過去ログ5 2023/1/1 17:27

クモイ103
2023謹賀新年
あけましておめでとうございます。
今年も新しい知見や発見がある年にしたいと思います。
管理人様、皆様、よろしくお願い致します。
https://i.imgur.com/Bwhi5l2.jpg


仙コリ@管理人
明けましておめでとうございます。
今年も客車について皆様と楽しく語り合える場所
としていければ幸いです。

よろしくお願いいたします。


ヒヨッ子
Re10:姫路ー鳥羽間の参宮快速の編成
仙コリ様

まさか車番まで教えてくださるとは!
ありがとうございます
早速検討してみたいと思います


仙コリ
Re9: 姫路ー鳥羽間の参宮快速の編成
ヒヨッ子様

お役に立てたようで、何よりです。

実は昨日書き込みました編成記録は、車両の番号も
わかっておりますので、番号とともに車両形態も
書き加えてみました。

EF58 38
スハフ32 38 二重屋根車
オハ35  147 張上げ屋根・ノーヘッダー
スハ32  155 丸屋根車
オハフ33 567 キノコ折妻・キャンバス屋根
オハ35 1039 絞り折妻・鋼板屋根
オハ35 1042 絞り折妻・鋼板屋根
オロ31  92 二重屋根車 17m級
オハフ61 496

といった、多彩な形態の車両による編成であったよう
ですので、模型での再現の参考になれば幸いです。


ヒヨッ子
Re: 姫路ー鳥羽間の参宮快速の編成
仙コリ 様
クモイ103 様

不祥ゆえお返事が遅れてしまい大変申し訳ありません。

難しい質問を投げかけてしまった中、編成例を考察し、探していただいて大変ありがとうございました。
お二方のご意見、大変参考になりました。自分は編成例を探すだけだったので、担当の客車区から編成を推測するというのは目から鱗でした。
また、参宮快速の編成例を拝見しましたが、近畿地方だけで完結する列車なのに静ヌマの客車が入っていたのは驚きです。2等車も17m級のオロ31だったりと、やはり昔の客車列車は面白いと感じます。


クモイ103
Re7: 姫路ー鳥羽間の参宮快速の編成
仙コリ様

ズバリが見つかって良かったです。
それにしても三等車がオハ35系で二等車がひときわ古いオロ31というのは、当時の国鉄の客車事情が現れていますね。戦後の混乱が収まるとまず喫緊の課題である輸送力増強のために三等車が優先して増備された結果、二等車の「平均年齢」が相対的に高まってしまったための現象で、このような二等車だけが古いちぐはぐな編成は全国的に見られたようです。逆に言えば、これはいかにもこの時代らしい編成、と言うこともできますね。

ヒヨッ子様を差し置いて盛り上がってしまい失礼しました。


東北の旅人
Re:南陸中の編成について
仙コリさま

ありがとうございました。
長年のモヤモヤが解けました。


仙コリ
Re6: 姫路ー鳥羽間の参宮快速の編成
クモイ103様

フォローありがとうございます。

あまり細かく断定するのもどうかというご指摘が
早速当たってしまいまして、昭和31年時点ですが、
そのものズバリの編成記録が見つかりました。

鉄道ピクトリアル2022年8月号別冊
国鉄形車両の記録 鋼製1等座席客車(特ロ・並ロ)
に記載がありまして、
昭和31年11月26日の上り442レ快速列車
 姫路→鳥羽 京都駅での記録
EF58   「浜」
スハフ32 静ヌマ
オハ35  静ヌマ
スハ32  静ヌマ
オハフ33 天ヤマ
オハ35  天ヤマ
オハ35  天ヤマ
オロ31  天ヤマ
オハフ61 天ヤマ

といった編成で、この時点では二等車はオロ40
ではなく、オロ31であったようです。


クモイ103
Re5: 姫路ー鳥羽間の参宮快速の編成
仙コリ様

山田→伊勢市の名称変更は、昭和34年11月25日総裁達第627号
(車両塗色及び標記方式規程の改正)で、山田(ヤマ)が
伊勢市(イセ)に変更されていますので、これに近い時期と思います。
紀勢本線が全通した同年9月22日あたりが濃厚ですね。

二等車の車号ですが、手元の資料で下記の配置状況です。

S33.10.1 山田(天ヤマ)
オロ40 28
スロハ32 13,14

S36.10.1 伊勢市(天イセ)
オロ40 28
オロハ30 39
スロハ32 14
スロハ38 113

S37.10.1 伊勢市(天イセ)
オロ40 26,32
スロハ32 13

S39.10.1 伊勢市(天イセ)
オロ40 28,32

けっこう入れ替わりがあるので、具体的な資料が出てこない段階では、
あまり細かく断定するのもどうかと思います。


仙コリ
Re4: 姫路ー鳥羽間の参宮快速の編成
クモイ103様

ご指摘ありがとうございます。

配置表そのものではなく、データベース上で二等車の
配置状況だけ調べたので、凡ミスをしてしまいました。
鳥羽には客車の配置はありませんでしたね。

そのうえで、参宮線の主な客車基地が山田であるとの
情報は大変参考になりました。

そこで、あらためてネットで「参宮快速」で検索すると
「鳥羽快速と参宮線(上) | DRFC-OB デジタル青信号」
というサイトがあり、昭和31年と昭和39年の鳥羽快速
の写真が多数掲載されていました。

その写真の最後から2枚目を拡大してみると、車番を
読み取ることが出来、オハフ33 7であるとわかり、
昭和39年の配置表で調べてみますと、この車両の配置は
伊勢となっており、あまり詳しくはないのですが、山田
から伊勢に名称変更しているようなので、昭和33年時点
での参宮快速の受け持ちは山田の可能性が高いと思われ
ますので、昨日の私の書き込みは撤回させて頂きます。

そのうえで、上記サイトの写真を見ますと、1枚目と
2枚目・7枚目から車両の等級帯が半分ではないよう
に見えますので、二等車は二・三等合造車ではなく、
全室二等車である、オロ40(番号は28)であると
思われます。

三等車については、上記サイトにも記載されていますが
昭和20年代はオハ31系中心で、昭和30年代にはオハ35系
が主力になったようですが、昭和31年の写真から1両目は
ダブルルーフに見えるためオハフ30と思われますので、
昭和30年頃はオハ31系からオハ35系へと変わる過渡期で
あったのではないかと思われます。


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