過去ログ46
2026/1/1 19:28
クモイ103年賀R8午(再挑戦)仙コリ(管理人)様
私の手際が悪くご面倒をおかけしました。何とかやってみます。
https://i.imgur.com/mLFchUgh.jpg
仙コリ(管理人)画像の投稿方法についてクモイ103様
新年のご挨拶を頂きましてありがとうございます。
掲示板のシステムがいつのまにか変わってしまいまして、画像の投稿方法が
変わってしまい、皆様にはご迷惑をお掛けしております。
画像の投稿方法については、上部の掲載させていただいておりましたが、
分かりにくい点もあったと思うので、文章を訂正させていただきました。
再掲させていただくと、
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
画像を投稿する場合は、投稿フォーム下部の「lmgurに画像をアップ」をクリックして、
「Drop images Here」に画像ファイルをドロップし、投稿画像が表示された画面に
表示されるURL(
https://imgur.com/a/〇〇〇)の右側に表示される「Copy」を
クリックし、投稿する本文(コメント)中にペーストして下さい。
簡単にいえば
@投稿フォーム下部の「lmgurに画像をアップ」をクリック(画面が変わります)
A「Drop images Here」に画像ファイルをドロップ(画面が変わります)
BURL表示右横の「Copy」をクリックし、投稿する本文(コメント)中にペースト
といった手順になります。
------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
となりますので、わかりにくいかと思いますが、よろしければお試し下さい。
仙コリ(管理人)明けましておめでとうございます。明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
https://i.imgur.com/J9Om8VBh.jpg
クモイ103年賀R8午あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
(画像を用意してあるのですが、貼り付けの方法が分からず省略させて頂きます)
ナロ205142年10月オロネ10の予備車 鉄道ピクトリアルアーカイブス
国鉄の客車。42年10月からの
寝台客車の配置と運用を見て気が
ついたのですが、仙台オロネ10
新星用配置4両使用4両
竜華オロネ10大和用配置2両
配置2両
予備車はどの様にやり繰りしてい
たのでしょうか?
ミキストRe7:急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきましてstudio4310様
興味深いお題ありがとうございました。
仙コリ様
増解結事情は深いですね。仙コリ様が提示された資料の利尻の時刻表を見ると、改めて道央−道北直通列車は貴重だったと感じます。当時にしてみれば上下ともに旭川の発着時刻は何とか有効時間といえないでしょうか。だとすれば、下りは旭川到着時に既に満員であるため、旭川から乗車する多くの乗客のために増結したのでしょうね。上りの旭川着はかなり眠そうですが、当時は国鉄が主たる交通インフラであり、深夜未明の乗り換えも日常手段のひとつだったのではないでしょうか。たとえ街の成りは小さくても、交通要衝の駅前には仮眠客を受け入れる駅前旅館、駅前食堂があったものです。
もしかしたら3時台に旭川で解結された1両は増結して下りの始発になったりして、そしてそれまでは車内に留まれた、なんてことはないでしょうか。仙台回転の八甲田付属のように。(まあ当時の運用を紐解けばわかるのでしょうが)
studio4310急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきまして仙コリ様、ミキスト様
多岐にわたる詳細情報をいただき、ありがとうございました。
頭痛のため、3日間ほどPCに向かえない状態でした。
申し訳ございません。
休眠する前に「交通公社の北海道時刻表1968年8月号」の石北本線のページを見てある程度は先に進めましたが、お二人からいただいた情報が最も有力で確実だと思いました。
急行「第2石北」9519レの旭川から先の時刻表には、併結時【2等指定無し】となっており、寝台車マークも【2等寝台車】のみでした。
時刻表をスキャンしましたので画像をアップします。
札幌駅の配線図は高架になる前なのでそれほど変わってないと思いました。
札幌駅の構造もわかりました。地上ホームの頃は12両編成まで対応していました。旭川発の時刻を見ますと〔旭川方←第2石北+利尻〕の編成なので、回送扱いの2両は札幌駅でホームからはみ出していたのでしょうね。
14両は単機の牽引ではきつそうですけど・・・。
今回も色々と教えていただき、ありがとうございました。
https://i.imgur.com/F4qKTCMh.jpghttps://i.imgur.com/45jyZ72h.jpghttps://i.imgur.com/Ddg0FhJh.jpghttps://i.imgur.com/ujKbRZWh.jpgHP
仙コリRe6:急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきましてミキスト様
私も当時の波動輸送の実態についての知識はほとんどありませんが、当然ながら
需要予測に基づいて編成両数を決めていたものと思われまして、「第2石北」の
旭川駅の発着時刻は深夜帯なので、基本的には旭川で増結した可能性は低いのでは
ないかと思います。(準急時代については編成表にも注記は無いので、増結は無いと
判断してよいと思います。)
とはいいながら「利尻」は旭川以北で1両増結しているので、絶対にないとは
言えないのですが、「利尻」の場合は稚内付近での終列車・始発列車的な役割も
あり、旭川以南で「第2石北」を併結するための枠を確保するために普通車1両
の切り離しをおこなったと考えられないでしょうか。
網走側でも同様なことは言えるでしょうが、「第2石北」の場合は増結の必要が
ある場合には「利尻」との併結を諦めて単独運転をしていたと考えられるので、
旭川駅での増解結は無かったのではないかと思います。
参考までに手持ちの資料と「Rail Art ブログ」様の記載内容から「利尻」と「石北」の
当時の編成表と運転時刻をまとめてみました。
ここまで「第2石北」については、ほぼ推測となっていますので、参考になりまし
たら幸いです。
https://i.imgur.com/vok9afEh.jpghttps://i.imgur.com/XCCnGBKh.jpg Up 11/17 16:33
ミキストRe5:急行「第2石医師北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきまして仙コリ様、
当時の波動輸送の実態に疎いのですが、併結の網走行きは、場合によっては旭川から普通車の増結があった可能性はないでしょうか。上野発の東北、磐越西、奥羽方面の多層階列車では事例があったと聞きますが。
仙コリRe4:急行「第2石北」9519レと急行「利尻」317レの併結運転時の編成につきましてstudio4310様
ミキスト様
自己レスで失礼します。
昨日の私の書き込みの最後の文章で、「急行「利尻」との増結は不可能と
なって」と書いてしまいましたが、「増結」ではなく「併結」でした。
失礼いたしました。
また、昭和42年・43年当時の札幌−旭川間の列車の編成を見てみると
気動車特急等を含めても、最大編成両数は12両であったようなので、
当時のこの区間のホーム有効長は12両分であった可能性があります。
42年当時の急行「利尻」は9両編成でしたが、マニ・スユニは回送扱いで
あったため、ホームが必要な車両としては実質7両編成として残り5両分
なので、これも昨日の書き込みで「第2石北」の編成両数を6両前後と
書いてしまいましたが、最大5両と考えるべきだと思われますので、
「利尻」と併結をしていた運用時の編成としては、推測ですが
ハネ+ロハ+ハ+ハ+ハ もしくは ハネ+ロ+ハ+ハ+ハ といったような
編成であったのではないでしょうか。