1 夏
『六年生にもなって』
『げっ、……マジ?』
朝。
気付いた時には、布団がぐっしょり濡れていた。
布団だけではない。
パジャマにも暗がりでわかるほどのシミができている。
このぶんだと下着も駄目だろう。
つんと鼻をつくようなアンモニア臭を今さらながら感じた時には、時計はもう六時半を指していた。
(父さんは…もう行ったかな。)
父親は仕事柄、六時半近くの電車に乗らないといけないので朝は早い。
おねしょを口うるさく叱るような人ではないのだが、やはり知られるとばつが悪い。
どのみち夜になれば母親が話してしまうのだが。
[作者名]
夏
朝。
気付いた時には、布団がぐっしょり濡れていた。
布団だけではない。
パジャマにも暗がりでわかるほどのシミができている。
このぶんだと下着も駄目だろう。
つんと鼻をつくようなアンモニア臭を今さらながら感じた時には、時計はもう六時半を指していた。
(父さんは…もう行ったかな。)
父親は仕事柄、六時半近くの電車に乗らないといけないので朝は早い。
おねしょを口うるさく叱るような人ではないのだが、やはり知られるとばつが悪い。
どのみち夜になれば母親が話してしまうのだが。
[作者名]
夏
(PC)
4 夏
『おねしょって、怒ったら悪化するんだって。』
『…あら、わざわざ調べたの?』
『…別に、そんなこと言ってる人がいただけ。』
無駄な抵抗と知りながら説得を試みる。
今までどんな言い訳をしても聞き入れてもらえなかったのだから通じるはずもないのだが、黙ってはいそうですかと罰を受けるのは癪に障った。
『お生憎さまだけど、それは病気だったり精神的なものからくる仕方のないおねしょ。あんたのは違うでしょ?』
『…どこが。』
『寝る前に冷蔵庫開けてたじゃないの。』
『あれは……。』
『はいはい、帰ってから聞いてあげるから。早くしないと、朝ゴハン食べる時間なくなっちゃうから。』
母親が床に正座し、自分の膝をぱんぱんと叩く。
『お尻ぺんぺんしますよ』の合図だ。
初めて叩かれることになったあの日から、ずっと儀式的にその動作を見ている。
もはや母親本人も、座った拍子に無意識にそうしているのかもしれない。
それほどに多く見てきた合図であることから、謝ってもやめてくれないことはわかっていた。
『…六時四十三分、か。間に合いそうでよかった。』
母親がこうして現在の時刻を読み上げるのにも理由がある。
声に出してこちらの耳にも伝えてから、ゆっくり腕を振りあげるのだ。
『…あら、わざわざ調べたの?』
『…別に、そんなこと言ってる人がいただけ。』
無駄な抵抗と知りながら説得を試みる。
今までどんな言い訳をしても聞き入れてもらえなかったのだから通じるはずもないのだが、黙ってはいそうですかと罰を受けるのは癪に障った。
『お生憎さまだけど、それは病気だったり精神的なものからくる仕方のないおねしょ。あんたのは違うでしょ?』
『…どこが。』
『寝る前に冷蔵庫開けてたじゃないの。』
『あれは……。』
『はいはい、帰ってから聞いてあげるから。早くしないと、朝ゴハン食べる時間なくなっちゃうから。』
母親が床に正座し、自分の膝をぱんぱんと叩く。
『お尻ぺんぺんしますよ』の合図だ。
初めて叩かれることになったあの日から、ずっと儀式的にその動作を見ている。
もはや母親本人も、座った拍子に無意識にそうしているのかもしれない。
それほどに多く見てきた合図であることから、謝ってもやめてくれないことはわかっていた。
『…六時四十三分、か。間に合いそうでよかった。』
母親がこうして現在の時刻を読み上げるのにも理由がある。
声に出してこちらの耳にも伝えてから、ゆっくり腕を振りあげるのだ。
(PC)
5 夏
『痛っ…た……!』
『六年生にもなって、これくらいで痛いはずないでしょう。大っきなお尻してぇ。』
ぴしゃん、ぴしゃんと母親が平手打ちを始める。
それは傍目には微笑ましく感じられるほどの優しい打ち方かもしれない。
しかし母親は、子供のお尻を叩くことに関してはもうプロフェッショナルと言っていい。
どこをどう叩けばより痛く感じて、あざにもならないか。
経験から全てを熟知しているおかげで、叩かれるこちらはたまったものではない。
手首を上手に使ってお尻の割れ目あたりをぶたれると、反射的に声が漏れてしまう。
母親はその声までも"効き目"の判断基準にしているようだ。
『ほーら、そろそろ痛いわよ。』
その言葉を皮切りに音が変わった。
ぴしゃん、ぴしゃんと叩く合間に、時折りぱぁん!と体の芯に響くような衝撃。
次第にその回数が増えてくると、背中を反らさずには痛みを逃がせなくなってしまった。
母親はそれを押さえつけるために逆の腕を使う。
そうすれば痛みを受け入れるしかないことを知っているからだ。
『痛かったほうが、学校で先生の話もマジメに聞けるでしょ?』
ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん……と母親平手打ちはどんどん強くなる。
まだしばらくこの状態が続くことも知っている。
続いたあとは、また少し手加減してくれることも。
『はぁ。…今日で何度目?今は小学校だからまだいいけど、中学入ってまでこんなことさせないでちょうだいね?』
愚痴ともとれる小言を言いながら、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん……とお尻を叩く手は休めない。
うちの母親は"お尻ぺんぺん"を「三十」と決めている。
「三十回」ではなく「三十分」だ。
昔からずっとそうだったわけではないが、高学年にもなっておねしょをするならと四年生あたりから「三十分」になってしまった。
厳しすぎると思うかもしれない。
現に初めてされた日などは泣き喚いて、登校しても痛みが引かず担任から質問攻めにされたことを覚えている。
しかし二度、三度と受けるうちにわかってしまった。
母親はお尻を痛めつける三十分の間、やり過ぎないよう細心の注意を払っている。
時には力を弱め、頃合いを見てまた強め。
罰ならばただ痛くすればいいというわけではなく、三十分間全てを「反省」にあてることができるよう計算して叩いているのだ。
それが伝わってしまうから、罪悪感も大きい。
この時間がどれだけ嫌でもおとなしく叩かれようとしてしまうのはそのためだ。
『……母さん。』
『ん?』
『………ゴメン。』
『……遅い。』
心なしか叩く力が緩んだあと。
またぱぁんと強い平手打ちで痛みが一層じわんと染みた。
しばらく無言でお尻を叩く母親。
痛みが一周して痒くなってきたそのあと、時計を一瞥して『…あと十九分』と呟いた。
朝食の時間には、まだ当分かかるようだ。
そんな現実逃避も許されないまま、母親がまた腕を振りあげる。
『六年生にもなって、これくらいで痛いはずないでしょう。大っきなお尻してぇ。』
ぴしゃん、ぴしゃんと母親が平手打ちを始める。
それは傍目には微笑ましく感じられるほどの優しい打ち方かもしれない。
しかし母親は、子供のお尻を叩くことに関してはもうプロフェッショナルと言っていい。
どこをどう叩けばより痛く感じて、あざにもならないか。
経験から全てを熟知しているおかげで、叩かれるこちらはたまったものではない。
手首を上手に使ってお尻の割れ目あたりをぶたれると、反射的に声が漏れてしまう。
母親はその声までも"効き目"の判断基準にしているようだ。
『ほーら、そろそろ痛いわよ。』
その言葉を皮切りに音が変わった。
ぴしゃん、ぴしゃんと叩く合間に、時折りぱぁん!と体の芯に響くような衝撃。
次第にその回数が増えてくると、背中を反らさずには痛みを逃がせなくなってしまった。
母親はそれを押さえつけるために逆の腕を使う。
そうすれば痛みを受け入れるしかないことを知っているからだ。
『痛かったほうが、学校で先生の話もマジメに聞けるでしょ?』
ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん……と母親平手打ちはどんどん強くなる。
まだしばらくこの状態が続くことも知っている。
続いたあとは、また少し手加減してくれることも。
『はぁ。…今日で何度目?今は小学校だからまだいいけど、中学入ってまでこんなことさせないでちょうだいね?』
愚痴ともとれる小言を言いながら、ぱぁん、ぱぁん、ぱぁん……とお尻を叩く手は休めない。
うちの母親は"お尻ぺんぺん"を「三十」と決めている。
「三十回」ではなく「三十分」だ。
昔からずっとそうだったわけではないが、高学年にもなっておねしょをするならと四年生あたりから「三十分」になってしまった。
厳しすぎると思うかもしれない。
現に初めてされた日などは泣き喚いて、登校しても痛みが引かず担任から質問攻めにされたことを覚えている。
しかし二度、三度と受けるうちにわかってしまった。
母親はお尻を痛めつける三十分の間、やり過ぎないよう細心の注意を払っている。
時には力を弱め、頃合いを見てまた強め。
罰ならばただ痛くすればいいというわけではなく、三十分間全てを「反省」にあてることができるよう計算して叩いているのだ。
それが伝わってしまうから、罪悪感も大きい。
この時間がどれだけ嫌でもおとなしく叩かれようとしてしまうのはそのためだ。
『……母さん。』
『ん?』
『………ゴメン。』
『……遅い。』
心なしか叩く力が緩んだあと。
またぱぁんと強い平手打ちで痛みが一層じわんと染みた。
しばらく無言でお尻を叩く母親。
痛みが一周して痒くなってきたそのあと、時計を一瞥して『…あと十九分』と呟いた。
朝食の時間には、まだ当分かかるようだ。
そんな現実逃避も許されないまま、母親がまた腕を振りあげる。
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