PR:一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門
1 無名さん

母の職場の老人ホーム

当時、母が働いていたところは老人ホームで、町から少し離れたところに建っていました。
小学生だったわたしは、母の職場で地域のひとを呼んで夏祭りをするイベントに一緒についていきました。
出店や盆踊りなど、たくさんのひとで賑わっていました。入所しているおじいさんやおばあさんも楽しそうでした。
母は仕事でてんてこ舞いだったのですが、わたしはホームの門から絶対に出ないという約束で、ホーム内を自由にウロウロしてよかったので、ホームの中の広間でサンドイッチや飲み物を職員のひとからもらったり、スーパーボールすくいをやってひとり遊んでいました。怪しいひとにさらわれたりする危険性はまったく心配していなくて、ホームの門は外部から侵入できないようになっていたので、安心でした。
ひとしきり遊んだあと、入所者のみなさんは自分の部屋へ戻り、地域のひとたちは帰っていきました。
母は職員なので後片付けをする間、わたしはホームの門の外側の駐車スペースに停めてある母の車の助手席に座って待っていました。夏の夜なので、車内でも少し暑い感じでしたが、そこは町から離れているだけあって山間部にあるのですぐに涼しくなってきて、わたしは疲れもあって居眠りをしていました。
急に身体が動かなくなり、わたしは金縛りだとわかりました。
目だけ動かしてみると、ホームの灯りが見えます。中では母がバタバタと片付けをしています。きっと小学生のわたしを車にひとり待たせていることを気にしているでしょう。
わたしは金縛りは慣れっこだったので、早く解けないかなとのんきに考えていました。
すると、ホームとこの車の間を、浴衣を着たおじいさんが歩いています。

ゆっくりゆっくりと。

あれ?ホームの門から出たらダメなのにな、おじいさん。
母の勤める老人ホームは、痴呆のひとたちが多く入所している特別養護老人ホームというところでした。
そして、日頃母から「〇〇さんが門の外に出て探し回ったわ」などといった話題は聞いていたので、「おじいさん、外へ出てきたらみんな探し回っているんじゃないのかな」とぼんやり思っていました。
浴衣を着たおじいさんは、ほえほえとゆっくり歩いています。
わたしはそのまま疲れて寝入ってしまいました。
どのくらい経ったのか、母が「ごめーん、お待たせ!」と言って車に乗ってきたところで目が覚めました。
「あのね、おじいさんが歩いてたよ。浴衣を着たおじいさん」
とわたしが言うと、「え?今日はみんなちゃんと揃ってたよ」と言うのです。眠る前の点呼はきちんと済ませてやってきた母は怪訝な顔をしました。
おじいさんの特徴を言うと、「あー、そのひとはなんか覚えがあるわ」と、母は妙な顔をしました。
「きっと、あのひとね。一ヶ月くらい前に亡くなったけど」
老人ホームのすぐ裏にある山は、当時田舎では普通だった「身墓」という山でした。
ホームで亡くなった方のご遺体は、親族の承諾でその身墓に埋められるということです。

「そのひとも、夏祭りだから遊びにきたのかもね」

事も無げに言う母が、その時いちばん怖いなと思ったわたしでした。