共に戦った中央の国の姉妹を守れなかった過去を抱えている。アーサーは人間と魔法使いが手を取り合う世界の実現を目指してカインの地位を取り戻す計画(魔法使いだけの調査団の設立)を立てている。
Lリケとファウスト
リケはとある教団で魔法の力は選ばれた者にこそ与えられ、神聖なもの。そしてその力は人に使い、人に尽くすべきと教えられて育つ。賢者の魔法使いになるまで外の世界は汚れていると教えられてきたリケは、司祭の教えだけが世界の全てではないことに驚くが、アーサーの言葉やネロの料理、ミチルとの友情を通して新しい世界を受け入れていく。そんなリケの理想の存在が初代国王のアレクを助けていた建国の英雄、ファウストだった。当初、同胞を死に追いやった自らの過去から偶像として持ち上げられることに辟易して、ファウストは「人違い」で通そうとする。
79 GodBlessTheBrokenRoad
タイトルの歌詞を魔法使いたちにあてはめてみると・・・
@強い絆/アーサーとオズ   
母親から一時的に捨てられたアーサーは魔法の師匠としても育ての親としてもオズを慕っている。オズの方でも情が芽生えている。(当初は魔王の自分と共にいることがアーサーの立場を危うくすると考えて冷たく振る舞うが)だからこそアーサーの予言を知って自分が召喚されようとした。
Aミスラとチレッタ(ミチル)
ミスラはチレッタと兄弟を守ると約束した。魔法使いにとって約束を破ることは魔力を失うことを意味する。ミスラはミチルと行動を共にすることでチレッタの面影を重ねることが増えたと思う。挙げ句、ミチルに石を食べさせたりチレッタの呪文(スキンティッラ)を教えた。ミチルはミチルで自分の魔力を封じるかのように強い魔法から遠ざけるフィガロへの不信感が募っていく。フィガロは強い魔力を無理にとりこんで様子がおかしくなったり、無理に魔法を使って体調を壊したりしない限りは様子を見ている模様。
B縁ある者/ルチルとミスラ
ミスラと再会前のルチルは母親の後、父親を亡くしてもどこかにいるはずのミスラの存在をあしながおじさんのように慕って生きてきた。ミスラに再会後のルチルは意思が強く臆することがない。ミスラの世話役に回っていることが多い。
Cファウストとフィガロ
革命軍時代、ファウストはフィガロの経験、知識、魔力の全てを心から慕い、アレクとともに人と魔法使いが共存する世界を築き上げるために奔走した。フィガロはそんな存在は初めてだったため自分の全てを教えようとするものの、ファウストが自分の方を向いてくれなかったために途中で戦線を離脱した。その結果、アレクが魔法使いを裏切り、同胞が殺されたため、ふファウストは心を閉ざして東の嵐の谷に引きこもった。賢者の魔法使いとして再会後、徐々にわだかまりが溶けていく。知識を授けてもシノを中心に任務で傷を負うことが多く、西の国でネロも自身も瀕死状態になったこともあって師弟関係が復活する。
D元主従/レノとファウスト
レノはファウストとともに革命軍に属し、ファウストに尽くしたいと考えていたが火あぶりを免れた後、ファウストの行方がわからなくなってしまい、400年放浪後、南の国に定着し、賢者の魔法使いとして再会する。再会後、再びファウストに尽くしたいと考えるレノだが、過去を引きずるファウストはレノとの距離をはかりかねている。それを見てレノの方でも自分が距離をおくことと近づくことのどちらがファウストにとってよいか悩む。
E元相棒/ネロとブラッドリー
ネロはブラッドリーの盗賊団のもとで副長的な立場にいたが、生傷が堪えないブラッドリーに肝を冷やすことに堪えられず、待ち合わせに現れなかった。その結果ブラッドリーはフィガロと双子に捕まり投獄され、今は賢者の魔法使いとして恩赦のために奉仕作業に取り組む。
ブラッドリーは相手を強化することができるので、長寿のミスラやオーエンとも対等に渡り合える。(アドノポテンスム=add+nos+potential/我々の潜在性に付加するってことでは?)特にネロとの相性は抜群。
ネロは当初は距離を置こうとしてブラッドリーも尊重しようとするが、二部で瀕死の状態からブラッドリーに助けられて元さやに戻る。
78 ギリシアの神託@ダナエ
まほやくの世界にはアーサー(厄災戦がもとで命を落とす)やミチル(南の魔法使いを全滅させる)のように的中率100%の双子が不吉な予言を告げている者と、リケ(司教に絶対服従)、ヒースとシノ(お互いを守る)、レノ(賢者を守る)など約束に縛られている者がいます。予言も約束も未来の自分の行動を束縛するものですが、古代の神話や演劇のなかにも神託や約束から逃れられなかった者やなんとか逃れようとする者の物語があります。

アクリシオス王は、娘のダナエに息子ができたらその子に殺されるという神託を受けた。神託の実現を恐れたアクリシオスはダナエを塔(青銅の地下室)に閉じこめて、誰も彼女に近づけないようにした。しかしダナエに恋したゼウスは黄金の雨に変身して彼女と関係をもつ。その後、ダナエは息子のペルセウスを産んだ。アクリシウスは孫を手にかけることができず、ダナエと共に大きな箱に入れて海に流した。箱は波にもまれたあと、セリポス島に漂着。親子は島で幸せに暮らしていた。(箱を拾いあげた漁師のもとで)ペルセウスは立派な青年に育つ。セリポス島の王ポリュデクスはダナエに心を奪われて、彼女を手に入れたいと思っていた。そのためにはいつも彼女のそばにいる息子のペルセウスが邪魔だった。ある宴席でペルセウスはゴルゴン姉妹のひとりであるメデューサの首をとってくると豪語してしまう。そこでポリュデュクスは「ならばとって来てみせよ。出来なければお前の母親と結婚する」とペルセウスをけしかける。
人間にはゴルゴンを倒すことができないが、神々がペルセウスの味方をした。ヘルメスから剣を得て、アテナからは無敵の盾、アイギスをもらって、さらにペルセウスは羽の生えたサンダルと被ると姿が見えなくなる帽子も手に入れた。こうしてペルセウスはゴルゴン姉妹が眠っている間にメデューサの首をとることに成功した。
ペルセウスがいなくなると、ポリュデクスはダナエを自分のものにしようとしたが、ダナエは子の帰りを信じて抵抗を続ける。
メデューサの首を手にペルセウスがセリポス島に凱旋すると、ダナエは横暴なポリュデクスから自由にして欲しいと頼む。そこでペルセウスは袋からメデューサの首を出してポリュデクスを石に変え、ダナエをアルゴスに連れ帰った。ペルセウスは祖父のアクリシオスを探したが見つからなかった。ある日、ペルセウスが投げた円盤が運悪くとある老人に当たってしまい、老人は亡くなってしまう。実はこの老人こそアクリシオスであり、はからずも神託は現実のものとなってしまった。
(「100の傑作で読む ギリシア神話の世界 名画と彫刻でたどる」より)
77 金の卵を生む鵞鳥
ネロとブラッドリーが共闘するイベストのうち銀の卵屋のファンタジアでは、鳥が産んだ卵を魔法使いが温めることで銀製品が出来るという物語が展開されます。実はこの不思議な卵の存在を東の魔法使いのなかでネロだけは事前に知っていました。かつてネロは卵を孵化させようとして失敗していたのです。この話の元であろう逸話がイソップの中にあります。
"ヘルメスを崇拝することひとかたならぬ男があったので、神は褒美として金の卵を生む鵞鳥を授かった。ところが男はご利益が少しずつ現れるのが待ちきれず、鵞鳥の中身は丸ごと金だと思いこんで、一時の猶予もあらばこそ、殺してしまった。その結果、男は来たいを裏切られたばかりか、卵までも失った。中身は肉ばかりだったのだ。<ー強突張はしばしば今以上のものを欲しがって、今あるものを失ってしまう>”(中務訳)
76 料理人の話B
主人はある日のこと、小僧の年期契約書を調べている時、「腐ったりんごを他のりんごと一緒に置くと他のりんごまで腐らせるから、早く取りのぞいたほうがよい」ということわざを思い出した。道楽者の小僧もそれと同様だ。そこの小僧をみんな悪くしてしまうよりは、そいつを追い出したほうが無事である。そこで主人は彼に暇をとらせて、勝手にせよと出してやった。こうして道楽者の小僧はお払い箱になった。今こそいつも思う存分夜どおしでも飲みあかしたらよい。すべて盗人には、くすねてきたり、借りてきたりしたものを、一緒になってつかってくれる悪友がついているものだ。で、こいつもそのさいころや遊びの仲間に、自分のベッドも着物もすぐ取られてしまった。そして世間体をつくろうために小さな店を開いてはいたが、生活は他の方法で立てるといったような女房を持った」(西脇訳,p.56)
この文章を読むと、特にステでは初対面からネロが西の魔法使いに絡まれていた理由がよく分かる。
75 料理人の話A
こいつらはまたどこかの町でこっそり出会うことに決めておいて、さいころや賭博遊びをした。この道にかけては、ペルキンに及ぶものは町じゅうに一人もいなかった。そして、かくれ遊びの費用も気前よく支払っていた。主人はその帳簿面でそれを発見した。ときどきはその金箱がからっぽになってることもあった。実際、賭博や、底抜け騒ぎや、女遊びをする道楽者の小僧をもつ主人というものは、自分では遊興はしなくとも、その店には迷惑のかかるものだ。もっとも、窃盗と放蕩とは紙一重で、この小僧がどんなにギターやヴァイオリンは上手でも、泥棒であることに間違いはない。また、世間によくあるように、無教育の人たちの間では、遊興と忠実とは両立しないのが普通である。この道楽の小僧は、ともかくもう少しで年季があけるまで、主人の家に住みついていた。朝から晩まで小言の言われどおしで、ときにはニューゲートの牢に楽隊づきで引っぱられたこともあったけれども。
74 料理人の話@
同じく筑摩文学大系12より抜粋。
「昔われわれの都に、一人の丁稚小僧がいた。食料品組合に年季奉公をしていたが、このやっこさん、威勢のよいやつで、森のぎしきひわのようにちょこまかしていた。木の実のようにとび色かかった顔色をした、ずんぐりした男で、黒い髪をきれいにとかしていた。それにダンスがうまいので、道楽者のペルキンといわれていた。そして、蜂の巣が蜜でいっぱいつまっているように、色事でいっぱいつまっていた。だから、この男に出会った娘は運がよかった。どんな結婚式にも出かけていって、歌ったり、踊ったりした。しじゅう、店にはいないで、居酒屋ばかりに入りびたっていた。チェープあたりに馬上試合の行列でもあろうものなら、いつでも店を飛び出した。そしてそれがすむまで見物して、踊りまわっていて、なかなか帰ろうとしないのだ。それにまた同じような連中がこの男をとりまいていて、踊ったりうたったり、いたるところで底ぬけ騒ぎをしたー
73 粉屋の失態 閲覧注意
その夜、シムキンとその妻はすっかり酔いが回ってしまいました。一方、粉やの家族のいびきがうるさいのもあって学生二人は眠れません。アレンはジョンに粉屋の娘に惹かれているという胸の内を打ち明けます。言うやいなやアレンは行動を起こして娘の床にもぐり込み、二人は床の中で意気投合します。アレンに舞い込んだ幸運をうらやむ一方、昼間の失態を引きずっているジョンは粉屋の妻が側に置いていた揺籃を自分のベッドに運び込みます。そこに寝ぼけた妻が揺籃のある場所が夫と自分が寝ていたベッドだと思い込んで入ってしまいました。こうなるとどういう結果になるかは察しがつくことでしょう。それぞれに楽しんで、明け方、娘は寝床でアレンに粉屋が学生たちから粉を半分くすねてそれで妻にパンをこしらえさせていたことを告げます。アレンはジョンの寝床に行こうとしますが、当然揺籃の移動に気がつきませんでした。そして揺籃のない粉屋の夫の寝床へ行ってその耳元に娘との経緯をささやきます。二人はとっくみあいの喧嘩になり、シムキンの体がそうとはまだ気づかない妻の上に落ちてきます。それだけではすまされず、なんとシムキンを棒でぶんなぐってしまいます。さらにシムキンは学生からも打ちのめされた挙げ句に置き去りにされてしまいました。学生二人は馬に挽いた麦とパンにされた分を積んで帰ってしまったのでした。
72 粉屋の失態
さて、学寮にはジョンとアレンという貧しい若い学生がいました。彼らは学寮に納められる穀物が挽かれているのを自分たちの目で確かめられるように学長を説得して、馬に乗り水車小屋までやって来ます。シモンドは学生たちをだしぬこうと、粉が挽かれている間に馬のくつわを外して逃がしてしまいました。馬が逃げてしまったことに気づいた学生二人は慌てて追いかけます。この隙にシモンドは彼らの取り分から半分粉を差し引いてしまいました。やがてくたくたに疲れた二人が帰ってきて粉屋に一夜の宿を求めます。
71 粉屋の失態
ネロが作るもののなかでも特に評判なのはパンでしょう。彼は麦穂をアミュレットにしています。盗賊時代の窃盗癖が抜けない彼の性格と合わせて、チョーサー作のカンタベリ物語にはこんな話があります。
カンテブリッジの近在のトルムピングトンというところに、小川が一筋流れており、橋がかかっていました。近くには水車小屋があり、シムキンという名の粉屋が住んでいましたが、彼はほら吹きで穀物や粉の泥棒をしており、かっぱらいの常習犯でもありました。シムキンは村の牧師の娘で虚栄心の強い女性を妻に迎えていました。二人には20歳の娘と6か月の息子がおり、娘は灰色の目と美しい金髪にたくましい体つき(つまり尻と胸)をしていました。粉屋はあたりの全地域から小麦やもやしの挽き賃を一手に集めていました。特にカンテブリッジ大学のソレル.ハルという学寮は粉屋にとって大口の顧客で学寮の小麦や麦芽はシムキンが一手に引き受けていました。ある時、学寮の賄いが病気で休んでいました。シムキンはこの期に乗じてまんまと以前の100倍もの穀物や挽き割を盗みだしますが、学長が騒いでもそ知らぬ顔をします。
70 ネロヴォイス
チャッペルレットは見事に七つの大罪を犯しているにもかかわらず、最終的に聖人として持ち上げられてしまいました。それを象徴するようなネロを、ヴェルギリウスの化身のような存在のファウストが東の国の代表(先生)として導くことになるとは何とも皮肉がきいた巡り合わせです。それを見越してか、彼は誕生日にこんな発言を残しています。
「こうやって、みんなが当たり前に祝ってくれる環境にいると勘違いしそうになるよ。自分は周りに大切にされてるんじゃないかって。自惚れすぎだよな。・・・・・・え、そんなことないって?・・・・・・そっか、ありがとな。賢者さん」
69 ダンテ神曲あらすじ
神曲では「地獄」、「煉獄」、「彼岸」の三つに分けて彼岸が描かれます。ダンテは1300年の復活祭の木曜日に出発します。地獄の手前の森で、豹、獅子、狼に出会ったダンテをヴェルギリウスが迎えて彼岸への旅が始まります。豹は肉欲、獅子は傲慢、狼は貪欲の象徴と言われています。
ヴェルギリウスの肉体はナポリに埋葬されて影がありません。死者は渡し守りカロンによって冥界に渡り、ミノスによって審判を受けます。地獄は下にすぼんだ9層構造をしており、第五圏までが7つの大罪(色欲、暴食、強欲、怠惰、怒り、羨望、高慢) にあたり、下へ行くほど罪が重くなります。 (7圏めは3層、8圏めは10層、最終の9圏めは4層に細分化され、 最下層の氷地獄にルシファーがいます)二人は日曜日の夜明けを煉獄前地で迎えます。煉獄の手前で北半球から南半球へと出ます。 天動説に習い、重力が逆転し、氷地獄を真ん中に二人の向きも上下が逆転して煉獄山を登ります。つまり煉獄は、高慢、嫉妬、怒り、怠惰、地上の栄華や物にうつつを抜かしたおろかさ、美食、飽食、快楽という7つの環道から成り立っています。煉獄は、地獄での罪を贖うための場所です。死者は天国に召され、復活できるか二度目の審判を待ちます。現世で罪が浄化され復活を願う人がいてくれれば復活までの期間を早めることができます。ダンテは煉獄で天使により額に刻まれたPの文字を一つずつ消していきます。ダンテが地獄や煉獄を生きながら往くことが出来るのはベアトリーチェの慈愛の力のお陰です。ダンテは水曜の正午に地上楽園へ降り立ち、ヴェルギリウスと別れて最終的に天を昇っていきます。天国編の星の並びも、地球を中心に天が回る天動説に立ち、 月、水、金、太陽、火、木、土と天を昇り最終的に至高天へ至ります。
68 デカメロンよりF
つまりチャッペルレットは、生前はあらゆる悪行の限り(偽証、嘘、殺人、色欲、暴食、憤怒、賭け事など)を尽くしたにも関わらず、神父に偽証したために、「断食、童貞、質朴、無垢」と持ち上げられるばかりか、死後には聖人にまで持ち上げられてしまったのです。ブラッドリーの盗賊団にいた頃のネロは、チャッペルレットほどではなっかったにせよブルゴーニュに赴く前の彼の姿に重なるでしょう。チャッペルレットはブルゴーニュではフィレンツェ人の兄弟を除き知己がいなかったため、善良な人物を装うことができました。同じようにネロも盗賊団を離れた後は、保守的な気風が強い東の国で魔法使いであることは隠して料理人をしていました。そんな最中に新たな賢者の魔法使いの一員として晶に召喚されます。もちろんこの時もブラッドリー以外には盗賊団にいたことを知る者はいませんでしたが、フィガロには勘づかれてしまいます。つまり、賢者の魔法使いとしての召還後の姿しか知らない者にとっては、神父様から見たチャッペルレットのようにネロが映っていてもおかしくはないのですが、ネロ自身はその過去から自分自身にあまり値打ちを感じていないように見受けられます。
ネロは東の魔法使いとして召喚されたため、ファウストら東の魔法使いと過ごす時間が多くなります。彼らが実質はじめて一緒に行動したのは、塔を壊したというトビカゲリの噂を確かめるために墓地へ向かったときでした。聖人とされてきたファウストと元盗賊の不思議な邂逅。ファウストがダンテの「神曲」に出てくるウェルギリウスを象徴していると考えると、ここにも皮肉がきいています。(実際にネロはここでも盗賊時代の悪癖をのぞかせます)
67 デカメロンよりF
「これ以外にもチャッペルレット氏が人に仕えて二心がなく、清らかであることについて滔々と弁じた。要するに田舎の人は尊師の言葉を心から信じきっていたので、頭も心信心で燃えたぎり、法事のお勤めがすむと、人々は遺骸のまわりに一斉にどっと詰めかけた。チャッペルレット氏の手にも足にも接吻し、着ていた服は引き剥がされ、その着物の小さな一片なりとも手に入れることのできた人は有り難い仕合わせと歓喜した。そして丸一日遺体はそのままそこに安置して、拝みに来たい人は誰でも来て拝めるようにした。そしてその日の夜に大理石の墓に納められ、礼拝堂に立派に礼を尽くして葬られた。その翌日からというもの、人々がお詣りに来て蝋燭に火をともして故人に尊敬の念を示し始めた。お慈悲を得ようと願を立てる者もいる。そして願を立てた印として蠟製のお像を掛ける者もいれば絵馬を掛ける者もいる。チャッペルレット氏の聖人の聞こえはいよいよ高く世間の信心も増して、不慮の災害に遭遇した人は、ほかの聖人でなく必ずチャッペルレット様にお願い事をするようになった。その呼び方は今も続いている−」(平川訳p.49)
引用文献
ボッカチオ(著)平川祐弘(訳).デカメロン.河出書房新社,2012
66 デカメロンよりE
「尊師はこれ以上チャッペルレット氏が言うべきことはもはやないと思い、赦免を与え、祝福を授けた。なにしろチャッペルレット氏が言ったことはすべて事実だと信じたからである。人間死に瀕してこうしたことを話すのを聞いたら誰が信ぜずにいられようか」(平川訳p.47)
神父はキリストの聖体を届けて欲しいというチャッペルレットの願いを聞き届ける。その後、チャッペルレットの容態が悪化し、塗油の秘蹟を受けて亡くなった。貸金屋の兄弟は故人の金を使い、僧院で埋葬できるように手配する。
「チャッペルレットの懺悔を聴聞した尊師はチャッペルレット氏が亡くなったと聞いて、僧院の院長と相談した。そして鐘を鳴らさせて寺の修道士をみな講堂に集めた。そして一同に向かい、自分が懺悔を聴聞したことから判断するとチャッペルレット氏は聖人さまであった、この人については主は数々の奇跡をお示しになるであろう、それだから修道士たちはみな最大の敬意と信心をこめてチャッペルレット氏の御遺骸を受け取らねばならない、と説得した。こうしたことについて修道院長もお人好しの修道士たちもごもっともと同意した。それで夕方、一同揃ってチャッペルレット氏の遺骸が横たわる部屋に行き、盛大で厳粛な通夜をした。そして朝になると、一同ミサ用の白い麻の服とマントをまとい、手には祈禱書を持ち、十字架を先に掲げ、御聖歌を唱えつつ、遺骸を受け取りに来、いかにも厳粛にたいへん盛大にそれを教会へ運んだ。すると町の住民たちもほとんど全員が、男も女も、その行列に随った。教会に到着して遺骸を安置するや、チャッペルレット氏の懺悔を聴いた尊師は説教壇に登り、故人についてその生涯、その断食、その童貞、その質朴、その無垢、その聖人にふさわしい態度など数々の驚嘆すべき事柄を説教し始めた。中でもチャッペルレットが自分が犯した最大の罪と思い込んで告白したことなども語り、尊師はチャッペルレットに神さまはそのような罪は必ず赦してくださると言って聞かせたが、納得させるのが大変だった、という話もした」(平川訳p.49)
65 デカメロンよりD
さらには、聞かれてもいないうちに以下の引用部にあるような懺悔を始める始末。これに神父もすっかり感心してしまい、自身が勤める教会で弔うことを提案し、チャッペルレットも了承する。
「実はまだお話していない罪がありますー
ある土曜日の午後三時過ぎに使用人に家の掃除をさせました。これは聖なる
安息日の日曜に対する礼を失したことでございましたー日曜日はいくら敬意を表しても表しすぎることはございません。この日に我らの主は死から蘇り給いましたー私は一度迂闊にも教会の中で唾を吐きました−それはまことにけしからぬことでございます。世の中で教会ほど清潔にしておかねばならぬ場所はほかにございませぬ。この聖なる殿堂で神への犠牲は捧げられるのでございますーああ、尊師さま、まだ罪が一つ残っております。この罪を告白したことはございません。あまりに恥ずかしくて口にすることもできませぬ。それを思い出すと、涙がこのように溢れるのでございます。このような罪に対しては神さまはけっして私をお赦しにはなりますまいー神父様、私の罪はあまりに大き過ぎて、もしもあなた様がお祈りしてくださらなければ、私が神さまから赦されるなどとはゆめゆめ信じることは出来ませぬー
神父様、あなた様が私の祈りのためにお祈りを捧げてくださるとお約束になりましたから申しあげます。私は小さな時に、一度母を罵りましたー私の優しいおっ母さんは、九カ月の間昼も夜も私を胎内ではぐくみ、生まれてからも何百回も私を抱きかかえてくれました。そのおっ母さんを罵った。これはあんまり悪がひどすぎます。罪を越した大罪です。もしあなた様がお祈りしてくださらないなら、この罪が赦されることはないでしょう」(平川訳,p.46−47)
64 デカメロンよりC
Qだがなんでしばしば怒り散らしたのだ
A本当にそれはよく怒り散らしました。神さまの戒めも守らず、神罰も恐れず、朝から晩まで卑猥なことをやらかす連中を見ていれば、人間誰が我慢できますか。若いのが空しい快楽を追い求め、誓言を立てたとみるまに誓言を破り、居酒屋から居酒屋へ梯子はするが、教会へは行こうともしない。神さまの道には従わず現世の道を行こうとする。一日にそうした様を何回も目にすれば生きていることより死んだ方がましという気持ちにもなります
Q怒りにまかせて人殺しをしでかすとか、人に悪態をつくとか、無法を働いたということはないのか
Aあなた様は神の僕とお見受けしますが、どうしてまたそのような事を口になさいますか。もし私があなた様が申されたような事のなにか一つでもやらかそうという考えを抱いたとするなら、神さまのお助けをこれほど当てにできたでしょうか。そうしたことはやくざや悪党のしでかすことでございます。そうした連中を見かけるたびに、いつも私は申しました、『さあ、神さまにお縋りして悔い改めるがいい』と
Qお前は誰かに対し偽りの証を立てたことはないか、他人の悪口を言ったことはないか、他人の同意なしにその人の持物を取ったことはないか
Aいや、もちろんー悪口は言いました。家の近所になにかというと奥さんをひっぱたく男がいて、見かねたから、そいつの悪口を奥さんの親にいいつけた。いや、気の毒な女で、男は飲み過ぎると、神さま、それはそれは女をひどい目にあわせた
Qお前は商人だったそうだが、商人ならばさぞかし人を騙したにちがいないが、どうだ
A実は騙した。しかし誰だったかよくわからない。私が売った布地の代金を私に払ったが、それを受け取ったまま箱に入れておいた。一月経って調べたら四枚小銭が余計にはいっている。それで男が戻ってきたら返そうと一年間取っておいたが、戻ってこなかった。それで慈善事業に寄付してしまった
63 デカメロンよりB
たとえばこんな具合に。
Qこの前懺悔したのはいつだったか
A私はふだんは週にすくなくとも一度は懺悔をするのが習いでございました。それが病気になって今日で八日目、一度も懺悔には参りませんで、病気には勝てないもので気が重くてなりませぬ
Q色欲の罪を女と犯したことはないか。
A(前略)私は母の体と出てきた時と同じように童貞のままでございます。
Q大食らいの罪で神に対し不敬を働いたことはないか
Aはい、何度もーそれというのも、年に一度四旬節の際に信心深い人たちは断食するが、自分はそのほかにも毎週少なくとも三日はパンと水だけですませる習慣がある。それで水を飲むのも大酒飲みが葡萄酒を飲むのと同じようにうまそうにごくごく飲んでしまう。とくに長い間お祈りをした後とか長い巡礼をして疲れたとかいう後はそうである。女たちが田舎で野に出て草を摘んでいるとそれが欲しくてたまらなくなったことが何度もある。また信心から断食している身でありながら、こんなにも食べる物がおいしくていいのかと思ったことも何度かある。
Qお前は貪欲の罪を犯したことはないか。たとえば不相応にものを欲しがったり、持ってはいけないものを持っているとか
Aおお神父様、私こうした高利貸どもの家にいても、なにとぞ私をお疑いになりますな。その仕事とはなんの関係もございません。彼らを説教し、叱責し、憎むべき金儲けから手を引かせようとこの家に来たのでございます。(中略)私の父は亡くなった時、御存知でしょうが、私に豊かな資産を残してくれました。私はそのほとんど全てを慈善につかいました。それから自分の生活を支えキリストの友の貧乏人を助けることができるようにと、つつましい商売もやりました。それで儲けようと思ったのです。そしてキリストの友の貧乏人と私は儲けたものをいつも折半しました。半分は私の必要に他の半分は連中にくれました。この仕事は神さまは助けてくださいましたから、仕事はいつもいい方へいい方へと進みました。
62 デカメロンよりA
チャッペルレットは金貸業を営むフィレンツェの二人兄弟のもとに身を寄せる。兄弟はチャッペルレットを厚く世話するがチャッペルレットが病の床に就いてしまう。兄弟は病になり助からなくなったからといって彼を放り出すわけにもいかず、またチャッペルレットのことだから死ぬ間際の懺悔もしないし最後の秘蹟も受けないとなると、教会の墓にチャッペルレットを入れられないのではないかと危惧する。また懺悔をしたらしたで、これまでのチャッペルレットの悪行が表に出てしまい、怒りを買ったチャッペルレットには同様の結末が待っている。その結果、日頃から土地の者の心象が悪い金貸し業の二人もとばっちりを受けるだろうと兄弟が逡巡しているところへ、チャッペルレットはこの辺で一番立派な僧を連れてくるように頼む。そして、僧が懺悔を促すと、チャッペルレットはお得意の口八丁で自分の善人ぶりをアピールする。
61 デカメロンより@
昨日、9月8日はネロの誕生日。ネロは元々ブラッドリー率いる死の盗賊団にいたものの、一度はブラッドリーと袂を分かち東の国で料理屋をしていましたが、賢者の魔法使いとして召喚されて思わぬ再会を果たします。とはいえ今でも盗賊段にいた頃の影響が見られることがしばしば。呪い屋のコンチェルトでさらっと(窓から)屋敷に入り込んだり、雨の街で黄金色の川に入るために証明書を偽造したり、ヒースの実家から刃物類を失敬したり。東の祝祭や騎士のコンチェルトではそのスキルが事件の解明に役立つことも。この希有な経歴と犯罪歴はどこから来ているのか疑問でしたが、デカメロン第一日第一話にそのヒントがありました。
金持ちで大商人のムシアット.フランチェージは実のところ自分の業務(貸した金の取り立てなど)があちこちで滞っており、人手に任せたものの、ブリュゴーニュだけは事態の解決に窮していたところ、プラート出身のチェッパレルロという男(通り名はチャッペルレット)の存在を思い出す。彼は代書人の職にありながら、人を騙すのが好きで契約証書を偽造していました。挙げ句は法廷の宣誓でも嘘をつき、勝訴しました。「友人と友人の間、親族の間、その他誰であれ彼であれ、その間に不幸、敵対感情、スキャンダルが生ずれば生ずるほどそれを見ては喜ぶ、それで結果が悲惨であればあるほどはしゃぐという様」。人殺しなどの悪事にも手を貸し、自分から殺すこともあった。神を罵り、聖人を罵倒するくらいだから当然教会へは行ったことがない。そのくせ、飲み屋や悪所には足が赴き女好き。それどころか男好きでもあった。大食漢で飲んだくれ。他人の金は奪うし、賭け事好きでいかさまも尋常ではない。一方でそんな悪事の限りを尽くす男がいたからこそ、ムシアットは迷惑をかけた私人からの攻撃も警察からの取り締まりも免れることができていた。生活に窮していたチャッペルレットは仕事を引き受け知己のいないブリュゴーニュへ向かった。そして本性を隠し善良穏和の風をよそおい引き受けた通り、貸金取り立ての仕事を始めることに。
60 石井聡美 西のジョークD
デカメロンを翻訳した平山氏はこの物語をダンテの「神曲」と比較して、ある一場面を引いています。こちらの場面の方がよりオーエンの描写とかぶるのではないかと思われます。
神曲の地獄編では生前財産を蕩尽した者が死後、地獄の第七の圏谷で罰せられます。ダンテは森から逃げてくる二人の亡者を目撃します。
「騒然たる物音が私たちを驚かせた。猪やそれを追う勢子がこの場所をめがけて迫ってくるような気配で、獣の鳴き声や夜の砕け散る音が聞こえた。と、転がるように左手から二人の亡者が逃げてくる。裸で、掻き傷だらけで、死物狂いになって森の小枝という小枝を片端から折っていく」
(地13歌111〜117行)
二人の背後から追いかけてくるのは飢えた黒い牝犬でした。
「蹲った男に噛みつくとその体を一片また一片と引き裂き、悶絶した肢体を加えて走り去った」(地13歌127〜129行)
参考文献
平山祐弘.ダンテ『神曲』講義.河出書房新社,2010
59 石井聡美 西のジョークD
ナスタージョが一同を招いたのは、例の惨劇がくり返されている金曜日でした。果たして騎士と犬と女性は一同の前に現れ、女性の心臓を取り出したのでした。これを見てさすがのトラヴェェルサーロ家の娘も女の身の上を我が事のように思い、ナスタージョの求婚を受け入れることにしたのです。
58 石井聡美 西のジョークC
(以下は破廉恥な内容を含みます)
女性は何と裸でした。実は騎士はもともとこの女性のことを愛していたのです。一方、女性は騎士のことを袖にしていました。挙げ句、騎士は女性に焦がれるあまりに自害してしまいます。一方、女性はあろうことか騎士が死んだのを悦びながら死んでしまい、自分の罪を悔い改めようとはしませんでした。そこで二人に待っていたのは、まず騎士が逃げる女性を敵として犬で追いたて、自害した仕込み杖で女を殺し、背骨をたたき割って取り出したその心臓をほかの内蔵と共に犬に食わせるというものでした。ところがそうすると神の御業で女性は蘇り、再び騎士に追われる羽目になり、彼らは何度も同じことをくり返すのでした。確かにナスタージョの目の前で騎士の言う通りの光景が繰り広げられます。そこでナスタージョは名案を思いつき、トラヴェルサーロ家の面々を昼食会に招きます。
57 石井聡美 西のジョークB
このうち、第5日目の8話にあたるものが、オーエンの心臓の秘密をとく鍵といえそうです。
ロマーニャ地方のラヴェンナにナスタージャという若者がいました。父親と叔父が亡くなったことで莫大な遺産を手に入れます。彼は自分よりもずっと身分のあるトラヴェルサーロ家の娘に恋をします。ところが相手は全くナスタージョになびかず、彼の出費だけがかさんでいきます。このままでは財産を食い潰してしまうという親戚の勧めに渋々従い、ナスタージョは街を離れます。郊外のキアッシまでくるとナスタージョは一同を追い払ってしまい、再び贅沢ざんまいの生活をします。ある日、ナスタージョは物思いに耽りながら松林の中へと入っていきました。するとそこに二頭の犬から必死に逃げ惑う美女が現れます。犬は女性に噛みつきました。犬の後ろから黒馬に跨がった騎士がやって来ます。ナスタージョは女性を助けようと木の枝を手に騎士に向き合いますが、騎士が語ったのは女性とのおぞましい因縁でした。
56 石井聡美 西のジョークA
デカメロンでは、蔓延するペストを逃れて教会に会した縁戚関係にある一同が、フィレンツェから(3kmほど離れた)田舎へ避難することにします。
「その場所は小さな岡の上にあり、四方とも街道筋からかなり遠く離れていました。さまざまな灌木や緑の葉の植物がいっぱいで実に気持ちのよい眺めです。その岡の頂きに御殿が一つございました。美しい大きな中庭のある館です。(中略)
館の周辺には牧場がひろがり、すばらしい庭園が続き、井戸は爽やかな清水にあふれ、地下の蔵には貴重な葡萄酒がずらりと並んでおりました」
そこで、彼らは
@一人、一行を主催する人を選ぶ。 長は時間、場所、暮らし方について
 とりしきって他の者に命令する。 選んだ人を他の皆は上司として
 尊敬し服従する
A一人に一日ずつその重責と名誉を 振り当てる。
B次の長はその日の長だった者が指名する
というルールを取り決めて、10日間、日中は1日10話、計100話、語り手を
変えて各々の物語が紡ぎ出されます。テーマは、
一日目  各自のお気に入りの話
二日目  予想外のめでたい結末を迎えた人の話
三日目  大変欲しかった物を知恵を使って手に入れる、 
     一度失った物を再び取り戻す
四日目 恋が不幸な結末を迎える
五日目 恋する人に起きた荒々しい不幸な事件の後に目出度く終る
六日目 冷やかされても言い返し、すばやい返事や判断で、
    危険や身の破滅や世間の嘲笑を躱す
七日目 夫に対する女たちのやらかし
八日目 女が男に男が女に、一人の男が他の男に対してやらかす悪事や悪戯
九日目 各自が気が向いた話
十日目 愛について、あるいはその他のことについて鷹揚闊達、
    真に豪奢に振る舞って、なにか立派なことをしでかしてみせた人 
です。
55 石井聡美 西のジョーク@
カインはオーエンと戦い仲間を守るために魔法使いであることがやむを得ず伝わってしまった上に、左目を抉られるという因縁をもちます。そのオーエンは心臓をどこかに隠しており何度でも蘇ることができます。魔道具のトランクにもケルベロスを隠しています。またオーエンの傷は幼児化で、幼児化したオーエンは絵本にてくる騎士にカインの姿を重ねているようです。この二人の関係性を表すような原典が、ボッカチオ作、デカメロン(別名十日物語)の中にあります。クロエが言っていた西のジョークとはおそらくこの本の内容を指すように思います。
54 カイン祝誕
8月6日はカインの誕生日。まずはクロエの祝辞から。
53 王子と騎士2


こういう仲の良さ、俺に守らせてくれというところは王子とこじきから引き継がれている印象。
52 王子と騎士


51 アーサーの目論見



50 ヘンドンの特権の結末
戴冠式当日。這う這うの体でエドワードを探しながら、ヘンドンは宮廷を頼ります。そのまま奥へと連れ出されて彼が目にしたのはー
“王がちょっと顔をあげたので、ヘンドンはその顔をよく見ることができた。そのとたん、ヘンドンは思わず息をのんだ!ーその場にくぎづけになって、うつくしい、わかわかしい顔を見つめていたが、やがて大声でさけんだ。
「おや、ゆめと影の国の王が玉座についている!(中略)しかしこれはほんものだーたしかにほんものだーゆめなんかじゃない。」
ヘンドンはまた王をじっと見つめたーそして、考えた。
(ゆめだろうか?……それとも、正真正銘の英国王だろうか?おれが思っていたような、ひとりぼっちの、あわれな気のくるったトムとはちがうのだろうか?ーだれがこのなぞをといてくれるのだ?)
ふっとなにか思いついたらしく、ヘンドンは目をかがやかせて、大またでかべぎわに歩いていった。そして、いすをひとつとって、もどってきて、それをゆかの上におき、その上にすわってしまった!
がやがやといかりの声があがった。だれかが、ヘンドンにあらあらしく手をかけて、どなった。
「たて、ぶれいものめ!ー王の御前ですわろうというのか?」
王がそのさわぎに気づき、手をさしだして、さけんだ。
「そのものに手をふれるな!そのものにはそうする権利があるのだ!」
人びとはあっけにとられて、あとずさりした。”
49 ヘンドンの特権
エドワードが豚を盗んだ罪をかぶされそうになった場にヘンドンが現れた際は、
“「ずいぶんおそかったじゃないか。マイルズ卿。このれんちゅうをやつざきにしてくれ!」
ヘンドンは口もとにうかぶわらいをこらえ、身をかがめて、王に耳うちした。
「おしずかに、おしずかに、わがきみ、めったなことをおっしゃってはいけませんーいや、なにもおっしゃいますな。わたくしにおまかせくださいーいいようにとりはからいますから。」
それから、心のなかでこう思った。
(マイルズ卿か!いやはや、じぶんが騎士だということをすっかりわすれていた!ほんとうにおどろいた、この子がいまだにあのおかしな空想にとりつかれているとは!......わたしの騎士の称号は実体のない、ばからしい称号だ。しかし、その称号を受けただけでもありがたいことだ。というのは、この世のどこか実在の国で見くびられて伯爵になるよりも、この子のゆめの王国でまぼろしの騎士になるほうが名誉だからだ。)”(河田訳)
という記述があります。このあたりの反応はアーサーの魔法使いによる調査団の結成、その団長にカインを据え、いずれは騎士団長に復帰させるという計画に対して、まだ時期尚早かつ現実味に乏しいと考えているカインに重ねることができます。
48 ヘンドンの特権
上巻にて、エドワード王は自分を助けてくれたヘンドンへの返礼としてヘンドンの望みをかなえることにします。一方のヘンドンはエドワードのことを頭の変になったが見どころのある乞食の少年としか見ていませんでしたが、彼と向かい合って食事をとるために妙案を思いつきます。それが例の王の面前で椅子に座ってもよいという特権を得ることでした。
“「陛下ー先例にならい、身にあまるごほうびとして、わたくしにたったひとつだけ特権をおあたえくださいませんでしょうか?つまり、わたくしならびにわたくしの子孫が、英国王の御前ですわってもかまわないというおゆるしをいただきとうぞんじます!」
「たて、サー=マイルズ=ヘンドン、ナイト。」
王はヘンドンの剣の背でかれのかたをかるくうちながら、おごそかにいった。
「たて、そして、すわれ。そちのねがいはかなえられた。英国がほろびぬかぎり、王位がつづくかぎり、この特権がうしなわれることはないだろう。」
陛下は考えこみながら、ヘンドンのそばをはなれた。ヘンドンはテーブルのまえのいすにどっかりとこしをおろして、ひとりつぶやいた。
「われながら名案だった。おかげで大だすかりだ。足がだるくてしかたがない。あれを思いつかなかったら、おれはこの子の頭がなおるまで、何週間もたたされていただろう。」しばらくしてまたつぶやいた。
「これでおれは、ゆめと影の国のナイトになったのだ!おれのような現実的な人間がこんな位をさずかるなんてじつにきみょうだ。わらうのはよそうーいや、わらってはいけない。おれには意味のないことだが、この子はしんけんなのだ。それに、考えようによれば、こんなことでも、おれにとってはうそごととはいえない。こんどのことで、この子がやさしくて、気まえのいい性質だということがわかったんだから。」”(河田訳)
47 余談A
一方、農家で料理の番を任されたとき、エドワードの頭に浮かんだのはある逸話でした。
「むかし、ほかにもひとり、こんな仕事をいいつかった英国の王がいたっけーそのアルフレッド大王でさえあえてひきうけたような仕事をわたしがやったとしても体面にはかかわるまい。だが、わたしは大王よりもっとりっぱに信頼にこたえてみせようーなにしろ大王はお菓子をこがしてしまったんだから。」
彼が農家にたどりついてから、その身分を探るべく少女たちのお母さんがしたのは、牛の話(羊飼いだと予想をたてて)や料理の話の他、粉屋、はた織り、いかけ屋、かじ屋、精神病院、監獄、養育院の話で、
カンタベリ物語に出てくる社会階層、
騎士と使用人、聖職者(尼僧、修道院僧、托鉢僧、牧師、贖罪状売りの旅僧)、学者(学僧、医学博士)、法律家(法曹協会の賄方、宗教裁判所の召喚
刑事)、 ク士、職人や商人などの町人.庶民階級(大工、料理人、機織り上手なバースのおかみさん、船長、粉屋、貿易商)を思わせます。
まほやくの社会階層は、
王族、貴族(シャイロックは酒場の店主)、聖職者(教団に属す神の使徒)、盗賊、料理人、仕立て屋、羊飼い、騎士、医師、森番、学者(ムルの生家は宝石商)、教師、渡し守、占い師、呪い屋で
両者を合わせたような構成になっています。
因みに、西祝祭(舞台)のなかで西の面々が好むおしゃべりの内容として
噂話、恋の話、財産の話、冒険の話をあげますが、こちらはカンタベリ物語に加えて、ボッカチオ作の「デカメロン」に話題のヒントを得ているように思います。
46 余談@
ヘンドンは、生家で自分の身元を疑われたときはこんなことを言います。
“「おい弟、さあはやくー姫をよんでくれ!もし姫までおれを知らないなどといったらーだが、そんなことはいうまい。いや、いや、おれをおぼえててくれるはずだ。そんなことをうたがうなんて、おれはどうかしてる。姫をつれてきてくれー古くからいる召使たちをつれてきてくれー召使たちもおれがだれだかわかってくれるだろう。」
「召使は五人しか残ってませんよーピーターと、ホルシーと、デビッドと、バーナードとマーガレットです。」(中略)
「五人のいちばんたちのわるいやつらが、二十二人の忠実でしょうじきなものたちのさったあとにのこったというわけかーみょうな話だ。」”(河田訳)
まほやくでは基本は五か国から四人ずつ召喚されることになっています。今回は21人いますが、ホワイトは幽霊なので帳尻は合っています。賢者を入れると22人です。また、前回の厄災で魔法使い側の犠牲者が出なかったのは北の国のみでした。(つまりは五人)
45 王子と乞食(下)とまほやく
“とつぜん雲がはれて、ひとすじの日の光がやわらかな雰囲気の寺院にさしこみ、貴婦人たちの列にそって、ゆっくりとはいっていったのである。日の光があたると、どの列も、目のくらむような、さまざまな色のほのおとなってもえあがる。そのはっとするような、うつくしい光景を見ると、われわれは電気にうたれたようにぞくぞくし、ゆびのさきまでふるえてしまう。
やがて、東洋のどこかとおい、へんぴな国からおとずれた特使が、外国の大使たち一団といっしょにやってきて、そのひとすじの日の光をよぎる。すると、特使のまわりからまばゆい光がほとばしり、きらめき、ゆれうごいて、その圧倒するような光景にわれわれは思わず息をのむ。特使は頭のてっぺんからつまさきまで宝石でかざられていて、ちょっとでもからだをうごかすと、まわりじゅうにさんぜんとした光がまきちらされるのである。”
マーク=トウェイン(作)河田智雄(訳).王子とこじき(下).
偕成社文庫,1979
44 王子と乞食(下)とまほやく
何より、この本を原典にあげる根拠は戴冠式での一場面をあらわす以下の文にあります。なんと参列者として貴婦人が入場したあとで東洋人が入ってくるのです。それはリリアーナの戴冠式に参列した賢者、真木晶をさしおいて誰がいるというのでしょう。
“栄華をきわめるソロモンのようななりをしたひとりの貴婦人が、はじめて袖廊にはいってきて、しゅすとビロードの服をきた役人に、指定の席に案内されたのだ。いっぽう、それと同じ身なりをしたもうひとりの役人が、貴婦人の長いすそをもって、あとからついてきて、貴婦人がこしをおろすと、すそをひざのあたりまでととのえてやる。それから、貴婦人ののぞみどおりに足台をおき、そのあと、貴婦人たちがいっせいに宝冠をかぶるときにそなえて、かの女につごうのいいところに宝冠をおく。”(河田訳)
43 王子と乞食(下)とまほやく
双子の紋章は一つの紋章を二つに分ける形で左右対称の位置(首)についています。それは王子と乞食の印章の場所を二人で思い出すシーンを思い起こさせます。印章があったのはよろいの腕の中で、カインの紋章は右腕に出ました。カインが魔法舎でであった姉妹はトムの姉妹の他、農家の女の子たちや火刑に処せられてしまった信女たちにも重ねられているようです。
捨てられたアーサーが雪原をさまようなかでオズに見つけられた場面は、ヘンドンとはぐれたエドワードが隠者に見つけられるシーンを彷彿とさせますが、隠者の設定の方は、アレクに裏切られてしまったファウストの姿と重なります。(隠者は、立場はファウストと逆転するものの「あいつの父親はわしらをひどいめにあわし、ほろぼしたのじゃーそして永遠に燃え続ける地獄の火のなかにおちていった!さよう、地獄の火のなかに!あの男はわしらの手のとどかないところににげてしまったーしかしそれは神のおぼしめしだったのじゃ。いや、そうにちがいない。なきごとをいってはならない。それにしてもあの男は地獄の火をのがれることはできなかった!あの地獄の火、容赦なく焼きつくす、無情な地獄の火をーしかもその火は永遠にもえつづけるのじゃ!」と話しています)
またエドワードに使い物乞いをさせようとするごろつきは、氷の街の育成で、双子の慈悲を買うためにみなし子を見繕い真珠売りを装う二人組の男女の設定に活かされているように思います。
全体的に下巻の内容はまほやくの二部の内容に回収されているようです。最後に自分の領地を取り戻すヘンドンは以前指摘したように、魔法使いだけの使節団の団長にカインを据えることでいずれは騎士団長としての名誉を回復させようとするアーサーの目論見に重なる一方、ヘンドンの身分を奪い、その妻をも自分のものとしたヒューは、リリアーナに変装し西の国の女王となるザラの姿と重なります。(それは同時にトムの境遇も同じことです)そのリリアーナに鳥に変えられてしまったかつての恋人が会いに来るシーンは、ヘンドンがイーディスに「自分を覚えていないのか?」と尋ねるところに重なります。
42 王子と乞食(下)E
トムについてエドワードは以下のように申し渡しました。
「ここ数週間の話を聞き、私はおおいにまんぞくしている。おまえは王にふさわしく、しんせつと慈悲をもって国をおさめてくれた。母親と姉たちは見つかったか?それはよかった。三人はじゅうぶんにめんどうをみてやろうーそれから、おまえがそれをのぞみ、法律がゆるすならば、父親は絞首刑に処するとしよう。みなもの、よくきけ。きょうから、キリスト育児院に保護されて、王の恩賜金のわけまえにあずかっているものたちは、腹をみたすだけでなく、精神のかてをもらえるようにしなければならない。また、この少年はそこにすまわせて、生涯、育児院の理事長をやらせることにする。それから、かりにも王であったこの少年にたいしては、なみなみならぬ敬意をはらうべきである。それで、少年のこの正装をよく心にとめておいてほしい。これからは、この服装で少年を見わけることにし、だれもそれをまねてはならない。また、少年がどこへいこうとも、国民はかれがかつて王であったことを思いだして、それそうとうの尊敬をはらい、かならずあいさつをしなければならない。少年は王の保護と援助をうけ、〈王の保護をうけている者〉の敬称でよばれることになろう」
エドワードの治世は短かったものの、トムはヘンドンとともに王のだいのお気に入りで、王が亡くなったときはその死を悲しみました。一方のトムは大の長生きで白髪はたくわえ、威厳にみちながら、その顔にはやさしさがありました。彼の存命中、人々は彼を崇拝し、尊敬しました。
引用図書
マーク=トウェイン(作).河田智雄(訳).
王子とこじき(上)&(下)
偕成社文庫,1979
41 王子と乞食(下)D
ヘンドンはロンドン橋でエドワードを見失っていました。そこでトムの古巣である貧民街に向かいますが収穫は得られず、戴冠式の行列についていくやじ馬に紛れたりもしながらロンドン市内をひたすら歩き回ります。すっかり疲れ果ててしばらく地面に横になったあと、昔の知り合いを訪ねて宮廷に向かいます。その知り合いとは、トムの情報源になっていたハンフリー少年の父親でした(実際にはその父親は既に亡くなっていました)。ヘンドンは少年に取次を頼みます。このときのヘンドンの持ち物といえば、生家に戻ったときにエドワードが書いていた手紙だけでした。ところがその後、ヘンドンは宮殿の奥へと通されて王への謁見がかないます。そこに座っていた者こそ、さんざん自分が窮地を救った乞食の身なりをした少年、エドワードでした。ヘンドンは出会ったときの特権を行使して王の御前であるにも関わらず椅子に座りました。エドワードはヘンドンについて皆に説明しました。
「ーこれはわたしが信頼し、目にかけている召使マイルズ=ヘンドンだ。この男は、みずから剣をふるって、主君がきずつかないようにまもり、うしなわれたかもしれないいのちをすくってくれたのだーその功労により、王の希望で、騎士に列せられたのである。それから、よくきけ。この男は王の身がわりになって、むちでうたれ、はずかしめられたので、そのいっそう大きなてがらにより、英国の貴族に列して、ケントの伯爵とし、その体面をたもつために必要な金と土地をさずけることにする。なおーこのものがたったいま実行した特権は王のゆるしによるものである。ヘンドン家の家長は、こんご、王位のつづくかぎり、代だい、英国の国王のまえでいすにすわる特権を有すると決められたのである。じゃましてはいけない」(河田訳)
そこにヒュー卿も夫人を伴って遅れて来ました。摂政に取り入って貴族の一員になり、領地と爵位を手に入れた気でいたのです。その目論見は外れましたが、罪を訴えられることはありませんでした。そして渡欧後、鬼籍に入りました。一方の夫人はヘンドンのことを覚えていたものの、彼の命を奪うとヒューに脅されていたことを告白しました。そして、ヒューの死後、ヘンドンと結婚しました。王から与えられた特権については振りかざすようなことはせず、この世を去る前に、メアリー女王の即位時とエリザベス女王の即位時の二度のみ行使したということです。
40 王子と乞食(下)C
トムの頭上に王冠が載せられようとしていたまさにそのとき、ようやく再び両者は顔を合わせます。サマセット公爵の質問にも、乞食のみなりには似つかわしくないほど、エドワードは王家のしきたりについてよどみなく答えることができました。決着の決め手になったのは王家の印章の場所でした。当初、エドワードが示した場所に印章はありませんでした。トムは当初、印章がどんなものなのかよく分かっていませんでしたがその形容を聞いて、二人が入れ替わった日のことを思い出します。エドワードにはまだ当時のことが思い出せないようだったので、トムは手助けをして記憶をたぐり寄せます。
“「セント=ジョン卿、とりにいってくれーかべにかかっているミラノのよろいのうでのなかに、印章が入っているはずだ!」
「そのとおりです、陛下!そのとおりですよ!ーこれで英国の王権は陛下のものでございます。それにもんくをつけようったってそうはいきませんよ!はやくいってください、セント=ジョン卿!」(中略)
時間がいつのまにかどんどんすぎていったーどのくらいたったかは、だれにもわからない。やがて、きゅうにあたりがしずかになり、どうじにセント=ジョン卿が壇上にすがたをあらわして、ご印章を高だかとさしあげた。すると、大歓声がおこった。「ほんとうの国王陛下ばんざい!」”(河田訳)
39 王子と乞食(下)B
ヒュー卿によるせせら笑いを受けながらも甘んじてむちうちの刑を受けたヘンドンと王は、アンドルーズから戴冠式のことを聞いていたためロンドンに向かいます。
その頃、宮廷ではトムがすっかり生活になじんでいました。当初は窮屈で無意味なものに感じていた使用人の多さを、むしろ愉快なことに感じていました。今では自分の身代わりになってしまったエドワードや乞食だった頃の生活を思い出すことの方が少なくなり、いわばその座を盗むようにおさまっている自分の身ではなく、彼らに対して恥じらいすら感じていました。そしてあろうことか、認証式が行われようという場で群衆のなかにいた母親を遠ざけてしまうのです。トムの母親は、手の平を外側に向けるというトムの癖からエドワードとトムを見分けることができました。後悔にさいなまれるトムですが、暗い顔をしていると摂政に任命したサマセット公爵に諭されます。この期に及んでもトムの気がかりは狂気の再発と思われてしまうのです。
38 王子と乞食(下)A
ヘンドンは王を連れて故郷に帰還します。ところが、父親も兄もすでに亡くなり、領主として故郷を牛耳っていたのは弟のヒューでした。そしてかつての想い人であったイーディスも今やヒューの妻になっていました。あろうことかヘンドンは既に亡くなったことにされ、赤の他人扱いを受けてしまい、そのままヘンドンは生家の者と財産に危害を加える者として王とともに投獄されてしまいます。ヘンドンは周囲の目を盗んで会いにきた、かつての使用人であるアンドルーズから生家の事情を聞かされます。一方の王は牢でよくしてくれたバプティスト派の信女たちが火刑に処されるのを目撃します。
37 王子と乞食(下)@
ごろつきたちは本物のエドワード王に物乞いのまねをさせますが、王は隙を見て逃げ出します。たどり着いたのは農家の牛小屋でそこで一夜を明かします。王を見つけたのは双子の少女で、二人の母親はエドワードの身元を確かめようと様々な話(羊飼いの話、粉屋の話、はた織りやいかけ屋、鍛冶屋などの商人の話、精神病院や監獄、養育院の話)をしますが興味をひく話はこれといってありませんでした。ようやくエドワードが口にしたのは料理の話題だったので、母親は彼が王の料理番の手伝いをしていたのではないかと見当をつけ、あろうことか料理の番を頼む始末でした。王は料理をこがしてしまいますが、この家族と一緒の食卓につき、母親と王はそれぞれに自分の親切に満足しました。またごろつきたちの足音が近づいてきたので王は農家を去ります。
次に王を拾ったのは隠者でした。ところがこの男は自分を大天使と名乗り、本来は法王になるべき男だと思い、所属していた僧院を潰した前王への恨みからエドワードをしばり、包丁を振りかざしました。そこにヘンドンがやってきますが、隠者によって言葉巧みに連れ出され、残されたエドワードが目覚めるとそこにいたのはトムの父親たちでした。ごろつきたちは再びエドワードに悪事や物乞いのまねをさせようとしますが、上手くいきませんでした。王はごろつきの一人から恨みを買い、豚を盗んだ濡れ衣を着せられそうになりますが、そこにヘンドンが現れます。王は法の裁きを受けることになりますが、ヘンドンが官吏の不正を目撃していたため、牢からの逃亡の手筈をととのえてもらうことで手を打ちました。(豚の値段は3シリング8ペンスでした。ところが幼い子をしばり首から救うために値段は8ペンスにされます。官吏はその値段で豚の持ち主だった女から豚を買い上げていました)
36 王子と乞食(上)
王子のエドワードと乞食のトムは顔がそっくりだった。そこで互いの服を交換した。王子はトムから話を聞いてその身の上に驚くが、現実は理解していなかった。衣服を替えても心は王子のまま、周りに言うことを聞かせられると思っていたが、相手は自分を乞食としてしか見ず、殴られるか馬鹿にされるばかりで味方はほとんどいなかった。一方、トムは日頃良くしてもらっているアンドリュー神父からラテン語を習ったこともあって賢く、貴族の振るまいを想像して過ごしていた。王子になってから何とかその経験を活かしてやりすごそうとするが、突然何でも面倒を見てもらえる生活の場に置かれてかえって窮屈さを覚えた。
王子の突然の変化に王室の面々は奇天烈な印象を覚えたものの、王様の命令で王子が記憶喪失(らしい)ということを口にのぼらせることは控えた。二人が再度邂逅するのは、ロンドンの街を偽王子(トム)が訪れた時だった。そこに元々体調を崩していた先王崩御の報せがくる。この時点から偽エドワード(トム)は英国王になってしまった。
ここでもエドワードは自分こそが本来の王子であることを信じてもらえず、唯一かばってくれたアンドリュー神父はトムの父親に殺されてしまう。窮地を救ったのは貴族崩れの男、ヘンドンだった。ヘンドンは彼を弟のように感じ、保護者として守りたいと望むも、エドワードと向き合って食事をとるにも一計を案じなければならなかった。さらに朝になるとエドワードがトムの父親に誘拐されてしまう。エドワードが連れて行かれたのはゴロツキのたまり場で、彼らは事実とはいえ、自らを王と言ってはばからないエドワードと王室を辱める。その頃、トムは着替えや食事ひとつとっても手順と役人が多いことや王室の借金の金額に驚く。それでも王のかわりに鞭打たれることで生計を立てているハンフリー少年からの情報もあり、4日目には王室の生活になじんでいた。トムは自らの判断で死刑にされるはずの三名の事情を聞き、女性達は放免した。またある男性は毒殺を疑われていた。奇妙な予言があったことも、理由のひとつだった。ところが、男には同時刻(元日の朝十時)にアリバイがあり、ジャイルズ=ウィッドというテムズ川で溺れかけた少年を救っていた。トム自身がそのことを知っていたため、男も放免された。名裁きの後、晩餐会の場でトムはエドワード王として公衆の前に顔をみせた。
35 コルキスの黄金羊B
コリントスの王であるクレオンがイアソンを娘の婿に望んでいました。イアソンは財産と地位に惹かれて、妻子ある身でありながらクレオンの娘と婚約してしまいます。クレオンは報復を恐れてメディアを追い出そうとします。メディアに助け船を出したのは子宝に恵まれないアイゲウスでした。メディアが自力で国を出次第、アイゲウスは子を授かるための薬と引き換えにメディアを保護することを約束します。そこでメディアはクレオンの娘のもとへ子供を使いに出し、婚礼の衣装を届けさせました。クレオンの娘は黄金の冠と薄絹の羽衣に惹かれて手を伸ばします。ところが衣装には毒が盛られていました。クレオンの娘は泡を吹いて顔を引きつらせて倒れます。そればかりでなく冠からは火が噴き出し、羽衣は娘の体に食いつきます。娘のもとにかけつけたクレオン王も巻き添えになって、二人とも亡くなってしまいました。こうして復讐を遂げたばかりでなくメディアは自分の子をも殺してしまうのです。
エウリピデス作「王女メディア」より
34 コルキスの黄金羊A
羊毛は聖なるオークの木に釘で打ち付けられていましたが、火を噴くドラゴンが守っていました。ドラゴンは3つの舌を持つとされ、決して眠らず、休まず、警戒を解きません。メディアはイアソンの体に魔法の軟膏を塗りつけ、竜を戦う際に必要な薬草の束を渡しました。ドラゴンはイアソンに火を噴きますが、イアソンの体は薬草によって火傷から守られました。さらにイアソンが薬草を掲げると燃え上がり、かぐわしい青い煙が立ちました。ドラゴンは煙を吸い込んで崩れ落ち、気絶しました。その間にイアソンは金の羊毛を手に入れることができ、メディアも船に乗せて故郷に向かいました。
当然、アイエテスは羊毛を取り戻すべくアルゴ号を追いかけてきます。するとメディアは弟を殺して遺体を八つ裂きにして海に投げ入れました。アイエテスは遺体を拾い集めて埋葬しなければならないのでアルゴ号を追うどころではなくなります。
参考図書
ダグラス.ナイルズ(著)高尾菜つこ(訳)
ドラゴンの教科書 神話と伝説と物語.原書房,2019
33 コルキスの黄金羊@
今回のイベント(2024年7月17日〜25日)の主役はレノックス。レノックスの育成イベントでは、レイタ山に現れた金の羊を前に父親と息子の意見が対立します。今は堅実な道を望む父親もかつては無茶をしたものでした。その元になっているであろう神話を紹介します。
イアソンは叔父ペリアスに簒奪された王位を取り戻すべく、「金の羊毛」を求めてヘラクレス、カストル、ポリュデウケス、テセウス、学士のオルフェウスらとともにアルゴ号に乗り込み、冒険に出ます。羊毛が保管されているコルキスに着いたものの、コルキスの王であるアイエテスから「火を噴く雄牛を軛につないで畑を耕すこと、戦士の一団を倒すこと、そして羊毛を守るドラゴンと対決し、これを滅ぼすこと」という3つの難題を出されます。
イアソンはアイエテスの娘であるメディアの協力を得て、最初の2つをクリアします。
32 魔物の正体 ネタバレあり



オズに憬れていた管理人のエルマー。彼が見つけた牙が厄災の光を浴びて出現したのがこの城。牙の持ち主はかつてオズが倒した魔物。

いつしか魔物とそれを倒したオズの姿は混同して伝えられてしまったようです。アーサーのいう魔物の姿はまさにケツアルコアトル。
31 オズの城?





オズの巣とよばれる場所に一夜にして出現したオーエンの作り話から飛び出して来たような城。見た目はどちらかというとペトラ遺跡みたい。
30 羽毛の生えた蛇神B
ケツアルコアトルは原初の創造主、オメテオトルの四人の息子の一人で西方を司ります。※以下刺激の強い内容含みます。
「オメテオトルは息子たちを生み出したのち、創世の仕事から身を引いた。それぞれ強大な神となった息子たちは、現在の世界と大気、海、そしてミクト乱と呼ばれる冥府をつくった。そして天空ができると、彼らは協力して太陽を天空に引き上げた。しかしケツアルコアトルだけは、(略)人間の欠片猿や巨人などの断片も含めてーを集めるため冥府に赴いた。これらの欠片を地上に持ち帰ったケツアルコアトルは(略)欠片から人間を創造した(ダグラス,高尾,2019,p.164)」四兄弟の内、ケツアルコアトルとテスカポリカは敵対していました。テスカポリカは「闇夜、欺き、妖術、そして大地そのものの主(ダグラス,高尾,2019,p.165)」とされます。テスカポリカは、ケツアルコアトルを騙してプルケという強い酒を飲ませました。「酔って気が狂ったケツアルコアトルは、禁欲を誓って独身を貫く妹の女神と関係を持ってしまう。酔いから覚め、罪悪感にさいなまれた彼は、人間界を去ることを決意した(ダグラス,高尾,2019,p.165)」その最期は、一説によるとケツアルコアトルが火事を引き起こしてみずから炎に飛び込み自滅したとされる一方、「メキシコを捨て、蛇の筏に乗って東へ」旅立ち、暦の「一の葦」の年に戻ってくると予言したといいます。この予言は、スペイン人征服者、エルナン.コルテスらの上陸がケツアルコアトルの帰還であるかのような迷信を生みました。背景には、くしくも上陸と予言の年が一致していたことと、都の破壊やキリスト教化が進み疫病が流行したこと、一方でスペイン人視点に立つと、ケツアルコアトル以外に由来する人身御供という先住民による野蛮な習慣がドラゴン退治と結びついたことがあるようです。
参考図書
ダグラス.ナイルズ(著).高尾菜つこ(訳)
ドラゴンの教科書 神話と伝説と物語.原書房,2019
29 聖なるセノーテ
エルカスティーヨは1番目と2番目に大きいセノーテ(石灰岩が露出した天然の泉.井戸)の間に建造されました。聖なるセノーテは700年頃から宗教儀礼に用いられ始めました。「土器、香炉、翡翠製品、金、銅、金.銅の合金製装飾品、トルコ石製装飾品、黒曜石製石器、チャート製石器、貝製装飾品、木製彫像、炭化した織物片、かご細工品など多くの供物」が見つかっています。雨と稲妻の神チャークへの生け贄として捧げられたという俗説もあり、120体ほどの人骨のうち半分は子供の骨で、女性よりも男性の骨が多く見つかりましたが、宗教儀礼では人骨よりも供物を投げ込むことの方が多かったようです。
参考文献
増田義郎.青山和夫.古代アメリカ文明 マヤ.アステカ.インカ
山川出版社,2010
28 羽毛の生えた蛇神A
羽毛の生えた蛇神信仰の起源はアステカより前のトルテカ(900〜1150)まで遡れますが、古代メソアメリカの遺跡であるメキシコのテオティワカン(最盛期200〜550)には既に羽毛の蛇の神殿が見られます。太陽のピラミッド、月のピラミッドとともに基点となる南北を走る死者の大通りを軸に、直交する東西の主要道路との交差点に、傾斜壁に垂直の枠付きパネル、タブレロをはめこんだ城砦が方形の大広間を囲みます。その大広間の東にあるのが羽毛の生えた蛇の神殿です。創建当初は、緑、赤、青、黄、白などで彩色されていました。発掘調査により、200人以上の神官.戦士たちの生け贄が埋葬され、強力な軍事力を誇る王制国家であったことが分かりました。黒曜石製尖頭器や翡翠製装飾品が副葬されていました。テオティワカンの美術品の特徴として、人物像よりも動植物、雨の神トラロックや羽毛の生えた蛇などが描かれることが多くありました。月の広場の西、ケツアルパパロトル宮殿からは緑色の羽毛の生えた巻き貝を彫った石柱や頭が羽毛で背中や尾が巻き貝で装飾された赤いジャガーを描いた壁画が見つかっています。
マヤ文明(勃興は前1000〜前400年で16世紀のスペイン人侵攻まで継続)の遺跡であるチチェン.イッツア(700〜1000)にあるエル.カスティーヨと呼ばれるピラミッドの奥にも赤いジャガーの石彫が見られます。「春分と秋分の午後、その北側の階段に太陽の光があたって長さ34mの蛇の姿を映し出す(増田.青山,2010,p.85)」現象が有名です。
かつては、チチェン.イッツアはトルテア帝国がマヤ文明を侵攻して築いた都市とされましたが、科学的調査(ドキ分析や炭素測定)により否定されています。「屈指の国際都市であり、米国南西部産のトルコ石、メキシコ中央高地、メキシコ西部やグアテマラ高地の黒曜石製石器、グアテマラ太平洋岸産のプランベート土器、ウスマシンタ川流域産の精胎土オレンジ色土器、グアテマラ高地産の翡翠製製品、中央アメリカ南部産の金や金.銅の合金などが遠距離交換によって搬入(増田.青山,2010,p.85)」されていました。
27 羽毛の生えた蛇神
ケツアルコアトルはアステカの人々が、ククルカンはマヤの人々が信仰した神で、「羽の生えた巨大な竜神が、人間の存在そのものの中心的支柱をなす」という共通の信仰の上に成り立っています。地域によって異なる名称、外観をしており、伝承では人間の姿で現れるともされますが、牙を持ち、とぐろを巻いた大蛇の身体を羽や羽毛で飾り、尾は先端が房に分かれていて、頭にも羽冠をのせているのが一般的な認識のようです。風を操って豊穣をもたらし、アステカの人々にトウモロコシを授けたのもこの「羽毛の生えた蛇神」だといわれており、(アステカやマヤの人々にとって)金星のシンボルでもあります。
26 ディオニュソスに関わる者たち
ディオニュソスの従者となったのがパンです。パンは「羊飼いと羊の群れの神」とされています。半分は人間、半分は山羊の姿をしています。額から2本の角を生やして「上半身は毛でおおわれ、2本の脚の先端にはひづめがつき、敏捷」な動きを可能にしています。(マルグリット,遠藤p118)
従者、羊飼い、敏捷などの性質はレノックスに引き継がれたようです。
一方、アテナイでは9年ごとに男女が7人ずつがクレタに送られ、迷宮の奥にいる(ポセイドンがくだした罰により、ミノスの妃、パシエが雄牛に恋して生まれた)牛頭人身の怪物、ミノタウロスの餌食になっていました。そこでテセウスが討伐を申し出ました。テセウスに恋をしたアリアドネが妻になることと引き換えに迷宮離脱の秘策を聞き出して糸玉をテセウスに与えました。テセウスはミノタウロスを倒した後、糸をたぐって迷宮を出ることができました。ところがテセウスはディオニュソスにアリアドネを奪われてしまいます。失意の中、テセウスは父親と交わした約束(無事に帰還する際は白い帆に張り替える)を失念していました。黒い帆を見た父親は崖から身を投じます。エーゲ海のエーゲとはここからとられたものです。(中村,中務p.92)1.5部にてミノタウロスに立ち向かうシノたちの援護に向かったブラッドリーが消えてしまったのは、もしかしてアリアドネのエピソードを受けているのでは?
25 ディオニュソス
ローマ神話のバッカスと言った方がわかりやすいかもしれません。
ディオニュソスの母親、セメレは、彼女に嫉妬したヘラの言葉を受けて、ゼウスの姿を拝もうとしたために、ゼウスの放った雷火によって焼死します。ゼウスはセメレの胎内から取り出され、ゼウスが自らの腿のなかに縫い込んで臨月を迎えて誕生したのがディオニュソスです。ディオニュソスはセメレの姉妹に女性として育てられますが、ヘラを欺くことはできず、育ての両親はヘラにより発狂してしまいます。ヘラからの迫害を逃れるなかで見つけたのがブドウの木でした。そしてワインの製法を会得すると人間たちに伝授します。幻覚に魅せられて山に連れ出された挙句、ディオニュソスの狂信者となっていた女たちに八つ裂きにされ、その首を母親に杖に突きさされるペンテウス王への仕打ちに見られるように、彼の宗教に従わない者に対しては狂気に陥らせました。彼は豹に引かせた戦車に乗り、その一行にはあらゆる種類の悪魔がいたといいます。ニーチェはギリシアの精神性のうち「狂的な陶酔によって生の衝動の根源にじかに触れようとする衝動」をディオニュソス的であるといいました。
参考図書
マルグリット.フォンタ(著).遠藤ゆかり(訳)
100の傑作で読むギリシア神話の世界 名画と彫刻でたどる.
創元社,2018
中村善也.中務哲郎(著).ギリシア神話.岩波ジュニア新書,1981
ディオニュソスの上記の特徴は、シャイロックの華やかな女性のような顔立ち、幻覚使い、元は葡萄畑を所有しワインの製造を手掛ける貴族でワイナリーがマナエリア、アミュレットもワイングラスといった造形に受け継がれています。
24 それぞれの本性






オズに過去を突きつけられたフィガロと、オーエンに過去を突きつけられたオズ。そのオズは賢者に役目に飲み込まれて名前を忘れるなと忠告。全てバルコニーで起きたこと。役目の中に過去の因縁関係のほとんどが入っているところが粋。
23 バルコニーシーン
数ある演劇の中でも屈指の名台詞がこちら。
ジュリエット
「おお、ロミオ、ロミオ!なぜあなたはロミオなの?
あなたのお父様をお父様でないとおっしゃって、あなたの
お名まえを捨ててください。それとも、もしそれがおいやなら、
せめて私を愛していると誓ってください。
そうすれば私はもうキャビュレットの名を捨て去りましょう。
ーあなたのお名まえだけが私の敵なのです。
あなたはモンタギューでなくたって、あなたですもの。
モンタギューってなんですの?手でもなければ足でもない、
腕でもなければ、顔でもなく人間のからだに属している
どんな部分でもありませんわ。おお、何かほかのお名まえになってください!名まえなんかいったいなんなのでしょうか?私たちがバラと呼んでいる花は、ほかの名まえをつけても、同じようによい匂いがするでしょう。ロミオだってそうですわ。たとえロミオと呼ばれなくても、そんな肩書きなんかなくても、あのかたのもっていらっしゃる完全なりっぱさをお持ちになれますわ。ロミオ、あなたのお名まえを捨ててください。そしてあなたの一部でもないお名まえを捨ててその代わりにこの私をそっくり全部受け取ってください」
引用図書
シェイクスピア(著).大山敏子(訳).ロミオとジュリエット.旺文社文庫,1966,pp62-63
22 シャイロックの美意識




21 正体をバラす弟

20 まほやくとロミジュリの共通点
フィガロは医師であり、自ら薬の調合もし、ミチルに薬学を指導します。
同時に、正装ではイエス.キリストを意識(ガルシアは巡礼の聖地、サンディアゴ.デ.コンポステーラがあるガリシア州のもじり、三位一体の中の父親がカラマーゾフ兄弟の父親(殺し)にかけられて、投獄されたブラッドリーが復讐を決意、フィガロは魚介のカルパッチョが好物。救世主、神の子、イエス.キリストの頭文字は魚を意味する)して聖職者の衣装(ストラ)をまといます。フィガロはオズによりバルコニーに呼び出され、その正体(北出身でオズより長生き)が明かされます。
革命軍に参加するも離脱した後、仲間がアレクの裏切りに遭い、ファウストは東の国に引きこもり、レノックスは各地を放浪することになります。そのアレクも亡くなって400年が経ちました。中央の国での一件後、南に移ったフィガロが診療所を開業すると、同じく北から移住して、教師の人間(モーリス)と結婚したチレッタがミチルを出産します。
人間と魔法使いの対立はモンタギューとキャビュレットの対立ともとれます。チレッタとモーリスの結婚は両者をとりもつうえで尊いものですが、結局チレッタもモーリスも亡くなり、ミスラが魔法舎に現れるまでは、フローレス兄弟はフィガロやレノックスと家族も同然の付き合いをしていました。
最後に、ロミジュリが出会ったのは仮面舞踏会でしたが、西の国の最初の任務もまた舞踏会場となっている城をうろつく仮面を捕まえることでした。南の国も祝福の魔法で仮面を城に閉じ込めてサポートします。任務に向かう前、同様にシェークスピアの作品(「ヴェニスの商人」)の登場人物から名前と厄災の傷(心臓が燃える)をとっているシャイロックの美意識とフィガロの戦略が対立します。
19 ロミオとジュリエット
フィガロの誕生月&ジューンブライドに合わせて、世界でもとびきり有名なカップルの話をしようと思います。(といっても二人の仲を取り持っていた人のお話)
それぞれモンタギューとキャビュレットといういがみ合う名家に生まれた二人はキャビュレット家で開かれた(仮面)舞踏会で出会います。バルコニーでの告白を経て結ばれた二人ですが、ロミオの友人のマキューシオがキャビュレット家の出でジュリエットの従兄であるティバルトと決闘の末、亡くなってしまいます。これによりロミオは友人の仇を討たざるを得ない状況に追い込まれ、追放の憂き目にあってしまいます。その上、ジュリエットには家が決めた許嫁がいました。そこで一計が案じられ、まずジュリエットが一芝居打ち、眠り薬によって仮死状態になります。ところがロミオはそれを死と誤解し本当に死んでしまいます。結局ジュリエットもその後を追います。
この定番の物語において重要な役割を果たすのが、ロレンスという聖職者です。彼こそがロミオとジュリエットの最大の理解者であり、二人の婚姻を許し、ジュリエットに薬を調合して計を授けた人物です。最後に領主のもとですべての顛末を語ったのもロレンスでした。若い恋人の死を持って両家は和解するに至り、領主もまた両家の争いを見て見ぬふりをしたことを悔やむのです。そして物語はブロードウェー、そしてスクリーンへ場を移し、舞台をニューヨークに変えて、白人(トニーらが率いるジェッツ。ただしトニーは脱退)とプエルトリカン(マリアの兄、ベルナルド率いるシャークス。ベルナルドにはアニタという恋人がいる)の争いとなり、「ウエストサイド物語(ストーリー)」として、装いを新たにします。ロレンスの役割は、ドクという名前の主人公のバイト先であるドラッグストアの店主が果たします。
※ただし、こちらは結末が異なり、ベルナルドとリフ(トニーの友人で現ジェッツのリーダー)とトニー(トニーはオリジナル映画ではシャークスの一員でベルナルドの弟分のチノに撃たれる)は亡くなりますがマリアは生きています。
18 二人の分岐点





ここは、ぜひ映像でも追いかけてほしいです。まだ大阪公演は有料配信に間に合います。東京での初日公演も見逃し配信中。
17 再会時の印象


魔法の師匠としては一定の評価をしつつ、性格についてはそれ以上触れてくれるなと言わんばかり。
16 向日葵で起きていたこと




ここから比べれば、ファウストの態度がいかに軟化したことか!
15 フィガロ祝誕


ただ今、舞台では仮面のエチュードと向日葵のエチュードが上演中。そこで最後は本人に心情を語ってもらいましょう。まだカエルが残ってるけど、仮面でのシャイとの駆け引きといい、向日葵でのファウストとの過去のわだかまりといい、この二本で彼の内面が掘り下げられて、人物像に奥行きが出たと思います。
14 フィガロ祝誕


東の幼なじみはフィガロの医術にそれぞれの理由から感謝している様子。ヒースはヒースでシノと1.5部のミノタウロスとの激闘のことがあるし、シノは2部で死線をくぐり抜けて、ファウストを助けてもらった恩を感じている様子。
13 フィガロ祝誕
ミスラ、それは皆思ってるから、言わないの!シャイのは今後のムルの粗相にむけての賄賂かしら?

12 フィガロ祝誕
6月5日はフィガロの誕生日。まずは、一番の家族と愛弟子から。オズのコメントを聞くと、本当に兄弟のよう。アーサーの年月を育てたくらいで分かった気になるなと本人はオズに怒ってたけど、やっと同じ苦楽を共有する仲になってきたのかな。やっぱり南に長くいることでフィガロの気質も土地に
馴染んできたのでは?プレゼントの話が出るなんてファウストとも和解できた証?



11 最近の記述の訂正
1「巫女の予言」は「(古)エッダ」という9世紀から12世紀にまとめられた古い神々や英雄の詩を集めた本に出てきます。ラグナロクはその一節です。ワーグナーは楽劇ニーベルングの指輪の三日目(4部作の最終章)にラグナロクの和訳として定着した「神々の黄昏」というタイトルをつけました。
2王子と乞食は双子ではありませんが、境遇の異なるうり二つの人物を書いた物語です。尚、王子の方は実在しますが乞食のトムはマークトウェインの創作です。
10 北欧神話の終わりに
「古い太陽は狼に食われるが、彼女は娘を残す」
「空から龍、蛇が現れ死者を運んで墜ちる」
この二つの記述の意味は何でしょうか。最初の記述がまほやくの歴史に呼応するのならば、最後の記述も呼応するはず。これまでのまほやくは一部はファウスト、二部はラスティカの暗い過去から現在に至る過程を描いてきました。三部が未来へ向かっていくとするならば、残されているのはミチルの予言とアーサーの予言、リケの選択、そして賢者の今後です。このうち、月を喰う狼がパティアなら、太陽を喰らうのはチレッタだと思われます。チレッタを青い鳥の夜の女王と見る考察もあります。(私には「雪の女王」に近いと思われますが、季節も比喩的には夜から昼への流れといえるでしょう)
ミチルは男の子ですが、「青い鳥」では女の子です。ミチルは南の国の魔法使いを全滅させると言われています。これは、悪い意味に取ればミチルが南の国にとって何か破滅的なものをもたらすとも取れますが、一方で少なくとも南の国においては魔法使いと人間の区分がなくなり、両者が平等になるとも取れます。
後半の死者とは誰を指すのでしょうか。飛龍をオズと見なすならば、アーサーは大いなる厄災の戦いで命を落とすと双子に予言されていました。他方、飛龍(蛇)をミスラとみなせば、その背に乗るのはミチルかもしれません。ミスラは死者を運ぶ渡し守でもあります。同時にミスラがミチルの面倒を見るのは、チレッタにミチルとルチルを守ると約束したからです。賢者は無事次回の大いなる厄災を乗り越えて元の世界に戻れるのでしょうか。それとも仮に倒せたとしても、この世界にとどまることを選択するのでしょうか。そのとき、賢者は元の自分を保っていられるのでしょうか。果たして待っているのは絶望でしょうか。それとも希望でしょうか。
9 北欧神話 神々の黄昏C
大抵の物語では破壊の後には創造(再生)が待つものです。北欧神話も例外ではありません。大地は一度は海に没すものの、再び緑が萌えます。
「種蒔かずして穀物は育つだろう。すべての禍は福に転じるであろう。バルドルは死の国から戻るであろう。戦士の神々、ヘズルとバルドルは、かつてのアズガルドに仲良く住むであろう」(山室p.230,巫女の予言より重引)
「神々の中でも、ヴィダルとヴァリは、スルトルの炎にも傷つけられずに生き残った。トールの息子モディとマグニも、父の形見のミョルニルの槌を手に現れる。ホッドミルの森に隠れて、露をすすって生きのびたリブとリブトラシルという二人の人間も出てきて、彼らが新しい人類の祖となる。古い太陽は狼にのまれたが、その前にかのじょは、かのじょに劣らず美しい一人の娘を産んでいた。こんどはその娘が、母親の後をついで天の軌道をめぐることになる」
そして巫女の予言では次のように結ばれます。
「ギムレーに黄金ぶきの館が太陽よりも美しくそびえ立っているのが、わたしには見える。そこには誠実な人々が住み、永遠に幸福な生活をおくる。そのとき、すべてのものを総べるべ強き者が、天から裁きの庭におりてくる。下のニザフィヨル(暗い山々)から黒い飛龍、閃光をはなつ蛇ニドヘグが舞い上がり、翼に死者を乗せて野の上を飛ぶが、やがて沈むであろう」(山室,pp231−232)
8 北欧神話 神々の黄昏B
「橋番のヘイムダルはギャラールホルンの角笛をとって、力のかぎり吹きたてました。神々は急いで会議をひらき、オーディンはミーミルの泉におりていって賢者の助言を求めました。天地をつらぬいてそびえるユグドラシルの巨木はざわめき、天地間の万物は恐れおののいています。神々とワルハルに住むすべての戦士は、武器をとってウィグリドの野に向かいました。先頭にたつのは、光りまばゆい金のかぶとをかぶったオーディン。手にはグングニールの槍をもってフェンリス狼めがけて突進しました。フレイはスルトルめがけて飛びかかりましたが、その宝剣を失っていたため、ついにはげしい戦いのうちに倒れてしまいました。チュールは地獄のガルム犬と戦って、相討ちになって死にました。トールはーミッドガルド蛇を倒しましたが、九歩あとへさがったまま、ばったりとそこに倒れて死にました。蛇のはきかけた毒気にやられたのです。フェンリルはついにオーディンをのみこみました。が、すぐさま息子のヴィダルがとびかかって、狼の下あごに鉄の靴をはいた足をかけ、上あごをつかんでばりばりと口をひきさいて父の仇をうちました。その間にヘイムダルは、ロキとたたかって相討ちになり、机を並べて死んでいきました。そこへヘストルが巨大な火の剣を投げつけました。全世界は火の海になって燃えあがり、ユグドラシルの宇宙樹もついに炎に包まれ、大地は海の底へ沈んでいきました」(山室,pp228-229)
7 北欧神話 神々の黄昏A
予言には、
「巨大な狼が太陽と月をのみこみ、星たちも姿を消し、大地も山もくずれおちて、あらゆる巨人や魔物が神々と人間の世界に攻めよせ、この世は火に包まれて滅び去る」(以下引用は全て山室2017による。尚、山室自身は1982年に本文を執筆)と書かれています。
ムルの育成エピソードに出てくる初代天文台館長で、大いなる厄災である月を隠してしまうパティアとは、ここに書かれるハティ(月を呑み込む魔狼)のことだと思われます。
神話でもラグナロクへ向けて次のように事態は進んでいきます。
「一つづきの長い冬のように、三年のあいだ、冬がつづきました。四方から身を切るような風がふきつけて、雪がすさまじいほど降りつもりました。太陽も月も隠れ、星は姿を消しました。大地も山々もふるえて、木々は根こそぎになって倒れ、あらゆる鎖や呪縛はちぎれてとびました」
前半の記述は、アーサーがお城に戻ってからの北の国の歳月を表すようです。アーサーが13歳のときに城に戻り、17歳でオズに再会するまで、オズは感情を制御できなくなり、北の国を大寒波が襲います。
「海の水ははげしくわきたって、猛然と陸地におしよせてきました。川は堰を切ってあふれ、湖はたがいにつながりあい、水は谷々をうずめ、山々をおおいました。ー大洪水の中で、水底からナグルファールの船もぽっかりと浮かびでました。それは死人の爪でこしらえた船で、乗っているのは死人たち、舵をとっているのはフリムという巨人でした。
フェンリス狼は、下あごは地に上あごは天にとどくほど口を大きくあけて、その目と鼻の穴から火をふきながらアズガルドめがけて走ってきました。ーミズガルド蛇も、天地も暗くなるほどもうもうと毒気をはきながら進んできます。そのとき天が真っ二つに裂けたかと思うと、炎の国ムスペルヘイムの巨人らが乗りつけてきました。前後左右に炎をまきちらしながら、その先頭にスルトルが立っていました。ーアスガルドのそばに広がるウィグルドの野には、もう地下界の住人どもを残らずしたがえて、あのロキもやってきていました。霜の巨人や山の巨人もおしよせてきます」
6 北欧神話 神々の黄昏@
北欧神話に描かれた神々と巨人の最終戦争、ラグラレナ(またの名をラグナロク)。ワーグナーの楽劇「神々の黄昏」のなかの「巫女の予言」で歌われた内容を翻訳すると、まほやくの世界での歴史と重なるように思います。
「やがてフィンブルの冬がやってくる
光はささず四方から雪がふきつけて
あいだに夏をはさむことなく、ぶっつづけに三つの冬がつづく
それからまた三冬つづいて
全世界がおそろしい戦争にまきこまれる
そのとき兄弟はたがいに殺しあい
その息子らは一族のよしみをやぶり
世界は苦しみもだえ
姦通はおそろしくはびこり
鉾の世、剣の世が続き
楯は裂け
嵐の世、狼の世が続いて
ひとりとして他人をいたわる者なからん」(山室,p.225−226)
引用文献
山室静.北欧の神話.ちくま学芸文庫,2017
人間の世界でいう神話の時代から双子は北の国で生きてきて、幼い頃から神のように崇められ、一人雪崩のなかを生き延びたフィガロの師となります。その後、三人はオズに出会います。
ここまでが神話でいうところの冬の時代にあたるでしょう。
その後、オズとフィガロは世界を支配しようとしますが、半ばのところでオズの手がとまります。言い伝えに従うならばこの前後でムルによりスノウはホワイトを返り討ちで手にかけることになります。世界が混沌とする中、ファウストら革命軍が立ち上がります。これらが神話のなかの鉾の世〜嵐の世にたとえられていると思われます。アレクがグランヴェル王朝を立ち上げる一方、ファウストたち魔法使いたちは迫害を受け火刑に処せられますが、その事実は史実から伏せられます。その後、革命軍を離脱したフィガロは双子と手を組み、人間達にこびを売るために北の国で名を馳せていた盗賊、ブラッドリーを捕まえます。ブラッドリーが活躍していた時代は狼の世にあたるでしょう。
5 ヘラクレス伝説とまほやく
カインのキャラクターは主にアーサー王伝説のランスロットをはじめ円卓の騎士から造形されたものと思いますが、ヘラクレス伝説にもカインを彷彿とさせるエピソードがあります。ヘラクレスは人間のアルクメネとゼウスの間に生まれました。生後すぐにヘラによって二匹の毒蛇を送り込まれますが、その怪力で蛇を退治しました。カインは魔法使いですが母親の言いつけで魔法使いであることを隠し、人間として生きてきたたため剣術に比べて魔法の方が未熟です。また蛇が苦手なものの、その理由は分からない(覚えていない)が幼いときに蛇穴に放り込まれたようだと言っています。
ヘラクレスはヒュドラの最後の首を仕留めるために、「山のような大岩」を投げつけました。それにより見事、ヒュドラの首は岩の下に閉じ込められました。この物語はカインの育成エピソードである、「山の下の封じられたサーベント」やお盆の大文字焼きを思わせる、祭りの儀式に引き継がれているように思います。ケルベロスを操るオーエンが因縁の相手というのも、ヘラクレスの伝説からすれば納得がいきます。
ヘラクレスの試練のなかに30年掃除されていない家畜小屋の掃除がありますが、カインは部屋の掃除が苦手で部屋に媒介を残したくない、きれい好きな他の国の魔法使いからも控えめな表現であきれられています。一方、ミチルとリケ、アーサーが夏合宿で使用したシャイロックの別荘も30年ぶりに掃除されました。
4 ディズニーのラプンツェル
ディズニーの「塔の上のラプンツェル(原題Tangled)」ではラプンツェルの髪にはラプンツェルが歌うと光ったり、治癒の力がありました。育ての親、ゴーテルはラプンツェルの不老の力を狙っていました。ラプンツェルはとある王国の王女で、王と妃は毎年いなくなった我が子を思ってランタンを灯していました。その光は塔の上にいるラプンツェルからも見えました。毎年、誕生日に灯されるその光を見たい、正体を知りたいと願うラプンツェルの元を泥棒が訪ねて来ます。彼によって塔から連れ出され、初の冒険へと踏み出すラプンツェルですがゴーテルの言いつけを守らないことに葛藤します。
まほやくでミチルの親友となるリケの魔道具はランタンです。また中央の祝祭にてミチルとリケは冒険のあり方を巡って口論になります。南の兄弟は危険に飛び込みたがる中央の若い魔法使いたちに驚かされます。このエピソードにはディズニー版の外に出たいラプンツェルと言いつけを守って安全なところにいたいラプンツェルの葛藤が反映されているのかもしれません。


以下ディズニー版のネタバレ
初版を改訂した原作では王子が塔から落ちることになっていますが、ディズニー版では最後にラプンツェルが髪を切ると、金色がなくなってしまい、ゴ-テルが老婆の姿になって塔から落ちてしまいます。一方、傷ついた元泥棒はラプンツェルが流した涙で一命をとりとめます。
3 ラプンツェル
ミチルの魔道具は薬瓶。生まれ故郷の雲の町での育成に欠かせないアイテムが薬草です。MPが25以下で治療薬を生成し、疲れた魔法使いを回復させることができます。育成エピソードでは、コメーテスという魔法使いの種族の少年は地に届くほどの長いマフラーをしており、マフラーが土地の色に染まらないように転々と旅を続けます。その見た目は魔法舎でできた親友のリケに似ているとか。1.5部でも人形遣いのオヴィシウスの命を受けてリケ似の美少女が病の沼に現れます。リケの髪色は黄〜金色。
「薬草」、「旅」、「長い」、「金の髪」から連想される物語がラプンツェルです。ラプンツェルは元々、青い(緑の)薬草のことをさすそうです。塔の上に閉じ込められて、外の世界と離されていたラプンツェルは地に届くほどの長い髪の持ち主でした。原作ではラプンツェルを身ごもった際に調子を崩した母親のため、父親が魔女のもとから薬草を持ち去ります。一度ならず何度もくり返すうちにとうとう魔女にバレてしまった父親は薬草もらうかわりに何と生まれた赤ん坊を魔女に渡す約束をしてしまいます。そして赤ん坊が生まれると魔女は連れ去ってしまいます。成長したラプンツェルは塔に閉じ込められました。塔の下まで届くような長い髪を窓の外に垂らして。ある日、長い髪を伝って男性(原作は王子)が上ってきて二人は恋愛関係になります。ラプンツェルは王子が上がる度に絹紐を持ってきてもらい、それで髪を編んで梯子を作り、自分も塔を降りるつもりでした。ところが、ふとしたラプンツェルの言葉をきっかけに二人の関係が魔女に伝わってしまいます。そこで魔女はラプンツェルの髪を切って、王子から遠く引き離された場所(砂漠)へと彼女を追いやってしまいました。塔に残された髪を魔女は釘で窓にとめました。そこに何も知らない王子が上ってきます。魔女にラプンツェルのことを聞かされた王女はショックを受け、結果的に目を潰すことになります。以後、あてもなく彷徨ううちにようやく王子はラプンツェルと再会を果たしました。ラプンツェルが涙を流すと王子の目はもう一度見えるようになったのでした。
参考 青空文庫版 ラプンツェルより
2 ターコイズ
4.5周年のログストにてネロのシュガー入りで晶のメレンゲドールが
できました。
ネロは東の魔法使いで髪色、エプロンを中心に青でまとめられています。
宝石のターコイズは旅人の石とされ、旅人を危険から遠ざけ安全に旅ができるよう見守る存在とされているそうです。1.5部でのブラッドリーとのやりとりや市場の露店でネロが指輪を見つけたときのヒースの発言の由来はここにあるのかもしれません。