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1 石井聡美

まほやく流 世界名作○場

魔法使いの約束は、日本物、洋物問わず様々な文学作品をモチーフにして
物語やキャラクター像が構築されています。
ここでは珠玉の物語のあらすじを抜粋して紹介していきます。
(随時、まほやく内のストーリーの内容にも触れます)
※基本的にはこれまで賢者の書4、5で扱ってきた原典の続きです。
99 黒豹女と李徴とヒース
三人に共通して言えるのは、獣の姿になるときは自らの心の弱さ(黒豹女は嫉妬、李徴は自尊心、ヒースは恐怖)が表出していることです。同時に、人間としての彼らは獣の本性を恐れますが、いざ身を委ねた彼らには解放感さえ漂います。(黒豹女と李徴は特に)そのときにはもはや見境がなく、身内
であろうと容赦なく襲います。黒豹女と李徴は定めを変えることができませんでした。ヒースは黒豹になり、メインや東の祝祭のように仲間を傷つける定めを変えられるでしょうか?
彼自身はまだ傷が何かを知りません。気づいているのはシノです。この辺り
の描かれ方は作品により異なっています。
黒豹女は伝承を恐れてはいるものの黒豹化した自分の認識は曖昧です。李徴は虎になっても自我をかろうじて保ちながら友人のエンサンにその心情を吐露します。
彼らの心の弱さの兆候は自らを異質な存在(黒豹女は伝承を受け継ぐ遠縁の子孫、李徴は詩人、ヒースは魔法使い)と決め込んで人と距離を置く態度に
既に現れています。
魔法使いたちが傷を治す方法の鍵は賢者との心のつながりにあるようですが、有効な手段がとれているとはいえません。一方で、任務を重ねるにつれてヒース自身の気概が強くなっていることは確かです。東メインのジューンブライドでも真実の街でも彼は魔法使いに歩み寄ろうとする人間に理解を示し、他の人間との架け橋になろうと苦慮します。
メインの二部で地下水路に連れて行かれた時、黒豹になっても負傷したネロを襲わずにいたのはその成果が現れてきたとも取れるかもしれません。
四周年で人魚と心を通わせることができたのも同じ視線で話そうとする彼の良さがよく現れており、それはシノも認めています。
※尚、黒豹女にはイレーナという名前がついています。
 李徴と「嵐が丘」のヒースクリフには近いものを感じます。
 ファウストがこの描写のままグレた描かれ方をされなくて
 よかった。
98 李徴の本音
偶偶狂疾に因って殊類と成る
災患相依って逃るべからず
今日は爪牙誰か敢へて敵せんや
当時は声跡共に相高かりき
我は異物と為りて蓬茅の下にあれども
君は既に軺(よう)に乗りて気勢豪なり
此の夕べ渓山明月に対し
長嘯を成さずして但だ噑を成すのみ
李徴の後悔はエンサンの前で上記の詩を詠唱したことによりピークに達します。
「おれは今も胸を焼かれるような悔いを感じる。おれはもはや人間としての生活はできない。たとえ、今、おれが頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう。まして、おれの頭は日ごとに虎に近づいていく。どうすればいいのだ。おれの空費された過去は?おれはたまらなくなる。そういうとき、おれは、向こうの山の巌に上り、空谷に向かってほえる。この胸を焼く苦しみをだれかに訴えたいのだ。(略)しかし獣どもはおれの声を聞いて、ただ、恐れ、ひれ伏すばかり。山も木も月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮(たけ)っているとしか考えない。天に踊り地に伏して嘆いても、だれ一人おれの気持ちを分かってくれる者はない。
ちょうど、人間だったころ、おれの傷つきやすい内心をだれも理解してくれなかったように。おれの毛皮のぬれたのは、夜露のためばかりではない」
97 李徴の告白
やがて李徴の言葉は人間だったときにやり残していたことに移り、段々と素の自尊心の強さが顔を出します。
「自分は元来詩人として名を成すつもりでいた。しかも、業いまだ成らざるに、この運命に立ち至った。(略)とにかく、産を破り心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死にきれないのだ」「こんなあさましい身と成り果てた今でも、おれは、おれの詩集が長安風流士の机の上に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ」「人間であったとき、おれは努めて人との交わりを避けた。人々はおれを倨傲(きょごう)だ、尊大だと言った。実は、それが羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。(略)それは臆病な心と自尊心というべきものであった。おれは詩によって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて詩友と交わって切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。かといって、また、おれは俗物の間に伍することも潔しとしなかった(略)おれはしだいに世と離れ、人と遠ざかり憤悶と
ザン恚(い)とによってますます己の内なる臆病な自尊心を飼いふとらせる結果になった。人間はだれでも猛獣使いであり、その猛獣に当たるのが、各人の性惰だと言う。おれの場合、この尊大な羞恥心が猛獣だったのだ。虎だったのだ。これがおれを損ない、妻子を苦しめ、友人を傷つけ、果ては、おれの外形をかくのごとく、内心にふさわしいものに変えてしまったのだ。今思えば、全く、おれは、おれの持っていたわずかばかりの才能を空費してしまったわけだ」「まず(妻子の)ことのほうを先にお願いすべきだったのだ。おれが人間だったなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩集のほうを気に掛けているような男だから、こんな獣に身を落とすのだ」
96 李徴の変化
一方、心情面では
「自分は初め目を信じなかった。次に、これは夢に違いないと考えた。(略)どうしても夢でないと悟らねばならなかったとき、自分は茫然とした。そうして恐れた。全く、どんなことでも起こり得るのだと思うて、深く恐れた。しかし、なぜこんなことになったのだろう。分からぬ。全く何事も我々には分からぬ」「一日のうちに必ず数時間は、人間の心が返ってくる。(略)その人間の心で、虎としての己の残虐な行いを見、己の運命を振り返るときが、最も情けなく、恐ろしく、憤ろしい」「今まではどうして虎なのどになったのかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いてみたら、おれはどうして以前人間だったのかと考えていた。これは恐ろしいことだ。今少したてば、おれの中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかり埋もれてしまうだろう(略)しまいにおれは自分の過去を忘れ果て、一匹の虎として狂い回り、今日のように道で君と出会っても故人と認めることなく、君を裂き食ろうてなんの悔いも感じないだろう」「おれの中の人間の心がすっかり消えてしまえば、恐らく、そのほうがおれはしあわせになれるだろう。だのに、おれの中の人間は、そのことを、この上なく恐ろしく感じているのだ。ああ、全く、どんなに、恐ろしく、悲しく、切なく思っているだろう!おれが人間だった記憶のなくなることを。この気持ちはだれにも分からない。おれと同じ身の上になった者でなければ」と述べています。
95 李徴の変化
中島敦は、詩人としての生計が絶たずやつれていく李徴を以下のように描写します。「容貌もショウ刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみいたずらに炯々(けいけい)として、かつて進士に登弟したころの豊頬の美少年の面影は、どこに求めようもない」一方、獣の本性に目覚めていく過程の外見の様子は、「知らぬ間に自分は左右の手で地をつかんで走っていた。何か体じゅうに力が満ちたような感じで、軽々と岩石を飛び越えていった」「目の前を一匹のうさぎがかけ過ぎるのを見たとたんに、自分の中の人間はたちまち姿を消した。再び自分の中の人間が目を覚ましたとき、自分の口はうさぎの血にまみれ、辺りにはうさぎの毛が散らばっていた。これが虎としての最初の経験であった」「人間に返る時間も、日を経るに従ってしだいに短くなっていく」と書いています。
94 山月記 あらすじ
黒豹を虎に置き換えると、よりヒースの心情に近く(ただし主人公はヒースよりも自尊心が強い)シノとの関係性も考慮した作品が、教科書によく載る中島敦の「山月記」です。
博学で名を馳せていた李徴は役人の職務に甘んじることをよしとせず、詩人になるべく人との交流を絶ちます。ところが詩人としては芽が出ることがなく、地方の役人の職に就く頃には、かつての同僚はずっと上の階級に出世していました。その後、公用で出張した李徴は行方不明になってしまいます。
ある日、役人の取り締まりを職務とするエンサンは山奥で虎に出くわします。襲われかけたところで虎が発した人語から、虎の正体が友人の李徴であることをエンサンは見抜きます。行方不明になる前、李徴は自分を招く声に導かれ山林の方へ走り出します。するといつしか李徴は虎に姿を変えていました。
李徴はエンサンにこれまでのあらましを述べると、自作の詩を記録すること、自分の妻子には自分に会ったことは告げずに死んだと伝えること、虎になった自分に襲われないように行きとは別の道で帰ること、丘まで上ったら自分に会いに来ないよう虎の姿で現れるから振り返ることを頼みます。エンサンが言われた通りにすると、確かに咆哮する虎の姿が見えました。
93 蜘蛛女のキスC
男性は精神分析医を家に呼びます。そこに同僚の女性が男性に助けを求めます。女性と二人きりになった精神分析医は一線を越えます。すると伝承の通り女性は黒豹になり精神分析医を殺してしまいます。その後、彼女は動物園の黒豹の檻を目指します。一方、同僚女性のいるホテルに駆けつけた男性は自分の家にいるはずの精神分析医に電話しますが、彼は既に事切れていました。そこで二人は警官とともに男性の家に向かいます。医者の遺体と女性がいないことを確認した彼らは動物園に向かいました。
一方、檻の前にたつ女性は飼育員のうっかりからくすねていた鍵を取り出し、黒豹を檻から出します。黒豹の前足に踏み倒されるように女性は亡くなりました。黒豹は動物園を飛び出し公園を走り抜けて車道に飛び出したところでパトカーに轢かれてしまうのでした。そして男性は黒豹と女性の遺体を目にすることになります。女性が倒れていたのは男性と初めて会った檻の前だったのです。
参考図書
マヌエル・プイグ(著)野谷文昭(訳).蜘蛛女のキス.集英社文庫,2011,
pp9−69
92 蜘蛛女のキスB
男性の帰りを待てずに女性は家を飛び出します。そして事務所までの道のりにあるバーで、男性が同僚女性といるところを目撃し、嫉妬にかられます。男性たちが現れたので、物陰から様子を伺うと、彼らが軽くキスをするところが見えてしまいます。そこで女性は同僚の女性の後をつけます。
公園に沿って歩きながら同僚の女性も後ろから聞こえる足音には気づいていました。ところが靴音が消え、同僚の女性は猫のようなものの影を見たような気がしました。そして背後では獣が公園の茂みを踏んでいました。それは彼女に近づいていきます。そこで立ち止まり叫び声をあげて折良く止まったバスに乗り込みます。
一方、夫の同僚をつけていた女性が帰宅して我に返ったとき、髪はくしゃくしゃで靴も泥だらけでした。男性は精神分析医を訪ねて女性が通っていない事実を確かめたことを話します。すると女性が泣き出したので抱きとめます。男性は再び心療を受けることを勧め、女性は承諾します。精神分析医に女性は自分の恐怖(黒豹になるのが怖いので男性にキスができない)を打ち明けます。精神分析医の嫌らしい思惑をよそに、女性は自分は異常者ではないという期待をもって医療機関をあとにし、男性の事務所に向かいます。ところがそこでまたしても同僚女性との親しげな様子を見てしまうのでした。
その後、男性と同僚の女性は屑箱がひっくり返る音を聞きます。その紙屑を踏む音と獣の息づかいやうなり声を聞いた男性は、製図用の定規で十字を作り光にかざします。獣は一度は闇の中へ消えていきました。
同僚の女性は家(ホテル住まい)に帰ってプールに入ります。プールの縁をかすかなうなり声をたてながら影が動いていました。彼女は獣の緑に光る目を見ると叫び声をあげます。叫びを聞いた守衛がかけつけると獣は消え、かわりにズタズタになったバスローブと足跡が残されていました。
91 蜘蛛女のキスA
男性は女性に精神分析(カウンセリング)を受けるように勧めました。ところが女性は初診以後は通院しなくなります。かわりに例の黒豹のいる動物園で時間を潰していました。ある日、帰ってきた男性の口に女性はキスをしようとしますが、男性が心療の進行具合を聞いたために興ざめしてしまいます。男性は女性を愛していましたが、関係が進まないことに悩んでいました。彼に恋をしている建築事務所の同僚の女性はその恋が実らずとも彼の力になりたいと思っていました。男性の事務所に電話した女性は、応対した男性の同僚の女性に嫉妬します。一方で女性も通院せずに動物園に行っていることを男性に言えず、それ以上問いただすことができずにいました。キスの一件以来、男性は女性と床を共にすることが急に怖くなり、帰りは遅くなっていきました。
やがて二人の結婚記念日を迎えます。医療機関を訪ねた男性は女性が通院していなかったことを知りました。その間に女性は再び動物園に行ってしまいます。男性は洗いざらい同僚の女性に話します。
90 蜘蛛女のキス@
動物園の檻の中にいる黒豹を描いている女性がいました。女性は建築事務所に勤務する男性と親しくなります。きっかけは女性が描いた黒豹が展示されている画廊を彼が訪れたことでした。男性は何日も前から動物園を訪れて女性のことが気になっていました。彼は女性を東欧風のレストランへ誘いますが、女性は尻込みをしながら中へ入っていきます。後日、二人の仲が深まってから男性は再び女性をレストランへ誘います。そこに女性と同郷のまるで猫のような顔をした婦人が女性に話しかけます。レストランを出て男性の住むアパートに着くと、女性は自分と婦人が黒豹になる呪いをかけられた一族の末裔だと男性に説明します。
雪が降り続いた山奥の村。孤立状態にあり、戦で男は出払っていた。そこに黒豹を従えた悪魔がやってくる。悪魔は契約を持ちかけ、女性が一人犠牲を払うことで村人は助かる。女性は不死になった。その女に娘が生まれるとその顔は猫のような顔をしていた。さらに女性が払ったのは、やがて伴侶の男性が帰ってきてキスをしたとき、その男性を食い殺してしまうことだった。あたかも黒豹のように。やがて別の男性が男性を殺したのが被害者の伴侶だった女性だということをつきとめ、逃げた女性の跡を追うと、女性は黒豹になっていた。男性が剣と短刀で十字を作ると女性は元に戻ったが、周りを囲む獣たちに殺されてしまった。
女性が話し終わっても男性はあまり真剣にとらえずに女性に結婚を申し込みます。言い伝えから男性とキスをすることには抵抗のあった女性ですが、男性のおでこにキスをして気持ちを受け止めます。
89 蜘蛛女のキス あらまし
ブラッドリー以上に難問だったのが、ヒースの黒豹化の元ネタ。候補としてアルゼンチン発の戯曲「蜘蛛女のキス」をあげます。後に映画やミュージカルにもなり、日本でも度々公演されています。主な登場人物は、刑務所で同室になったヴァレンティンとゲイのモリーナで物語はこの二人の会話劇で進みます。ヴァレンティンは社会主義者でモリーナは刑務所長からヴァレンティンからゲリラ組織の情報を聞き出すように申し渡されていました。物語はモリーナが見た映画のあらすじをヴァレンティンに語るところから始まります。その最初に出てくるのが黒豹になる女性の物語です。
88 まほやくと嵐が丘E
「嵐が丘」の中でも有名な台詞は
「これは七面鳥の羽(略)。これは野鴨の羽。これは鳩の羽。(略)こっちが雷鳥(略)。たげりよ。かわいい鳥だわ」
ではないかと思います。これは気が狂ったキャサリンが枕を歯で噛み破って裂け目から羽毛を引っ張り出し、種類に分けてシーツに並べる子どもじみた振る舞いをするシーンのなかの彼女の台詞です。
この状況と似たような状況が登場する話がまほやくの中にもあります。それが「銀宿る卵屋のファンタジア」です。
東の森の結界に隠された場所に銀細工の工房がありました。ヒースクリフの生家、ブランシェットの領地は工芸品で有名で、どんな職人によって銀細工が生み出されているのか興味がありました。ところが行ってみると、銀細工は鳥の卵を魔法使いが温めることでその魔法使いの願いに沿ったものが生み出されていました。今回は厄災の影響で鶏小屋の鳥の多くを失ってしまい、その代償のように通常よりも大分大きな卵が工房の中央に陣取っていました。魔法使いたちはその卵から生み出される物を見届けようとします。その晩、ヒースは一足早く生み出されて欠けている卵を見つけます。主人の厚意でその卵はヒースに託されました。
羽に囲まれた状況が似ているだけでなく、卵屋の鳥と同じように「嵐が丘」のキャサリンも娘を産んだ直後に亡くなります。
87 卵屋のファンタジア
86 削除済
85 まほやくと嵐が丘D
一方でヒースクリフへの愛をキャサリンは
「(前略)わたしの人生での思想はすべて彼自身につきるの。もしもあらゆるものが滅び去っても、ヒースクリフさえ残れば、わたしはきっと存在しつづけられる。でももしも、ほかのものは全部残ったって彼が消え絶えることにでもなったら、もう宇宙全体がまったくの他人だわ。自分がその一部だなんて思えるはずがないわ。リントンに対するわたしの愛なんて、いわば森の葉っぱみたいなものよ。冬がくれば変わるように、時の経過で変わるだろうことは自分でははっきりわかるの。ヒースクリフに対するわたしの愛は、つまりその下の永遠の岩といえるわね。そこからは目に見える喜びは得られなくても、必要欠くべからざるものだわ。ネリ、わたしはすなわちヒースクリフなのよ!彼は片ときも離れずにわたしの心の中にいるわ。喜びとしてじゃなく、ー喜びというなら、自分がいつも自分の喜びにならないのと同じよ。そうじゃなく、わたし自身の存在として彼がいるの」(中村,p.129)
と語ります。言葉通り、ヒースクリフ(嵐が丘)が死ぬまでその存在は彼の心に居座り彼を翻弄し続けることになります。嵐が丘の家だけでなく荒れ野そのものに彼女の魂が宿っているのでしょうから。そうなるとこの表現はもはやヒースクリフ(まほやく)とシノの喧嘩という次元は超えて、ファウストの心に残り続けるアレクの面影と重なるところがあるように思います。ファウストが革命に敗れて同士を失った事実が消えることはなく、それはレノックスであっても変えることが出来ません。(というよりレノックスと共にいることが余計過去を切り離せない原因になっていることで、南の魔法使いレノックスは東の魔法使いたちとの間に無意識に距離を感じているようです。4周年ではこの2人の関係性も物語を読み進める上で鍵になります)
84 まほやくと嵐が丘D
「ミス.キャシィ。あなたはなぜ彼を愛しますか?」
「そんなことわかりゃしない。わたしは愛してる、ーそれで十分だわ」
「十分ではありませんね。なぜかをいわなければなりません」
「そうね。あの人はハンサムで、いっしょにいると楽しいからだわ」
「落第!」
「それに、あの人は若くて、快活だからよ」
「まだ落第!」
「それに、あの人がわたしを愛してるからよ」
「やっと今ごろそれをいっても、理由として取り上げられませんね」
「それに、あの人は金持ちになるんだから、わたしはこのあたりいちばんの立派な奥さんになればうれしいし、そういう夫をもったことを自慢できると思うからよ」
「それは中でもいちばん悪いお答えです。ではこんどは、どのようにして彼を愛するかをいってごらんなさい」
(略)
「わたしは、彼の足の下の土を、彼の頭の上の空気を、彼がふれるすべてのものを、また彼が話すすべての言葉を愛します。わたしは、彼のすべての表情を、彼のすべての行為を、また彼のなにもかもをひっくるめて全体的に愛します。さあ、これでいいでしょ?」
「それで、理由は?」
「知らない。おまえはふざけ半分にやってるんだね。あきれた意地悪だわ!わたしにとっちゃ、冗談ごとではないんだから!」
エミリブロンテ著.中村佐喜子訳.嵐が丘.旺文社文庫,1967年,pp120-121
83 まほやくと嵐が丘D
まほやく4周年にてシノはヒースとまたしても喧嘩してしまいます。原因はシノがヒースの外見の美点(金髪の美男子や身分の高い家柄の出自)しか褒めないこと。実際はシノはヒースの誰にでも分け隔て無く接する態度と心根の優しさを評価していました。事実、東の国の村で出会った少年(ザシャ)にもジューンブライドで花嫁捜しを依頼してきた青年にも真実の街の当主にも寄り添うように話し、魔法使いと人間の間に隔たりがあることには心を痛めています。シノとヒースの4周年のすれ違いは、「嵐が丘」の中でキャサリンにエドガーを選ぶ理由を問うネリとの会話をオマージュしてのことだと思います。
82 まほやくと嵐が丘C
「セラータの調べは鎮魂の夜に」では、オズにかわり呪い屋を生業としているファウストが、夜中に手袋が舞うという怪異現象の謎を探るために中央の若い魔法使いとルチルを伴って現地に赴きます。その前夜に賢者は一人で宴を開いているファウストの姿をレノックスやブラッドリーと目撃します。怪異を鎮めるためにファウストは同様の儀式を行うことを提案します。ブラッドリーは南の魔女、カインは魔法舎で共に生活した姉妹とそれぞれに先の厄災戦で命を落とした仲間を悼みます。(特に母親の願いで周囲に知られないよう魔法を使わない生活をしていたため、魔法使いとしては経験の浅いカインは賢者の魔法使いとして召喚された後、その姉妹から魔法の初歩的なことを教わっていました)手袋はある娘を思って彼女の妹がその墓に毎年供えていたものでした。儀式の後でファウストはレノックスと宿舎を抜け出しこっそり事態を収拾しようとします。
このイベストのなかでいたずら好きな手袋が魔法使いの手を取って踊る描写があります。またファウストが一人で肥大化した手袋に向かっていく姿も描かれます。これらはまるで、「嵐が丘」でキャサリン(母)の面影にとらわれて亡霊を家に招き入れようとするヒースクリフの姿に重なるようです。
81 エチュードシリーズ
カインの提案で魔法舎で共同生活を送ることになった魔法使いたち。それぞれの出身もしくは居住国に別れて若手の魔法使いたちは年上の魔法使いたちから指導を受けます。この2枚はエチュードシリーズからのスナップで宝剣のエチュードと向日葵のエチュードをピックアップ。
エチュードシリーズは魔法舎(魔法管理省)が各地の厄災の報告をとりまとめて賢者の魔法使いを現地に派遣し、現状を調査し解決する体制がととのう前から若手の魔法使いたちが初めて実施研修(訓練)を受けるシリーズです。ファウストが手にしているのは、中央の国の初代国王アレク.グランヴェルが使っていたという宝剣カレトヴルッフ。
ニコラスが媒介にした月の石のように、持ち出されて厄災の儀式に使われることがないようにこれを聖堂から城の宝物庫へ移すのが宝剣のエチュードです。(実際、月蝕の館だけでなく大陸各地に儀式の跡は見られました)カレトヴルッフはその後、アーサーがリヴァイアサンを封印するのに使われます。
下は向日葵のエチュードの一枚。ヒースクリフが受けた依頼で東と西の魔法使いは向日葵が咲き誇る村に向かいます。向日葵畑ではかつてファウストとレノックスと共に革命軍で戦っていた魔女が処刑されて、地中にその石が眠っており、彼女を処刑した際の縄が宙に浮かぶという怪異が発生。ファウストたちは土地の浄化を試みます。その前日のフィガロを映したものです。フィガロの向かいにはファウストが座っており、別れて以来はじめて二人はお互いの胸の内のわだかまりを話します。自らの寿命のこともあり、フィガロはファウストが再び自分を頼ることを望んでいました。その心情は、記事66にあるリントンと同種のものでしょう。よりよい自分になろうと努めたいという部分はファウストの心根の部分にも重なります。このまっすぐな心がそもそもフィガロが弟子を取ろうと思ったきっかけでした。
80 ファウスト祝誕生日


とっておきの2枚。エチュードから。師匠と2ショット。
79 まほやくメインストーリー補足
和平会議後、アーサーはヴィンセントに依頼して一連の事件に関する調査資料を取り寄せます。この調査の結果、東の国の面々は雨の街にある旧ギルド本部だったホテルを訪ねることになります。
(記事70へつづく)
(東の国の「雨の街」でたったの魔法使い6人で住民を惨殺する事件が発生。この事件後、中央の国に魔法管理省が出来、厄災の闘いに召喚された魔法使いたちの宿舎としても利用できる魔法舎が設置される。この仕組みが出来る前にあったらしい組織が魔法使いギルド。雨の街惨殺事件の首謀者に仕立て上げられたのがブラッドリー。実際に彼が収監されたのは中央と北の友好の印である商団を襲ったため。盗賊団で副官的立場にあったネロはこの時、待ち合わせに現れなかった。収監した側にいたのがフィガロと双子。約束の拘束によりブラッドリーは刑期を終えるまで脱獄することができない)
78 まほやくと嵐が丘B
ファウストはシノとともにヒースクリフ(まほやく)のことも気にかけていました。革命軍時代、魔法使いを指揮して戦っていたファウストに従者的立場で側についていたのがレノックスです。火あぶりを何とか逃れた傷心のファウストはレノックスの元を去ってしまい、レノックスは40年間もファウストを探し続けます。「嵐が丘」の最後に山のかげにヒースクリフと女の人を見てこわがり泣いている羊飼いの少年の記述があります。彼はまほやくの世界のレノックスの存在に重ねられるのではないでしょうか。
再会後もレノックスを突き放せないファウストはありし日の自分をヒースに重ねます。1.5部ではファウストとレノックス、シノとヒースクリフのそれぞれの主従関係がより強固になります。
各国の厄災被害の対策を練るため五か国和平会議が開かれるタイミングでオビシウスという魔法使い(人形遣い)が恋人との無念を晴らすために5人の女性(の形をしたもの)に魔獣を使役させます。オビシウスの目論見により過去とつながってしまったグランヴェル城は茨の蔓にとり囲まれ、賢者は魔法使いたちと引き離されてしまいます。東の魔法使いと南のミチル、中央のリケの前に現れたのが地の魔獣、ミノタウロスでした。(この話自体はギリシャ神話がベースになっていると思われます)一度はヒースの普通の貴族の子にという願いを叶えられると一人で戦おうとするシノでしたが、主君としてヒースクリフに鼓舞され、援軍にかけつけたブラッドリーの手も借りながら力を振り絞ってシノはミノタウロスを倒します。一方のファウストは引き離されてしまった賢者を探します。探知魔法に集中させるため彼の背中を守ったのがレノックスでした。
その後、他の魔獣(バジリスクとリヴァイアサン)も他の魔法使いによって倒されたり封印されたりして、城の者も眠らされていたため危害が及ぶことはありませんでした。ただし城の者たちはこの時の記憶をなくしていました。四か国の使者たちも足止めされて中央の国に入れずにいたので会議は無事開催されました。
77 まほやくと嵐が丘A
トビカゲリ事件は収束しますが、ニコラスをはじめ大いなる厄災を召喚する儀式の影響で、各地に及ぼした影響は甚大になりました。そこで魔法使いたちは各国の古代神殿を蘇らせ、精霊の守護を得て影響を鎮めようとします。
※ニコラスは元騎士団長。カインに敗れてその職を解かれ、西の国で魔法科学をおさめて帰国。「魔法使いになりたい」という願いを叶えるため、月蝕の館にあった月の石を媒介に儀式を行う。贄は生者である必要があったが、墓場で死体を見繕う。その結果、墓場から惨事の兆しを告げるトビカゲリが蘇り、中央の国を死体が跋扈する。ニコラス自身は自らの行いが招いた惨禍を見て自殺未遂。一命はとりとめるも鳥のような姿になりファウストが灰にする。一方、カインもその後、オーエンとの闘いで魔法使いであることが公になり騎士団長の職を解かれる。この時、左目をオーエンと交換される。
ニコラスの一件はカインのなかにしこりとして残ることになる。

東の魔法使いたちが訪れたのは、厄災の影響で大きくなった怪魚に生け贄として魔法使いを捧げていた村でした。村には教会があり青年の魔法使いが生前の姿を保って石化した像になっていました。村の人々は月、怪魚、青年像を全て厄災として同一視し自分たちが厄災と戦っていると頑なに信じ込んでいたのです。東の魔法使いは怪魚と戦う大人組と教会に向かった若者組に別れます。(大人の魔法使いは若者組と賢者に待機するよう命じます。
自分も力になれると意気込むシノにファウストは「お前は英雄になれる。今、功を焦って命を無駄にするな」と諫めます。結局、村で出会った少年を追って若者組は教会の中へ。自分たちがしてきたことを否定されて咄嗟に斧をとった少年に切りつけられ、ヒースは黒豹に。シノはトビカゲリの一件時中央の国を跋扈する死体と戦っていたときにヒースの傷に気がつきますがそれを主君に言えずにいました。なんとか黒豹を取り押さえようとするものの怪魚も現れてシノも怪我を負っていたところへオーエンが現れますが、彼は像だけトランクにおさめると姿をくらましてしまいます。そこに真相にたどり着いた大人組が合流します)
76 まほやくと嵐が丘@
ここからは嵐が丘にあるエピソードとまほやく&まほステ(舞台魔法使いの約束)のエピソードから、それぞれ印象的な場面を比較していきます。
おそらく賢者が異世界でも自分にやれることがあるなら何かしてあげたいと思うきっかけを与えたのはヒースクリフであり、その対象となったのがファウストです。傷ついたファウストにヒースクリフはおじやを振る舞います。
このエピソードは体調を崩しがちなリントンと彼に付きそうキャサリン(娘)を思わせます。
賢者の魔法使いとしてシノとネロが召喚されてくると、東の魔法使いたちは古代生物、トビカゲリが墓場から蘇ったという話の真相を確かめに墓場に向かいます。彼らは宝飾品はそのままに死体が掘り返されていることを突き止めます。奥にはファウストと共に闘い処刑された革命の同士だった魔法使いたちが眠っていました。
この場面は二度もキャサリンの墓を掘り返す「嵐が丘」のヒースクリフを思わせます。キャサリンの顔をおがんだことでヒースクリフ(嵐が丘)は心の平安を得ます。
75 ヘアトンの変化Ab
二人の心が近づいていく様子をネリは、「二人の親密さは急速に深まりました。(略)へアトンは、望んだとてなかなか知識人にはなれませんし、キャサリンも冷静そのものでも忍耐のお手本ではありませんですからね。でもどちらの心も同じところを目指しておりました。一方は愛し、尊敬できるようにしてあげたいと思い、ーそうして二人はその目的を遂げるように努力しましたのです」(中村,p.470)その甲斐あって再びロックウッドが嵐が丘を訪ねたときは、キャサリンの隣で彼女に文字の読みを教わりながら書を読むヘアトンを目撃するのです。ご褒美にキャサリンはヘアトンにキスをし、ヘアトンも返していました。
74 ヘアトンの変化A
ネリは、「ヘアトンは正直で温かい心をもち、生来は利口でもありましたから、育ちからくる無知や堕落の暗雲をせっせと払いのけていきましたのです。キャサリンが真剣に褒めることが、彼の勤勉さに拍車をかけました。精神が輝いてまいりますと顔も輝き、その様子にも精神的なものや高尚さが加わります。いつだったかお嬢さんが岩山に出会ったのと同じ人間とはもうほとんど考えることができないほどでした」(中村,p.478)
と変化を描写しています。ヘアトンがいかに変化していったのかを追うと、書物との向き合い方があげられます。最初、ヘアトンは自分の名前が読めるようになったとキャサリン(娘)に報告しますが、それはあまりキャサリンの興味を引きませんでした。ロックウッドがロンドンに戻る意を固め、嵐が丘を訪ねたとき、キャサリンはヘアトンがキャサリンの物だった本を自分の部屋に持って行ったと訴えます。ロックウッドはヘアトンが知識欲を持ち、キャサリンの教養に追いつきたくなったのだとヘアトンを擁護しますが、実のところまだヘアトンは書物のスペルを正確に発音することもおぼつかないのでした。「キャサリンが彼の行く手に立ち現れるまでは、日々の労働と荒っぽい動物的な享楽で、彼は満足していた。彼女の軽蔑に恥じ、彼女に褒めてもらいたい一心で、はじめて高尚な勉強をはじめた。だが自分を高めようとする努力は、軽蔑をのがれてほめられるようになるのでなく、反対によけい恥ずかしめられる結果になったのであった」(中村,p.451)というのがこの時のロックウッドのヘアトンへの印象です。キャサリンの方ではヘアトンに読書をさせようと、自分の本を手渡したり、引き出しに入れてヘアトンが取り出すかみたり、ネリに向けて本を読み、ヘアトンが来るとおもしろいところで止めて置いていったり、ラッピングした本にヘアトンと宛名書きして贈ったりと骨を折ります。
73 親族に似るということ
まほやくのヒースクリフは本人の弁では母親似です。嵐が丘の物語には常にキャサリンの面影(亡霊)がつきまとい、いとこたちそれぞれに彼女の存在を感じさせます。
片や後半のヒースクリフの苦悶に耳を澄ませると、それはアレクの面影を残すアーサーを見るファウストの気持ちを代弁するようです。
72 ヘアトンの変化@
ヒースクリフの「あいつの顔に、あいつのおやじの顔を見てやろうとすると、日ましに彼女が見えてくる。なんだってあんなに似たんだろうか?とてもあいつをまともに見るのは堪えられんくらいだ」(中村,p.452)
という言葉を裏付けるようにネリも、「二人の眼がとても似ていて、それがキャサリン.アーンショウの眼とそっくりだとは、たぶんあなたはご存じありませんでしょうね。娘のキャサリンがそのそのほかに母親と似ているところといえば、額の広いことと、気心はともかくとして、やや高慢な感じのする鼻孔のふくらみくらいのものです。それがヘアトンとなると、はるかによく似ております。いつ見てもほんとにそっくりなのです。ーことにそのときはびっくりするほどでした。それは彼の感覚がいきいきとし、心理作用がいつになく活発に目ざめていたからだと思われます」(同,p.479)と評しています。「五分まえのヘアトンは、おれには人間には見えず、まるでおれの若い時分の化身に思われたんだ。あんまり複雑な気持ちにさせられちまって、まともに話しかけられなかったんだよ」と前置きしながら、ヒースクリフ(嵐が丘)はヘアトンからキャサリンを想起せざるを得ないことで、
「おれにとっちゃ、彼女につながらないもの、彼女を思いださないものがいったいどこにあるというんだ?この床を見りゃ、あの炉石の上に彼女を見ずにいられない!どの雲にも、どの木にも、ー夜の空気全体に彼女はみちているし、昼間眼にふれるあらゆるものに映って、おれは彼女の面影でとりまかれているんだ!(略)つまりヘアトンの姿は、おれのあらゆるものの亡霊だよ。ーおれの不滅の恋、権利を得ようとしたおれの死にもの狂いの努力、おれの堕落、おれの誇り、おれの幸福、おれの苦悶、ー(略)いつもひとりきりでいたくないと思っても、あいつといっしょにいるのはありがたくないばかりか、むしろおれのたえまない苦悩をいっそうはげしくするだけだってことがな。半分はこのおかげで、あいつといとことがなにをやっていようが、気にせずにいられるんだ。もうおれは、やつらのことに注意を向けることはできないんだ」と苦しみを吐露します。
71 ヘアトン
追記
ヒンドリの死後ヘアトンが置かれていた状況は具体的には以下のようなものです。(引用のアーンショウはヒンドリのこと)
「アーンショウは賭けごとに狂って現金欲しさに自分の土地をことごとく抵当にしてしまい、そうしてその抵当権の持ち主が彼、ヒースクリフだというのでした。そんなことのしだいで、近在一流の紳士となるべきはずだったヘアトンが、父親の宿敵に完全に身を委ねることになりました。自分の家で、給金ももらわぬ下僕同様の生活になり、しかもたれ一人の味方はなし、不当の仕打ちをうけているとはなにも知らないのですから、自身をたち直らせるべきよすがもないことでした」(中村,p.285)

ヘアトンもキャサリン(娘)のいとこなので間接的にキャサリンと同じ血を受け継いでいることになります。ネリに言わせると、
「顔だちもよく、がっしりと健康な、いい体格の青年ですが、その格好は、野良での労働や、荒野でうさぎやその他の獲物を追いまわすことや、そういう毎日の仕事に適した身なりでした。でもその顔つきからは、父親よりもよい精神を読みとれるような気がしました。よい素質が、茂るままの雑草に打ち負かされ、だれも育ててくれぬままに成長できずにおりますが、でも健康な精神を養う土壌は確かに持っておりますので、別の好もしい環境におけば、あるいは豊かな収穫をあげられるかもしれません」(中村,p.298)
ヒースクリフ(嵐が丘)がいくら彼をおとしめようとも元々の気立ての良さには抗えず、徐々にヒースクリフを苦しめていくことになります。
70 シノについて
ファウストに出会う前、シノとヒースはジャックという男から魔法を習おうとします。ジャックは自分をオズの弟子の偉大な魔法使いと吹聴してヒースの両親をだましていたのです。また、自分の弱さをごまかすため弟子たちに「互いを守る」と約束させていました。(魔法使いは心で魔法を使うので、約束を守れなければ魔法が使えなくなります。つまり弟子との間で何か起きてもジャックは誰か一人でも倒せればいいのです)
「嵐が丘」の中でヘアトンがリントンから文字が読めないことをけなされていますが、まほやくのシノも当初は座学を苦手としており、座学が得意なヒースクリフや先生であるファウストがたしなめる姿が見られます。2部にて雨の街の宿を訪ねた際、ネロとヒースクリフの気配が途絶え、二人を追いかけて人造魔法使いに遭遇します。そこで二手に分かれ、ファウストを残してシノはファウストの魔道具を手に、雨の街のホテルとつながっていた地下水路にいた西の魔法使いたちを連れて離脱します。ファウストはシノの中に将来、ヒースとともに国を背負う人材となる素質を認めていました。そこで自分の素性を明かします。西の魔法舎で静養後、西の国の新国王、リリアーナの故郷に古代生物が出現し、東の魔法使いたちも応戦します。この時にはシノの顔に精悍さが見られ、きちんとした知識の裏付けのもとに魔法を使いこなす大切さをシノは学んだのでした。またシノの方でもヒースクリフが恐怖を抱えると黒豹になるという一人で抱えていた秘密をファウストに伝え、東の絆は強くなります。
※まほやくのヒースクリフはリントンよりも誠実で紳士的な性格ですが、気心の知れたシノとは度々年相応の衝突をしています。大概はシノの説明不足であったり、ヒースクリフが魔法使いであることを堂々と誇れないことが原因です。
69 ヒースクリフとシノAb
リントンはいとこというよりもあくまでヘアトンは自分の使用人という立場を崩さないようで、キャサリンに以下のような発言をしています。
「この男は自分の名前が読めないんですよ(略)これほどにもすばらしい文盲が存在すると信じられますか!(略)別になんということはない、怠けものなんですよ。そうだろう?アーンショウ(略)ぼくのいとこはね、おまえがきっとばかなんだろうと思っているよ。お前のいう『本物の学問』を軽蔑する報いってものさ。キャサリン、彼のひどいヨークシャー訛りに気がつきましたか?」
ヘアトンも負けじと言い返します。
「なんだ、本なんか、ちきしょうめ、なんの役に立つだ?」
「そんな言葉のあいだに『ちきしょうめ』を入れて、なんの役にたつんだ?(略)パパは、きたない言葉を使っちゃいけないっていったろう?おまえはそれをいわなきゃ、口が利けないんだね。紳士らしくするようにしてごらん、さあ!」
「そんなあまっ子みてェなやつでなきゃ、おめえなんかこの場で叩きのめしてくれるんだが。そうだとも。みじめったらしい木っぱ野郎め!」
(中村,pp331−332)
68 シノとの比較ーヘアトン
ヒースクリフのヘアトンの扱いについてネリは、「ヒースクリフさんが彼を肉体的にいじめなかったことは確かでしたが、それは虐待したい誘惑を感じないほどヘアトンが大胆なおかげでした。いわば、ヒースクリフの判断では、虐待する喜びを味わえるような、臆病な感受性が彼にはないのです。そこでヒースクリフの悪意は、いっそ彼を野獣にしてやろうというほうへ傾きました。ヘアトンは読み書きをいっさい教えられないし、どんな悪い習慣をもとうと、ヒースクリフの邪魔にならぬ限りはおこられません。また美徳へ一歩も導かれず、悪徳への戒めはいっさい受けません」(中村,p.298)と語っています。またヒースクリフ自身も、「おれはあいつがとても楽しいんだ(略)あいつはおれの予期通りになっていくからね。生まれつきのばかじゃ、おれはこの半分も楽しめないだろうが、あいつはばかじゃない。彼の感情を、おれは自分が感じているようによく理解できるよ。たとえば、いま彼が味わっている苦しみが、おれには正確にわかるんだ。あんなのはほんの序の口で、これからまだまだ苦しめてやるんだがね。しかも彼はあの粗野と無知のどん底から決してうかび上がることはできないはずだ。彼のおやじの悪党がおれを牛耳ってたよりも、おれは彼をもっとしっかり牛耳り、しかももっと低い程度に押さえているわけだ。なにしろあいつは自分の残忍さに誇りを持っているからね。おれは、けだものより少しでも人間くさいことはすべて、ばかげた軟弱なことだと教えてやったんだ(略)」(中村,p.329)と前述のネリの言葉を裏付けるような発言をしています。
67 シノとの比較
追記
「嵐が丘」を読み込むと、エドガーの外見についてヒースクリフがキャサリンに「エドガァ・リントンの大きな青い眼と平らな額を(略)」という描写があります。また、ネリに言われてロックウッドは暖炉の上にある彼の肖像画に目をとめ、「もの思わしげな人なつっこい表情だった。なかなか感じのよい肖像画である。(長い白っぽい)髪がこめかみのあたりでカールになっている。眼は大きくて、まじめそうで、やさしすぎくらいの容姿だ」と感想を述べています。
ヒースクリフについては、16歳の時点の容姿をネリは、
「顔だちは悪くないし、知能もたりなくはないのに、その精神といい、姿といい、わざわざ他人に不快な印象を与えるようにつとめているふうでしたー朝の起き抜けから夜眠るまでのたえまない、はげしい労働で、以前にはあった知識欲も、書物や勉強を愛する心も枯れました。(略)精神的な堕落につれて外見も変わりました。だらしない歩きかた、下卑た人相。それに生来の無口な傾向がつのって、白痴かと思われるばかり人づきの悪い陰鬱さになりました。あきらかに彼は数少ない知人に、尊重されるよりもむしろ反感を買うようしむけることに意地悪い喜びをいだいていたのです」
(中村,p.106)
ここからは、召使いとしての立場に追いやられたヒースクリフとヘアトンについて見ていきます。
まず、アーンショウ氏が亡くなり、ヒンドリ-が戻ってからのヒースクリフ(嵐が丘)の立場は、
「家族の一員から使用人の位置に追いやり、牧師補に勉強を習うこともやめさせ、それより外で働くべきだといい、実際に農場で働く若者のだれよりもはげしい仕事を強制いたしました」(中村p,74)と書かれています。
66 リントンの弁解
「パパがいうほどそんなに自分は屑の人間かとしょっちゅう疑うんだ。それで腹が立って、とげとげして、だれもかれもを憎むんだよ!どうせぼくは屑さ。たいていいつもきげんが悪いし、ひねくれてるし。だからあんたがさよならをいいたいなら、いってかまわないとも。あんたにすれば厄介払いができるんだもの。ただね、キャサリン。これだけはすなおに聞いて、信じてほしんだ。もしぼくも、あんたみたいに可愛い、親切な、善良な人になれるものなら、ぜひなりたいと思っているということをね。これは、あんたみたいに幸福で健康になりたいという気持ちより、もっと強い願いなんだよ。それと、ぼくはきっとあんたに愛される資格はなかっただろうけど、親切にしてもらったもので、つい深くあなたを愛してしまったということも、信じてほしいんだ。自分の性質は、隠そうとしたって隠せず、ついあんたの前にさらけだしてしまったけど、とてもすまなかったと後悔してるよ。ああ、ぼくは死ぬまで後悔にくれるにちがいない!」
65 東師弟とリントンの描写
リントンの幼少期の容姿には、「たっぷりした亜麻色の巻き毛」、「かぼそい腕や小さい指」(中村,p.312)という描写があります。
ヒースクリフに、「おまえはまったくおっ母さんの子だな!おれに似たとこはどこだね?ぴいぴい泣きのひよっ子さんよ」(同)と言われてしまうリントンは幼少期から病弱でわがままな少年として描かれます。
「ジョウゼフが牛乳がゆをつくってきて、リントン坊やの前に小鉢を置きました。子どもはいやな顔をして不器用にこさえたかゆをかき混ぜてから、食べられないと言いました。(略)「ぼくは食べない!」リントン坊やは、かんしゃくを起こしました。「あっちへ持っていけ」」(中村p,215)
「自分をいたわることといったら。わたしが夕方ちょっとでもおそくまで窓を開けといたら、やりだすよ。ああ!夜風にあたったら死んじゃう、ってね!夏のさ中に暖房がいるし、ジョウゼフのパイプたばこは毒だというし、いつも甘いお菓子がいるし、年がら年じゅう、牛乳、牛乳なんですよ、ー冬、ほかの者には足りなくなろうがおかまいなし。そして自分だけ毛皮の温かいマントにくるまって、火のそばの椅子にかけて、脇の棚にトーストだとか、ちびちび飲む水や、ほかの飲みものを置いとくの。ときどきヘアトンが気の毒がって、慰めてやろうとしても、ーヘアトンは荒っぽいけど、性質は悪くないからね。ーでも近よると、そのあげくはきまって一方がわめき、一方が泣きだして別れるっていう始末さ(略)」(中村,p.317)
このプライドの高さやひねくれたところはいかにもヒースクリフ(嵐が丘)の子という感じがします。ヘアトンとの関係はまほやくのヒースクリフとシノに受け継がれているところも見えますが、前半部は病床のファウストとも重なります。この気質について、青年になってからリントン自身が弁解する場面がありますが、そこにもファウストの気質に引き継がれている部分があるように見受けられます。
64 ヒースクリフとファウスト
ヘアトンがヒースクリフ(嵐が丘)を漢と認めて惚れ込んでいたことはその死を悼む様子からもわかります。
「それにしても哀れなヘアトンは、いちばん不当に扱われながら、彼一人がほんとうにヒースクリフの死を嘆いたのでした。ひと晩じゅう遺体のそばでしんから泣きあかしました。その手をかたく握り、ほかのものはだれでも、じっと見つめるのをさえおそれる皮肉っぽい、野性的な顔にキスしました。そうして、きたえた鉄のように強靱ではあるにしろ、情の深い心に自然にわき上がるはげしい悲しみをもって、彼の死を悼むのでした」
(中村,p.498)
かくいう生前のヒースクリフ(嵐が丘)の心の大半を占めていたのが以下のように復讐心とキャサリンの亡霊であることを考えるとなんとも皮肉なことです。
「おれのひとつの想いにはげまされる以外は、どんな小さなことをするにも自分を強制しないとできない。ひとつの身にしみついた思いにつながるものでなけりゃ、生きてるもの死んでるものによらず、それに注意するには強制力がいるんだ。おれのたったひとつの願い、おれは全身全霊をかけて、それを遂げたいとあこがれる。あんまり長いあいだ、ただひと筋にそれを願ううちに、かならずーしかもすぐに、ーそれが遂げられると確信できるようになったよ。そのために自分の存在が破壊されてしまったからなんだ。それの達成の期待にもう自分がのみこまれてしまったからなんだ。(略)やれやれなんと長いたたかいだろう、いいかげんに終わってほしいもんだが!」
(中村,p.483)
63 ヒースクリフとシノA
青年リントンについては次のような描写があります。
「リントンの顔つきや動作はもの憂げで、からだは極端にやせて、でもそれらの態度にはそれらをおぎなう優雅さがあるために、不快な感じではありません」(中村,p.325)
ヒースクリフ(嵐が丘)はヘアトンとの差を以下のように評します。
「この二人には相違がある。一方は敷石がわりに使われている黄金。一方は銀らしく見えるように磨いた錫の食器さ。おれの息子なんざ、三文の価値もないが、あえてそのくだらぬ素材を、行けるところまでちゃんと行けかしてやろうとしている。ヒンドリめの息子は、第一級の素質だったんだが、それが埋もれて使えないどころか、みんな失くさせられたんだ。(略)なんといっても痛快なのは、ヘアトンがぞっこん俺に惚れてることなんだよ!(略)」(中村p.330)
62 ヒースクリフとシノ@b
ヒースクリフ(嵐が丘)が孤児であることはお墓の記述からもわかります。
「さて彼の墓碑銘をなんと書けばいいか、寺男にそれを話すのに大弱りした(略)なにしろ彼には姓がないし、彼の年齢も、だれもはっきりしませんから、ただ『ヒースクリフ』と記すだけで満足するよりしかたがなかったのです。これはあとで事実となり、わたしどもはそのようにいたしました。もし教会の墓地においでになればわかりますが、墓石にはその名と、死亡年月日があるだけです」(中村,p.490)
帰ってきたヒースクリフについては、
「背が高くてたくましい立派な男になっていました。(略)彼のまっすぐな姿勢は軍隊にいたのではないかと思わせました。顔の表情といい、目鼻立ちの線の強さといい、リントンさんよりずっと年上の感じでした。またなかなか知的に見えて、以前の堕落の陰は跡形もありません。重くるしい眉と、なにかどす黒い火が燃えるその眼には、やはりまだ、なかば未開人めいた凶暴さを潜めているとはいえ、それも押さえられていました。そうして挙動には威厳さえありました。優雅というにはけわしすぎるにしろ、粗暴さはすっかり消え去っておりました(略)」(中村,p.150)
と描写されています。こちらはまほやくではシノの願望を反映しているのかもしれません。
61 ヒースクリフとシノ@
エドガーとヒースクリフ(嵐が丘)の対比は作品(嵐が丘)のなかで以下のように描かれます。
「その対照は、荒れた山または山の石灰地帯の眺めから美しく豊かな谷間の眺めに変わったようなものです。二人の声や挨拶のしかたもまた、容姿と同じく対照的でした。エドガァさんの話しぶりはやさしく、低く発音があなたと似ておりましたわ。わたしたちこの土地の者が話すようにぶっきら棒じゃなく、もっと柔らかみがありました」
(中村訳,p.109,あなた=ロックウッド)
またネリはエドガーの性格について次のように評しています。
「わたしの心はずっと、キャサリンよりもだんなさまに傾いたままでした。おそらく親切で、人を信用なさる、尊敬できる方だったからに違いありません」(同,p.168)
一方のヒースクリフ(嵐が丘)は、
「うすぎたない、ぼろをまとった、黒い髪の子どもーキャサリンよりも大きい。そのくせ立たせると、ただあたりを眺めまわし、なにやらわけのわからないことをつぶやくだけです。(略)だんなさまはリヴァプールの路上で飢えて、家もなく、おし同然に何をいってもわからないその子をごらんになったのです。拾い上げて、身許を調べなそうとなさったが、だれ一人、どこの子か知る人がなかったそうです(同,p.61)
※p.168のだんなさまはエドガー、
p.61のだんなさまはアーンショウ氏のこと
60 ヒースクリフ(まほやく)人物像
次の問いは、「ヒースクリフは誰か?」です。ヒースクリフには二面性があります。一つ目は聡明な次期当主という顔です。これは1部のニコラスへの態度や1.5部のシノを鼓舞する姿として描かれます。二つ目は生来の気立ての優しさが気弱さや内気さにつながってしまうという点です。人間の家族の中で自分が魔法使いとして産まれたことで両親の立場を弱くするのではないかとヒースは気にしています。この二面性はヒースの恐怖を感じると黒豹になるという傷にも現れています。またヒースは雨の音を聞きながらベッドで寝ると落ち着く(ヒースのマナエリア参照)ようで、朝が苦手という弱点があります。「温室のラプソディ」では捕らわれのシノを助けられない自分を落ち着けようとするヒースの姿が描かれます。二面性に注目して「嵐が丘」のなかでヒースに当たりそうな描写を探すと、エドガーとリントンが候補として挙がってきます。
59 ヒースクリフの執念C
キャサリンが亡くなるとヒースクリフの感情は頂点に達します。
「ああ、彼女は最後まで嘘つきだ!いまどこにいるんだ?あすこじゃないー天国じゃないー消え去ってはいないんだーどこにいるんだ?ああ!おまえはおれの苦しみなんかなんとも思わないといったな!それでおれの祈ることはただひとつだ(略)おれが生きている限り、おまえは安息することのないように!(略)おお、神よ!これはもう言葉ではいえないんだ!おれは、おれの命を失っては生きることができない!おれの魂を失っては生きることができない!」
キャサリンの死後、ヒースクリフは二度も墓に眠るキャサリンの棺を開けるという行為(墓暴き)に及びます。(一度目は失敗し、蓋は開きませんでしたが二度目はキャサリンの顔を拝むことができました)その根底には、彼女が亡くなったときにつぶやいた次のような思いがあるのでしょう。
「おまえは、おれがおまえを殺したといったーそんなら幽霊になってこい!殺された者は、殺した者につきまとうはずじゃないか。幽霊がこの地上をさまよったとおれは信じる。ーおれはちゃんとそれを知ってるんだ。いつもおれと一緒にいてくれーどんなかたちで現れようとかまわない、ーおれを狂わしてくれ!おまえの行方がわからないこんな地獄の苦しみに、放ったらかさないでくれさえすればいいんだ!」
二度目の後、嵐が丘に戻っても尚、ヒースクリフはキャサリンの面影を追い求めます。
「そばに彼女がいるのがわかるんだ。ーほとんど見えそうで、しかしどうしても見ることができないんだよ!(略)へアトンと居間にいれば、外へ出て彼女と会わねばならない気になるし、荒野を歩いていると、家に戻って彼女と会ねばならない気になる。家を出ると、帰りが急がれる。彼女が嵐が丘のどこかにいることが確かだからね!彼女の部屋で眠ると(略)じっと眠っていることができない。目を閉じるが早いか、彼女は窓の外に来たり、はめ板のかげにしのび寄ったり、部屋の中へはいったり、また子どものころに使った枕に、愛らしい頭をやすめたりするんだからね。おれは眼を開けてそれを見ようとせねばならない。そして一晩のうちに何回も眼を開けたり閉じたりするんだ。ー決まって失望させられるんだが!まったく拷問だよ(略)」
58 ヒースクリフの執念B
キャサリンの死が近づき逢瀬が叶うと、
「なぜあんたには苦しみがないっていうの?わたしが苦しんでるのに!
わたしを忘れたいの?わたしが土の中にはいったら、あんたは幸福?」
と問うキャサリンに対し、ヒースクリフは直接思いのたけを吐き出します。
「あんたは悪魔に取り憑かれたのかい?死にかかっているときに俺にそんなことをいうなんてーそんな言葉がおれの記憶にやきついて、あんたのいなくなったあと永久に深く食いこんでしまうってことを、あんたは考えないのかい?(略)おれが命を賭けたって、あんたを忘れられないってことも、あんたは知ってるんだ!あんたが平和に眠っているとき、おれは地獄の責め苦にあえぐんだというのに、あんたの悪魔みたいなわがままはそれでも満足しないのかい?(中略)いまあんたは、おれにどんな残酷な仕打ちをしてきたかを、自分から教えるんだね、ー残酷で不実であったことを。どうしてあんたはおれを軽蔑したんだ?どうしてあんたは、自分自身の心を裏切ったんだ、キャシィ?(略)あんたは呪われるんだよ。あんたはおれを愛してたんだ、ーとすれば、どんな道理でおれを捨てたんだ?どんな道理があって、ーぜひ答えてくれ。ーリントンなんかにくだらない浮気心を起こしたんだ?みじめさや堕落や死や、そんな神か悪魔の仕業がおれたちを離したんじゃない、あんたなんだ、あんた自身の意志がそれをやったんだ。あんたの心そのためにおれのも引き裂かれたんだ。(略)おれが生きたがってると思うのか?この先にどんな生きる意欲があるんだい。もしあんたがー。ああ、神さま。人は、自分の魂というべき者を墓に埋めて、なお生きていけるのでしょうか?(略)許すことは辛い、その眼を見ることも、そのやせ細った手にさわることも辛い(略)もう一度キスしておくれ。そしてその眼をおれに見せないでおくれ。あんたがおれにした仕打ちは許すよ。おれはおれを殺したあんたを愛するーだが、あんた自身を殺したあんたを、どうして愛せるんだ!」
57 ヒースクリフの執念A
これらの言葉からはヒースクリフのキャサリンへの並々ならぬ執着のようなものが感じ取れます。ヒースクリフの本性と狙いを悟ったイザベラには、
「この人の話なんて、ひと言も信じちゃだめよ。この人は嘘つきの悪魔よ!怪物よ、人間じゃないわ!前にも、出ていいといったのよ。そのときはわたし、やろうとしたけど、もう二度と真に受けないわ!(略)この人は仮面をかぶったって、つまりはエドガァを怒らせて絶望へ追いやりたいんだからね。わたしと結婚したのも彼を支配する力を得たいためだといったわ。そんな力を与えてやるものですか、ーそれをするくらいなら、わたしが死んでやりますよ!この人が悪魔的な用心深さを忘れて、わたしを殺せばいいと思うの、ほんとにそれを願うわ!わたしが考えられる唯一の喜びは、自分が死ぬかこの人が死ぬのを見るか、どっちかだわ!」
ヒースクリフも負けじとイザベラを部屋から突き出すと、
「おれにゃ、憐れみはない!憐れみはない!虫けらがもがけばもがくほど、よけいふみつぶして、はらわたまで出してやりたくなる!あるうずき、−心の中に歯がはえてくるような感じだ。痛みがはげしくなるにつれて、よけい強い力をこめて歯ぎしりするんだ!」
と言い放ちます。
56 ヒースクリフの執念
イザベラをたぶらかしたようにキャサリンに非難されたヒースクリフはキャサリンに以下のように切り返します。
「あんたのひどい仕打ちを、おれはよーくおぼえている、ってことを知っててもらいたい。ーまったく地獄の沙汰だった!(略)もしも、それをおれが感じてないと思っていい気になっているなら、あんたはとんでもない間ぬけだよ。それにしても、おれが復讐もせずに我慢するなんて考えるなら、いずれ近いうち、おれはその反対だってことをわからせてやるからな!(以下略)」
またキャサリンの死が迫っていたとき、逢瀬をネリに頼む際には
「それにしても、そう、万一その危険があるとすりゃ、ーつまり彼のいることが、キャサリンの生き長らえる上にほんのちょっとでも苦痛を加える種になるとすりゃ、ーそんならおれが、最後の手段をとっていいことになるぞ!ね、キャサリンは彼を失うとひどく悲しむかね?それをおまえに正直にいってもらいたいんだよ。彼女が悲しむというおそれを感じるときは、おれはいっさい遠慮する。ここがおれと彼の感情の大きなちがいだ、わかるかい。かりに彼がおれの立場で、おれが彼の立場だとするんだ。そのときは、たとえ全身が毒のかたまりになるほどの憎悪を彼に燃やしてたって、おれは絶対彼に手出しはしないよ。(中略)おれなら、キャサリンが彼との交際を望んでいる限り、彼を追っ払うようなことをしないだろう。彼女の心が彼から離れたとき、とたんに彼の心臓をえぐり出して、その血を飲み干してやるのさ!(略)」
「おれの将来は、ただ二つの言葉につくされる。ー『死』と『地獄』だ。ー彼女を失ったあとに生きるのは地獄でしかないんだ。それにしても、彼女がエドガァ.リントンの愛情をおれの愛情より大事にすると一瞬間でも考えたなんておれもばかげてたなぁ。あんな貧弱な男が全力を尽くして愛しつづけたって、おれの一日分にも叶うもんか。それでキャサリンの心は、このおれの心と同じに深いんだからね(略)」
55 嵐が丘 登場人物C
ファウストをヒースクリフとする理由は主に以下の三つです。
@復讐の鬼
成人したヒースクリフの印象はまさに、賢者が最初の頃にみたファウストに重なります。大いなる厄災に破れて死線を彷徨い寝込んでいたファウストは自分の無力さに打ちひしがれ、全てを恨むように死を望んでいました。その背景には、革命の同志だった魔法使いをよりによって幼なじみで友人のアレクに処刑された過去があります。その直前、師と仰いだフィガロが自分の元を離れてしまっていたことから、賢者の魔法使いとして再会したばかりの頃、ファウストはフィガロにすげなく接し続けます。「嵐が丘」のヒースクリフはまさにそのファウストの頑ななまでの心のよどみを現したような容姿なのです。ファウストの原典、ゲーテのファウストの博士は悪魔メフィストフェレスの提案に乗ってしまいますが、「嵐が丘」のヒースクリフの心はまさしく悪魔と言えるでしょう。
A「嵐が丘」と「嵐の谷」
ファウストの住む「嵐の谷」はおそらく「嵐が丘」を意識したものと思われます。二人の住まいはどちらも人の気配を遠ざけており陰気です。ただ、「嵐の谷」の方が緑に囲まれて健康的な印象は受けます。正常な生活リズムを保てるまでにファウストの心を癒やすには十分な役割を果たしたといえるでしょう。心につもる憎しみは同じに見えてそこが二人の大きな違いです。
Bヘアトンとの関係性
自分の本来の立場を知らずヒースクリフによって言動にぞんざいなところを感じるヘアトンですが、彼はヒースクリフを慕っています。その敬愛ぶりは以前の師匠に遠慮していたところに真実を伝え、初陣で半数の仲間を失いながら東の魔法使いとして先頭に立ち、自分を守ってくれたことでファウストに特別に恩を感じているヒースクリフと重なります。
54 嵐が丘 登場人物B
嵐が丘の登場人物をまほやくの誰にあてはめられるかは一概に言い切ることは出来ません。何故ならいくつか仮説が立てられるからです。1つ1つ見ていく前に仮説だけ提示すると、
@ヒースクリフ=ファウスト説
Aヒースクリフ(シノ)&キャサリン(ヒースクリフ)説
Bヒースクリフ(シノ)&エドガー(ヒースクリフ)説
Cヘアトン(シノ)&リントン(ヒースクリフ)説
Dヒースクリフ(ファウスト)&ヘアトン(ヒースクリフ)説
Eヘアトン=アーサー(ないしはアレク)説
等が考えられます。
53 嵐が丘 登場人物A
登場人物の対比を時系列で整理すると大体以下のようになります。
@ヒースクリフの容姿 vsアーンショウ家の容姿
Aアーンショウ氏のヒースクリフへの接し方vsヒンドリーへの接し方
Bアーンショウ氏のヒースクリフの待遇vsヒンドリーのヒースへの仕打ち
Cキャサリン(母の幼少期)の嵐が丘   vsスラッシュクロス屋敷
D嵐が丘のヒースクリフ vsスラッシュクロス屋敷のエドガー
(因縁かつ犬猿の仲)
Eキャサリンのヒースへの思いvsエドガーとの結婚
Fヒースクリフの幼少期 vs ヒースクリフの成人期(=復讐の鬼)
Gヒンドリーの結婚前vsヒンドリーの結婚後
Hキャサリンのヒースへの思いvsイザベラのヒースへの思い
Iスラッシュクロスでのイザベラvs嵐が丘でのイザベラ
J荒れ地のヒースvsロンドン(都会)のイザベラ
K母キャサリンvs娘キャサリン
Lヘアトンvsリントン
(従者)  (主人)
(陽)    (陰)
(二番目の夫)(一番目の夫)
52 嵐が丘 登場人物@
嵐が丘に登場する人物を整理すると、
嵐が丘
ヒースクリフ
リントン(ヒースクリフとイザベラの息子)主人
ヘアトン(ヒンドリーとフランセスの息子)使用人
  ↑
キャサリン(母)
キャサリン(娘/リントンと結婚、その後ヘアトンと婚約)
  ↓
スラッシュクロス屋敷
エドガー(キャサリン(母)の夫)
ロンドン
イザベラ(エドガーの妹、ヒースクリフの妻)
モブ/
主人公(聞き手) ロックウッド
家政婦(語り手) ネリー&ジラー
使用人      ジョウゼフ
アーンショウ氏(キャサリンとヒンドリーの父)
エドガーの両親
フランセス(ヒンドリーの妻)
となりますが、この物語の面白く複雑なところは登場人物の立場が様々に入れ替わり、その度に対比が繰り返されることです。そしてその対比はまほやくの登場人物の対比にも部分的に引き継がれています。
51 原典14嵐が丘D
体力が回復したロックウッドはロンドンに戻ることにします。
その後、再び嵐が丘を訪ねたロックウッドが見たのは仲睦まじいキャサリンとヘアトンの姿でした。ヒースクリフはそれまでの非道な行いの報いを受けるように亡くなっていたのです。ネリーが最後に見たのは窓を開け放し、雨風が吹きこむ中、目を剥き出すようにして虚空をにらみ仰向けに横たわったまま死後硬直した姿でした。その死を悼んだのはヘアトンだけでした。皮肉なことに復讐の道具であったこの甥はヒースクリフに心を開いていたのです。こうして荒れ地には母キャサリン、その横にはヒースクリフ、そして向かいにはエドガーという三つの墓が並ぶことになったのです。キャサリンとヘアトンは元旦に式を挙げることになっていました。
参考図書
中岡洋.内田能嗣(編).ブロンテ姉妹を学ぶ人のために.世界思想社
エミリーブロンテ著.中村佐喜子訳.嵐が丘.旺文社文庫,1967
50 原典14嵐が丘C
エドガーがリントンを迎えに行った挙げ句、ヒースクリフが引き取ることになる前のこと、エドガーは娘のキャサリンに、長いこと嵐が丘の先にある岩山へ出向くことを禁じていました。それでもある時キャサリンは父親の目を盗んで馬のミニィにまたがり出かけてしまいます。嵐が丘ではヘアトンがキャサリンを迎えました。粗野な召使いにとどまっているヘアトンが自分のいとこであることを知ってキャサリンは取り乱します。(リントン、ヘアトン、キャサリンは共に従兄弟同士ということになります)
ヒースクリフはヘアトンの荒々しさの奥に気立ての良さを認めていましたが、自らの復讐を遂げるため、自分の息子であるリントンを引き取り家督を継がせようとします。そのうえでキャサリンを嵐が丘に嫁がせようとします。ヒースクリフの目論見通り、嵐が丘付近でキャサリンとリントンは再会します。キャサリンが嵐が丘に行くことを相変わらず阻みたいエドガーは、キャサリンの帰宅後にこれまでのことやヒースクリフの人柄をキャサリンに聞かせますが効き目はありませんでした。文通を通してキャサリンとリントンは愛を深めます。ヒースクリフの目論見を聞かされていたネリはリントンの手紙を焼いてしまいます。それでもキャサリンは体の弱いリントンを見舞ってこっそりと嵐が丘に通います。リントンとエドガーは時を同じくして体調を崩していきました。特にリントンの言動はヒースクリフに縛られてキャサリンをやきもきさせます。ヒースクリフはリントンとキャサリンの結婚を急ぎます。エドガーが亡くなり財産はキャサリンに渡りますが、彼女がリントンと結婚し、間もなくリントンも亡くなったためヒースクリフは必然的にスラッシュクロス屋敷の財産まで全てを手に入れました。(ネリはエドガーの葬儀後、嵐が丘に嫁いだキャサリンと引き離されスラッシュクロスにとどまったたため、その後の嵐が丘の様子は家政婦仲間のジラーから聞かされます。ヒースクリフがキャサリンを追い払った後に屋敷の借り手として現れたのがロックウッドだったのです)
49 原典14 嵐が丘B
エドガーはキャサリンに結婚を申し込み、キャサリンは快諾します。ネリに本意を問われて返事を考えているところをヒースクリフが聞いてしまい、ヒースクリフは失踪します。雨の中、ヒースクリフを探しに出たキャサリンは風邪をこじらせ、その看病があだとなってエドガーとイザベラの両親が亡くなります。
3年後、戻ってきたヒースクリフにイザベラが好意を抱きます。キャサリンはヒースクリフに抗議しますが逆に責められ、さらにはエドガーを巻き込んで収拾がつかなくなりハンガーストライキを決行します。
しかし説得も空しくイザベラはヒースクリフと結婚してエドガーは関係(文通)を絶ちました。イザベラが嵐が丘に居を移すと、妻を亡くして失意のヒンドリーが酒と賭け事に溺れていました。息子のヘアトンは嵐が丘の財産がゆくゆくは本来は自分のものとなるべきものとも知らされずに十分な教育を受けずにいました。
一方のキャサリンはいよいよ気が狂っていきました。そんな中、エドガーがいない時を見計らってネリの手引きによりヒースクリフがキャサリンを抱きしめます。その後、皮肉なことに娘のキャサリンを産んだ日に母親の方は亡くなってしまいます。
ヒースクリフの本性に気づいたイザベラはキャサリンの死後、嵐が丘を離れ、息子のリントンを産んで亡くなります。エドガーはリントンを甥としてスラッシュクロスに迎え入れようとしますが、ヒースクリフに阻まれ、親権はヒースクリフのものになります。さらにヒンドリーが亡くなり、ヒースクリフは嵐が丘の主の座を射止めます。
時は流れ、それぞれの子供(キャサリン、ヘアトン、リントン)が成長するとヒースクリフの長年温めてきた復讐は次の段階を迎えます。
48 原典14 嵐が丘A
遡ること20数年前、嵐が丘に幼少期のヒースクリフが養子として迎えられます。嵐が丘の主人にはキャサリンという娘とヒンドリーという息子がいました。キャサリンはヒースクリフになつきますがヒンドリーは父親がヒースクリフばかり構うのが面白くありませんでした。そこで主人はヒンドリーを大学にやります。主人が亡くなると嵐が丘の新たな主人として舞い戻ったヒンドリーのヒースクリフに対する風当たりはいよいよ強くなり、ヒンドリーの召使へと追いやられたヒースクリフは恨みを募らせます。(この時ヒンドリーはフランセスという奥さんを連れて戻り、ヘアトンという子供が生まれますが、フランセスがこの後亡くなり、ヒンドリーにヘアトンが託されます)
ある日、ヒースクリフとキャサリンは二人でスラッシュクロス屋敷まででかけて、明かりのさす部屋を窓からのぞきます。スラッシュクロス屋敷にはエドガーとイザベラの兄妹がいました。帰り際、スラッシュクロス屋敷の飼い犬にキャサリンが噛まれて、スラッシュクロス屋敷で養生することになります。キャサリンは嵐が丘で開かれたクリスマスパーティにエドガーを呼びました。以来、キャサリンとエドガーは互いに嵐が丘とスラッシュクロス屋敷を往来するようになります。キャサリンに好意を持つエドガーはヒースクリフにも表向きは紳士的に接しますが、内心では快く思ってはいませんでした。一方のヒースクリフはキャサリンに自分の好意を示そうと、キャサリンが嵐が丘とスラッシュクロス屋敷のそれぞれで過ごした日数をカレンダーに印をつけますが、キャサリンは意に介しませんでした。傷心のヒースクリフと入れ替わるようにエドガーがやって来たところ、キャサリンはネリーとヘアトンにやつ当たってしまいます。
47 原典14 嵐が丘@
ロックウッドという若者が嵐が丘に宿を求めたところから物語は始まります。(元々はスラッシュクロス屋敷が滞在先でしたが、吹雪で嵐が丘=ワザリングハイツに泊らざる終えなくなります)そこで若者はキャサリンという女性の日誌を見つけ、読んでいるうちに夢を見ます。夢の中で若者は家に入ろうとする女性の亡霊に指を捕まれていました。何とか女性を手から引き離すものの、若者は現実でも悲鳴をあげてしまい、それを聞いて駆けつけたヒースクリフは「眼に見えぬ存在」を家に招き入れようとします。
体調を崩して寝込んでしまった若者に家政婦のネリが嵐が丘とスラッシュクロス屋敷=グレイレンジに住まう家族三代の物語を語りだします。
46 原典14 嵐が丘あらまし
魔法使いの約束ラジオ〜こちら魔法舎談話室、通称まほラジがめでたく、
onsenでは1月9日、youtubeでは1月11日の配信回をもって
50回目に到達しました。MCは引き続き東師弟(ファウスト&ヒース)。
ヒースクリフの名前は、エミリーブロンテ作の「嵐が丘」の主要キャラクター、ヒースクリフから来ています。まほやく考察部ではヒース.ブランシェットの容姿はヒースクリフの想い人のキャサリンに重ね、むしろシノの容姿をヒースクリフに近いとしていますがこの話は私が思うにもっと複雑です。
そこで今回からは、まず「嵐が丘」のあらすじを振り返り、登場人物を整理し、まほやくと比べていくことにします。(例によって東の情報量多め)
45 訂正
家族で唯一の魔法使いではなく、兄弟の中で唯一の魔法使いでした。
(因みに二周年ではリケの前でもっと過激な言い方をしていて、ネロに軽く注意されています)
44 ブラッドリーの生い立ち
43 ブラッドリーの覚え書き
北の国のラストを飾るのはブラッドリー。ブラッドリーについては、その名前を女性SF小説家の名前から取ったと一般的には言われています。ただし、彼女の本は現在絶版になっています。考察部では別の作家をあげ、その小説の主人公ブラッドリーにネロの人柄を重ねています。(こちらはまともな方です)ネロをマリア、ブラッドリーをキリストに見立てる人もいます。
私はあえて別のモデルをあげます。きっかけは、「死の盗賊団」というネーミングです。別のアニメに「死の家の鼠」という地下組織が出てくるのですがその頭目の名はロシアの大文豪、ドストエフスキーから来ています。地下組織の名前も、彼の小説、「死の家の記録」から借りています。
ドストエフスキーの経歴には興味深い記述があります。
彼は社会主義に傾倒する友人の青年が主催する研究会の活動に参加していた時期がありました。ところが、秘密警察から組織に送り込まれていたスパイの密告により、ドストエフスキーもメンバーも逮捕され、死刑を言い渡されます。その執行直前で皇帝に恩赦されたドストエフスキーはオムスク要塞に  投獄され、さらにセミパラチンスクという場所で4年の兵役に就きます。「死の家の記録」は投獄されていた時期の体験を元に書かれており、当時の体験はその後の小説にも影響を及ぼしています。ブラッドリーは極寒のロシアを思わせる北の国の魔法使いであり、密告、投獄、恩赦の流れも彼が辿った道、そのものです。
もうひとつの根拠は「カラマーゾフの兄弟」です。作品のテーマは父殺しで三人の実子と一人の婚外子(私生児)が容疑者として浮上します。
ブラッドリーもまた家族の中で唯一の魔法使いであり、今度の大いなる厄災が襲来した後にフィガロを殺すことをほのめかしています。フィガロ=キリスト説からすると、キリスト教において神、キリスト、父は一体視されるので、まさに父殺しに相当するのです。ドストエフスキーは、投獄を機に社会主義思想を捨て、キリスト教に回帰したと公言しています。
参考
100分で名著 カラマーゾフの兄弟(解説/亀山郁夫)
42 まほやくのミスラの部屋

棚や壁には蝋燭や呪具が並びますが、それ以外はテーブルがベッドになり、クロスが絨毯に置き換わっただけで、こちらは魔術の設定を踏襲している模様。
41 魔術に寄せて
主人公にカルタを勧めてきた友人はブラッドリーを思わせます。(北の祝祭でブラッドリーとミスラは共にカードに勝ち、オーエンが呪鳥を呑み込むハメになりました)
一方で、この小説にはどこかまほやくの世界でいうところの西の国の雰囲気が漂います。実際に、西の祝祭にてムルは天空離宮の主であるアントニオとカードの対戦をしています。序盤では天空離宮に取り憑く妖精ファゴルタの影響で全くアントニオに歯が立たず、ムルが出した宝石はことごとくアントニオに取られてしまうものの、シャイロックが自分の店を賭けるといった途端に、欠片のムルの力を借りて形勢が大逆転します。つまり、アントニオ=私、欠片のムル=ミスラ、シャイロック(の店)=友人(の全財産)、宝石=金貨という図式がみてとれます。
(「まほやく考察部」では、西祝祭のシャイロック&ムルvsアントニオの賭けとシャイロックの原典である「ヴェニスの商人」を重ねていますが)
さらに踏み込むと、「魔術」でミスラの纏う雰囲気は「牡猫ムルの人生観」のアブラハムの雰囲気に重なります。
推測ですが、芥川の師匠である夏目漱石が「牡猫ムルの人生観」(もしくは他のホフマンの作品)に感化されて「我が輩は猫である」を仕上げたとすると、それも無理ないことといえそうです。
40 番外編 魔術
ヴェーダに描かれたミスラから派生して芥川龍之介は「魔術」という短編小説を書いています。この小説のミスラは、「永年印度の独立を計っているカルカッタ生まれの愛国者で、同時にまたハッサン・カンという名高い婆羅門の秘法を学んだ、年の若い魔術の大家」ということになっています。
(原典を文学作品と想定し、この短編のミスラをまほやくのミスラのモデルとする人もいます)

簡単なあらすじ
主人公の「私」はミスラと名乗る人物から魔術を習うことにします。ミスラが出した条件は欲で魔術を使わないこと。私は友人達の前で魔術を披露することになり、燃えている石炭に手を伸ばし金貨に代えてしまいます。主人公がミスラとの約束を守り、金貨を石炭に戻そうとすると友人達は猛反対。結局、カルタをして主人公が勝てば金貨を石炭に、友人が勝てば金貨を友人に渡すことにしますが、主人公は何故か賭けに勝ち続けます。ところが、友人のひとりが手元にある金貨および主人公が賭けにより手にした金額と自らの全財産とを天秤にかけて賭けると主人公に欲が出ました。すると、主人公の前にミスラが現れます。実はこれはミスラが主人公を試したのであって、二人が出会ってから半時間も経ってはいなかったのでした。

小説のなかでミスラの部屋の内装は、「質素な西洋間で、まん中にテエブルが一つ、壁側に手ごろな書棚が一つ、それから窓の前に机が一つーほかにはただ我々の腰をかける、椅子が並んでいるだけです。しかもその椅子や机が、みんな古ぼけた物ばかりで、縁へ赤く花模様を織り出した、派手なテエブル掛けでさえ、今にもずたずたに裂けるかと思うほど、糸目が露になっていました」と書かれています。
39 インドラとヴァルナ
インドラは雷霆神の性格が顕著に見てとれますが、ヴェーダにおいては戦士として描かれます。インドラには「ヴリトラを殺す者」という異名が与えられます。ヴリトラと呼ばれる水をせき止める悪竜を工巧神トゥヴアシュトリの造った武器ヴァジュラ(金剛杵)を投じて殺すことを周期的に繰り返していたようです。
インドラはイランでは勝利の神、ウルスラグナに相当しますが、ザラスシュトラの宗教改革においてデーヴァから悪魔に列を落とされました。またミタニ.ヒッタイト条文の中にもその名が見られることからインドラは小アジア、メソポタミアまで知れ渡っていたようです。(上村p,19)
その後、インドラの地位は後代になるにつれて以下のように下落します。
「名目上は依然として神々の主とみなされるが、悪魔によってうちのめされ、修行者の苦行におびえてその妨害をするというような、相対的に弱い神となり、世界守護神の一つとして東方を守護するとみなされるようになった。(中略)仏法の守護神の一つとされ帝釈天と漢訳された」(上村p,22)
インドラに次いで重要な神がヴァルナです。こちらはアスラです。また契約を司るミトラとは不可分の存在であるヴァルナは、「宇宙の秩序と人倫の道を支配する司法神」で、リタ(天則)の守護者とされます。
「リタによってこそ、天体は正しく運行し、昼夜、歳月は定期的に循環する。ヴァルナはリタを司り、時にその創造者であるとみなされる。リタはまた道徳の法則であり、人間のみならず神々ですら従わねばならぬ道である。(中略)リタに従う善人の生活法はヴラダ(警戒)と呼ばれる。
ヴァルナは間諜を用いて、あらゆる時、あらゆる場所で人々の行為を監視し、ほんの少しでもリタにそむく者がいたら、その罪人を捕縛で捕え、腹水病にかからせる峻厳な神である。しかし、この神は悔い改める者に対しては慈しみ深い半面をもあわせ持つ」(上村,p.24)
ヴァルナもまた元々の水との関わりが深い性格を強めながら、水の神、海上の神にその地位を落とし、西方を守護すると考えられ、仏教では水天とされました。
38 原典13 カインとアベル
左目の一件以来、何かとオーエンとペアで行動することの多いカイン。その因縁の原典は旧約聖書にあるカインとアベルの兄弟の物語であるとされます。兄のカインは農夫、弟のアベルは羊飼いになりました。兄弟はそれぞれ神に捧げ物をしますが、神はカインの捧げ物には目もくれずアベルの物だけを受け取りました。カインは憎しみを弟のアベルに向け、アベルは殺されてしまいます。当初カインはアベルの行方を問われてしらをきりますが、神の前では無駄でした。神が下した裁きは、育てた作物が実りを得られず、カインは地を彷徨い続けるというものでした。死して尚、アベルは神の寵愛を受け続けたのです。一方のカインはエデンの東、ノドに落ち着きました。
参考文献
町田俊之(監修).名画とあらすじでわかる! 旧約聖書
青春出版社,2013,pp.26-27
訂正
オーエンの由来、unknownはアナグラムではなく、もじりで
元々イニシャルがU.N.OWENとなる人物からそれぞれ招待状を
受け取っていたことから来ています。
37 原典12そして誰もいなくなった
11月1日はオーエンの誕生日です。オーエンの名前は、英国が誇るミステリーの女王、アガサ.クリスティが書いた「そして誰もいなくなった」に出てくるオーエンから取られたとされます。
とある孤島の屋敷に招かれた訳ありの登場人物たち。医者、警官、裁判官、
家庭教師、軍人と経歴も様々。表向き彼らに接点はありません。
それぞれ別の人物からの紹介で来たはずが、実は同一人物の招きらしいことが判明します。それがオーエン氏です。実はオーエンとはunknown(無名)のアナグラムで、屋敷で彼らをもてなす夫妻も含めて誰からの招待なのかは文字通りunknown状態のまま、1人、また1人と客人が殺されていきます。客室には童謡(10人の兵隊)の歌詞が残されていました。そして遺体はその歌詞に見立てられていたのです。そして食堂兼談話室の卓上には兵隊の人形が10人用意されていたのですが、遺体が増えるごとにその人形は1体、1体減っていくのです。
※それぞれの登場人物が犯した罪と結局犯人は誰なのかということはミステリーなのでぜひ原作でお楽しみください。
まほやく考察部では、この物語とオーエンの接点としてオーエンのアミュレットであるチェス駒をあげています。オーエンの駒は全て揃っているわけではなく、どうやら騎士の駒ばかり集めているようなのです。たしかに、原作が実写化される際、兵隊の人形がチェスの駒にも使えそうな人形に置き換えられているものも見受けられます。同時にカインとの因縁も示唆しているように思われます。
36 原典11 フランダースの犬A
ある日、ネロは雪に埋もれた人形を見つけアロアにあげようとコデツの家に行きます。折り悪く、ネロが帰った後にコデツの風車小屋が火事になります。(コデツは保険をかけていたので金銭面での被害はありませんでした)コデツはあろうことかネロに言いがかりをつけました。コデツにいい顔をしたい近所の者たちは上手く理由をつけてネロと牛乳の取引をすることはなくなりました。悪いことは重なるもので、ネロの祖父が亡くなったうえに、お金が入らなくなったネロは家賃を滞納して住んでいた小屋を追い出されてしまいます。途方に暮れて歩いていたところ、パトラッシュが雪の中から革の財布を見つけます。そこにはコデツの全財産に等しい金額が入っており、同じころ、目の色を変えるようにしてコデツは財布を探していました。ネロは
コデツの家に財布を届け、パトラッシュにもご馳走を与えるように言って立ち去ります。ちょうどクリスマスの時期でした。ところがパトラッシュは隙を見て抜け出し、教会にネロを探しに行きます。そして二人は念願のルーベンスの絵画を見ました。二人の冷え切った遺体を村人が見たのは翌日のことです。コデツもネロの才能を発見して育てるために探していた審査員の画家も後悔しました。でももう取返しはつきません。二つの清らかな魂を受け止められるのは神様だけなのです。奇しくも幸福の王子と同じように。
35 原典11 フランダースの犬@
ネロ少年は祖父と二人で暮らしていました。ある日、金物屋の重い荷車を引き、熱い日差しの照り付ける中、飲まず食わずのうえ、鞭でたたくなどひどい扱いを受けた挙句に倒れてしまい、草むらに捨てられたパトラッシュに出会い引き取ります。ネロたちの仕事は近所から牛乳缶をもらい、アントワープの街へ運ぶことでした。ネロの祖父は大分歳を重ねていたので仕事がきつくなり病気で寝込むようになってしまいます。パトラッシュは恩を返そうとするように牛乳缶を入れた荷車を引くようになりました。ネロにはパトラッシュの他にアロアという友達がいました。ある日ネロはアロアをモデルにした絵を板に描いているところをアロアの父でこの辺りでは一番の豪農であるコデツに見つかってしまいます。彼はアロアをネロに近づけたくありませんでした。絵は上手く描けていたので彼はネロに代金を渡そうとしますが、ネロは受け取らず、コデツは絵だけを持ち帰りました。アロアの聖人誕生日の祝いにもネロは招待されませんでした。ネロには願いがありました。ひとつ目はお金持ちが代金を支払うことでしか見ることが叶わないルーベンスの二枚絵、十字架にかけられるキリスト(キリスト昇架)と十字架から降ろされるキリスト(キリスト降架)を見ることでした。毎回、教会からでてくるネロをパトラッシュは心配そうに見やっていました。ふたつ目はアントワープで開かれる絵のコンクールに応募することでした。毎晩ネロは倒木に腰掛けて物思いにふける老いた木こりの絵を描いていました。そうしてネロはいつか絵描きとして身を立てることを夢見ていたのです。
34 リケ祝誕
まほやくのリケは「神に与えられた奇跡の力」という表現を使います。この物語の「人に知恵を授ける力」と重なるかもしれません。
この物語の結末を人によっては「愛は盲目」で欠点が覆い隠され見えなくなり逆に美点がより際立って見えるようになった(欠点が美点で隠されたともいう)だけだという人もいます。リケ自身の外見は何も変わっていないのに。まほやくのリケも外見は変わらずとも、どんどん外の世界に触れて「正しいこと、そうでないこと」を自分の意志で考えるようになってきたことから、その内面は成長のまっただなかにいます。またリケは頭が神聖なものであることから無暗に触れられることを嫌いますが、鳥の冠のような房毛という原作の描写からもオマージュされているのかもしれません。
33 原典9 巻き毛のリケ
10月2日はリケの誕生日ということで、ペロー童話から名前の由来になった「巻き毛のリケ」のあらすじを紹介。
ある国にリケという名の王子が生まれました。リケはひどく醜く生まれますがそのかわりに才知を授けられました。そこにさらに仙女によって自分の才知を愛する女性に分け与える力も与えられました。頭の上に鳥冠のような巻き毛の房があることから人々は彼のことを「巻き毛のリケ」と呼ぶようになりました。
隣国の女王様にも子供が生まれました。姉の方は、顔は麗しいのですが知恵を持って生まれなかったので会話もつたなく、話が続きません。そのうえ不器用ですぐにへまをします。一方、妹の方は顔こそ不器量ですが知恵を授かりましたので、その機智で人をひきつけました。
ある日、姉は森で自らの身の上をなげいていました。そこに立派な身なりと面相が不釣り合いなリケが現れます。姉に恋していたリケは自分が彼女を救えると思い、知恵を分け与えます。条件は姉がリケを愛すこと。リケは結婚式まで一年の猶予を与えます。城に戻った姉の振る舞いは思慮深く、才気にあふれ見違えるほどでした。国政を担う王も姉の意見を聞き入れるようになりました。当然、妹の方は面白くありません。姉の周りには求婚者が集い、とうとうお眼鏡にかないそうな者が現れます。そこで姉は森でよく考えることにします。その森では婚礼のためのごちそうを用意しようと大勢の給仕たちが立ち働いていました。いつしか約束した一年が経っていたのです。リケは彼女が自分に応じるために戻ってきたものと思っていました。リケの容姿のために姉が返事を考えていると、リケは自分に力を授けた同じ仙女が姉にも愛した者の容姿を美しくする力を授けたと伝えます。こうして二人は結ばれ、互いの望みは満たされたのでした。
32 注 石井聡美
もう一羽は私のつけたタイトルで、
ドーノア夫人の物語のタイトルも「青い鳥」です。
以下は参考にした図書です。
世界名作絵本14 特装版より
青い鳥 ドーノア夫人作 バッティスタ絵
東京TBSブリタニカ
尚、本により登場人物の名前がかなり変わる模様。
いずれにしても、二人のお姫様、お姫様が塔に閉じ込められる、魔法使いの手により(原作では王子の方ですが)鳥に姿を変えられるなどの設定はこちらの方がラスティカの物語に近いと感じます。そこにチルチルとミチルの「青い鳥」から2人組で旅をして幸せになる手がかりを探すという冒険ロマンが加わることで世界観がより広がったように思います。
本当に、西師弟に幸あれ!
31  もう一羽の青い鳥5
王子の部屋の真下でフローラ思いの丈を告げます。その声は王子に届いていました。全てを知って王子はフローラのもとへかけつけます。二人は手を取り互いに見つめます。もうシッサには手出しができません。無事に王子は人間の姿でフローラと結ばれました。シッサはアーティカを連れて、アーティカの婿を探しに旅に出ました。改心したアーティカは、にきびだらけだった顔まで美しくなったということです。妃だけは相変わらずでどこの国からも追い払われてしまい、行くえはわからないということです。
30  もう一羽の青い鳥4
やがて王が亡くなり、国民の望みで塔から助けられたフローラが女王になりました。継母は実の娘のアーティカとともにシッサのもとに身を寄せました。王子の名付け親の妖精はシッサに会いに行き、密約を交わします。王子が人間になるには、3ヶ月アーティカと同じ屋根で暮らして、その間にアーティカと結婚する必要がありました。一方のフローラは貧しい女性を装って王子を探しに出ます。そこで王子とアーティカの結婚話を耳にしました。フローラは貧しい格好のまま式場の教会へ行き、王子からもらった腕輪と引き換えに王子の部屋の真下の部屋に泊めてもらうようにアーティカに頼みました。
29  もう一羽の青い鳥3
青い鳥になった王子はその夜、塔のフローラを訪ねて、婚姻を断ったので鳥の姿にされたことを伝えます。王子は鳥の姿でその夜からフローラに宝石をはめこんだ高価なアクセサリーを持ってくるようになりました。ところがとうとうそのことが妃に知られてしまいます。妃の命令で塔の窓近くの木に刀や槍やらが取り付けられ、いつものように姫を訪ねてきた青い鳥の王子に、切っ先が当たって怪我をします。王子は姫が心変わりしたと思い、悲しみました。体の傷は幸いなことに、王子の名付け親の妖精が治してくれました。
28  もう一羽の青い鳥2 
王子は空から馬車に乗って姫の救出を試みます。馬車には馬ではなくカエルが繋がれていました。ところが妃は先手をうっていました。王子が助けに来たとき、塔にいたのはアーティカだったのです。アーティカは王子の馬車で自分の名付け親の妖精のもとに向かい、妖精のシッサとふたりきりにしてもらいました。その様子をガラスの壁越しに見ていた王子にアーティカは婚約指輪を見せます。騙されたことを知り、王子が婚姻の無効を主張すると、シッサの手で王子は青い鳥の姿に変えられてしまいました。城に戻ったアーティカは母親である妃とともに塔の部屋を訪れてフローラに王子と婚約したと嘘をつきます。
27  もう一羽の青い鳥 石井聡美
こちらはドーノア夫人作の青い鳥。
ある国にフローラという姫がいました。父親である国王は亡くなった前妻に代わる新しい妃と結婚します。この女には連れ子がいて、名をアーティカといいました。二人は王の目を盗んではフローラをいじめました。ある時、隣国のヘンドリック王子との婚姻話が持ち上がります。妃は自分の娘であるアーティカを王子の妻に望んで飾り立てますが王子が見初めたのはフローラでした。怒った妃はフローラを塔に閉じ込めてしまいます。その後毎日のように城に姫を訪ねに来た王子はようやく一人の召使いから姫が塔に閉じ込められたことを聞き出します。
26 余談
ペローの原作をもとにチャイコフスキーは第1幕のローズアダージョ(姫が他国の王子たちから求婚されてバラを渡されるシーン)で有名な3大バレエの一作目、「眠れる森の美女」を作曲します。振り付けは当時、マリインスキー劇場に所属していたマリウス.プティパ。城に魔法をかけて姫を救った仙女はリラの精と呼ばれます。この精の踊りもバレエの人気を支えます。
特徴的なのは、第3幕でオーロラ姫と君主の子息(デジレ王子)の結婚を祝う者たちです。(※ペローの原作は、オーロラは姫の娘の名前です)ペローの童話からも長靴をはいた猫をはじめ赤ずきんやシンデレラ、親指小僧が祝福します。さらにここにチルチルとミチルとは別の「青い鳥」の物語が加わります。ラスティカが鳥を追い求める設定にはこのお話も深く 関わるようです。
「セラータの調べは鎮魂の夜に」の訂正
手袋の娘が婚約したのは領主ではなく地主
鎮魂の儀式を行った後の夜に出歩くと死者にあちらに連れ込まれる。
補足
アーサーが城に連れ戻されてからニコラスが儀式を行うまでは4年ほど時間があり、カインはこの間に騎士団長に就任、オーエンと遭遇、解任、賢者の魔法使いとして召喚という出来事をめまぐるしく経験する。
大いなる厄災は毎年襲来するので、前回が初陣だったヒースとは異なり、カインやファウストはそれ以前にも厄災を追い返している。
25 実は怖い眠れる森の美女A
姫は子息との間に子どもが二人生まれますが、子息は彼女たちの存在を母親に告げないままこっそり姫の城に通い続けていました。というのも、子息の母親は人食いの一族だったからです。ところが先代の王が亡くなったため姫と子どもの存在を公にせざるを得なくなりました。ある日、城を母親に任せて隣国との戦に赴きます。母親は親子を順番に食べようとします。料理番はそのたびに子山羊や子羊などの代わりの肉を用意してごまかします。ところが子どもの鳴き声とそれを叱る姫の声を聞かれてしまいます。そこで母親は
裏切った使用人(料理長、母子をかくまっていたその妻、料理番の女)を母子ともども捕えて食べてしまおうと中庭に大桶を用意します。大桶にはヒキガエルやマムシや毒蛇が入っていました。そこに息子である新君主が馬に乗ったまま帰ってきます。取り乱した母親は自ら大桶の中に身を突っ込みました。
24 実は怖い眠れる森の美女@
王女の誕生を祝うために7人の仙女が呼ばれました。そこへ招待を受けなかった8人目が現れます。急遽彼女の席も設けられますが、7人のカトラリーは特注品で同じ物を用意できませんでした。仙女たちはそれぞれに王女に祝福を施しますが8人目が与えたのは王女が紡錘に手を刺して死んでしまう呪いでした。そこで仙女の一人が死の代わりに王女が百年の眠りにつくように王女に魔法を施します。王は紡錘機で糸を紡ぐことも、そもそも家の中に置くことも禁じるお触れを国中に出しました。ところが成長した王女はある日、塔の小部屋で糸を紡ぐ老婆に会い、紡錘に手を触れてしまいました。予言通り王女は眠ってしまいます。仙女は王女を気の毒に思い、王も王妃も給仕の者も家畜から料理に至るまで全てを魔法で眠りにつかせます。外ではいばらや刺をもつ灌木が城を覆っていました。
そして百年の時が過ぎました。当世の君主の子息が狩に出た際、遠くにそびえている塔が見えました。農夫からそれが城の塔であり姫が長い眠りについていることを聞かされます。そこで子息は城に向かいました。城に絡みついたいばらは王子だけを中に通しました。遂に姫が目覚める時が来たのです。
23 長靴をはいた猫
粉ひきの父親が亡くなり、三人の息子に財産をわけ与えますが、三男が引き継いだのはなんと一匹の猫。これでは生計は立てられまいと悲嘆に暮れる三男に、猫が要求したのは長靴と革袋でした。猫は兎の好む餌(穀物や植物)を入れた革袋を放り、袋の紐を長く伸ばしてその端をつかむとその場に寝転び、餌につられて兎が袋に飛び込むやいなや口を縛って捕まえました。別の日は同じ方法で鳥を捕まえます。何日か同じことが繰り返されて、獲物はその都度「カラバ侯爵の領地で捕れた獲物」として宮殿に献上されました。
ある日猫は三男に川で水浴びをさせました。ちょうど宮殿の馬車が通りかかり、猫は「カラバ侯爵が溺れている」と叫びます。猫が三男の着ていた服を悪党に盗まれたことにすると王は三男に上等な服を与えました。猫は馬車の先回りして、この土地の所有者を王が尋ねられたら、「カラバ侯爵様だ」と答えるように触れ回ります。牧場や麦畑で働いていた者たちが猫の脅しに素直に従ったのは理由がありました。実は土地のものは全てこの先の城に住む人食い鬼のものだったのです。猫は人食い鬼にまず獅子の姿になって見せるよう言います。すこぶる怖がった後、鼠になるように言いました。人食い鬼はまんまと掌の上で転がされ、猫の餌食になったのでした。城では人食い鬼が用意させた晩餐の支度も調えられていました。そこに王の馬車が到着します。こうして三男は人食い鬼の城と領地と領民を手にして「カラバ侯爵」となったうえに、控えめな態度で王に気に入られ、娘婿として迎えられました。猫も大貴族に取り立てられました。

追記
知恵の力で主人を成り上がらせる猫は元のムルそのもの。最後に人食い鬼を鼠に変えるところはドラモンドを鼠に変えてしまうシーンに活かされているようです。
22 青髯公の城(ホラー)
青髯と呼ばれる金持ちの嫌われ者がいました。その名の通り青いあごひげを生やしていました。青髯は姉妹に求婚し、妹の方が応じます。ある日、青髯は屋敷の各部屋に入る鍵を新妻に託して出かけます。一部屋だけは決して入らないように命じて。青髯が留守なのをいいことに新妻の友人たちが城に押し寄せますが新妻は気もそぞろでした。とうとう約束を破り禁じられた部屋に入ってしまいます。すると、部屋には青髯がこれまで結婚した嫁たちの死体が。そこに青髯が帰ってきます。青髯は鍵を返すように新妻に言いますが、新妻はなんとかごまかして切り抜けようとします。何故なら鍵には血がついていて鍵を見れば新妻が部屋に入ったことがわかってしまうからです。それは青髯が鍵にかけていた魔法によるものでした。結局新妻は鍵を青髯に返しますが、塔の部屋にこもり死までの時間を引き延ばそうとします。外からは新妻の兄たちが屋敷に向かっているはずでした。新妻の兄たちはそれぞれ竜騎兵と近衛兵でした。彼らは青髯を捕えると剣で一突きしました。
青髯の死後、その財産は新妻のものになります。そこで新妻は姉には伴侶を与え、兄たちをお金の力でそれぞれの隊の隊長に就かせました。残りは自分の持参金にして再婚しました。
21 秋の夜長に 
少し涼しくなってきましたね。もうすぐ秋のお彼岸の季節です。魔法使いの約束にも亡くなった者の魂を慰める行事のイベストが登場します。
『セラータの調べは鎮魂の夜に』では、賢者の魔法使いが呪い屋のファウストを筆頭に夜な夜な手袋が舞うという異変が起こった村を訪ねます。手袋は領主との結婚を控える中、馬車が崖から転落するという不幸な事故に見舞われて亡くなった女性の妹がその霊を慰めるために毎年墓前に備えていたものでした。魔法使いたちは鎮魂の儀式を行うことにします。準備を手伝いながらカインは魔法を教えてくれた姉妹、ブラッドリーは南の国の魔女とそれぞれに先の厄災戦に倒れた仲間のことを思い返します。ファウストは依頼に赴く前にも一人で同様の儀式を行っておりレノックスと賢者(晶)は気にかけていました。まほやくの世界でも夜に一人で鎮魂の儀式を行い死者のもとにとどまっていると魂があちらへ連れていかれるといわれているのです。そんな中、他の魔法使いたちに夜中に出歩かないよう言いながらファウストはレノックスを連れて異変の元凶を退治に向かいます。
このイベストの元は『青髯(公の城)』からとってきていると思われます。
リケの原典である『巻き毛のリケ』にも仙女から美と知性という正反対の素質を授かった姉妹が登場します。他にもムルのご先祖様、『長靴を履いた猫』や1.5部のカインとオーエンに踏襲されている『眠れる森の美女(眠り姫)』。これらは全て、シャルル.ペローの童話集におさめられています。
20 石井聡美


  
自分の意にそぐわないことをするカインの葛藤
19 カインこぼれ話(ネタバレA)
中尉の朗読についてクライスラーが本当はどう思っていたかというと、
実のところ、クライスラーの思考には少年時代の思い出がめぐっていて中尉の朗読を聞くところではなく、またアブラハムも紙を切って幻像を映すこと
に気をとられていたのでその場にいたもう一人の人物だけがクライスラーの弁によるところの「地獄の悲劇のナイフに捧げられた唯一の子羊(秋山,1935,p124)」になってしまったのでした。
その唯一の犠牲者の感想は、
「わたしは、今日、ヨハネス、あんたがこの上もなくおとなしいのが、どうもわかりませんね。ーあんな野暮なものを、あんたは、どうして、あんなに落ち着いて、熱心に聞くことが出来たんでしょうね。(中略)あんたは相変わらず落ち着き払っていた。のみならず、あんたの眼には満足の色さえ浮かんでいた。(中略)あんたはその男を彼が決して理解出来ないような皮肉で片づけて、少なくとも将来に対する警告ではなしに、その詩はあまりにも長過ぎるによって、断然ちょん切られねばなるまいと、その男に言ってやったんだ(秋山1935,p.122)」というもの。
まほやくのカイン同様、中尉の行為はあまり好ましいものとはいえなかったようです。
※ヨハネスはクライスラーのこと
18 カインこぼれ話(ネタバレ)
二部で将軍の前でロマンス小説をカインが朗読しようとするシーンがありますが、『牡猫ムルの人生観(上)』にはおそらくそのモデルとなったであろう一場面が出てきます。文中の彼とはクライスラーをさします。
「頬の赤い、髪を美しくちぢらせた、若い、有望な中尉が、自作の、しかも、その中尉が最も幸福な詩人の、あらゆる自負をもって朗読した、おそろしい悲劇の、長ったらしい、退屈な第一幕を、彼はおとなしく、上機嫌な微笑みさえ浮かべて聞いていたのだった。のみならず、その中尉が朗読を終えたときに、彼にその作品についての感想をせきこんで尋ねると(中略)中尉は彼をしっかり抱擁して、そしてなおその晩のうちに、スペイン語を読み又油絵を描く伯爵夫人も加えて、最も優れた令嬢たちを悉く集めて、あらゆる第一幕中での、一等傑出したものを朗読して、彼女たちを悦ばせようと思っていると、いかにもわけありそうな顔つきで彼にうちあけた」
(ホフマン作 秋山六兵衛訳『牡猫ムルの人生観 上巻』岩波文庫、1935)
17 アーサー王物語とまほやく
まほやく考察部では、カインはラーンスロットに限らずガラハッド等複数の円卓の騎士から造形されているのでは?と推察されていますが、エクターの評を読む限りにおいても、女性にモテやすい素質をもっていること、王と王妃への忠義で揺れ動いていたこと、義に厚く一人で複数を相手に出来る無双の騎士であること(三人の騎士に追われていたサー.ケイを救い、その鎧をつけてガウェインやエクター.ド.マリスらを相手に落馬させたことがある)に加えて、蛇を退治したことがあること(ペレス王の娘、エレインが負った予言は、この蛇(火を噴く恐竜)退治の際に蛇がいた墓に掘られていた金文字と一致。「此処に王の血縁の豹が来るであろう。その豹はこの蛇を殺すであろう。そしてこの豹はこの外国で獅子をもうけるであろう。その獅子は他のすべての騎士を凌ぐであろう」(厨川訳))などのエピソードを加味しても、当てはまる人物がカインを差しおいて他にいないようにさえ思われます。(アーサー王との行き違いは昔のファウストとアレクとの関係を想起させますが)。また、中央祝祭で蛇をもしたメサの砂の亡霊にアーサーが捕らわれる場面は、アーサー王が見た椅子に座る自分の夢のオマージュのように思われます。他にも「熱砂のオアシス〜」イベントだけでなく、メインストーリーで賢者が魔法使いたちを召喚したゴブレット(聖杯)の物語もアーサー王の聖杯探索の物語と結びついていると思われます。
参考文献
T.マロリー著、W.キャクストン編、厨川文夫、厨川圭子訳、
『アーサー王の死 中世文学集T』、筑摩書房、1986
シドニー.ラニア編、石井正之助訳、
『アーサー王と円卓の騎士』、福音館書店、1972
16 ラーンスロットとは 石井聡美
喜びのとりで(石井1972は喜びの城)に運ばれたラーンスロットの遺体を前に弟のエクトル卿(同はサー.エクター.ド.マリス)はラーンスロットの人柄を次ぎのように述べています。
厨川訳
「騎士中の騎士ともいうべきあなた、どの騎士も刃が立たなかったあなた、
(中略)楯を持たせばあなたほど礼儀正しい騎士はいなかった。馬に乗せては、あなたほど恋人に誠実な騎士はいなかった。女を愛した罪深い男で、あなたほど誠実な恋人はいなかった。剣で闘えば、あなたほど思いやりのある人はいなかった。騎士の群の中にあって、あなたほど水ぎわだった美しい騎士はいなかった。貴婦人がたとの会食の際、あなたほどつつましやかで、育ちのいい人はいなかった。槍を構えさせれば、あなたほど宿敵に果敢に立ち向かう人はいなかった」
石井,1972訳
「この世のどんな騎士の腕もあなたには敵しえなかった。あなたは、これまで楯を身につけた騎士のなかで、いちばん礼儀正しい人だった。馬にまたがる騎士として、愛する人に対してあなたほど誠実な友はなかった。婦人を愛した罪深い男のなかで、あなたはもっとも真実にあふれた恋人だった。剣をとって戦う者のなかでもっとも心優しく、騎士の集まりのなかでは、もっとも容貌のすぐれた人だった。宮廷の広間で貴婦人たちとの会食のときも、あなたはいちばん柔和で、かつ、つつましく振る舞った。槍をかまえては、生死を賭けた戦いの相手に対し、いちばん仮借のない恐ろしい騎士だった」
15 ラーンスロットの最期
王妃はモルドレッドとアーサー王の最期を聞いて尼僧になることにします。
最後の闘いに間に合わなかったラーンスロットは顛末を聞かされてガウェインの墓参りをしてその死を悼みます。
ラーンスロットは王妃を探し出しますが、王妃は拒絶しました。ラーンスロットがアーサー王を埋葬した墓のある寺院で隠者とともに僧として静かな暮らしを選ぶと残った騎士たちも後に続きます。時は流れ、王妃に最期の時が訪れているとラーンスロットの前に現れた亡霊が告げます。王妃はラーンスロットの到着を待たずに亡くなりました。ラーンスロットは王妃の亡骸を引き取ってアーサー王の遺体を埋葬した寺院に戻ります。王妃の棺はアーサー王と並ぶようにして地中に納められました。以後、ラーンスロット自身も衰弱していきました。最期はラーンスロットの望み通り、その遺体の入った棺が「喜びのとりで」に運ばれました。
※王妃=グウィネヴィア。
アーサー王を最期に迎えに来たなかの王妃にグウィネヴィアはいません。
14 アーサー王の最期 後半部
アーサー王は奇妙な夢を見ます。夢の中のアーサー王は車輪のついた椅子に座っていました。車輪が逆さまになってアーサー王は沼に落ちてしまいます。沼には蛇や恐ろしい野獣がいて王の手足をからめとります。
目覚めたアーサー王の前に亡くなったはずのガウェイン卿が貴婦人を伴って現れます。ガウェイン卿は今すぐにモルドレッドと戦うことは避けてラーンスロットの援軍を待たなければ、その戦でアーサー王は死ぬことになると告げて消えました。
ところが和解の場に現れた毒蛇(石井1972は蝮)が一人の騎士の足を刺し、その騎士が剣を抜いてしまったことで、結局アーサー王はラーンスロットの援軍を待たずにモルドレッドと戦うことになり、両軍に多数の死者を出しました。アーサー王方は三名、モルドレッドの方はもはや当人しか生存者がいない状況でアーサー王はモルドレッドと一騎打ちをします。モルドレッドは死にアーサー王も二人の騎士に支えられながら気絶を繰り返します。そのうちに騎士の一人がこときれました。もう一人の騎士、ベディヴィア卿はアーサー王の命でアーサー王がエクスカリバーを得た湖に剣を返しに行きます。ベディヴィアは二度は剣を隠して戻ってきますが、水中から伸びる腕のことを知っている王は嘘を見抜いてしまうのでした。三度目にようやく剣を返すと湖に小舟が浮かんでいて顔を黒い布で覆った三人の王妃が乗っていました。ベディヴィアは王を船に乗せます。アーサー王についてわかるのはここまでです。
ベディヴィアの話では、たどり着いた寺院で墓の前で祈りを捧げる隠者がいました。隠者は、貴婦人たちが遺体を寺院に運びこむと司祭に埋葬を頼んで百本の蝋燭と百個の金貨を寄贈したと話します。その隠者はモルドレッドを破門して追放された司祭でした。ベディウィアには墓に眠る者こそアーサー王だということがわかりました。ベディウィアは寺院にとどまり祈りと精進の生活に身を捧げたということです。
13 アーサー王の最期 前半部
モルドレッドはアーサー王を裏切り、海を越えて届いた手紙の知らせとしてアーサー王の死を偽り、自らが王座に就くべく戴冠の儀を行います。挙げ句に王妃を自分と結婚させようと企みました。モルドレッドはアーサー王がそうとは知らずに姉のモルゴースに生ませた子であり、モルドレッドにとってアーサー王は叔父であり父でもあることから司教はモルドレッドを破門します。王妃はモルドレッドを欺いてロンドン塔に立てこもりました。アーサー王がラーンスロットの城の包囲を解いてイングランドに向かったという知らせとが入り、モルドレッドは人心を掌握して迎え撃ちますが、アーサー王の軍勢を前に敗走します。アーサー王側の騎士にはガウェイン卿もいました。ガウェインは前にラーンスロットに負わされた傷にさらに攻撃が加わり最期の時が近づいていました。そこでガウェインはラーンスロットとアーサー王の和解を阻んだことを悔やみラーンスロットに援軍を求める手紙を書きます。
12 王妃の救出 part2
ラーンスロットのことを気にくわないアグラヴェインとモルドレッドはラーンスロットと王妃の密会現場をおさえますが返り討ちにあいます。ラーンスロットは襲ってきた相手の武具を奪い、不本意ながらアグラヴェインを含めその場にいた円卓の騎士を殺してしまい、モルドレッドだけが生き延びます。亡くなった騎士のなかにはガウェイン卿の息子たちもいました。
アーサー王は早急に王妃を火あぶりにする決断をくだします。ラーンスロットは王妃の救出に向かいますが、騒動の最中、ガウェイン卿の弟のガへりス卿とガレス卿(石井1972はサー.ゲイエリスとサー.ゲイレス)が巻きぞえになり、ラーンスロットは相手が誰かもわからぬまま殺してしまいました。
ラーンスロットは王妃を連れて「喜びのとりで(厨川訳)」に立てこもり、アーサー王の対決も避けられなくなります。遂にはローマ教皇が仲裁に動きました。王妃を王のもとに送り届けるとラーンスロットは王宮を去り、「喜びのとりで」に戻りました。ラーンスロットは現在のフランス領を整備して味方になった騎士たちに分け与えます。
弟たちを殺されたガウェイン卿はラーンスロットへの怒りがおさまっていませんでした。フランスの地でガウェイン卿に城を包囲され、ラーンスロットとはとうとう一騎打ちを承諾します。実はガウェイン卿には毎日一定の時間自分の力を三倍増しにすることが出来たのです。それでも何とかラーンスロットはその時間を耐え忍んでガウェイン卿を倒しますが、とどめを刺すことはありませんでした。アーサー王もイングランドの統治をモルドレッドに任せてガウェイン卿とともに海を渡っていました。その判断が誤りで自らに破滅をもたらすものだとも知らずに。
11 王妃の誘拐と救出(※厨川訳)
※厨訳と書いていましたが、厨川訳が正しいです。
刺激の強い内容含みます。未成年の閲覧注意。
一方的に王妃を思っているメリアグランスは機会をうかがっていました。王妃が円卓の騎士十人を伴って五月祭の花摘みに出かけた際、メリアグランスは王妃を誘拐します。王妃は隙を見計らって小姓にラーンスロットを呼びに行かせました。メリアグランスに気づかれはしたものの、小姓は追っ手から逃れます。
ラーンスロットがメリアグランスのもとへ向かう間にメリアグランスは防備を固めます。王妃と円卓の騎士を助けたいラーンスロットですが、メリアグランスが差し向けた射手が行く手を阻み、馬を失います。折良くメリアグランスに薪を卸しに行くところだった荷馬車が通りかかり、ラーンスロットは馭者を脅して強引に荷馬車に乗り込み、メリアグランスの居城へ荷車を走らせます。
城に着いたラーンスロットは王妃が捕らわれている部屋の鉄柵を力任せに外してその夜を共に過ごします。鉄柵を外す際にラーンスロットが手を負傷してしまったので王妃の寝具には血がついてしまいました。朝、王妃の部屋に乗り込んでその有様を見たメリアグランスはこれを王妃を陥れる好機ととらえて、王妃が円卓の騎士十人のうちの誰かと不義を働いたと騒ぎ立てます(ラーンスロットは負傷した手に覆いをしていたので疑われませんでした)。円卓の騎士には当然身に覚えがないので全員潔白を主張します。メリアグランスはアーサー王の御前で王妃の不義を証明すると息巻き、ラーンスロットと決闘の約束をとりつけます。メリアグランスは城を案内すると見せかけて城内に仕掛けた落とし穴にラーンスロットを誘導しました。
ラーンスロットは城に出入りする女性の助けを借りて穴を脱出します。その頃、王妃はアーサー王の前で火あぶりにされるところでした。ラーンスロットが現れないためラヴェイン卿が代わりに闘おうとしたところ、ようやく当人が馬に乗って駆けつけます。ラーンスロットは武装を解かれたうえに、左手をしばりつけられました。ハンデを与えられたにもかかわらず決闘に敗れてメリアグランスは頭部を割られました。
10 アストラットの乙女の段B
馬上試合で白い楯の騎士、ラーンスロットに傷を負わせたサー.ボーズ(厨訳はボールズ卿)もラーンスロットを探していました。ラーンスロットの頼みでラヴェインもまたサー.ボーズを探しており、二人はともにラーンスロット尾の待つ隠者の庵に向かいます。
(厨訳で補足ーアーサー王はノースガリス王と馬上試合をすることになりました。隠者とエレインに黙って武装をととのえたラーンスロットは傷が開いてしまい、ラヴェイン卿とボールズ卿に手伝ってもらいながら馬をおります。結局、ボールズ卿だけ試合に出発してラーンスロットに結果を報告します)
その後、ラーンスロットたちは庵を出てアストラットのバーナード邸に
いました。アーサー王のいるウィンチェスターに発つという日、エレインは自分と結婚するようラーンスロットに迫り、ラーンスロットに拒まれます。ラーンスロットはエレインが他の騎士と結婚した際に資金を援助することを申し出ますがエレインは聞き入れませんでした。
ラーンスロットが戻ったことは概ね歓迎されましたが、アグラウェインとモードレッドはいい顔をしませんでした。一方、バーナード邸に残されたエレインは日に日に衰弱していき、ラーンスロットを思いながら亡くなります。
エレインの遺言に従って、黒の錦繍で覆われた小舟がテムズ川を流れてきました。小舟を目にとめたアーサー王はサー.ケイ(ケイ卿)らに見に行かせました。覆いの中にはエレインの亡骸が横たわった寝台がありました。エレインはラーンスロットへの思いをしたためた手紙を握っていました。
エレインを丁寧に埋葬し、ラーンスロットがミサのために献金(喜捨)をすると他の騎士も習いました。
9 アストラットの乙女の段A
アーサー王は(スコットランド王とともに)馬上試合で自らに挑戦する騎士を募ります。ラーンスロットも馬上試合に参加するためにアストラットにあるサー.バーナード(厨訳はベルナルド卿)の館に宿を求めます。その姿を偶然見かけた王は一緒にいた騎士たちには、ラーンスロットが馬上試合に加わることを黙っていることにしました。
ラーンスロットも自分の正体を隠すために自分の楯を預けて、かわりにサー.バーナードの長男が使っていた白い楯を携え、娘のエレインから贈られた紅の袖を兜につけて馬上試合に向かいます。次男のサー.ラヴェイン(ラヴェイン卿)もラーンスロットについてきました。
二人はアーサー王に有利だった試合を覆さんばかりの活躍を見せますがラーンスロットは深手を負い、隠者のサー.ボールドウィンの元に身を寄せて治療を受けます。一方、馬上試合で大活躍を見せた白い楯の騎士を探しに出たサー.ガウェインはアストラットの地でサー.バーナードの館に宿を取り、ラーンスロットの楯を見せられます。サー.ガウェインからラーンスロットが大怪我を負ったことを聞かされたエレインは自らラーンスロットを探しに出ます。ラヴェインの姿を見かけて隠者の庵を訪れると昼も夜もつきっきりでラーンスロットを看病しました。エレインは袖を贈った時からラーンスロットを愛していたのです。
8 アストラットの乙女の段@
聖杯探索から戻ったラーンスロットは王妃から距離を取ります。怒った王妃はラーンスロットを宮廷から追い出してしまいますが、窮地に立たされます。自身が催した宴会でサー.パトリス(厨訳ではパトリス卿)が毒を盛られて亡くなります。王妃を救うため、王は決闘で決着をつけることにします。王妃はサー.ボーズ(厨訳はボーズ卿)に決闘に勝利するよう頼みます。サー.ボーズは自分の代わりの騎士が現れない限りにおいて闘うことを承諾します。サー.ボーズから経緯を聞いたラーンスロットは素性を隠して試合会場に現れます。ラーンスロット優勢で試合は進み、パトリスのいとこ、サー.メイドー(厨訳はマドール卿)は告訴を取り下げ、パトリスの墓にも王妃の非を刻まない条件をのみます。ラーンスロットは兜を脱いで群衆の前に姿を見せました。その後、サー.ピネル(ピネル卿)がいとこのサー.ラモラックを殺された恨みでサー.ガウェイン(ガウェイン卿)の毒殺を試みたことがわかりますが、ピネルは逃亡してしまいました。
7 誰が聖杯を手にしたか
先にガラハッドが船を離れて聖杯探索に旅立って行きました。船はランスロットを乗せてある城の裏手にたどり着きました。ランスロットは船を降りて城に入ろうと扉を探します。ようやく見つけた固く閉じた扉を開けようとすると、ある部屋から言葉にできぬほどの美しい歌声が聞こえて、部屋の前の扉が開かれ、館全体がまばゆい光に包まれました。部屋の中央で銀卓に載った聖杯を天使がとり囲んでいるのを目にすると、ランスロットは忠告する声を無視して部屋に入りますが、身を焦がさんばかりの熱気に煽られるように倒れてしまいます。城の人々に部屋の前に倒れていているのを見つけられて寝台に寝かされたランスロットは、その後24日間は身体を起こすことができませんでした。(王妃との不義のこともあり)結局聖杯を手にすることがないまま、ランスロットはアーサー王と王妃の待つキャメロットに戻ります。既に半数を超える騎士が亡くなっていました。

ガラハッド、サー.ボーズ、パーシヴァルは一艘の船の中にいました。船の中央には銀卓があり白い錦繍の覆いがかけられて聖杯がのっていました。
例の船の剣を抜こうとして槍に両股を突かれ、脚の自由が利かなくなったペリーズ王(=ガラバッドの祖父)を治癒した三人は神の導きにしたがってサラス市に向かうところでした。サラス市の王は三人を投獄しますが、聖杯の奇跡が彼らを救います。王が死ぬとその後継者に選ばれたのはガラハッドでした。ガラハッドは一年だけ国を治めます。
ある朝ガラハッドが宮殿に赴いた時、天使に囲まれて聖杯にひざまずく一人の人が見えました。二人の騎士、パーシヴァルとサー.ボーズにそれぞれ口吻して神の加護を受けるように祈った後、ガラハッドは天に召されていきました。二人の騎士は天から差し伸べられる手だけが見えました。その手は聖杯と槍を取り、天に運んでいきました。
一年と二ヶ月後、パーシヴァルは世を去り、サー.ボーズの手で姉とガラハッドが眠る地に葬られました。そしてサー.ボーズだけがキャメロットに戻り、ランスロットに息子の最期を伝えました。
6 親子の再会
パーシヴァルの姉は死後、弟の手で一艘の船に乗せられます。船には絹の覆いがかけられました。その船を見つけたのはランスロットでした。ランスロットは船で一夜を過ごした翌朝、寝台の上に亡くなった女性が横たわっているのを見ました。女性が右手に握っていた書き物で、彼女がパーシヴァルの姉であることがわかり、ランスロットは「一ヶ月以上も、この婦人の亡骸をまもって」いました。
その後、ランスロットは一人の騎士を船に通します。その騎士こそ、我が子、ガラハッドでした。親子は再会し、半年ほど共に過ごしました。
5 最も優れた騎士の証明part2
ガラハッドがある婦人に伴われて海辺へくると船が一艘とまっていて、サー.ボーズとパーシヴァルが乗っていました。ガラハッドたちも乗り込みますが、二つの巨大な岩の間に船が入り込んでしまいます。そこにもう一艘船が見えたので、四人は船を移ることにします。実は婦人はパーシヴァルの姉でその船に騎士たちを連れてくる定めにあったのです。
その船には行いが正しく非の打ち所がないような者しか入ることができませんでした。船の中央に絹の王冠をのせた寝台があり、(足を向ける位置に)鞘から抜かれた剣が置かれていました。この剣もまた最高の騎士のみが握ることができました。四人が寝台に近づくと、頭部の上には二振りの剣がかかっていて、赤、緑、白の三色の紡錘が寝台に結びつけてありました。(以下略)ガラハッドは剣を握ると、パーシヴァルの姉が箱から取り出した、大部分を自らの髪で作ったという帯で腰のあたりに剣をとめました。
4 最も優れた騎士の証明
ある僧院の祭壇に白地に赤十字が描かれた楯がかかっていました。その楯もまた資格のない者が首にかけると災難がふりかかるといういわくつきの楯でした。ガラハッドが僧院に着くと先客が二人いました。そのうちの一人、バグデメイガス王が先に試練に挑みましたが、真っ白な馬にまたがり真っ白な武具を身につけた騎士が振りかざす槍から楯がバグデメイガス王を守ることはありませんでした。楯は騎士からバグデメイガス王の従者に手渡され、ガラハッドのもとに届けられました。
3 聖杯探索のはじまり
円卓に騎士がそろうと雷鳴がとどろき、太陽の光よりもずっとまぶしい一条の光が広間に差し込みました。そして聖杯が入ってきましたが、その聖杯の姿もまたそれを持つ者の姿も騎士たちは見ることができませんでした。聖杯は騎士たちにすばらしい晩餐を用意して消えました。誰もその行方をうかがい知ることはできませんでした。騎士たちは次々に聖杯探索に出かけ、それを手にするまでは戻らないと誓います。
円卓の席が全て埋まり晩餐を取ることは、同時に以後この席に全員が顔を揃えてつくことはない、円卓の騎士の解散を意味していたのです。
2 賢者の書5−30続き
聖霊降臨祭(イエスの復活、昇天から50日後、120人の使徒たちの上に聖霊が降ってきたことを記念する祝日)の前夜、キャメロットに円卓の騎士が揃います。その場に現れた婦人の頼みに従い、ランスロットが尼僧院を訪れると、尼僧たちに伴われたガラハッドが現れます。ガラハッド(石井訳の表記はギャラハッド)のためにランスロットは翌日の聖霊降臨祭に騎士の地位を授けることにします。
翌日、円卓の座席は座るべき騎士が既に指定されていました。「危難の席(石井,1972)」と呼ばれる座席だけは、キリストの受難後、454年後に埋められることになっていました。ガラハッドは剣も楯も持たずに赤い甲冑と兜と鞘だけを身につけて現れます。案内してきた老人の導きでガラハッドはランスロットの隣の席につきます。まさにそれが「危難の席」でした。
アーサー王はガラハッドを剣が突き刺さったまま水に浮かぶ石(が見える川)へと連れて行きます。すぐれた騎士でなければその剣を抜くことはできませんが、ガラハッドは空っぽだった鞘に見事、剣をおさめます。
川上から小馬にのった乙女が近づいてきてランスロットには最高の騎士の名誉がガラハッドに移ったこと、アーサー王には聖杯が現れて食事を用意すると告げます。
アーサー王は王妃にガラハッドが謁見することを許します。王妃はガラハッドがイエスキリストから九代目の血筋にあたることを公言しました。