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1 ミックス玉井

次は…ワタシ?

僕がとある町の小さな病院に勤めていた時に実際に体験した事を話そうと思う。
この病院に勤めて半年が経過した頃…【Iさん】という方が救急車で運ばれて来た。
身内の方の話によるとIさんは1人暮らしをしており、久々に地元に帰省した身内の方がIさんの自宅に訪問したそうだ。
そこで、大量に置かれていたゴミ袋の山に埋もれる様にIさんが寝ている所を発見したそうだ。
その時にIさんは脱水症状を起こしており、僕の務める病院へ搬送される運びとなった。
搬送されてきた時のIさんの体臭はこの世の物とは思えない程の悪臭を放っていた。
Iさんは風呂嫌いの為半年以上の間、入浴しない事は当たり前らしい。
この悪臭は身体を洗っても、なかなか消えなかった。
また、入浴する事に対して拒否する事が多かった為、入浴を担当する介護職員が毎回、苦労していた。
入浴の件とは別にIさんの顔は目を開けているのか分からない位に瞼が垂れ下がっており、歯も殆どが行け落ちていた為、職員の間では

「なんか幽霊みたいで不気味よね〜。」

と言う話が交わされていた事を覚えている。
しかし、実際に話しかけてみると、笑顔で会話をしたり、楽しそうに冗談を話す面白い人だった。
最初は入浴する事を嫌がっていたIさんだったが、次第に入浴をする時に介護職員と世間話をする事が楽しみになっていた。
その内、Iさんから

「今日は、お風呂の日やったかね?」

「あんたらと話していると、元気になるわい。」

と言う感じに話し掛けて来る様になり、毎回、快く入浴してもらえる様になっていった。
しかし、高齢で癌を患っていたIさんは、いつしか体調を崩し、寝たきりの状態になってしまった。
Iさんは寝たきりの状態になってからも

「次に風呂に入れるのは、いつかね?」

と、職員が部屋に訪問する度に尋ねてくるのだが、酸素マスクを外す事が出来ない状態の為、入浴の許可が出る事はなかった。
そこで、介護職員は入浴予定日以外にも毎日、Iさんの身体を清拭する事になった。
ところが、Iさんの状態は更に悪化し、酸素の濃度を最大にしないといけない程、危ない状態になってしまった。
その頃には食事も摂れなくなり、点滴のみがIさんの命を繋いでいた。
やがて意識が無くなり、四六時中、肩で息をして苦しそうなIさんを見るのは辛いものだった。
僕達、介護職員がIさんに出来るのは、毎日の身体の清拭と着ている服の更衣、オムツ交換…そして、Iさんが元気だった頃と同じ様に明るく話し掛ける事くらいだった。
Iさんの意識が無くなって2週間が経過しようとしていた。
ある日の午後、職員が少なかった為、僕1人でIさんのオムツ交換と清拭を終え、部屋を退室とした時…

「…アリガト…」

擦れた声でIさんが喋った様な気がした。
僕はIさんに近付き

「Iさん、今、何か話しましたか?」

と、尋ねたが反応は無かった。

(気のせいだろうか?)

そう思いながらIさんの部屋を後にした。
Iさんの部屋を退室して約10分が経過し、僕は他の部屋の患者さんのオムツ交換をしていた。
その時、廊下からドタバタと慌てた様な足音が聞こえ、看護師さんが大きな声で何かを言っている。
嫌な予感がした。
そして、その嫌な予感は的中した。
直ぐに同僚の介護職員からIさんが息を引き取ったという報告が入った。
その後はIさんの遺体に死に化粧を施し、その日に出勤していた職員で手を合わせ、Iさんの遺体を乗せた車を見送った。
Iさんが亡くなって数日が経過したある日。
僕は同僚の介護職員と風呂場で患者さんの入浴介助を行っていた。
ふと、脱衣所の長椅子が置いてある場所に目を向けた。
…鳥肌が立った。
そこには…半透明な人物が顔を下に向けた状態で長椅子に座っている。
僕は、その場に居た介護職員に話そうかと思ったが、バタバタしていた為、タイミングを逃し、そのまま入浴介助を続けた。
…20分が経過しただろうか?
その半透明な人物は、ずっと同じ姿勢のまま動く気配がない。
その時、急に同僚の介護職員が周りをキョロキョロと見回した。
僕が

「どうかしましたか?」

と尋ねると…

「今、私の後ろで…『まだぁ〜』って声が聞こえなかった?」

と話すのである。
僕は半透明の人物に目を移した。
下を向いていた顔を上げ、こちらを見ていた。
その顔は…紛れもなく、Iさんだった。
この出来事が起こって以来、Iさんの幽霊は幾度となく風呂場の脱衣所に現れた。
まるで、決して順番が回って来る事のない自分の入浴の順番を待っている様に…。
もしかしたら…今も…。