過去ログ10 2023/3/17 21:18

仙コリ
Re4: 東北本線旧客末期における50系と旧客の併結列車
323様

東北本線旧客末期における50系と旧客の併結列車についてですが、
クモイ103様が書き込まれた「国鉄気動車客車編成表 83年版」に
編成例が1例のみですが記載があり、

534レ 青森→八戸(スハフ42×2両は青森→野辺地)1983/4/1
ED75
オハフ50 盛モカ
オ ハ50 盛モカ
オハフ50 盛モカ
オ ハ50 盛モカ
オハフ50 盛モカ
スハフ42 2075 盛ハヘ
スハフ42 2195 盛ハヘ
といった編成だったようです。

また「国鉄客車ガイド」(1983年7月20日発行)の本文中に記載があり
掲載されている運用表と併せて読み解くと、東北本線における併結列車は
549レ 一ノ関→盛岡 盛9(旧客4両)+盛10・盛付1(50系6両)
534レ 青森→野辺地 盛4(旧客2両)+盛5(50系5両)
1535レ 八戸→青森 盛11(旧客4両)+盛13(50系4両)
538レ 青森→野辺地 盛11(旧客4両)+盛13(50系4両)

その他に奥羽本線にも併結列車があったようです。
1432レ 弘前→秋田 秋55(50系4両)+秋付11(旧客2両)
643レ 秋田→鷹ノ巣 秋51×2(50系10両)+秋付11(旧客2両)

編成としての写真は見つけられませんでしたが、「国鉄客車ガイド」に
秋田駅と東能代駅で1983/4/17に撮影された併結部分の写真が掲載されて
います。

異種併結列車とはいえ、どちらも固定編成ではない一般形客車どおしの
併結であり、当時の20系客車+12系客車の併結や、その後の電車+気動車
の併結といったほどの話題性はなかったのかもしれません。


クモイ103
Re3: 東北本線旧客末期における50系と旧客の併結列車
323様

このような案件を本格的に調査されるなら、本来は運用表を当たるのが王道ですが、
この時代のものは鉄博のライブラリーにも無かったかもしれません。
あとは、前書き込みで述べたジェー・アール・アール刊「国鉄客車編成表」が
81年以降改題した「国鉄気動車客車編成表」の83年版を古書で探すことが考えられます。

…と思って本の題名を確認するため検索していたら、
本サイトの8号車「客車書籍資料館」の「編成・配置関係書籍」がヒットしました。
またその内容の一部が収録された「復刻版 国鉄客車ガイド」というのもありますから、
もしかして管理人様はお持ちかも?

(返信のタイトルは自動生成されませんので手作業です)


323
Re2: 東北本線旧客末期における50系と旧客の併結列車
クモイ103様
その546レですが、おそらく私が例に挙げ実際に写真も確認した534レ(1982改正以後)と同じ列車(列番変更?)だと思われます(こちらもスハフ42は野辺地止まり)。なのでほかの列車も存在していたことは間違いないと思うのですが… 今の世の中、様々な方が当時の編成記録や画像、その他情報を上げていたりする中で、これらの編成の目撃情報や写真がないのが不自然に感じている、という感じです。
(ちなみに返信のReはタイトルを自分で書き換えるのか同じのをそのまま入れれば自動的にReが増えていくのかどちらですか…?


クモイ103
Re: 東北本線旧客末期における50系と旧客の併結列車
323様
詳しいことは存じませんが、お求めの年代よりちょっと前の
ジェー・アール・アール刊「国鉄客車編成表80年版 復刻」によると、
青森発八戸行き546列車が50系5両(盛モカ)+スハフ42×2(盛アオ)、
但しスハフ2両は野辺地止まりとなっています。
この時期は50系と一般形客車が共存していましたから、
このような併結運用があってもおかしくありませんね。


323
東北本線旧客末期における50系と旧客の併結列車
はじめまして。こちらに書き込むのは初めてですので不手際がありましたら申し訳ありません。
最近、Nで東北本線1983年前後、つまり旧客最後の時代をイメージして車両集めをしています。これのきっかけとなったのがネットでED75牽引の50系5両+スハフ42二両という写真を見かけたからなのですが、調べど調べどこれ以外の東北筋の50系+旧客併結列車の写真や話題が出てきません。今は亡き中央本線&64写真館様の客車編成表によるとこの列車は青森ー八戸の534レだと思われるのですが、編成表を見る限りほかにも538レ(青森ー野辺地 旧客4+50系4)、548レ(一ノ関−盛岡 旧客4+50系5)、1535レ(仙台ー青森 旧客8+50系4)などもあるはずなのに、です。編成表にある以上おそらく実際にそのような運用がなされていたのでしょうし、ほかのサイトでも盛岡区の50系は旧客との併結があったと書かれているのも見ましたので間違いないとは思うのですが、何かご存じの方はいらっしゃいますでしょうか。いかんせん私は若造なので当時のことは全くと言っていいほど知らないのですが、このような編成の写真が一枚も残ってないとはあまり考えられず…


仙コリ
Re:旧型客車のドアのHゴム化が始まった時期
国鉄マニアのモデラー様

旧型客車のドアのHゴム化が始まった時期についてですが、
鉄道ピクトリアル2019年6月号別冊
「国鉄形車両の記録 スハ43系客車」に、

スハ43  424〜628(1954年7〜12月製造)
スハフ42 241〜305(1954年6〜10月製造)
スハ45  39〜 53(1954年9〜10月製造)
スハフ44 23〜 27(1954年10月製造)
スロ54  33〜 47(1955年3〜4月製造)
について
 >出入台の鋼製開戸、貫通路の鋼製引戸は腐食が激しく
 >修理が困難であるため、外板を2枚合わせたものから、
 >開戸窓をHゴム支持式とした平鋼板製の1枚ものとした。
との記載がありますので、これらの車両が最も早くドア窓が
Hゴム化された車両であると思われます。

さらに詳しい情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、
フォローしていただけると助かります。


国鉄マニアのモデラー
旧型客車のドアのHゴム化が始まった時期
素朴な質問ですが、旧型客車のドアのHゴム化はいつ頃から始まったのでしょうか?


ナイロフ
Re7: 14号御料車の運用、新1号編成以前のお召し列車の編成
クモイ103様
なるほど、上り下りで対応する列車が違うのですね。ありがとうございます。


クモイ103
Re6: 14号御料車の運用、新1号編成以前のお召し列車の編成
ナイロフ様

この時代の[金星]が[出雲]と併結していたのは上りだけです。
下りは両列車それぞれ観光団体専用列車と併結で、
それに対応する上りは観光団体専用列車同士の併結でした。
ですから王女殿下ご光臨の日には観光団体を設定しなかったのでしょう。


ナイロフ
Re5:14号御料車の運用、新1号編成以前のお召し列車の編成
クモイ103様
ありがとうございます。
1つ目の金星併結の特別列車、大変興味深いです。この時代の金星は、調べると出雲と併結していたようですが、この運用は恐らく単独の金星に併結した形なのでしょうね。
客車列車1975集も、かねてから入手できないものかと模索していますが、未だ見つけられていないですね…

風来人様
紹介いただいた本、調べてみたところ参考になりそうでしたので、さっそく通販で取り寄せしました。ありがとうございました。


119

掲示板に戻る