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急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきまして
仙コリ様、ミキスト様

多岐にわたる詳細情報をいただき、ありがとうございました。
頭痛のため、3日間ほどPCに向かえない状態でした。
申し訳ございません。
休眠する前に「交通公社の北海道時刻表1968年8月号」の石北本線のページを見てある程度は先に進めましたが、お二人からいただいた情報が最も有力で確実だと思いました。
急行「第2石北」9519レの旭川から先の時刻表には、併結時【2等指定無し】となっており、寝台車マークも【2等寝台車】のみでした。
時刻表をスキャンしましたので画像をアップします。
札幌駅の配線図は高架になる前なのでそれほど変わってないと思いました。
札幌駅の構造もわかりました。地上ホームの頃は12両編成まで対応していました。旭川発の時刻を見ますと〔旭川方←第2石北+利尻〕の編成なので、回送扱いの2両は札幌駅でホームからはみ出していたのでしょうね。
14両は単機の牽引ではきつそうですけど・・・。
今回も色々と教えていただき、ありがとうございました。



(ID:XxlQE6)
仙コリ
Re6:急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきまして
ミキスト様

私も当時の波動輸送の実態についての知識はほとんどありませんが、当然ながら
需要予測に基づいて編成両数を決めていたものと思われまして、「第2石北」の
旭川駅の発着時刻は深夜帯なので、基本的には旭川で増結した可能性は低いのでは
ないかと思います。(準急時代については編成表にも注記は無いので、増結は無いと
判断してよいと思います。)
とはいいながら「利尻」は旭川以北で1両増結しているので、絶対にないとは
言えないのですが、「利尻」の場合は稚内付近での終列車・始発列車的な役割も
あり、旭川以南で「第2石北」を併結するための枠を確保するために普通車1両
の切り離しをおこなったと考えられないでしょうか。
網走側でも同様なことは言えるでしょうが、「第2石北」の場合は増結の必要が
ある場合には「利尻」との併結を諦めて単独運転をしていたと考えられるので、
旭川駅での増解結は無かったのではないかと思います。

参考までに手持ちの資料と「Rail Art ブログ」様の記載内容から「利尻」と「石北」の
当時の編成表と運転時刻をまとめてみました。
ここまで「第2石北」については、ほぼ推測となっていますので、参考になりまし
たら幸いです。

Up 11/17 16:33
(ID:A7IzXv)
ミキスト
Re5:急行「第2石医師北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきまして
仙コリ様、
当時の波動輸送の実態に疎いのですが、併結の網走行きは、場合によっては旭川から普通車の増結があった可能性はないでしょうか。上野発の東北、磐越西、奥羽方面の多層階列車では事例があったと聞きますが。
(ID:dlfh3w)
仙コリ
Re4:急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきまして
studio4310様
ミキスト様

自己レスで失礼します。

昨日の私の書き込みの最後の文章で、「急行「利尻」との増結は不可能と
なって」と書いてしまいましたが、「増結」ではなく「併結」でした。
失礼いたしました。

また、昭和42年・43年当時の札幌−旭川間の列車の編成を見てみると
気動車特急等を含めても、最大編成両数は12両であったようなので、
当時のこの区間のホーム有効長は12両分であった可能性があります。

42年当時の急行「利尻」は9両編成でしたが、マニ・スユニは回送扱いで
あったため、ホームが必要な車両としては実質7両編成として残り5両分
なので、これも昨日の書き込みで「第2石北」の編成両数を6両前後と
書いてしまいましたが、最大5両と考えるべきだと思われますので、
「利尻」と併結をしていた運用時の編成としては、推測ですが
ハネ+ロハ+ハ+ハ+ハ もしくは ハネ+ロ+ハ+ハ+ハ といったような
編成であったのではないでしょうか。
(ID:A7IzXv)
仙コリ
Re3:急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきまして
ミキスト様
情報ありがとうございます。

ご紹介いただいた「Rail Art ブログ」様を拝見しましたが、時刻表に準急列車や
臨時列車の編成表が掲載されていた事もあったのですね。

のちの臨時石北の3507・3508レの編成はハ+ロハ+ハ+ハ+ハの5両だったようで
8年後の第2石北がまったく同一とは言えなくても、これに近い編成であった事は
想像できますね。

また、「Rail Art ブログ」様にはそのものずばりの昭和43年夏季の情報もあり、

下り「第2石北」8519レ 運転日 7/27〜8/20
    7/27〜8/9・8/19〜20の札幌→旭川は急行「利尻」に併結
    8/10〜8/18の札幌→旭川は単独運転

上り「第2石北」8520レ 運転日 7/28〜8/21
    網走発7/28〜8/12・8/15〜8/21の旭川→札幌は急行「利尻」に併結
    網走発8/13・14の旭川→札幌は単独運転

との記載があり、下り列車については時刻表のコピーも掲載されており、
1・2等座席車(指定席)及び2等寝台車の記号も確認できます。
(併結運転時は2等座席指定車なしとの記載もあり)

といったことから、急行「利尻」との併結運転時の編成は、1960年当時の編成
ハ+ロハ+ハ+ハ+ハに近い編成にハネを加えた6両前後の編成
需要のピーク時にはこれに2等座席指定車を含む2等座席車を数量増結した編成と
なり、急行「利尻」との増結は不可能となって単独運転になったものと思われます。 Up 11/13 23:53
(ID:A7IzXv)
ミキスト
追伸 Re Re:急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきまして
たびたび申し訳ありません.
準急利尻の荷郵3両のうち2両は旭川以北の連結です.札幌−旭川間は7両編成なので,臨時網走行き5両の増結は現実的です.
RM並ロに北海道に配置されていたロハ,ロハフの詳細が載っていました.
(ID:DEzEY7)
ミキスト
訂正 Re Re:急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきまして
利尻は荷郵3両+ネCロ+ハネ+ハ4両の計7両

訂正:計9両

です.すみませんでした.
(ID:DEzEY7)
ミキスト
Re Re:急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきまして
Rail Art ブログ様に1960年夏の時刻表の編成表があります.臨時石北の前身にあたる準急3507(3508)レと準急利尻307レ(308レ)の編成が記載されています.利尻は荷郵3両+ネCロ+ハネ+ハ4両の計7両,3507・3508レはロハ+ハ4両の計5両となっています.
参考になるかもしれません.
また,第2石北の運転日は7/21〜8/20でそのうちの8/10〜8/18が単独運転であったとのことです.
(ID:DEzEY7)
仙コリ
Re:急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきまして
studio4310様

急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結編成についての
ご質問ですが、臨時列車の編成については残念ながら編成記録が残っている
可能性はかなり低いものと予想されます。

そのうえで何点か確認したいのですが、「ARC資料館」様の表記では、
※下り第2石北はS43.8.10〜18に運転。
※下り第2石北のS43.7.27〜8.9、10、20は、下り利尻に
札幌−旭川間併結。
といった点(運転日時)などに矛盾があるため、一部に誤記がある事が想定
されますので、お手持ちの「交通公社の北海道時刻表」1968/昭和43年8月
における急行「第2石北」9519レの情報(運転日時・利尻との併結日・
1等車や2等寝台車の記号の有無)を確認していただけますでしょうか。
(ID:A7IzXv)
急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきまして
タイトル内容の追記をいたします。
その後全く情報が見つかりませんので、自分なりに編成を考えてみました。

急行「利尻」317レの札幌出発時の編成は7両(回送運用のマニスユニを入れると9両)、定期列車急行「石北」517レの10両をそのまま併結すると19両になってしまいます。
臨時の普通座席車を1両減の4両にし、1等車、2等寝台車(1両)を併結すれば、利尻+石北=15両編成となります。これでしたら何とか機関車を重連にすれば旭川まで行けると思います。
オロハネ10*は当時、予備車が存在しないので編成に入れることは出来なませんので外します。

*オロハネ10は、昭和43年8月現在札幌客貨車区(札サツ)には501,502,503,50の4両配置で、上下の急行利尻に各1両と上下の石北に各1両の運用だったので予備車が存在せず、臨時列車などには充当できなかった。ナロハネ10-2からの改造車オロハネ10-505の登場は昭和44/1969年4月なのでオロハネ10を編成に組み込むこと自体が不可能でした。
(ID:XxlQE6)