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1 無名さん

廊下から来る声の主

これは、私が中学生の時に初めて体験した怖い話です。それまで特に心霊現象などを見たことはなく、もちろん霊感などというものもありません。強いて言うなら母に少し霊感があるくらいです。

その日はいつも通りの1日を過ごし、いつもと同じ時間にベッドに入り、いつもと同じように眠りにつきました。いつもと違ったのは、真夜中に目が覚めたこと。普段なら朝までぐっすり寝ているのですが、その日はパチッと目が覚めてしまい、真夜中とは思えないほど一瞬で頭がクリアになったのを覚えています。なぜなら、部屋の外に人の気配を感じたからです。当時の私の部屋は、ドアを開けると正面にリビングまで続く廊下がまっすぐに伸びていました。
その廊下をリビングからこちらに向かって歩いてくる人の気配がしたのです。廊下はカーペット敷きだったので足音はしませんでしたが、静かな中を人が歩けば気配で分かります。ゆっくりと、ですが確実に私の部屋に向かって人が歩いてくるのです。最初は、隣の部屋の父かあるいは母かとも思いましたが、そう感じたのは一瞬で、これはそのどちらでもないと瞬時に感じました。その理由はわかりませんが、なぜだかそう感じたのです。
とにかくまずは態勢を整えたい、父を呼ぶために声をかけよう、と思った瞬間、それができなくなっていることに気づきました。首から下が全く動かず、声も出せなくなっていたからです。パニックになりかけましたが、一方で冷静な自分もいて、部屋の外の何者かがどう動くか息を殺して探っていました。私のベッドは、廊下側から扉を開けると右手に、頭が扉側に来るように配置されていました。部屋の外の気配がよくわかる反面、今誰かが侵入してきたら身を隠すことができません。体が動かないか必死に抵抗してみましたが無駄でした。
どうしたものかと逡巡していると、急に部屋の外から声が聞こえてきて、一気に血の気が引きました。私の知らないか細く小さい声が私の名前を呼んでいるのです。「A子〜…、A子〜…」と最初のうちこそ小さな呼びかけでしたが、私の返事がなかったからか、声の主は徐々に大きな声で名前を連呼しだしました。と次の瞬間「A子ぉぉぉぉ!!!」と絶叫にも似た呼びかけとともにドアをたたく音、それも尋常じゃない強さと手の数で扉を叩き壊さんばかりの音が部屋中に響き渡りました。恐怖で何もできずにいると、一瞬で気配が消え、急に部屋が静かになりました。
これが金縛り?もうこれで終わった…?と思ったのもつかの間、まだ体が動かないことに気づきました。終わってない、部屋に入ってきたんだ、と本能的に感じました。と同時に体が重くなり、何かが体の上に乗っているのが布団越しにわかりました。パニックになりつつ眼を動かしてそちらを見ると、何か黒い塊が馬乗りになっていたのです。体が動かないのも忘れて逃げようとしましたが、徒労に終わりました。黒い塊は断末魔のような悲鳴を上げながら私に覆いかぶさるように眼前に近づいてきました。嫌だ!と思った瞬間、体がふっと軽くなり、馬乗りになっていたものが消えたのです。
途端に金縛りが解け、部屋もいつも通りの空気になっていました。そこで初めて破裂しそうなほど心臓がバクバクしていたこと、汗で全身ぐっしょり濡れていたことに気が付きました。終わった…という安堵感でいっぱいでしたが、その後朝まで全く眠れなかったのは言うまでもありません。それからというもの、悲しいことに金縛りになることが増えてしまいました。ですが、これほど怖い思いをしたのはこの時だけです。