ガンジーの会代表: 末延芳晴
緊急のお知らせ
「ガンジーの会」会員及び支援者の皆さま
地球温暖化が言われておりますが、それでも冬は冬なりに、厳しい寒さの日が続いておりますが、皆さまお変わりなくお過ごしのことと思います。
「ガンジーの会からのお知らせ」のBBSでお知らせしたように、「9の日・9条・ハンスト・イン」は、2,005年2月9日に発足して以来、20年周年を迎えます。発足当初は、大方の国民の反対の声を押し切って、自衛隊が憲法第九条の規定を破る形でイラクの派遣されたことを受けて、国民の間に、このままで行ったら平和国家日本の象徴と言ってもいい、憲法第9条はなし崩し的に廃棄されてしまうのではないかという不安が、国民の間に広く広がったせいで、参加者は30名〜40名と多かったものの、自衛隊のイラク派遣が、一人の戦死者を出すこともなく終了、平和憲法の存続が担保されたこと、自民党内の最右翼、憲法改悪に最も執念を抱き、あの手この手で国民投票を実現させようと、血相を変えて奔走して来た安倍元首相が、奈良駅前で不慮の銃弾に斃れて以降、自民党内の改憲右派勢力は、一気に求心力を失い、国民投票の早期実現という夢は、夢のまた夢に終わろうとしているように見受けられます。
そうした状況の変化を受けて、大方の国民は、当面は自民党の改憲案が、国民投票に附される危険は去ったと受けとてめているのでしょう、「9の日・9条・ハンスト・イン」への参加者の数は、目に見えて減ってきております。それはそれで、ある意味で好ましい変化だと言えるでしょう?
しかし、自民党は、だからと言って、憲法改悪の野心を捨て訳ではありません。隙あらばと、虎視眈々チャンスを狙っていることは間違いありません。ですから、私たちは、ゆめゆめ油断することなく、「歴史への証言行為」として、「ガンジーの会」の「9条・ハンスト・イン」の松明を、これから先も点し続けて行かないといけないと思います。そして、そうした意味を込めて、今月9日の正午からスタートする「9の日・9条・ハンスト・イン」への参加を呼び掛けるアッピールを、「ガンジーの会からのお知らせ」のBBSを通して、皆様にお伝えしたわけですが、残念なことに、ここにきて、一つ悲しいお知らせをお伝えしなければなりません。
それは、私たちの会の運動がスタートして間もなく、長野市から毎週一回の「ハンスト・リレー」と毎月一回の「9の日・9条・ハンスト・イン」にも
参加を続けて来られた、「ガンジーの会」副代表と「ガンジー村通信」の編集長を務めてこられた藤森治子さんが、昨年秋以来、重篤な病に犯され、治療のため病院への入院・療養生活を余儀なくされてしまったのです。最近、藤森さんから送られてきたメールによりますと、病状は思わしくなく、「ガンジー村通信」編集はこれ以上続けるのは不可能とのこと。さらに毎月一回の24時間ハンストも、病状が回復すれば、参加できる時には参加するが、何時参加できるかは、現段階では確約できないとのことです。
私たちの運動に参加して下さった方々は、「ハンスト・リレー」がスタートした時から高齢者が多く、いつかはこういう事態が起こるだろうと覚悟はしていたものの、今、この時点で、会の運動を支え、「ガンジー村通信」の編集を一度も休まずに20年間続けてこられた藤森さんを失うことは片腕を、いや両腕を失うに等しい大打撃だと言っていいと思います。だがしかし、だからと言って、ここで「歴史への証言行為」としての「ハンスト・イン」を止めてしまうわけにはいきません。
私たちは、今、「ガンジーの会」の存亡の危機に立たされているわけですが、私個人としては、独りだけになっても毎月一回の「9の日・9条の・ハンストイン」への参加は続けて行くつもりです。これまで通り、皆様のご支援をお願い申し上げる次第です。
なお、そのようなわけで、「ガンジー村通信」の発行を、しばらくお休みにさせていただきます。どなたか、編集のお手伝いをしたいという方がおられましたら、遠慮なく申し出て頂ければ幸いです。
2025年2月3日
「ガンジーの会」代表:末延芳晴
「ガンジーの会」会員及び支援者の皆さま
地球温暖化が言われておりますが、それでも冬は冬なりに、厳しい寒さの日が続いておりますが、皆さまお変わりなくお過ごしのことと思います。
「ガンジーの会からのお知らせ」のBBSでお知らせしたように、「9の日・9条・ハンスト・イン」は、2,005年2月9日に発足して以来、20年周年を迎えます。発足当初は、大方の国民の反対の声を押し切って、自衛隊が憲法第九条の規定を破る形でイラクの派遣されたことを受けて、国民の間に、このままで行ったら平和国家日本の象徴と言ってもいい、憲法第9条はなし崩し的に廃棄されてしまうのではないかという不安が、国民の間に広く広がったせいで、参加者は30名〜40名と多かったものの、自衛隊のイラク派遣が、一人の戦死者を出すこともなく終了、平和憲法の存続が担保されたこと、自民党内の最右翼、憲法改悪に最も執念を抱き、あの手この手で国民投票を実現させようと、血相を変えて奔走して来た安倍元首相が、奈良駅前で不慮の銃弾に斃れて以降、自民党内の改憲右派勢力は、一気に求心力を失い、国民投票の早期実現という夢は、夢のまた夢に終わろうとしているように見受けられます。
そうした状況の変化を受けて、大方の国民は、当面は自民党の改憲案が、国民投票に附される危険は去ったと受けとてめているのでしょう、「9の日・9条・ハンスト・イン」への参加者の数は、目に見えて減ってきております。それはそれで、ある意味で好ましい変化だと言えるでしょう?
しかし、自民党は、だからと言って、憲法改悪の野心を捨て訳ではありません。隙あらばと、虎視眈々チャンスを狙っていることは間違いありません。ですから、私たちは、ゆめゆめ油断することなく、「歴史への証言行為」として、「ガンジーの会」の「9条・ハンスト・イン」の松明を、これから先も点し続けて行かないといけないと思います。そして、そうした意味を込めて、今月9日の正午からスタートする「9の日・9条・ハンスト・イン」への参加を呼び掛けるアッピールを、「ガンジーの会からのお知らせ」のBBSを通して、皆様にお伝えしたわけですが、残念なことに、ここにきて、一つ悲しいお知らせをお伝えしなければなりません。
それは、私たちの会の運動がスタートして間もなく、長野市から毎週一回の「ハンスト・リレー」と毎月一回の「9の日・9条・ハンスト・イン」にも
参加を続けて来られた、「ガンジーの会」副代表と「ガンジー村通信」の編集長を務めてこられた藤森治子さんが、昨年秋以来、重篤な病に犯され、治療のため病院への入院・療養生活を余儀なくされてしまったのです。最近、藤森さんから送られてきたメールによりますと、病状は思わしくなく、「ガンジー村通信」編集はこれ以上続けるのは不可能とのこと。さらに毎月一回の24時間ハンストも、病状が回復すれば、参加できる時には参加するが、何時参加できるかは、現段階では確約できないとのことです。
私たちの運動に参加して下さった方々は、「ハンスト・リレー」がスタートした時から高齢者が多く、いつかはこういう事態が起こるだろうと覚悟はしていたものの、今、この時点で、会の運動を支え、「ガンジー村通信」の編集を一度も休まずに20年間続けてこられた藤森さんを失うことは片腕を、いや両腕を失うに等しい大打撃だと言っていいと思います。だがしかし、だからと言って、ここで「歴史への証言行為」としての「ハンスト・イン」を止めてしまうわけにはいきません。
私たちは、今、「ガンジーの会」の存亡の危機に立たされているわけですが、私個人としては、独りだけになっても毎月一回の「9の日・9条の・ハンストイン」への参加は続けて行くつもりです。これまで通り、皆様のご支援をお願い申し上げる次第です。
なお、そのようなわけで、「ガンジー村通信」の発行を、しばらくお休みにさせていただきます。どなたか、編集のお手伝いをしたいという方がおられましたら、遠慮なく申し出て頂ければ幸いです。
2025年2月3日
「ガンジーの会」代表:末延芳晴
ガンジーの会代表: 末延芳晴
「ガンジーの会]より緊急のお知らせ
[ガンジーの会」会員及び支援者の皆さま
地球温暖化が言われておりますが、それでも冬は冬なりに、厳しい寒さの日が続いておりますが、皆さまお変わりなくお過ごしのことと思います。
「ガンジーの会からのお知らせ」のBBSでお知らせしたように、「9の日・9条・ハンスト・イン」は、2005年2月9日に発足以来、20年周年を迎えます。発足当初は、大方の国民の反対の声を押し切って、自衛隊が憲法第九条の規定を破る形でイラクの派遣されたことを受けて、国民の間に、このままで行ったら平和国家日本の象徴と言ってもいい、憲法第9条はなし崩し的に廃棄されてしまうのではないかという不安が、国民の間に広く広がったせいで、参加者は30名〜40名と多かったものの、自衛隊のイラク派遣が、一人の戦死者を出す事もなく終了、平和憲法の存続が担保されたこと、自民党内の最右翼、憲法改悪に最も周年を抱き、あの手この手で国民投票を実現させようと奔走して来た安倍元首相が、奈良駅前で不慮の銃弾に倒れて行こう、自民党内の改憲埼栄勢力は、一気に求心力を失い、国民投票の早期実現という夢は、夢のまた夢に終わろうとしているように見受けられます。
そうした状況の変化を受けて、大方の国民は、当面は自民党の改憲案が、国民投票に附される危険は去ったと受けてめているのでしょう、「9の日・9条・ハンスト・イン」への参加者の数は、目に見えて減ってきており、それはそれで、ある意味で好ましい変化だと言えるでしょう?
しかし、自民党は、だからと言って、憲法改悪の野心を捨て訳ではありません。ですから、私たちは、ゆめゆめ油断することなく、「歴史への証言行為」として、「ガンジーの会」の「9の日・9条・ハンスト・イン」の松明を、これから先も点し続けて行かないといけないと思います。そして、そうした意味を込めて、今月9日からスタートする「9の日・9条・ハンスト・イン」への参加を呼び掛ける、アッピールを「ガンジーの会からのお知らせ」のBBSを通して、皆様にお伝えしたわけですが、残念なことに、ここにきて、一つ悲しいお知らせをお伝えしなければなりません。
それは、私たちの会の運動がスタートして間もなく、長野市から毎週一回の「ハンスト・リレー」と毎月一回の「9の日・9条・ハンスト・イン」にも参加を続けて来られた、「ガンジーの会」副代表と「ガンジー村通信」の編集長を務めてこられた藤森治子さんが、昨年秋以来、重篤な病に侵され、治療のため病院への入院・療養生活を余儀なくされてしまったのです。最近、藤森さんから送られてきたメールによりますと、病状は思わしくなく、「ガンジー村通信」編集はこれ以上続けるのは不可能とのこと。さらに毎月一回の24時間ハンストも、病状が回復すれば、参加できる時には参加するが、何時参加できるかは、現段階では確約できないとのことです。
私たちの運動に参加して下さった方々は、「ハンスト・リレー」がスタートした時から高齢者が多く、いつかはこういう事態が起こるだろうと覚悟はしていたものの、今、この時点で、会の運動を支え、「ガンジー村通信」の編集を一度も休まづに20年間続けてこられた藤森さんを失うことは
腕を
と言ったわけで、「ガンジーの会」と「ガンジー村通信』は、今、風前の灯の状態に陥っているわけですが、私個人としては、独りだけになっても毎月一回の『9の日のハンストイン」への参加は続けて行くつもりです。これまで通り、皆様のご支援をお願い申し上げる次第です。
[ガンジーの会」会員及び支援者の皆さま
地球温暖化が言われておりますが、それでも冬は冬なりに、厳しい寒さの日が続いておりますが、皆さまお変わりなくお過ごしのことと思います。
「ガンジーの会からのお知らせ」のBBSでお知らせしたように、「9の日・9条・ハンスト・イン」は、2005年2月9日に発足以来、20年周年を迎えます。発足当初は、大方の国民の反対の声を押し切って、自衛隊が憲法第九条の規定を破る形でイラクの派遣されたことを受けて、国民の間に、このままで行ったら平和国家日本の象徴と言ってもいい、憲法第9条はなし崩し的に廃棄されてしまうのではないかという不安が、国民の間に広く広がったせいで、参加者は30名〜40名と多かったものの、自衛隊のイラク派遣が、一人の戦死者を出す事もなく終了、平和憲法の存続が担保されたこと、自民党内の最右翼、憲法改悪に最も周年を抱き、あの手この手で国民投票を実現させようと奔走して来た安倍元首相が、奈良駅前で不慮の銃弾に倒れて行こう、自民党内の改憲埼栄勢力は、一気に求心力を失い、国民投票の早期実現という夢は、夢のまた夢に終わろうとしているように見受けられます。
そうした状況の変化を受けて、大方の国民は、当面は自民党の改憲案が、国民投票に附される危険は去ったと受けてめているのでしょう、「9の日・9条・ハンスト・イン」への参加者の数は、目に見えて減ってきており、それはそれで、ある意味で好ましい変化だと言えるでしょう?
しかし、自民党は、だからと言って、憲法改悪の野心を捨て訳ではありません。ですから、私たちは、ゆめゆめ油断することなく、「歴史への証言行為」として、「ガンジーの会」の「9の日・9条・ハンスト・イン」の松明を、これから先も点し続けて行かないといけないと思います。そして、そうした意味を込めて、今月9日からスタートする「9の日・9条・ハンスト・イン」への参加を呼び掛ける、アッピールを「ガンジーの会からのお知らせ」のBBSを通して、皆様にお伝えしたわけですが、残念なことに、ここにきて、一つ悲しいお知らせをお伝えしなければなりません。
それは、私たちの会の運動がスタートして間もなく、長野市から毎週一回の「ハンスト・リレー」と毎月一回の「9の日・9条・ハンスト・イン」にも参加を続けて来られた、「ガンジーの会」副代表と「ガンジー村通信」の編集長を務めてこられた藤森治子さんが、昨年秋以来、重篤な病に侵され、治療のため病院への入院・療養生活を余儀なくされてしまったのです。最近、藤森さんから送られてきたメールによりますと、病状は思わしくなく、「ガンジー村通信」編集はこれ以上続けるのは不可能とのこと。さらに毎月一回の24時間ハンストも、病状が回復すれば、参加できる時には参加するが、何時参加できるかは、現段階では確約できないとのことです。
私たちの運動に参加して下さった方々は、「ハンスト・リレー」がスタートした時から高齢者が多く、いつかはこういう事態が起こるだろうと覚悟はしていたものの、今、この時点で、会の運動を支え、「ガンジー村通信」の編集を一度も休まづに20年間続けてこられた藤森さんを失うことは
腕を
と言ったわけで、「ガンジーの会」と「ガンジー村通信』は、今、風前の灯の状態に陥っているわけですが、私個人としては、独りだけになっても毎月一回の『9の日のハンストイン」への参加は続けて行くつもりです。これまで通り、皆様のご支援をお願い申し上げる次第です。
藤森治子
第227回「9の日・9条・ハンスト・イン」に参加します
第227回「9の日・9条・ハンスト・イン」に、12月9日正午
から、参加しています
雪も降らず、いいお天気で、うとうとするような陽ざしのなかで、
参加表明を書いています。
昨夜夕食後、ちょっと整理する書類があって、テーブルに広げて仕
事をしていました。つけっ放しにしていたテレビから、何か深刻そ
うな声が聞こえていました。ふと目をテレビに向けると、太平洋戦
争時に特攻隊として、あの残酷な特高突撃隊員として、出撃して還
らなかった隊員たちの残された家族・親族を訪ねた記録でした。
そういえば、20年ほど前に、『きけわだつみのこえ』(岩波文庫)
の冒頭に「所感」という「遺書」を残して、学徒出陣の特攻隊員と
して沖縄沖で死んでいった上原良治の生家を訪ね、三人の息子を全
部戦争に奪われて(父親が在郷軍人の役員をしていたため、長兄、
次兄は軍医として戦死)、唯一残った妹の清子さんから話を伺った
ことを思い出しました。あの時安曇野の良治の生家の側を流れる乳
房川の上空は、晴天なのに風がゴウゴウと轟いていたことも思い出
しました。その清子さんもすでに亡くなられて・・・・・。
と、回想しながら、ふと何故いま学徒出陣が番組のテーマとなるの?
と思って、気がつくと、そうでした、「今日は太平洋戦争が勃発した
12月8日!」なのでした。敗戦記念日は夏の盛り8月15日なので
必ずメデイアは、戦争を振り返る番組を放映するし、聞く方も心得て
いてそういう番組を期待しているところもあります。
12月8日の戦争番組は、ちょっと意外でした。でも、今となっては、
「何故あんな無謀な戦争をはじめたのか」という意味で12月8日の
意味の方が意義をもってくるように思いました。もはやその日さえ、
私のように忘れて過ごしそうになってしまう人もいるわけですから。
ただ、メデイアに注文したいことは、この日があの戦争の始まった日
だから、今こそ、「なぜあんな無謀な戦争をするようになったのか」
という視点で番組を創ってもらいたいと思います。特に、ここ10年
は際立って戦争への準備をしている日本ですから。
第227回「9の日・9条・ハンスト・イン」に、12月9日正午
から、参加しています
雪も降らず、いいお天気で、うとうとするような陽ざしのなかで、
参加表明を書いています。
昨夜夕食後、ちょっと整理する書類があって、テーブルに広げて仕
事をしていました。つけっ放しにしていたテレビから、何か深刻そ
うな声が聞こえていました。ふと目をテレビに向けると、太平洋戦
争時に特攻隊として、あの残酷な特高突撃隊員として、出撃して還
らなかった隊員たちの残された家族・親族を訪ねた記録でした。
そういえば、20年ほど前に、『きけわだつみのこえ』(岩波文庫)
の冒頭に「所感」という「遺書」を残して、学徒出陣の特攻隊員と
して沖縄沖で死んでいった上原良治の生家を訪ね、三人の息子を全
部戦争に奪われて(父親が在郷軍人の役員をしていたため、長兄、
次兄は軍医として戦死)、唯一残った妹の清子さんから話を伺った
ことを思い出しました。あの時安曇野の良治の生家の側を流れる乳
房川の上空は、晴天なのに風がゴウゴウと轟いていたことも思い出
しました。その清子さんもすでに亡くなられて・・・・・。
と、回想しながら、ふと何故いま学徒出陣が番組のテーマとなるの?
と思って、気がつくと、そうでした、「今日は太平洋戦争が勃発した
12月8日!」なのでした。敗戦記念日は夏の盛り8月15日なので
必ずメデイアは、戦争を振り返る番組を放映するし、聞く方も心得て
いてそういう番組を期待しているところもあります。
12月8日の戦争番組は、ちょっと意外でした。でも、今となっては、
「何故あんな無謀な戦争をはじめたのか」という意味で12月8日の
意味の方が意義をもってくるように思いました。もはやその日さえ、
私のように忘れて過ごしそうになってしまう人もいるわけですから。
ただ、メデイアに注文したいことは、この日があの戦争の始まった日
だから、今こそ、「なぜあんな無謀な戦争をするようになったのか」
という視点で番組を創ってもらいたいと思います。特に、ここ10年
は際立って戦争への準備をしている日本ですから。
藤森治子
第226回「9の日・9条・ハンスト・イン」に参加しています。
報告が遅れました。11月9日(土)正午から、ハンストに参加しています。空は深く晴れ渡り、大気はきりっとひきしまり、申し分ない秋日和です。夕べなど、はや氷点下になるところもあり、そろそろ冬支度をという季節になってきました。
この2週間というもの、総選挙とその後のゴタゴタと、アメリカの大統領選挙の番狂わせな結果とで、情報に振り回されて、草臥れた日々でした。何にしろ、結果が出たのですから、それに従って物事は進んでいくはずですが・・・衆議院の結果がどの党にとっても、帯に短し襷に長しで、絶妙な「足りなさ」です。自民党にとっては過半数に届かず、立憲民主にとっては、政権交代には足らず・・・です。つまり、双方足らない分だけ、お互いに謙虚になって対し合わなければならないということです。これは、相手を罵り、罵倒し、喧嘩ごしでやり合うのではなく、お互いに冷静になり、論理的に、説得的に討議できるよいチャンスです。自民が圧倒的多数の場合は、法案討議は、すべてお膳立てが出来て
討議はいわばガス抜きで、形式で、提案された自民党案がするすると通ってしまう、というのがこれまでの常でした。国会が空洞化していたのです。国会で熟議が出来れば、国民の関心も深くなり、議案の理解も深まり、次の選挙で選ぶべき人かどうかも分かってくる・・・という好循環が期待されます。
日本では国会も、それぞれのちいさな集まりでも、議論なしの段階から何も異論がないことをヨシとする傾向があり、集まって討論する、という習慣が少ないせいか、それが普通だと勘違いしている傾向があり、異論など申せば一波乱です。熟議のお手本になる討論を国会でやって欲しいと思います。
石破首相は、それなりの理論と展望ももっているのならば、一旦決めたことを、些細なことで、説明のつかない「裏切り」「よろめき」は止めた方がいいと思います。一本譲れぬ筋を持つことが、結局国民の信頼を得る最短の方法だと思います。
報告が遅れました。11月9日(土)正午から、ハンストに参加しています。空は深く晴れ渡り、大気はきりっとひきしまり、申し分ない秋日和です。夕べなど、はや氷点下になるところもあり、そろそろ冬支度をという季節になってきました。
この2週間というもの、総選挙とその後のゴタゴタと、アメリカの大統領選挙の番狂わせな結果とで、情報に振り回されて、草臥れた日々でした。何にしろ、結果が出たのですから、それに従って物事は進んでいくはずですが・・・衆議院の結果がどの党にとっても、帯に短し襷に長しで、絶妙な「足りなさ」です。自民党にとっては過半数に届かず、立憲民主にとっては、政権交代には足らず・・・です。つまり、双方足らない分だけ、お互いに謙虚になって対し合わなければならないということです。これは、相手を罵り、罵倒し、喧嘩ごしでやり合うのではなく、お互いに冷静になり、論理的に、説得的に討議できるよいチャンスです。自民が圧倒的多数の場合は、法案討議は、すべてお膳立てが出来て
討議はいわばガス抜きで、形式で、提案された自民党案がするすると通ってしまう、というのがこれまでの常でした。国会が空洞化していたのです。国会で熟議が出来れば、国民の関心も深くなり、議案の理解も深まり、次の選挙で選ぶべき人かどうかも分かってくる・・・という好循環が期待されます。
日本では国会も、それぞれのちいさな集まりでも、議論なしの段階から何も異論がないことをヨシとする傾向があり、集まって討論する、という習慣が少ないせいか、それが普通だと勘違いしている傾向があり、異論など申せば一波乱です。熟議のお手本になる討論を国会でやって欲しいと思います。
石破首相は、それなりの理論と展望ももっているのならば、一旦決めたことを、些細なことで、説明のつかない「裏切り」「よろめき」は止めた方がいいと思います。一本譲れぬ筋を持つことが、結局国民の信頼を得る最短の方法だと思います。
岡山・鈴木
ハンストイン参加・終了報告
11/9のハンストイン参加します。心地よい冷気のなかでの断食、身が引き締まります。9日以降、仕事の関係で報告できませんので此処で合わせてします。
総選挙の結果、憲法改定は当分不可となり、先進国としては恥ずかしい人権関係の課題(最低賃金、ジェンダーギャップ、報道の自由度、民主的議会制の改革、障害を負った方々への保障、教育の十全性回復、在住外国人の人権保障等など)が取り組まれることになると期待します。いずれにしろ予算を必要とされるため、拡大する2%の軍事費が問題となるはず。国会でその点を果たして突くことができるだろうか。今回の自公の劇的な後退は日本共産党の地道で詳細な調査力に依っている。その共産党が比例を減じたのは、与党とそれに擦り寄る政党の旧態依然の偏見・アカ攻撃に依る。その事実を見ない国民民主党が驕り、権力の座に誘われて自民の毒素に酔ってしまう事態にならぬように、と願います。現日本の政界において日本共産党を排除すれば、その腐敗は恒久的に再生継続するでしょう。国民にとっての悲劇です。
11/9のハンストイン参加します。心地よい冷気のなかでの断食、身が引き締まります。9日以降、仕事の関係で報告できませんので此処で合わせてします。
総選挙の結果、憲法改定は当分不可となり、先進国としては恥ずかしい人権関係の課題(最低賃金、ジェンダーギャップ、報道の自由度、民主的議会制の改革、障害を負った方々への保障、教育の十全性回復、在住外国人の人権保障等など)が取り組まれることになると期待します。いずれにしろ予算を必要とされるため、拡大する2%の軍事費が問題となるはず。国会でその点を果たして突くことができるだろうか。今回の自公の劇的な後退は日本共産党の地道で詳細な調査力に依っている。その共産党が比例を減じたのは、与党とそれに擦り寄る政党の旧態依然の偏見・アカ攻撃に依る。その事実を見ない国民民主党が驕り、権力の座に誘われて自民の毒素に酔ってしまう事態にならぬように、と願います。現日本の政界において日本共産党を排除すれば、その腐敗は恒久的に再生継続するでしょう。国民にとっての悲劇です。
藤森治子
第225回「9の日・9条・ハンスト・イン」に参加しています
秋雨がしとしと降り、肌寒くなり、天気予報は11月頃の寒さになるだろうと言っています。先夜は、この秋初めて暖房を入れました。毛布のふわふわも懐かしいような温かさを感じる季節になりました。。
この1週間、自民党総裁選挙、新内閣閣僚の決定、と慌しく日々は過ぎていきました。あやうく「9の日」のハンスト・インを忘れるところでした。この先の政治の行方は何が起こっても不思議ではない要素を含んでいますが、一度国会議員とはどういうものか、当事者も、有権者も真摯に深く考えてみるよい機会でもあります。TVやYouTubeで見る限り、
目の前で、これほどの私利私欲や個人的感情が政治に持ち込まれるのかと思うと情けなくなります。まるでヤクザのお家騒動のようです。
石破新首相は、軍事オタクといわれるくらい軍事に詳しい人と聞きます。それだけに、そう単純には大変革はしないでしょうし、往年のタカ派的な面も丸くなり、9条の(2)項を削除するという説もそのまま通るとは思いません。武力の何かをよくわかっているが故に、慎重に対処するはずと思います。日々中東で、イスラエルとガザ、ヒズボラ、レバノン、さらにはイランとの戦闘へと拡大してしている戦争をみていれば、単純に軍事を拡大して戦争をするとは思えません。イスラエルの戦闘力も、アメリカの軍事的援助(特に砲弾の)援助があってこそ、とのことです。フランス、スペインなどはイスラエルの暴挙に怒って、もうこれ以上軍事援助はしないことに決めたようです。イスラエルの場合も、ロシア―ウクライナの場合も、「弾が尽きた」ということが戦えない一番の理由といいます。日本は本来直接軍事用品、特に弾丸等は輸出でききなかったところを、「戦争の時代だ」とばかりに、その規制を最近法律でゆるめた気配がありますから、注意していく必要があります。
もう、これ以上、戦争で傷つく人々の姿を見るのはつらいです。80年間近く日本の平和を保ってきた9条という「平和のブキ」を、荒唐無稽といわれようと、世界へ広めていくことが今大切です。過去何回失敗しようと、「世界不戦同盟」国家という、戦争をしない国々が手をつなげば、それなりの勢力になるでしょう。日本がリーダーシップをとる時では?
秋雨がしとしと降り、肌寒くなり、天気予報は11月頃の寒さになるだろうと言っています。先夜は、この秋初めて暖房を入れました。毛布のふわふわも懐かしいような温かさを感じる季節になりました。。
この1週間、自民党総裁選挙、新内閣閣僚の決定、と慌しく日々は過ぎていきました。あやうく「9の日」のハンスト・インを忘れるところでした。この先の政治の行方は何が起こっても不思議ではない要素を含んでいますが、一度国会議員とはどういうものか、当事者も、有権者も真摯に深く考えてみるよい機会でもあります。TVやYouTubeで見る限り、
目の前で、これほどの私利私欲や個人的感情が政治に持ち込まれるのかと思うと情けなくなります。まるでヤクザのお家騒動のようです。
石破新首相は、軍事オタクといわれるくらい軍事に詳しい人と聞きます。それだけに、そう単純には大変革はしないでしょうし、往年のタカ派的な面も丸くなり、9条の(2)項を削除するという説もそのまま通るとは思いません。武力の何かをよくわかっているが故に、慎重に対処するはずと思います。日々中東で、イスラエルとガザ、ヒズボラ、レバノン、さらにはイランとの戦闘へと拡大してしている戦争をみていれば、単純に軍事を拡大して戦争をするとは思えません。イスラエルの戦闘力も、アメリカの軍事的援助(特に砲弾の)援助があってこそ、とのことです。フランス、スペインなどはイスラエルの暴挙に怒って、もうこれ以上軍事援助はしないことに決めたようです。イスラエルの場合も、ロシア―ウクライナの場合も、「弾が尽きた」ということが戦えない一番の理由といいます。日本は本来直接軍事用品、特に弾丸等は輸出でききなかったところを、「戦争の時代だ」とばかりに、その規制を最近法律でゆるめた気配がありますから、注意していく必要があります。
もう、これ以上、戦争で傷つく人々の姿を見るのはつらいです。80年間近く日本の平和を保ってきた9条という「平和のブキ」を、荒唐無稽といわれようと、世界へ広めていくことが今大切です。過去何回失敗しようと、「世界不戦同盟」国家という、戦争をしない国々が手をつなげば、それなりの勢力になるでしょう。日本がリーダーシップをとる時では?
藤森治子
第224回「9の日・9条・ハンスト・イン」に正午から参加しています
この数日、夜の気温が10℃台に下り、空の青さも深くなり、秋が近づいてくる気配がします。集く虫たちも大合唱で秋を歓迎しているようです。秋はいいですね。生き返ったような気がします。「風立ちぬ、いざ生きめやも」の季節です。松虫草や吾亦紅がそよぐ秋の高原・・・秋の一時一時を楽しみたいと思います。
さて、政治は空しいドンチャン騒ぎの党首選です。自民党は2〜3人に絞れないほど、求心力がなくなり、10人前後の立候補者が競っていますが、まるで児童会の選挙のようです。そして、裏金や不正会計のことなど終わったとばかりに、「新しい自民党」に生まれ変わるのだと言っています。そこには、自民党及び日本の政治を憂えて大改革するのだ、これ以上悪政が続けば、日本の存在そのものが危うくなるという悲壮感に立った気配は全く窺われまえせん。とにかく、日本国民の選挙ではなく、「私」個人がトップになりたい「我欲」の選挙で、その醜さは、本人には見えないだけで、国民にはよく見えます。
時代が豊かになればなるほど、人間は劣化するのでしょうか。兵庫県斎藤知事や東京都知事選候補であった石丸氏など目立つ40代ですが、この世代以下は、新自由主義の子として、知能や成績に恵まれ、高い学歴を持っている人たちですが、そういうものを持たない他者に対して、、非情に冷たく、非人間的な態度をとるのが、気がかりです。このとがった部分をつきつめていけば、ナチスや大日本帝国の人脈に通ずるところがあるのでは・・・・・。
立憲民主党にも、がっかりしております。自民党に似た政党がもう一つできたとて、何が変わるというのでしょう。そうして、自民党と一緒になって、いつか来た道を駆け下りていく・・・としたら、もう、れいわ新選組か共産党しか、この流れに歯止めがかけられる勢力はいないような気がするのです。
秋風は、はじめは心地よい風ですが、そのうち寒々しい寒風になっていくはずです。
この数日、夜の気温が10℃台に下り、空の青さも深くなり、秋が近づいてくる気配がします。集く虫たちも大合唱で秋を歓迎しているようです。秋はいいですね。生き返ったような気がします。「風立ちぬ、いざ生きめやも」の季節です。松虫草や吾亦紅がそよぐ秋の高原・・・秋の一時一時を楽しみたいと思います。
さて、政治は空しいドンチャン騒ぎの党首選です。自民党は2〜3人に絞れないほど、求心力がなくなり、10人前後の立候補者が競っていますが、まるで児童会の選挙のようです。そして、裏金や不正会計のことなど終わったとばかりに、「新しい自民党」に生まれ変わるのだと言っています。そこには、自民党及び日本の政治を憂えて大改革するのだ、これ以上悪政が続けば、日本の存在そのものが危うくなるという悲壮感に立った気配は全く窺われまえせん。とにかく、日本国民の選挙ではなく、「私」個人がトップになりたい「我欲」の選挙で、その醜さは、本人には見えないだけで、国民にはよく見えます。
時代が豊かになればなるほど、人間は劣化するのでしょうか。兵庫県斎藤知事や東京都知事選候補であった石丸氏など目立つ40代ですが、この世代以下は、新自由主義の子として、知能や成績に恵まれ、高い学歴を持っている人たちですが、そういうものを持たない他者に対して、、非情に冷たく、非人間的な態度をとるのが、気がかりです。このとがった部分をつきつめていけば、ナチスや大日本帝国の人脈に通ずるところがあるのでは・・・・・。
立憲民主党にも、がっかりしております。自民党に似た政党がもう一つできたとて、何が変わるというのでしょう。そうして、自民党と一緒になって、いつか来た道を駆け下りていく・・・としたら、もう、れいわ新選組か共産党しか、この流れに歯止めがかけられる勢力はいないような気がするのです。
秋風は、はじめは心地よい風ですが、そのうち寒々しい寒風になっていくはずです。
岡山・鈴木
9/9ハンスト
参加致します。
酷暑続きと加齢に伴ってきつい苦行となりますが、
ウクライナとガザの悲惨さを想えば、
更には異常気象の揺り戻しを省みれば、
贅沢なアピールでしょうね。
参加致します。
酷暑続きと加齢に伴ってきつい苦行となりますが、
ウクライナとガザの悲惨さを想えば、
更には異常気象の揺り戻しを省みれば、
贅沢なアピールでしょうね。
「ガンジーの会」代表:末延芳晴
第223回「9の日・9条・ハンスト・イン」参加と終了報告(1)
8月19日(日)正午より、223回目の「9の日・9条・ハンスト・イン」に参加、翌20日の正午過ぎに終了しました。
尚また、報告が大変遅れて恐縮ですが、5月9日実施の220回目と7月9日実施の222回目の「ハンストイン・は、いづれも正午から参加、翌日の正午過ぎに終了しています。
ただ、6月9日実施の221回目の「ハンストイン」は、老々介護で京都の私の家から、毎週5回、近所の介護ホームにお泊りで通っている、もうすぐ83歳になる従妹(元々は北九州の大分県中津市で、小学校や障害児のための教育施設で、教師の職を40年以上も続け、退職後は豊前市内に住む二歳年下の妹と同居していた)が、10年ほど前から、認知症の兆候が出始め、車の全損事故を2回も立て続けて起こしたのと、妹との同居生活がうまくいかなくなったため、私たち夫婦が介護の世話をするということで、京都の家に引き取って、家の近所の老人介護施設に、毎週5回お泊りで、2回ディケアーというスケジュールで、すでに10年近く、老々介護を続けてきました。
ところが、その従妹が、認知症がさらに進んでこともあって、身体機能が著しく衰えた結果、今年の5月の連休明けに、介護施設の床に立って歩こうとした途端に、何かに躓いて転び、足の大腿部と腰と背中に加えて、頭部も強打し、意識を失ってしまいました。施設の方で、救急車の手配をしてくれ、京都の私たちの家から車で小一時間ほど離れたところにある総合病院に急きょ入院。診察を受けたところ、幸い骨折はないが、体力が極端に衰弱しているのと、体温が39度を越えていて、インフルエンザにかかっている可能性が高く、衰弱が激しいので回復するまで入院を続け、経口薬の投与と抗生物質を点滴で投与して、体力の回復を待つしかないとのこと。
また、食欲が全くないので、このままでいけば、日に日に体力が衰弱し、一ケ月くらいで、息を引き取る可能性が高いので、家族及び親族の方には、その旨知らせておいた方がよいとのこと。そこで、看護婦さんに何とか食事のヘルプをお願いできないかと、頼んでみたのですが、看護婦は,ほかの患者の面倒も見なければならないので、なかなか手を回せない。出来ればご家族さんにもヘルプしてもらえると……とのこと。それで仕方がなく、私とワイフが、ヨーグルトとかスクランブル・エッグ、豆腐、バナナなど食べやすい食品を用意して、毎日病院に通い、昼食と夕食を交互で給仕を担当し、嫌がる口を無理やりに開かせて、スプーンで口のなかに流し込むという形で、強制的給仕を続けました。その結果、3週間ほど経ったところで、担当医師も驚くほど、眼に見えて体力が回復し、肌にもツヤが戻り、食事も積極的に食べるようになりました。
(続く)
8月19日(日)正午より、223回目の「9の日・9条・ハンスト・イン」に参加、翌20日の正午過ぎに終了しました。
尚また、報告が大変遅れて恐縮ですが、5月9日実施の220回目と7月9日実施の222回目の「ハンストイン・は、いづれも正午から参加、翌日の正午過ぎに終了しています。
ただ、6月9日実施の221回目の「ハンストイン」は、老々介護で京都の私の家から、毎週5回、近所の介護ホームにお泊りで通っている、もうすぐ83歳になる従妹(元々は北九州の大分県中津市で、小学校や障害児のための教育施設で、教師の職を40年以上も続け、退職後は豊前市内に住む二歳年下の妹と同居していた)が、10年ほど前から、認知症の兆候が出始め、車の全損事故を2回も立て続けて起こしたのと、妹との同居生活がうまくいかなくなったため、私たち夫婦が介護の世話をするということで、京都の家に引き取って、家の近所の老人介護施設に、毎週5回お泊りで、2回ディケアーというスケジュールで、すでに10年近く、老々介護を続けてきました。
ところが、その従妹が、認知症がさらに進んでこともあって、身体機能が著しく衰えた結果、今年の5月の連休明けに、介護施設の床に立って歩こうとした途端に、何かに躓いて転び、足の大腿部と腰と背中に加えて、頭部も強打し、意識を失ってしまいました。施設の方で、救急車の手配をしてくれ、京都の私たちの家から車で小一時間ほど離れたところにある総合病院に急きょ入院。診察を受けたところ、幸い骨折はないが、体力が極端に衰弱しているのと、体温が39度を越えていて、インフルエンザにかかっている可能性が高く、衰弱が激しいので回復するまで入院を続け、経口薬の投与と抗生物質を点滴で投与して、体力の回復を待つしかないとのこと。
また、食欲が全くないので、このままでいけば、日に日に体力が衰弱し、一ケ月くらいで、息を引き取る可能性が高いので、家族及び親族の方には、その旨知らせておいた方がよいとのこと。そこで、看護婦さんに何とか食事のヘルプをお願いできないかと、頼んでみたのですが、看護婦は,ほかの患者の面倒も見なければならないので、なかなか手を回せない。出来ればご家族さんにもヘルプしてもらえると……とのこと。それで仕方がなく、私とワイフが、ヨーグルトとかスクランブル・エッグ、豆腐、バナナなど食べやすい食品を用意して、毎日病院に通い、昼食と夕食を交互で給仕を担当し、嫌がる口を無理やりに開かせて、スプーンで口のなかに流し込むという形で、強制的給仕を続けました。その結果、3週間ほど経ったところで、担当医師も驚くほど、眼に見えて体力が回復し、肌にもツヤが戻り、食事も積極的に食べるようになりました。
(続く)
「ガンジーの会」代表:末延芳晴
第223回「9の日・9条・ハンスト・イン」参加と終了報告(2)
(承前)
結局、従姉は、5月の連休明けから2か月近く入院生活を続け、7月の初めに退院して、介護施設に戻り、我々としてもヤレヤレと一息入れたわけです。ところが、姉の方の退院と入れ替わるようにして、今度は、豊前市に住む、今11月で82歳になる従妹が脳梗塞で倒れて、救急車で中津市内の脳神経外科の病院に運び込まれたという電話が入り、急遽、私が新幹線と日豊線を乗り継いで豊前市内の彼女の家に駆け付け、表通りの向かい側に住んでいて、従妹に親切にしてくれている漆工芸家の女性に手伝ってもらい、入院生活を続けるうえで必要なものを用意。翌朝、中津市内の病院に駆けつけ、彼女に面談したあと、担当医師の話を聞いたところ、脳を撮影した映像を見せてくれ、左側の脳の中枢部に近い所に、小指の先くらいの大きさの白い影が写っていて、そこが梗塞したところだとのこと。病気の性格上、完全な回復は望めないので、薬の投与やリハビリによって、現状より悪くならないようにするしかないとのこと。
さらに加えて、認知症の兆候も出ているので、今年秋の10月の末くらいまでは、入院生活を続けてもらい、その間にリハビリ治療を進める予定だが、それ以降、リハビリ治療がはかどらず、家庭生活に戻れそうもない場合は、何処か受け入れてくれる介護施設を見つけてほしいとのこと。
と言ったわけで、私たち夫婦は、豊前と京都とで、認知症が日ごとに進んでいく姉と脳梗塞と認知症を抱える妹の介護と看病を引き受けざるを得なくなり、二進も三進もいかないところに追い込まれてしまっているわけです。ですが、それでも「これもまた神が与えてくれた試練」と受け止め、「歴史への証言」として、ワイフ共々日々精いっぱい介護に務め、頑張っていくつもりです。
以上のような次第で、8月9日の222回目の「ハンスト・イン」は、猛暑の中、新幹線で豊前まで移動のためとか、二人の従姉妹の介護のため、お休みさせていただき、8月19日の正午から参加とさせてもらいました。
といったわけで、私事で恐縮ですが、5月から以降、「ガンジーの会ホームページ」への書き込みがまったく不可能となり、「ハンスト・イン」の参加や終了報告も、長野から参加の藤森治子さんや岡山から参加の「鈴木 」さんに、お頼りするしかないことになり、お二人が、堅強不屈な意志のもと、「ハンストイン」を休みなく続けてくださっていることに、 衷心感謝申し上げる次第です。
(承前)
結局、従姉は、5月の連休明けから2か月近く入院生活を続け、7月の初めに退院して、介護施設に戻り、我々としてもヤレヤレと一息入れたわけです。ところが、姉の方の退院と入れ替わるようにして、今度は、豊前市に住む、今11月で82歳になる従妹が脳梗塞で倒れて、救急車で中津市内の脳神経外科の病院に運び込まれたという電話が入り、急遽、私が新幹線と日豊線を乗り継いで豊前市内の彼女の家に駆け付け、表通りの向かい側に住んでいて、従妹に親切にしてくれている漆工芸家の女性に手伝ってもらい、入院生活を続けるうえで必要なものを用意。翌朝、中津市内の病院に駆けつけ、彼女に面談したあと、担当医師の話を聞いたところ、脳を撮影した映像を見せてくれ、左側の脳の中枢部に近い所に、小指の先くらいの大きさの白い影が写っていて、そこが梗塞したところだとのこと。病気の性格上、完全な回復は望めないので、薬の投与やリハビリによって、現状より悪くならないようにするしかないとのこと。
さらに加えて、認知症の兆候も出ているので、今年秋の10月の末くらいまでは、入院生活を続けてもらい、その間にリハビリ治療を進める予定だが、それ以降、リハビリ治療がはかどらず、家庭生活に戻れそうもない場合は、何処か受け入れてくれる介護施設を見つけてほしいとのこと。
と言ったわけで、私たち夫婦は、豊前と京都とで、認知症が日ごとに進んでいく姉と脳梗塞と認知症を抱える妹の介護と看病を引き受けざるを得なくなり、二進も三進もいかないところに追い込まれてしまっているわけです。ですが、それでも「これもまた神が与えてくれた試練」と受け止め、「歴史への証言」として、ワイフ共々日々精いっぱい介護に務め、頑張っていくつもりです。
以上のような次第で、8月9日の222回目の「ハンスト・イン」は、猛暑の中、新幹線で豊前まで移動のためとか、二人の従姉妹の介護のため、お休みさせていただき、8月19日の正午から参加とさせてもらいました。
といったわけで、私事で恐縮ですが、5月から以降、「ガンジーの会ホームページ」への書き込みがまったく不可能となり、「ハンスト・イン」の参加や終了報告も、長野から参加の藤森治子さんや岡山から参加の「鈴木 」さんに、お頼りするしかないことになり、お二人が、堅強不屈な意志のもと、「ハンストイン」を休みなく続けてくださっていることに、 衷心感謝申し上げる次第です。